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灰色のデッドライン  作者: 尾久出麒次郎
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第六章、その2

 神代彩は叫ぼうとしたが、背後から口元を塞がれて瞬時に腰のナイフを抜かれ、喉元に突き付けられた。

その喉元に光る鋭利な刃が、気まぐれ一つでバターのように肉と動脈を切り裂かれそうだった。

「駄目じゃないか神代さん、こんな危ないもの持ってちゃさ」

 谷川の舐め回すような声にガチガチと震え、そのまま後ろに引っ張られて真っ暗な廃屋の中に引きずり込まれ、ガリルACE31を水溜りの中に落とした。

 彩は残る武器はヒップホルスターのSP01だけだが、それも抜かれて水溜りに中に捨てられた。

 雨漏りの廃屋の中にはガラス片や小石が転がっていて、転んだら怪我しそうだ。

 ヘルメットも脱がされて視界が真っ暗になり、心臓の鼓動が更に速まって破裂しそうになり、髪を結んでいたゴム紐をするりと取られたことにも気付かなかった。

「やっぱりそのままが綺麗だよ神代さん……これから僕と一緒に逃げよう、君は僕のものだよ、心も体も」

 谷川は恐怖で声が出せないことを悟ったのか、左手で口元を塞ぐのをやめて装備品を外そうと体のあちこちを触る。

 やだ……気持ち悪い、虫が這い回ってるみたいだと彩は背筋が凍る。やがて各種ポーチ類を付けたプレートキャリアの裾を掴んで引っ張り上げられ、彩は完全に武装解除させられた。

 悪いことにプレートキャリアの下は白のシャツでライトに照らされると、彩の乳房を包む白いブラジャーがくっきりと浮かび上がって、谷川を欲情させるのには十分過ぎた。

「ふ、ふああぁぁぁあああっ神代さん! いや彩!」

 谷川は奇声を上げてシャツに手を突っ込み、乳房を鷲掴みにする。

「いい! 彩! こんな体! 犯してくださいと言ってるようなものじゃないか! 俺はもう我慢できないよ、ねぇここでしよ! ちゃんと責任取るから!」

 谷川は彩を湿ったマットに押し倒し、荒い呼吸をしながらライトを適当な場所に置いてズボンを脱ごうとするとナイフを置いた、それで彩はそこにチャンスを見出した。

「はあああああっ!」

「ぴっ! ぴゃあああああっ!」

 彩は思いっ切り股間に蹴りを入れ、絶叫して怯む。

 身軽になった体で立ち上がってライトを奪い取り、来た道を走る。

 真島君がまだ近くにいるはずと思いながら走ると、谷川が追いかけてきた。

「駄目だよ逃げちゃ! 彩、君は僕の! 僕の! 僕のおおおおぉぉっ!」

 彩に執着してる谷川はライトも点けずに走って案の定、何かにつまづいて派手な音を立てて転んだ。恐る恐るライトを照らしてみると……。

 顔の所々にガラスの破片が刺さって流血し、彩しか見えないと目をギロリと見開かんばかりでゾンビのような形相だった。

「きゃあああああっ!」

「彩! 僕の、俺のものになってえええっ!」

 彩は思わず絶叫して走るが谷川もあとを追いかけてくる。破片や転がってる鉄骨を避けて走るから思うように走れない、下手にスピードを上げればつまづく、落とせば捕まって毒牙の餌食になる。

 つまり地雷原を走ってるのと同じ状態だった。



 佐竹洋彦は思考を冷静に保ちながらも、苦渋の決断をして益永を追っていた。

「待ちやがれ! この野郎!」

 翔と彩が心配だったがこのまま奴を放置すればまた誰かが彼に人生を壊される。

 佐竹もその中の一人だ、小学生の頃にいじめられてまだ幼い心も体もボロボロにされて中学時代から高校時代まで人間不信で孤立した。


「お前は役立たずだ」「勉強もスポーツも何もかも駄目な奴」「人にぺこぺこ頭下げることしかできない」


 と罵られた影響で奴を見返すため、当時必要とされた介護福祉士の資格を取るため専門学校に行った。

 卒業して老人保健施設に就職してからは憤怒と空しさの日々だった。

 毎日毎日、頭のおかしい老人どものために愛想笑いをして、夜勤の時はデスクワークしながら夜寝ない老いぼれの相手をして、わがままを聞き、現場に来ない上の連中の理想論や根性論に従う。

