第一章、その3
昼休みが終わって午後の授業が終わるとすぐに翔はSIJ社の訓練場で訓練とバイトを終え、夕食。
すぐにログインするとパルファシティに向かった。
DUOの日本サーバーは現実で言うなら三〇〇キロメートル四方の広さがあり、当たり前だが徒歩で移動するにはキツイ、そこで交通手段として車、バス、鉄道、果ては小型飛行機で移動している、バルドイーグルはヤマハセローに乗って田園地帯を横切り、集合時間の一〇分前に到着した。
DUOの設定上ここは敵対するユートピア――人類統一連盟軍(通称:人統連、あるいはジトレというネットスラングになってる)との最前線近くだ。いつ架空銃やハイテク兵器や生物兵器と、無人兵器を装備したNPC、あるいは人統連のプレイヤーが襲ってくるのかわからない。だから町行くプレイヤーやNPCたちはみんな武装していた。
パルファシティの町並みは赤い屋根が立ち並び、ロマネスク建築から近代建築まで各時代の建築様式が並んでいて観光スポットにもなってる。
公式ツィッターによればチェコの首都、プラハがモデルだという。
バルドイーグルはパルファシティ駅に到着してバイクを置くと、まだ来てないのかと思いながら駅の出入り口でスマホでニコニコを見ることにすると、DUO内のドワンゴ社ビルに自爆テロで特攻した連中が話題になってるニュースを読んだ。
レイヴンはうんざりだと悪態吐きながらログインする、今日ローンウルフにメールでいきなりギルドを組もうと言われたのだ。
見ず知らずの人なら、キッパリ断ってそれで終わりだがローンウルフは違う。アカウント登録した時からつかず離れずの距離を保ちながら協力したり、時には昨日のように敵対したりすることもあった。
だから心を許していたがそれがいきなり、ギルドを組もうと言われたのだ。
ログインしてすぐに彼女は下着姿でモーテルのベッドで目を覚まし、鏡を見る。
長く艶やかな黒髪に雪のように白い肌、潤んだ桃色の薄い唇、人形のように整った顔立ちは少女の可愛らしさと大人の日本人女性の美しさを程よく調和させたかのようで、少女から女性に成長する途中にしか見られない顔立ちだ。
体を見ると胸もそれなりに大きくなっていて、四肢も現実でのPMC訓練場で鍛えた訓練の成果が出てるのか、だいぶ引き締まって見える。
ほっそりしてるがパワーとスタミナが秘められている四肢だ。
やっぱり現実と見分けがつかないわね。レイヴンはあらゆる環境から守る防弾、防刃機能のあるボディスーツを着る、このままでは体のラインがくっきり見えてしまうのでその上からポーチ付きのコルセットリグやホルスターを装着、マルチカム迷彩マントを羽織ると必需品であるケブラーマスクを被って外に出た。
待ち合わせ場所に来ると既に友人のローンウルフと相棒のブラックマンバ、昨日一緒に戦った……確かバルドイーグルという名前だった。やっぱりギルドを組むのかな……そう思うと立ち止まりそうになったがその前にローンウルフが手招きして紹介する。
「やぁ、待ってたわよ。彼はバルドイーグル、昨日一緒だったよね?」
「うん、覚えてるわ」
レイヴンはそれだけ言うと、ローンウルフはスマホを見せて愉快な口調で言う。
「ねぇこれ見た? ドワンゴDUO支社に爆弾抱えて突っ込んだ馬鹿たちがいたわよ」
「えっ? ドワンゴってニコニコ動画とかを運営してる?」
「そうよ、そこの喫茶店で見よ!」
ローンウルフに言われるがまま駅構内の喫茶店に入る、本当に飲むわけじゃないがブラックマンバとバルドイーグルは一緒に見ながら時折お腹を抱えて笑っていた。
レイヴンもスマホを取り出してニコニコニュースを見るとランキング一位に上がっていて、内容は次の通りだ。
四月二五日午後一一時三五分頃、ディストピア・アンド・ユートピア・オンライン(以下:DUO)内にあるドワンゴDUO支社がプレイヤーの襲撃を受けた。襲撃に参加したプレイヤーは五〇人以上と見られ、ドワンゴ側も応戦して辛うじて撃退したが社屋は半壊してドワンゴ社員六七人がゲームオーバーになった模様。
