先輩と後輩
プロローグ入れて3話目です。今回は過激な描写が含まれています苦手な方はご注意下さい
神崎 司率いるトライデントの発表会は世界中の目を釘付けにした。
それは新たな技術を喜ぶものではない。画面の向こう側の出来事から目を離すことが出来ないのだ。
ネットの生中継を見ていた播間 幸一も状況を理解出来ずにいた。思考が止まっていても時間は止まってはくれない。中継会場で警告音とアナウンスが流れると同時に自分の手首にあるギアも警告音とアナウンスが流れる。
その警告音で止まっていた思考が動き出す。白石に話しかけようとゲーム画面を見ると通信エラーでオンラインゲームが強制終了していた。
ギアの画面を見ると「パンドラの箱インストール中…」と表示され文字の下には棒グラフが徐々に伸びている。そして画面に「インストール完了」という文字が出て数秒後、大きな揺れが部屋を襲う。
激しい揺れが数十秒続いた後、徐々に揺れが弱くなっていく。揺れが止まった頃にはギアの警告音も止まっていた。部屋に静けさが戻る。ネットの中継もいつの間にか途切れていた。
今のギアの警告音と揺れは偶然なのか?ふと先程まで映っていた画面を見る。画面の向こうに見えた獣に僕は見覚えがあった。だけどその存在を認める事が出来なかった。
ゲームに出てくるモンスターが現実世界に居るはずがない
「誰か助けてくれ!!」
混乱している僕にさらなる追い打ちが来る。外から誰かが叫ぶ声が聞こえた。僕は慌てて悲鳴が聞こえた窓の方を見た。そこには一人の男子学生がグランドから校舎に向けて必死に走っている。
確か彼はスポーツ推薦で今年入学した1年生だ。何かに怯えながら逃げてるようだった。よく見るとジャージの左腕辺りが赤く染まっている。彼が見てる方に視線を送ると1羽の鷲が空を飛んでいた。
もう否定のしようがなかった…
鷲の姿を見た僕は確信する。あれはゲーム、パンドラの箱に出てくる刀鷲だ。
鋭利な鉄の翼で獲物を切り刻み弱ったところを鉤爪と嘴で止めを刺す。空の狩人と言われてるモンスターだ。上空から急降下し男子学生に襲い掛かる。男子学生は走りながらもその攻撃を躱す。
あと少しで校舎内に入れる、後方を気にしながら男子生徒は全力で走る。遠くから周りを見渡せた僕だから気付けた。男子生徒の前方からもう1羽の刀鷲が彼めがけて飛んできていた。
後方ばかり気にしてた彼は前方からの攻撃に反応が出来なかった。重い衝撃が右太ももに走りバランスを崩した男子生徒は前のめりに倒れる。何が起こったのか理解するよりも早く右足に激痛が走る。
「いてぇ…血が止まらない…くそっ何がどうなってるんだよ!」
右太ももを見ると大きな切り傷が付いていた。右足に力が入らない。疲労と恐怖から息が荒くなる、校舎入口まで残り50メートルの距離を地面を這いつくばり必死に逃げる。
しかし、先ほど後方から来ていた刀鷲が背中を見せた獲物に襲い掛かる。鋭い鉤爪が男子生徒の背中に突き刺さる。「あ”あ”あ”あ”ぁぁ!!!」言葉にならない悲鳴が周りに響き渡る。
必死に背中の鷲を振り払おうと体を動かすが、深く食い込んだ鉤爪は抜ける気配がなく動けば動くほど傷口から血が流れてくる。男子生徒の動きが徐々に鈍くなる。そこへ右太ももを切り裂いたもう1羽の鷲も戻ってきた。
2羽の刀鷲に抑え込まれ次々と嘴で皮膚を引き剥がされていく…男子生徒はもう動かない。地面には血だまりが広がっていく。
その光景を見た幸一は吐き気に襲われる。病気や事故じゃない、殺意を持った非常識な化け物に人間が殺されたのだ。幸一は窓のカーテンを閉めその光景から目を逸らす。
放心状態の幸一の後ろの扉が勢いよく開いた。慌てて振り返ると
「先輩!大丈夫っすか!?」
息を切らしながらこちらに話しかけてくるのは、先程までゲームで話をしていた後輩 白石 塁だった。3年の学生寮からここまで走って来たみたいだ。
「白石!無事でよかった!通信が切れて心配したぞ!」
後輩の無事を知り安堵する。込み上げてきた不安が徐々に落ち着きを取り戻す。
「すいません、本当はすぐ駆け付けたかったんですけど状況確認をしていたら遅くなったっす!」
言うが早いか白石は手に持っていたリュックサックを僕の方へ放り投げた。
「先輩!着替え何着かと移動に差し支えない量の食料を詰めてください!」
言われるがまま僕は着替えと食料を詰め始めながら白石に聞く。
「外でゲームのモンスターに襲われてる人を見た。何でゲームのモンスターが現実世界に居るんだ?」
白石は部屋の扉から外の様子を警戒しながら僕の質問に答える。
「ネットで情報集めた限りではオンラインゲーム、パンドラの箱のデータが何者かにすべて盗まれたって事と世界の各地でパンドラの箱のモンスターが暴れているって事くらいですかね。まぁ誰が盗んだかは会見を見てる人ならすぐわかるっすけどね」
信じがたい…けど実際にその光景を見てしまった僕はそれを受け入れるしかなかった。
「とりあえず荷物はまとめた、これからどうするんだ?」
リュックを背負い、部屋の扉付近にいる白石の隣に並ぶ。白石は廊下の様子を耳で聞きながら僕に説明を始める
