第三章、その2
久し振りにログインすると、バルドイーグルはアウトキャスターズのみんなとパルファシティ駅の喫茶店に集まった。
「――それで、この前スカーフェイスに勝った時の賞金五〇万Gだが、これで拠点というか……家を買おうと思う? みんなの意見を聞かせてくれ」
ブラックマンバはそう言いながらタブレットでDUO内にある物件を見せる。
「因みに俺は……こんなのがいい」
タップして見せる、ブラックマンバの希望は現実的だった。
パルファシティ駅近くにあるメゾネットマンションで四人暮らせるくらい広い。それにすぐそこが繁華街でアイテムや武器には困らなさそうだが、ちょっと現実的過ぎるような気がすると、バルドイーグルは苦笑する。
「現実的だな、ブラックマンバ……僕にも見せてくれないか?」
「いいよ、お前はどこがいいんだ?」
ブラックマンバからタブレットを受け取ると、五〇万Gは十分だがそれでも高い物件は多くある。海辺や雪山、森の中や町の一等地と幅は広い。バルドイーグルは画面をスライドさせていいものを見つけると、それをみんなに見せる。
「こいつはどうだ?」
見せた物件は活火山の麓にある、温泉付きの木造平屋建ての家で周囲は森と川だけのフィールドだが値段は一〇万Gと安い。
「安くて温泉付きの家なのは魅力的ね……でも一番近い村まで一五キロもあるわ」
レイヴンの言う通りだが食糧――回復アイテムは森や山、川にいるモンスターや野草から調達できる。それに武器弾薬を備蓄できる倉庫もある、山の中と言っても幹線道路まで二キロの所だ。
「ちょっと不便じゃないか? 確かに回復アイテムや食糧はモンスターや野草で賄えるかもしれないが弾薬の補給に問題ありだぞ……ハンティングも面白そうだが、あそこの山って確か時々噴火するらしいな……日によっては火山灰が降ってくるぞ」
鋭い指摘だ、DUOのマップでよく見ると火口まで四キロぐらいだ。どうやら訳あり物件らしいと、バルドイーグルは向かいに座ってるローンウルフに渡す。
「ローンウルフはどんなのがいいの?」
レイヴンが訊くとローンウルフは「うーん」と首を傾げると、パッと花を咲かせるように何かを思いついたのか、タブレットを弄る。
「これなんてどう?」
ローンウルフが見せた物は年中雪に積もった山小屋だ。確かにウィンタースポーツを楽しめそうだが遭難したらゲームオーバーだ、それにDUOのマップで見ると一番北の最果てだ。
「オーロラが年間二〇〇日見られるし、時期によっては白夜の日もあるわ。クリスマスのイベントの時はサンタが来る! 何よりもサウナ付きよ!」
サウナ!? なぜサウナなんだ! それ以前、完全に北欧のラップランドじゃねぇか! 一番近いまで町まで一〇キロだがそれまで雪道だぞ! バルドイーグルは内心ツッコミをいれながらポーカーフェイスを保つ。
「ローンウルフ、これって完全に北極圏じゃないか……年中寒いのは勘弁して欲しいぞ」
「ええっ、だってこの辺りさぁ……フィンランドのラップランドみたいじゃない、犬ぞりとかスキーとか好きだし……」
ローンウルフは不満げに唇を尖らせながらレイヴンにタブレットを渡す、するとレイヴンはタブレットで検索条件を弄って探すと細く白い指でタップしてスライド。
「ねぇ、これはどうかな?」
タブレットの画面を見せるとここから直線距離で五六キロの所にある森林地帯でその中にある湖畔のコテージだ。写真には森と湖、なだらかな丘で北欧フィンランドの湖水地方をモデルにしたのかもしれない。
ブラックマンバはウーロン茶を口にして言った。
「町や村までのアクセスにはちょっと不便だが、ボーっと過ごすには悪くないな……ボートで行けば町まですぐだな」
バルドイーグルも同意見だ、周囲の森で歩くのもいいし湖で泳いだり、カヤックで湖面をウロウロするのも良さそうだ、周囲の森にはDUOのハンターたちにも人気でヘラジカやヒグマ、恐竜に似たモンスターが多く生息してる。