襲撃から一夜明けた今日、既にその時のプレイ動画が多数公開されてランキングを独占して祭の状態になっており、ドワンゴ側はDUO支社の社屋修復と防衛体制の強化を行っているとのこと。
短い文章だが、スクロールするとツィッターのコメント欄には既に五〇〇以上の書き込みがされていた。
レイヴンはウーロン茶、ローンウルフはホットコーヒー、ブラックマンバはオレンジジュース、バルドイーグルは紅茶を注文する。
その間にネットを見ると、DUO内のドワンゴ社員や襲撃したプレイヤーたちが撮影した動画やスクリーンショットが多数出回っていた。
「なんだこいつ? 上半身裸で体に爆薬巻いて、両手に手榴弾持って突撃したぞ! シリアスサムに出てくる敵かよ! うわっはははは!! 絶叫しながらいっぱい突撃してる!」
向かいのブラックマンバは爆笑しながらスマホを見ていて、彼の隣に座ってるバルドイーグルは情報収集してるのか真剣な表情でスマホを弄ってる。
レイヴンは投稿された動画の一つを見ると、窓から軽機関銃で下の駐車場に制圧射撃していた。動画投稿者であるうp主が叫んでいた。
『アパーム! 弾持って来ーい!! それじゃない! 三〇八口径の弾持って来い!!』
社内に突入されたのか怒号、悲鳴、奇声、銃声、爆発音が折り重なって聞こえた。
『もうダメぽおおおぉぉっ!! 突破されるオワタっ!!』『諦めんなよ、諦めんなよお前――うわぁぁああこっち来るなああぁっ!!』『消された動画の恨みを、ニコ厨の力を思い知れえぇぇぇっ運営!!』『死にたくねえええぇえょおおおぉぉっ!! お母ちゃゃゃああああん!!』『あうあうあうあうあうあうあぁぁぁぁぁっ、あああああああっ!!』
奇声と共に突入してきた奴が自爆すると画面は煙で何も見えなくなった。
爆発を何とか耐え凌ぎ、うp主が軽機関銃を捨てて拳銃に持ち換えて乱射する、荒い呼吸まで聞こえると、動画はそこまでだった。
「あはははははっ! このままDUO内でニコニコ動画が見れなくなったらどうしよう……あいつらに報復しようか?」
ローンウルフは左隣で爆笑してレイヴンは苦笑するしかなかった。
「う、うん……DUO運営してるトライポッド・ゲームス・ジャパンとドワンゴって提携してるし、再建もするって……」
すると昨日一緒に戦った鷲のような鋭い目の男の子、バルドイーグルが正面から乗り上げるようにテーブル越しにスマホを見せてくれた。
「攻める側の動画もアップロードされてる、これは襲撃側の一人が撮ったものらしい」
レイヴンはギョッとして仰け反りそうだった、バルドイーグルの顔は同い年とは思えないほど精悍で野生的、猛禽類のように鋭利な眼光を放つ顔立ち、ブラックマンバと同じ今まで会ったことのないタイプの男の子だ。
動画を見るとうp主はどこかの立体駐車場でテクニカルの前にいて、ハンディカムで撮影してるらしい。画面にはモヒカン頭にトゲ付きのショルダーアーマーにサングラスの男、昨日対戦したギルドの人だった。
『動画をご覧の皆さん、おはこんばんちわーっす! ブラックビーストでーす!』
『『『イェーイ!!』』』
画面が動くと荷台には重機関銃が載っていて、その周りには荷台から溢れんばかりのメンバーがぎっしり乗っていて、みんな眩しく、清々しいほどの笑顔でカメラに向かって手を振っていた。
『これから他のギルドの人たちと一緒に、ドワンゴDUO支社に凸しまーす! 見てくださいこんなに集まってます!』
テクニカルの周囲には自爆テロ用にと、車に爆弾を取り付け作業してる人や自爆する気満々なのか、上半身裸で爆薬を自ら装着してる人、援護車両なのかテクニカルの荷台で機関銃や自分の銃を点検する人や記念撮影する人もいた。
「うわぁ……前代未聞の馬鹿を真剣にやるために、馬鹿が集まって、馬鹿みたいにはしゃいでる」