「先輩、詳しい話は安全が確保出来た後にしましょう。まずはギアのステータス画面からスキルを取ってください。やり方はゲームと同じでスキルアイコンをタッチすると習得できます。」
言われたとおりにギアを操作するとステータス画面が出てきた。そこからスキルの欄を開いて気づく。
「スキルも全部リセットされてるのか…あれ?1つだけスキルがある」
ゲーム内のスキルは全部覚えてるはずだけど、ここに表示されてるスキルは見たことないスキルだった。僕の手が止まってるのを見た白石が「早くスキル取れるの取っちゃってくださいっす!」とせかすので急いでスキルを習得した。
「とりあえず魔法スキル取ったけどこれって本当に使えるのか?」
ファンタジーの世界では魔法は定番だけど、ここは現実世界、本当に使えるのか疑問に思う。まぁ本当に使えないと戦うすべが無いのだけど…
「多分使えると思いますよ、一応ここまで来るのに自分もスキルを使いましたから」
白石は「スキル:三連クナイ!」と言うと手に3本のクナイが現れた。その後「こんな感じっす!」と笑顔でクナイを見せた。
「先輩そろそろここを離れますよ、あんまり長いしてると敵に囲まれますから」
白石は僕の手を取り部屋を飛び出す。白石の後ろを走りながら廊下の窓から校舎を見ると、通いなれた校舎が崩壊していた。階段を下り学生寮から出ると外には何人かの人間が集まっていた。
「よかったまだ無事な人達が居たんだ!」
僕は喜び7人くらいの集団に駆け寄った。こちらに気づいた学生達も笑顔でこちらによって来る。
「君も無事だったか。強力してここから脱出しよう!」
集団のリーダーらしき男がこちらへ来て手を差し伸べる、周囲を警戒しながら後ろから白石がやってくる。リーダーらしき男は白石の顔を見るといきなり怒鳴った。
「なんで裏切者がここにいる!」リーダーらしき男は僕に差し伸べた手を逸らし白石の胸倉を掴んだ。
状況が理解できない僕は白井に問いかける
「何があったんだ?」
白井は苦笑いしながら質問に答える
「さっきここを通った時、彼らは1体のモンスターに襲われてました。自分を見かけた彼らが助けを求めてきたんですけど先輩の安否を優先するあまり自分は彼らを見捨てたんです」
リーダーの男は「こいつは裏切り者だ 仲間には出来ない。お前だけなら仲間にしてやる」と僕の方を見てきた。僕は白石の顔を見た。「先輩が決めてください自分がこの人達を裏切ったのは事実っすから」
僕の答えは決まってる。
「すいません、僕は白井と行動を共にします」
はっきり答えた。それを聞いたリーダーの男は「そうか、後で裏切られて後悔してもしらんぞ…」そう言うと7人は校門の方へ向かっていった。
「良かったんっすか?あっちの方が人数も多いし安心出来たんじゃ?」
僕のことを心配してくれる白石に笑顔で答える。
「僕のために行動してくれたんだろう?だったら僕が君を裏切ってどうするのさ」
白石が取った行動は確かに7人を見捨てた行動だった。だけどそれは僕を心配しての行動。僕が彼を責める事なんて出来るはずがない。
「さて、僕たちはこれからどうする?すぐに学校を出るか?」
今後の方針も兼ねて白石に尋ねる。学生寮を出たのは良いが、どこを目指せばいいのかさっぱりわからない。
「すぐに学校を出たいんですけどその前に寄りたいところがあるので校舎の中に入っていいっすか?」
「わかった、その用事付き合うよ」僕は白石の後を着いて行った。
周りを警戒しつつ少し進んだ先で白石が足を止める、その部屋には購買部と書かれた表札があった。僕も何度もお世話になっている。白石はいくつかの文房具をギアを通して購入した。
ギアにはバーコードを読み込みそのまま電子マネーで払う機能も付いている。ちなみに部屋は無人だが、ギアで支払わないまま部屋を出ようとすると警報が鳴って警備ロボットが出てくる。
白石が購入した文房具を組み合わせる。
「ここで欲しい物はある程度揃ったっす。さっそく今日泊まる場所を探しに行きましょう」
そう言って購買部を出た瞬間、廊下の窓ガラスが割れる。
散らばったガラスの上には器用にホバリングしてる刀鷲が居た。一瞬硬直した僕の隣で白石が構える「スキル:三連クナイ」 素早く3つのクナイを鷲へ投げつける。3本のクナイの内2本は鉄の翼に弾かれた。しかし残る1本が鷲の胸部に突き刺さる。
傷を負った刀鷲はその場から逃げようと背を向けた。その背中にさっき組み合わせた文鎮を投げつけた。文鎮には大量の磁石が接着剤でくっ付いている、文鎮は鉄の翼に張り付き刀鷲は地面に落ちた。
翼が重くて飛べない刀鷲の頭部にクナイを突き立てる。刀鷲は悲鳴を上げ砕け散る。その場には文鎮だけが残った。
「やっぱり空を飛ばれるとこっちが不利っすからね。重いけど役に立って良かったっす」
文鎮を回収した白石がこちらに戻ってくる。
僕は何も出来なかった ただ見てるしか出来なかった。
僕はただ守ってもらってるばかり。
こんな先輩で良いのだろうか…
いつかお荷物として切り捨てられるのではないか…
ふと先程別れた男の言葉を思い出す
「後で裏切られて後悔してもしらんぞ…」
僕の中で恐怖とは別の不安が広がっていった…
次回は少し時間軸を戻してコロさんパートになります。幸一パートは5話目からになりますが、どうぞお付き合いください