しかし現実は厳しい、ゲームなのに。
「ここいいな、だが七三万Gだぞローンウルフはどう思う?」
「いいわ、ここフィンランドの内陸部に似てるわ……しかもサウナ付き」
ローンウルフの氷のように青い瞳は大陸の果て、フィンランドの光景を懐かしんでるようにも見えた。
なんでサウナなのか? バルドイーグルは思ったがツッコまないことにする。
だがローンウルフはこのコテージが欲しいようで頬杖ついて見つめる、レイヴンは躊躇いながらもハッキリと告げた。
「これ……足りない分はあたしが出すわ!」
「本当!? レイヴン、本当にいいの?」
「うん、使い道ないから」
「それじゃみんな買いに行こう! 今すぐに!」
ローンウルフの言葉ですぐに予約して席を立つことになった。
そこからが大変だった、電車やバスに乗り換えを繰り返し、途中でモンスターやプレイヤーキラーの襲撃を受けて返り討ちにしたり、時には背中を向けて逃走したりした。
DUOは移動するだけでも命がけで一〇キロ先の隣町に行くだけでも一仕事だ。
かなり北上したがマップを大きく迂回するルートだったため、セーブポイントでログアウトし、翌日またそこから移動、ログアウトを繰り返して三日かけてようやく到着した。 一番近いマローナタウンからバスに乗って窓の外を見ると、町を抜けてすぐだ。
DUO内でもここは湖水地方と呼ばれている。
最寄のバス停に到着すると、騒がしいパルファシティとは違ってここは静かで、遠くには草食のモンスターたちがのんびり歩いていた。
マップで見るとすぐそこだ。
そこに向かって歩く間、バルドイーグルはレイヴンに訊いた。
「なぁレイヴン、どうしてわざわざここに? 他にもいい所あったんじゃないのか?」
「……ローンウルフが気に入りそうな所を探したの、あれを見た時……フィンランドが恋しいのかなって思って、それで」
「ローンウルフのために自腹を切って買うことにした?」
ケブラーマスクをしてるレイヴンは無言で肯いた、どんな顔で肯いたかは知る由もないが、フィンランドは第三次世界大戦でロシアと戦争して荒廃していた。
中部では北部からの難民で溢れ、今も大勢の凍死者や餓死者が出てるという。
「……優しいんだな、レイヴンは」
「そうでもないわ、あたしニューヨークで生まれ育ったから、フィンランドの静かな湖畔のコテージに憧れていたの……何もせず、ただゆっくりとした時間を過ごす」
「何もせず時間を過ごすか……そういえば日本に来てから、そんなことを忘れてたな……朝起きたらジョギングで朝食、その後は夕方まで学校に行ってSIJ社で訓練、休日も狭い部屋で紅茶を飲みながら過ごす……外に出れば騒がしい町」
バルドイーグルは日本に来てからはみんな毎日が時間に追われてるような気がして、ゆっくりとした時間を過ごすことを知らない、特に町の大人たちはそう見えた。
「バルドイーグル君は前はどこにいたの?」
「ヘレフォード、イングランドだよ……おかげで英語に授業はアメリカ英語で四苦八苦してるよ」
「そう、あたしはニューヨークで育ったけど……自分は日本人だと思ってる、でも毎日時間に追われて過ごす大人にはなりたくないわね」
レイヴンが首を横に振って言うと、先頭を歩いてたローンウルフが嬉しそうに指を差した。
「ねぇみんな! あれよあれ!」
ローンウルフは背中に重いライフルを背負ってるにも関わらず、正面玄関前まで走る。
「みんな早く、早く!」
「そう急かすな、あとはコードを入力するだけだ」
ブラックマンバはそう言って駆け足で急ぐ。バルドイーグルはローンウルフって意外と子どもなんだな、と思いながら口元が緩むとレイヴンとマスク越しに目が合った。
「急ごうか?」
「はい」
レイヴンはコクリと鳥のように縦に振った。