横からローンウルフが覗く、さすがに引いていていたがレイヴンは狂気を感じていた。現実だったら間違いなく前代未聞の狂気に満ちた集団自殺、あるいは自爆テロだ、それなのにあと数分で死ぬような人間の顔ではない。
これはゲームだから? そう考えてるとうp主は助手席に乗り込むと発進、しばらく進むと運転手のモヒカン男が言った。
『よし、降りたらみんなと一緒に突っ込め! 但し、無理はするな! 死んだらいいのが撮れなくなくなるぜ!』
『ああ、任せてくれ……始まったぞ!』
遠くで爆発音が複数聞こえると間を置かず銃声が絶え間なく響く、運転手は遅れまいと加速させてやがてドワンゴDUO支社が見えた、周囲にいくつもの灰色の煙が立ち上ってビルの窓ガラスがいくつも割れていた。
テクニカルが停止するとうp主は助手から飛び出し、画面が回転する。
『それみんな撃ちまくれえっ! ヒャッハアアアーッッ!!』
画面に映ったモヒカン男たちが叫ぶと一斉にAKをフルオートで乱射し、爆弾を満載した車や自爆要因たちの突入を援護する、これはまさに狂気そのものでレイヴンは戦慄した。うp主は遮蔽物に隠れ、左手で自衛用の拳銃を持ちながら撮影する。
だが事前に察知してたのか二重三重に防御を固めたDUO支社ビルの守りは厚く、ビルの一階部分周囲には頑丈な防護壁や地雷が仕掛けられ、次々と機関銃の餌食になり自爆要因や車の中には到達する前に倒れてそのまま爆発し、少なくない仲間を巻き込んだりして地獄そのものだった。
『うわぁ……これは酷い……うごっ!』
うp主も流れ弾か、あるいは狙撃兵にヘッドショットされたのか動画はそこで終わってしまった。
「いくらゲームとはいえ凄惨だな、初期の独ソ戦より酷い」
バルドイーグルが感想を述べるとレイヴンはまさにその通りだと全身に汗びっしょりだった。こんなに気持ち悪い汗は久しぶり……やだ、胸の谷間にまで流れ込んでる、ログアウトしたらシャワー浴びようと思いながらウーロン茶のストローを口に運ぶと飲めないことに気付いた。
「大丈夫? 顔色悪いわよ」
ストローがケブラーマスクに当たって飲めない、マスクの構造上の関係で上にずらして飲むのは難しい。不気味なマスクで飲めないというシュールな光景に、ローンウルフは心配そうに言った。
「……マスク外せばいいじゃない、誰もあなたのリアルのこと詮索しないからさ」
「レイヴン、僕はローンウルフとブラックマンバはリアルでも会ってるがお互い深く詮索はしないようにしてる」
バルドイーグルはそう言ってくれるが、顔を見せるのは怖い。パソコンのオンラインゲーム時代ならアバターで誤魔化せたが今は顔すら誤魔化せない。
髪型や髪の色を変えると違う自分になって、自分が自分でなくなりそうだった。
「ごめんなさい……今はまだ勇気がないの」
レイヴンは申し訳ないと思いながらスマホのDUOアプリを開き、装備メニューからバラクラバを選択して、ケブラーマスクからバラクラバに変更した。口元に穴があるタイプでそれでウーロン茶をすすると、ローンウルフはジーッと見つめている。
「ローンウルフ? やっぱり変かな……」
「ううん、綺麗な唇ね……顔、見せてくれないのが残念だわ」
ローンウルフは艶やかな微笑みを浮かべる。まるで好みの女の子を見つけた……ローンウルフも女の子か、まさかそんなわけないよねとレイヴンはそう思いながら飲み干し、ブラックマンバが本題を持ちかけた。
「なぁ、俺たち四人でギルドを組まないか? 俺たち三人はみんな現実でもPMCで訓練を受けてる、勿論すぐに返事をくれとは言わないし顔を見せてなんて言わない。でも……ソロでは厳しいと思うんだ」
「えっ……あたしは……その」
レイヴンは正直困惑していた、一人でやりたいけどこんなに良くしてくれる人たちの誘いを断るわけにもいかない。
ど、どうしよう……でも、やっぱり断ろう。
レイヴンが顔を上げて丁重に断ろうと思った瞬間、外で警報が鳴ると同時にスマホもマナーモードにしてるにも関わらず、まるで緊急地震速報のようにアラームが鳴った。
人類統一連盟軍の襲撃!? どこから?