 それで得られる給料は安く、空しさしかない。

 自分の相手にしてる呆けた老人はもう人間ではない、人間の姿をした何かだとさえ思うくらいだった。

 数年前の同窓会で益永がどこかの大手企業に勤めて勝ち組生活してると、聞いた時はもう自分の人生はなんなのかと死にたくなった。

 それからいろいろあって資産家になってSIJ社に土地を貸しながら装備調達・管理部門の社員として無理なく働いてるが、いつか益永には借りを返したかった。

 今がその時だと! 益永を敷地の外れにある橋まで追いかける。

 すると止まったと思った瞬間、オブジェに隠れると銃弾が数発飛んできた。

「バレバレなんだよ! その手は! 昔の俺とは思うな!」

「じゃあタイマンで勝負してみろや!」

「じゃあテメェから銃を捨てろ! そうすればタイマンで素手で喧嘩してやるよ!」

 益永の挑発に佐竹は叫ぶ、あいつに声を荒げて言い放ったのは多分初めてだろうなと思わず笑みを浮かべる。

 大雨と濁流の音に混じって何かが水溜りに落ちる音が聞こえた、佐竹はガリルACE32の右ハンドガードに装着したPEQ15のLEDライトを点けて照らすと益永は橋のど真ん中に立っている。

 銃はどうやら下を流れる川に捨てたようだ。

「さあ出てきやがれ! 望み通り男らしく正々堂々と出てきてやったぞ!」

 こんな時だけ正論ぶるのはあいつらしい、と苦笑しながらガリルACE32を置いてヘルメットも脱ぎ、堂々と両手を挙げたまま姿を現した。

「よう、望み通り出てきたぜ。さあ……昔みたいに、いやそれまで以上にボコボコしてみろよ」

「へっへっへっ、上等じゃねぇか……泣くまで殴ってやる! いや泣いても絶対にやめねぇ、へっへっへっ……お前のせいで俺の組織は滅茶苦茶だ。再建するのにいくらかかると思ってるんだ?」

「お前の組織だ? 勝手に人の武器盗んでドヤ顔してんじゃねぇよ。中国製で誰も使わないからデッドストックとして発信機付きで保管してて正解だったぜ」

「なぁ! ま、まさか!? ここの居場所は――」

 意外な真実に益永の顔が顔面蒼白になるのが暗闇でもわかった、初めて見るが明るい所で見たかったと思いながら更に煽る。

「ああ、そうさ。盗難防止に発信機を仕込んでGPSでここを割り出したんだ、とんだ間抜けなミスをしたな、益永君。まさかここまで間抜けだったとは」

「てめぇ殺してるやる、お前なんか殺してやらあっ! 貴様を殺してやらあああぁぁぁぁぁっ!!」

 完全に冷静さを失い、爽やかな好青年の皮は完璧に剥がれて本性が露になった益永は全力で佐竹に殴りかかってきた。



 同じ頃、彩も翔と合流しようと暗闇の中を逃げ回っていた。身軽になったとはいえ谷川は元剣道部員で体力も相当ある、必死に逃げながら落とした銃を探す。

「あっあははははははっはははははっ! 待ってええええっ彩、捕まえてやる! 捕まえて、捕まえて、捕まえて僕の逞しいイチモツで! 沢山沢山その豊満な体を貪って孕ませてやるうぅぅぅっ! だから僕と気持ちいいことしよおぉぉぉっ!!」

 谷川は完全に正気を失ってる、彩は息を切らしながら走る。そういえば銃を撃ってこない、どうしてだ? そう問うとすぐに一つの結論に達した、彼はあたしが欲しいのだ。

 パニくってるから気付かなかった。あいつは殺さず生け捕りにしたいと、そう気付くのに時間を浪費してしまった。

 それならと彩は覚悟を決めて使えそうな重い鉄パイプを取る、するとさっきのナイトビジョン付きヘルメットを見つけた。

「彩あああああああっ! 僕と一つになろおおおおっ!」

 奇声を上げる谷川。彩は走りながらヘルメットを拾い、被ってナイトビジョンを降ろしてライトを谷川に放り投げる。

 谷川はそれを拾った。

「そうか、やっとわかってくれたんだね!」

 谷川は拾って走り寄ってくる、完全に抱きつくつもりで両腕を広げて来る。

 彩は両手で鉄パイプをゴルフクラブのようにしっかり握り締め、思いっ切りフルスイング! 渾身の一撃が谷川の股間にクリティカル・クリーン・ヒット! 谷川の二つの睾丸がブチャリと、ブッ潰れるような音がして断末魔を上げた。