「レイヴン、バルドイーグルも早く早く! もうコード入力したちゃったよ!」
ローンウルフは親を急かす子どものようで、既にスマホを見て入力したらしい。DUOでは拠点となる家などの物件を買う時は予約し、一定時間内に入金すると契約成立になってメールでキーの解除コードが送られる。
それを入力すれば鍵がもらえる、ゲームだから余程のことがない限りアイテムストレージから消えたり捨てることもできないから、紛失の心配はない。
「みんなで押そう、ここは俺たちの家だ」
ブラックマンバの言う通り、このコテージは自分たちの家になる。解除コード入力ボタンは大人の手ぐらいの大きさだ。
最初にローンウルフが手を乗せると、その上にレイヴンが乗せる。ボディスーツに包まれてるとは言え彼女の手は細く繊細な芸術品のようだ。
ブラックマンバは先にいいぞ、とでも言うかのように気さくな笑みを浮かべる。バルドイーグルはレイヴンの手を包むかのように乗せると、ブラックマンバの切り傷や火傷の跡だらけの手が乗る。
自分もこんな手だったなと、思ってるとローンウルフは興奮気味に提案する。
「いい? みんなでせーの、で行こう!」
みんなで肯くと、バルドイーグルも息を大きく吸い。
「「「「せーの!」」」」
タイミングよくスイッチを押し込むと驚くほど息がピッタリだった。
森の中のコテージとは不釣合いな電子音が響くとロックが解除されると、視界の左隅にメッセージが表示された。
アイテム:コテージの鍵を入手しました。
早速ローンウルフが鍵を開けて中に入ると、部屋のカーテンや窓、ベランダの扉を開けて新鮮な空気を取り入れる。春の湖水地方の涼しげな空気が、爽やかな風と暖かい陽射しが心地よく感じた。
この数日間、湖のコテージで過ごす時間はゆっくりと、穏やかに進んでいた。
ここ最近バルドイーグルはログインすると戦闘には行かず、ハンターの服装にして今日はコテージから二キロ離れた湖畔でブラックマンバと釣りをすることにした。
「釣れそうか? バルドイーグル」
「さっき始めたらばかりだぞ、すぐに釣れるとは思えないな」
「そうだな、釣り上げても油断するな……初めて釣りした時、デカイ魚だと思って釣り上げたらデカイモンスターだった……それが言いたかっただけだ」
「なるほど、だからさっき釣りをする時は対モンスター装備をしておけと言ったのか……苦い経験だったのか?」
「ああ、モンスター装備が初期状態だったからな……他の奴らに助けてもらったよ」
ブラックマンバは懐かしそうに笑みを浮かべる。
バルドイーグルはDUOでの釣りは初めてで、その時には対モンスター装備が必需品と聞いている。まあ初めて釣り上げたらデカイモンスターだったという話しはあまり聞かない。
ブラックマンバは釣竿をゆっくり上下させながら話しを続ける。
「まっ、あの時は海釣りだったからな……ここから川で繋がってるとはいえ海まで二〇キロもある、淡水生のモンスターは大きい奴でも五メートルのサンショウウオ型くらいさ」
「それでも十分デカイぞ、ブラックマンバが遭遇したのはどんな奴だった?」
「体長一五メートルくらいの首長竜みたいな奴だった、デカイ図体の癖してなかなかヘッドショットを決められなかったよ、おまけに群れで襲ってきたんだ」
「それはたまったもんじゃないな……おっ、引いてる! 来た!!」
バルドイーグルは手応えを感じて釣竿を引っ張り、リールをカリカリと回して釣糸を巻き上げる。
ものすごい力だ! 一瞬でも力を抜いたら自分が水中に引きずり込まれそうだ。
こいつはデカイかもしれん! 予想通り水面に影が浮かび上がり、釣り上げられまいとバシャバシャと暴れる。
凄いパワーだ! 必ず今夜の夕食にしてやる! 切り身にして焼いてやろうか? それとも味噌煮にしてやろうか? ムニエル? フライ? いや、とっておきのがある! フィッシュ&チップスだ!!