レイヴンはスマホを見ると、人統連の生物兵器が町に侵入したという。みんなすぐに立ち上がって喫茶店を出るとヘリコプターのローター音が聞こえる、こっちに向かってると確信すると四機のCH47が低空侵入してきた。
四機とも機体下部にはワイヤーが張られ、一体の生物兵器つまりモンスターが吊るされていた。
「あれは……オッドタイタンだ!」
誰かが叫んだ。
しかもデカイ! 皮を剥いだゴリラに鎧を被せたかのようで、口は三つに分かれ、目も三つ、手足の指は六本でそれぞれ鋭い爪が生えていてグロテスクだ。一一トンの物を運べるCH47が四機がかりで運ばれ、ワイヤーが切り離されると目を覚まし、着地すると地響きがして次の瞬間には雄叫びを上げた。
「ヴゥオオオオォォォォォッ!!」
デスメタルバンドのボーカル一〇〇〇人が一斉にデスボイスを発したような雄叫びに大気が震動し、建物のガラスが割れ、NPCやプレイヤー問わず耳を塞いでいた。
「町のど真ん中でモンスター戦なんか聞いてねぇぞ! 近所迷惑を知らないのかデカブツの池沼!!」
ブラックマンバが左手でファックサインしながら大声で罵る。
「みんな! 対モンスター装備!!」
バルドイーグルが叫ぶとみんな装備を切り替えて喫茶店を出た。
DUOプレイヤーたちの間では対人、対モンスター装備と使い分けるのが常識となりつつある。勿論、状況によっては両方相手にしなければならないこともあるがその時は役割分担したり装備をやりくりしたり、チームプレイ等でカバーしてる。
レイヴンは急いでスマホのアプリで装備変更画面を開き、メインアームをサコー85の30-06弾モデル、サイドアームとしてレッドホーク44マグナムを装備する、モンスター相手には必要最低限の基本装備だ。
バルドイーグルはレアなハンガリー製の五〇口径ライフル、ゲパードGM6リンクスを装備していて五連マガジンをセットするとボルトストップ解除、50BMG弾を装填した。
「二手に分かれよう! レイヴン、君は俺と来い!」
「あっ! はい!」
レイヴンは肯く、バルドイーグルのホルスターにはサイドアームなのかAMTジャベリナが差してある。
「それじゃ、俺はローンウルフと行く。お互いにカバーし合え!」
「レイヴン、考えておいてね! 私、あなたとならいいギルドが作れると思うわ!」
レイヴンは返事しようとすると、オッドタイタンは駅前広場に侵入して来た。
「行くぞ! 走れ!!」
バルドイーグルは走り出すと、レイヴンも手を引っ張られてるかのように感じながら後を追いかける。
後ろで他のプレイヤーやNPCの断末魔や悲鳴が響く。
「いいか、絶対に止まるな! シュート&ムーヴを!」
ゲームとはいえあんな死に方は嫌だとレイヴンは重い銃を抱えながら肺と筋肉に鞭を打って走り出した。