「ぴぎきゃあああああああぁぁぁぁっ!! 僕のが! 僕のが!」

 聞いてるこっちが痛くなりそうな悲鳴を聞きながら彩はすぐに鉄パイプを捨て、走ると水溜りから赤外線レーザーが放たれてるのが見える。まさかと思って水溜りに手を伸ばすと、ガリルACE31だった。

 スイッチが入れっ放しだったのか、落とした拍子にスイッチが入ったのかはわからない。

 ごめんね、もう離さないから。

 彩は思わずこの銃が主人を健気に待っていたようにも感じ、彩はチャージングハンドルを引くと弾は装填済みでセレクターはセミオート。

「彩! 痛いよ! 酷いよおおおおおぉぉっ! せ、しぇき任とってよおおおおっ」

 躊躇いを捨てて睾丸を潰され、泣きじゃくりながら追いかけてくる谷川に銃口を向け、歯を食い縛って同級生だった人に照準を合わせ七・六二ミリ弾を発射!

「ああああっ!! 痛い!! 僕の、僕のがああぁぁぁぁっ!!」

 今ので谷川のイチモツを吹っ飛ばしたらしい、フルオートに切り替えて全弾発射! 谷川は全身に銃弾を受けて血を噴出し、水溜りの中に沈んで事切れた。

「責任取ったわ……はぁ……はぁ……これで文句ないでしょ」

 彩はガリルACE31を落としそうになったが、代わりに両膝を落として罪悪感に苛まれた、歪んだ形とはいえ思いを寄せていた同級生をこの手で殺し、自然と涙が零れた。

 戦闘での極度の緊張から一時的とはいえ解放され、越えてはいけない一線を越えてしまい、血で染めてしまった両手が震えて涙が止まらなくなった。

 あたし……人を殺しちゃった。ごめんなさい、パパ……ママ……。



 一対一のタイマンは佐竹の一方的な攻撃で益永は防戦一方だった。

「どうした立て! 弱い者いじめしかできないのか! 昔俺とタイマンしてた時は俺を一方的にボコボコにして何回も立てと罵ってただろうが!」

「うらぁぁああああっ! 何でお前に負けなきゃいけねぇんだ!」

 益永は容姿端麗な顔はすっかり変形してしまうほど殴られてるにも関わらず、両手で掴みかかってくる。佐竹はそれをかわしてミドルキックを叩き込み、怯んだところで腹部に拳をぶち込む、今の益永を動かしてるのは凝り固まったクソ下らないプライドだな。

 益永は泣きじゃくりながら呻く。

「ううう……お前、手加減ってのを知らないのかよ……」

「お前昔言ってたよな? 俺は手加減しないし、お前はする価値もないってよ」

 だからするわけねぇんだよ! 佐竹は怒りを込めて拳を何度も叩き込んだ。佐竹はいつの間にか目頭が熱くなり何度も殴る、こんな奴に! こんな奴に! こんな奴に人生滅茶苦茶にされたのかよ俺……惨めだよ。

「悪かった……悪かったから許してくれよ、なんでもするから……」

 佐竹は歯をギリギリと食い縛り肩を上下させながら涙を滝のように流す、こんなに泣いたのは何年ぶりだ? 惨めのあまりに泣いたのは?

「お前のせいで中学も、高校も、真っ暗だった。学校に行くとどこかにお前の同類が潜んでいそうで、楽しかったことなんて何もなかった! 返せよ、俺の青春……俺の青春を返してくれよ!」

 佐竹は滅茶苦茶に怒りを拳に込めて、何度も闇雲にぶつけた。何度も、何度も、何度も両手の皮が剥けてボロボロになってしまうくらいに。

「同窓会の時話してたよな!? お前、中学高校でも友達や彼女にも恵まれて、優等生で通して! いい大学に行って順風満帆な人生を送ってたってよ、お前が第三次世界大戦の煽りで経営が傾いて、軍用銃密輸事件の時に倒産した聞いた時は清々したぜ!」