「頑張れバルドイーグル! 俺も加勢するぞ!!」
ブラックマンバは慌てて釣竿を地面に置き、バルドイーグルの釣竿をしっかりと握り締める。
大分楽になったが、それでも歯を食いしばって踏ん張らないと二人とも引きずりこまれる。
次の瞬間、力が弱まり一気に引き上げるチャンスだと引き上げた瞬間。
「ヴオオオォオオオオッ!!」
湖面からズラリと並んだ鋭く巨大な歯を持つ細長い口が横切るように現れ、一瞬で釣り上げらようとした魚を飲み込み、釣糸は耐えられず、あっさり噛み切れて獲物は巨大水生モンスターに横取りされてしまった。
一瞬の出来事だった、水生モンスターはシルエットからしてダイオウミズトカゲ。三畳紀中期に生息していた海棲爬虫類――ノトサウルスに似たモンスターだ。
長い首に鋭い鋸のような背鰭と歯、強力な顎、長い尻尾と一〇メートルの美しい巨体を武器としている、海にいるはずのそいつは淡水の湖面を悠然と泳ぐ。
何かが切れた気がして顔が白くなったバルドイーグルは釣竿から対大型のモンスター用に持っていた散弾銃――サイド・アモ・キャリア付きのレミントンM870 エクスプレス ・スーパー ・マグナムに持ち替え、フォアエンドを前後させてスラグ弾を装填。
ブラックマンバも無表情でクリスセンテン・カーボン・クラシック・ボルトアクションライフルに持ち替えて338 ラプアマグナム弾を装填し、精悍な笑みを浮かべた。
「やろうか?」
「ああ、久し振りにひと暴れするか」
バルドイーグルが肯くと、ブラックマンバは膝射の姿勢で構えて発砲!
「バォオオオオオオ!!」
甲高い銃声が静かな森に響き、湖面に着弾。水柱が上がると同時にダイオウミズトカゲは悲鳴を上げる。バルドイーグルはM870ESMを立射の姿勢で構えるとダイオウミズトカゲと目が合い、真っ直ぐ突っ込んできた。
「ブラックマンバ、二手に分かれよう!」
「OK! 食われるなよ!」
ブラックマンバは親指を立てて走り出し、バルドイーグルは反対方向へとダッシュ! ダイオウミズトカゲは原子力潜水艦のように急浮上したかと思えばLCACホバークラフトのように今いた場所に突っ込んできた。
デカイ……全長は一二~三メートルはある、水中でも強そうだが四肢は水かきがあって丁度ワニの足に似ている。こんな化け物を相手にするのか? バルドイーグルは尻込みしそうだ。
ダイオウミズトカゲと目が合った瞬間、バルドイーグルはM870ESMの照準を合わせて頭部に向けてスラグ弾を撃ちこむ! 銃声と同時に硬い物に弾かれる音がして頭部がハンマーで殴られたかのようによろけるが、ダイオウミズトカゲは怒りに満ちた唸りを上げ、瞳に怒りの炎をメラメラと燃やす。
フォアエンドを力一杯引いて空のシェルを排出、力任せに戻してスラグ弾を再装填! 初速が遅いからか、硬い頭蓋骨に弾かれた! 肺や心臓のあるバイタルゾーンは? 難しいしアドレナリンが噴出して傷口の痛みはあまり感じないだろう。
それにこいつは地上でもかなり俊敏だ。
「こっちだ! さあ、俺のマグナムで心ゆくまでイかせてやる! だからテメェも俺をファックしてみろ!」
ブラックマンバの下品な罵声とクリスセンテンの銃声が響くと、そこに向かって走るダイオウミズトカゲはまるで強力なエンジンを積んだ超重戦車のように突っ込む。
バルドイーグルは膝射の姿勢で首元を狙い、撃つ! ポンプアクション! 撃つ! 弾切れまで撃つ! あっというまに六発撃ち尽くした。
ダイオウミズトカゲは背骨を撃たれて苦痛に悶えるがあまり効いてないようだ、どこを撃てばいいと考えながらサイド・アモ・キャリアから六発の予備弾を取り出そうとすると、湖のほうから銃声が聞こえた。
「おーい俺たちも混ぜてくれ!」
「手伝うよお二人さん!」
モーターボートに乗ったプレイヤー二人が援護射撃を仕掛ける、三点バースト射撃……駄目だ! あいつらは対人用の五・五六ミリ口径のAR15で撃ってる! 案の定ダイオウミズトカゲは目標を変更して湖に潜った。
「バカ! 速く逃げろ!」
ブラックマンバが叫ぶも空しく、二人の乗ったボートは鋸の刃のような背鰭に切り裂かれて轟沈、二人とも食い殺されるまで時間は必要なかった。
「言わんこっちゃない……次はこっちだ! 竜田揚げにして食ってやる!」
ブラックマンバが叫ぶとクリスセンテンを構え、バルドイーグルも視線を目標に向けたままM870ESMにスラグ弾を六発フル装填して構えた。