第二章、その2
神代彩は数日振りにSIJ社の訓練場に来ると、佐竹と鉢合わせになった。
「やぁ彩ちゃん、練習かい?」
「その呼び方やめてくれませんか? 子どもじゃないんですよ」
「まぁまぁ……無理して大人になる必要はないよ、それよりもいいことあったって顔してるね」
「それ……皮肉と受け取りますよ」
彩は眉を顰めた。数日前、条件付とはいえ半ば強引にギルドに加入することになってしまった。誘いを断らなかった自分も自分だが……。
「そうかい? ところで銃の調子はどう? 作動は快調? ちゃんとメンテしてる?」
「ええ、上々です」
彩は感謝の気持ちを込めて肯いた、彩は佐竹からチェコ製自動拳銃CZ75の改良型であるSP01を注文して貰ったことがあるもっとも、CZ本社があるチェコも第三次世界大戦で壊滅して本社工場は今も操業停止中、彩が持ってるのはCZのアメリカ法人であるCZ-USAで作られた物だ。
「それならよかった、この前の活躍は見させてもらったよ……でかい巨人を倒したんだってね?」
「? 見てたんですか?」
「ああ、見事な活躍ぶりだったよレイヴン、あの後に加入したんだって?」
「……はい」
彩は少し躊躇って肯くと、佐竹はニヤけながら茶化す。
「よかったじゃないか、嬉しそうに肯いたぞ……本当のところ嬉しいんじゃない? 電脳空間とはいえ友達ができてさ」
「茶化さないで下さい!」
「でもさ、学校は君と同じ細川高校だぜ、三人同じ学校だ……会ってみなよ、いくらゲームがどんなにリアルでも現実で仲良くなるのとは別物だ。それに……一度っきりの青春時代だ、それを電脳空間で過ごすのは寂しくないか? やっぱりリアルで放課後や休日はみんなで遊んだりするほうが楽しいと思うぞ、いいことばかりじゃないが」
「余計なお世話です!」
彩は刺々しく言うが佐竹は聞かず、喋り続ける。
「それに彼氏さんが出来たら大変だけど、楽しいと思うぞ。彩ちゃんは可愛いからな」
「……これ以上言ったら、セクハラで訴えますよ」
「あらららそう来たか、怖い怖い。女尊男卑の世の中世知辛いもんだねぇ、まあこれから君次第だ、それじゃあ!」
散々茶化された彩は顔を真っ赤にしながら警告すると、佐竹は両手を上げてそそくさと訓練場とは反対方向の所へと消えていった。
屋内射撃練習場のレンジに入ると隣のブースでクラスメイトの少年がベンチで銃のマガジンをせっせと込めている、遠目から見ると1911のようだ。よくもまああんな一〇〇年以上前の古い銃を使う人がいるものだと呆れるのを通り越して感心する、AK47ならまだわかるが。
彩は持ってきた紙の標的を鞄から取り出してセット、距離を一五ヤード(約一三・七メートル)に設定すると鞄からホールドオープン状態のSP01を取り出し、家であらかじめ弾薬を込めておいたマガジンを挿入するとスライドストップを押して九ミリパラベラム弾を装填し、射撃練習した。
その日は一八〇発は撃ってる間に隣の少年は気になる様子で見ていたが、しばらくすると帰って行った。
その日の調子は予想以上に上々で、掌で弾痕が隠れるぐらいのグルーピングだった。
数日後の昼休み、翔たちはいつものように昼食を食べて昨日のことを話していた。
「――ノリはいいとは言えないけど、レイヴンもまんざらでは……むしろね、楽しんでたわよ。だから時間をかけて仲良くなれると思うわ。あの子ツンデレだから」
シオリはレイヴンのことを話す、昨日は二手で行動していて、その時はシオリと行きたがってたのだ。別行動の時のことを今話していて翔は弘樹と耳を傾けて聞いていた。
「あの子ようやく話してくれたわ。実は同じ学校だってさ、人付き合いが苦手みたい。悪く思わないであげてね」
「勿論さ、レイヴンらしき女子は何人かいたが……残念ながら声をかける勇気はない」
「あら弘樹って意外と気が小さいのね」
「……俺は君ほど人懐っこい人間じゃない」
弘樹は腕を組んで言う、翔は水筒のコップにウバ茶を注ぐ。
「余程のことがない限り、こっちから現実世界のレイヴンを探す必要はない。そのうちあっちから声をかけてくると思うさ」
そう言ってウバ茶を飲む。うん、昼食後の紅茶は美味いと思ってると一人の女子生徒たちがこちらにやってきて話しかけてきた。
「ねぇねぇ、ちょっといいかしら?」
話しかけてきたのは翔たちのクラスのリーダーである綾瀬玲子だ。
「あなたたちDUOやってるんだって?」
そう訊かれて翔は空気が凍りつき、冬が舞い戻ってきたのかと感じた。
綾瀬玲子は女子生徒にしては長身でグラマーとスタイルも良く、長いウェーブの紺色の髪で顔立ちはネコ科の猛獣のようである、メイクは薄めにしているがそれでも男子生徒の注目が集まるほどだ。