 佐竹は益永にぶちまけて言った。

「よかったな……それで……満足か?」

「ああ、冥土の土産に教えてやる」

 佐竹は自分でも不思議に思うくらい、こいつにだけは墓場にまで持っていく秘密を話そうと思った、殺す前に。

「軍用銃密輸事件の実行犯はな……僕なんだよ」

 言ってやったぜクソ野郎! 益永は腫れ上がった目蓋越しに佐竹を見る。明らかに「なん……だと……」と言いたげだ。

「僕は四年前、介護福祉士を辞めた後次の職場を探していた。だが介護から縁を切りたかった俺は他の業界に就職しようと思ったが内定は得られず半年くらいだったかな?」

 佐竹は当時のことを思い出しながら話す、あの日から随分と遠くまで来たと感じながら記憶を辿る。

「そんな時、貿易会社の社長に出会った。そこの会社も経営が不味くてね、そこで一世一代の盛大な茶番を提案したんだ……輸入が禁止されてる物、つまり銃を輸入せざるを得ない状況を作り、解禁した所で真っ先に市場を独占するという。社長も僕も最初は躊躇ったさ……なんせ数万人の命を奪うことになるからな、だが実行した……ウラジオストク経由で中国から大量の軍用銃を密輸し、底辺層にばら撒いた……そこからは怖いくらい予想通りトントン拍子で行ったよ。おかげで俺は負け組みから勝ち組にね、お前がやったように人の人生を犠牲にしてな」

 佐竹は悪魔のような笑みを浮かべた、醜く変形した益永は訊いた。

「な……なんのために? 金か?」

「金? そうさ! 食うため、食べていくためだよ! 僕は人の命を食って生活を繋いだのさ、おかげで資産は億単位だし時々金に釣られた女も抱いた! 勿論避妊はしてるが、いいものだよ! 社会的地位のある女をベッドの上で快楽に溺れさせて、ただのメスに堕とすのは!」

 それでも、心は満たされることはない。

 佐竹が抱いた女たちもみんなそうだった、体は満たされても心はいつも空の器のようだった。

 おかげで学んだよ、心を満たすのは快楽ではなく、別のものが必要だと。

「お前の会社が密輸事件で倒産した時、清々したのはそのためなんだよ!」

 益永はブルブルと震え始めた、予想通りだ。佐竹は油断なく、だが完全に油断してるように振舞っていた。

「へへへへ、お前のせいだ。お前のせいで俺の人生滅茶苦茶だ……俺はその時、結婚するはずだったんだぞ! どうしてくれるんだ!」

「ああ、俺が抱いた女の中にはお前の元婚約者もいたな、婚約破棄して打ちひしがれてるところを俺が慰めてやろうと思ったが……まぁそれで目を覚まして他の男と結婚しちまったがね、素敵な美人さんだったよ」

「お前! 会社が倒産して仕事なくして泣く泣く婚約を俺がとりやめにしたんだ! 中学時代に出会って高校時代から付き合ってたんだぞ! 一緒に登校したり、他の友達と遊んだりしたんだ!」

 益永はヒステリックに泣き叫ぶ、佐竹は思わず苦笑してまた涙が溢れてきた……なんだよ、こいつの青春の思い出も色褪せちまった、意図せず復讐を遂げたのか。

「お前に人生を、青春を滅茶苦茶された俺からすれば……この言葉が一番だ……ざまあみろバーカ!」

「佐竹……殺す前に冥土の土産を話すってのはな……」

 益永はプライドを捨てたのか、ナイフを抜き、そして叫んだ。

「死亡フラグなんだよぉおおおおおおっ!」

 佐竹は腰に回してあったホルスターから デザートイーグル(DE)1911を素早く静かに抜き、躊躇いもなく腹部にぶち込んだ。

 一発、二発、三発と弾切れまでぶち込むとよろける、殴った時にわかったがこいつ防弾装備を仕込んでいた、だが衝撃までは防げない。

 そして佐竹は思いっきりタックルをぶちかまして益永の耳元で囁く。

「冥土の土産に話すのは死亡フラグ? あのな……これは現実なんだよ」

 そしてそのまま下の荒れ狂う川に押し落とした。

「うああああああっ!」

 一瞬で益永の姿と悲鳴は下の濁流の中に消えていった。

「あばよ、益永……縁があったら地獄で会おう、縁があったらな」

 濁流も見えない程の闇に向かって佐竹はただ呟いた。

 復讐は果たした。決着を付けた。長年胸につっかえていた何かが取れた気がした。

 爽やかな気分だった。


 ここから新しい人生を始めよう。


 金に寄ってくる女の中から良さそうな奴でも選んで、そろそろ所帯持つか? 実家の両親も結婚しないのかと心配してる。

 佐竹はもう益永のことを忘れて、新しい人生を歩むことにした。

 そうだ、自室のアニメグッズにコミケで買ったエロ同人誌やらグッズをなんとかしないと、課題も山積みでやっぱり二次元の女と現実の女は別物だなと苦笑した。

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