口調は威圧的かつ高圧的だが成績優秀スポーツ万能の優等生だ。
既に先生や生徒たちの信頼も得ている、噂程度だがサッカー部のエースと付き合ってるらしい、本人は肯定も否定もしてないが。
シオリはとぼけるような口調で訊き返す。
「その情報どこで聞いたのかしら? もしかして盗み聞き?」
「風の便りよ、その分だと……本当みたいね」
玲子が言うと弘樹は皮肉っぽく言う。
「おいおい、ここはどこだ? 東ドイツか? エアストリップ・ワン? それともチャウシェスク政権下のルーマニアか?」
「あたしは別にエレナ・チャウシェスクになるつもりはないわ」
玲子は淡々とした口調で言うと、翔は素直に言うことにした。
「DUOをやってるのは本当だ、キャラネームは言えないしギルドの勧誘ならに乗るつもりはない」
「そう……出来れば来て欲しかったんだけどね、あの巨人を倒した子……前から目をつけてたんだけど……自分たちのギルドを作ってからは行方不明なのよ、知らないかなと思って訊いてみただけ」
玲子はそうに言うと踵を反して立ち去る、レイヴンのことかと確信する。あれ以来いつもの場所を離れてダンジョンに潜り、モンスター狩りや探検に勤しんでいたからだ。
彩は放課後になり、帰ろうと思いながら廊下に出る。
さっきから誰かに尾行されてると感じていた、ストーカーするくらいなら堂々と言えばいいのに、と思いながら振り向いた。
「言いたいことがあるのなら前に出てきなさい、気持ち悪いわ」
「あらあら、酷い言い草ね。このこと綾瀬さんに言おうかしら?」
小坂愛美だ。玲子の取り巻き兼右腕役で、ショートカットで眼鏡をかけてるが、幼げな目鼻立ちと無邪気な言動で多数の男が寄ってくるほどの美貌を持ち、玲子に負けず劣らずのスタイルで玲子をリーダーとする女子三人グループのムードメーカーだ。
男をとっかえひっかえしてるらしいが本人曰く「恋多き乙女」と言ってるらしい。
「勝手にしなさい、それよりなに?」
敢えて露骨に警戒するような口調で訊くと、無邪気に微笑みながら眼鏡を外した。
「そんなに怖い顔しないでちょうだいレイヴン、いえパルファシティの英雄さん」
愛美が無邪気な口調で言うと、彩は動揺して微かに目を見開き、心臓を大口径マグナムライフル弾で撃たれたような衝撃が走り、心拍数が急加速した。
「……あたしがレイヴンだという証拠は?」
「顔に出てるじゃん、目を見開いて動揺してるでしょ? そーれーにー……喋り口や声もレイヴンそのものよ」
愛美は無邪気に右手人差し指を立て、唇に当てながら上目遣いになりながら言う。
やられた! 身元バレした、もう否定は出来ない! 彩は鞄の中に忍ばせたSP01に手を伸ばそうと思ったが駄目だ! 今は放課後の人気のない二階の廊下、外には部活動生や先生がいる! 銃声が響けば簡単に見つかる!
「やっぱりリアルで交渉するのに限るねぇ……レイヴン、いや神代さん」
背後から現れたのはよりにもよって谷川誠一だ、坊主頭に濃い顔立ちの筋肉質の男子生徒で、中学時代彩に告白して振って以来、色々と自分に執着してくる。
「うちのギルド……スカーフェイスに来てくれないかな? 来てくれないと困るんだよなぁ……」
更に後ろにはもう一人の男子生徒――確か中田幸成が言う。
小柄で細目、スポーツ刈の男子生徒でノリのいいクラスの人気者だ、クラスは違うからなんとも言えないがムードメーカーらしい。
彩は追い詰められても諦めるまいと眼光を放ち睨む。
「交渉じゃなくて脅迫じゃないの谷川君、剣道部の練習はいいの?」
「ああ、剣道はもう辞めたのさDUOが面白くてね」
谷川はあっさり言うと愛美は悪戯を思いついたかのようなと、口調で言った。
「そうだ! 条件付きなら入ってくれるでしょ? どんな無茶な条件でもいいからさ」
条件付きで加入、彩は無茶な条件でもOKならと思ったがこいつらのギルドの規模はわからない、大規模ならどんな無茶も聞き入れてしまう。
だが彩はピンチでもありチャンスだと思い、口を開いた。
「……いいわ、条件は……DUOの対戦で……チームデスマッチであたしの首を取りなさい!」
彩は凛とした口調で言うと中田が言う。
「それじゃあ、ってわけだね。俺は異議なしだけど」
「異議なし! 私たちのチームと神代さんのチームで対戦ってわけだな」
谷川も賛成すると愛美も賛成する。
「それじゃあ、チームデスマッチね……明日の夜に……どこがいいかしら?」
「対戦場所は……パルファシティ西の三キロのジャングルよ」
彩は強気の口調で指定する、ジャングル戦は彩の分野の一つだ。それにこの前は狙撃されたがジャングルではよく生き残る。
彩はみんなに申し訳ないと思い、目を瞑った。