第六章、その1
第六章、一日の終わりと始まり
小坂愛美はTGP-Vサプレッサー付き中国製SVDを闇夜の中で伏せ撃ちの姿勢で構えていた。屋敷に侵入した敵を片っ端から撃ち殺せという、今日の戦闘で倒した敵は一四人は殺した。
DUOと同じだ、最初は現実との違和感を感じていたがすぐに慣れた。
そう、DUOもゲームも同じだと愛美はそう割り切っていた。
一五人目を撃ち殺した時、すぐ隣に神代彩がいた時思わず笑ってしまった。
あらあらお気の毒に、一生もののトラウマね。とニヤけながら移動して狙撃、移動して頻繁に場所を変えながら狙撃していた。
これで一六人目、射殺には至らないが数人が彼を助けようと、後方に下げた。攻撃の手が一人でも緩めばそれはそれで御の字だ。
愛美はSVDのマガジンを交換してチャージングハンドルを引いて再装填した。
シオリは雨漏りする屋敷の二階に上がり、SRSA1を背中に回して ブルッガー& トーメMP9Nマシンピストルに持ち替え、暗闇に紛れてどこかにいる敵のスナイパーを探すことにした。
二三ミリの雨を降らされていたが基幹部分はしっかり耐えていて、倒壊する危険はなさそうだ。流石地震大国日本、熊本地震にも耐えただけのことはある。シオリは感心しながら穴の空いた床と、ミンチになった死体に足を滑らせないように注意しながら二階の窓に到着する。
銃声は控えめすで銃火は見えなかったから恐らくサウンドサプレッサーを装備してるのだろう。
シオリの持ってるSRSA1はブルパップライフルで、弾薬を点火するレシーバーがグリップの後ろで操作に癖があり、慣れが必要だ。その分全長を抑えてコンパクトにまとめつつバレルを長くできるという利点がある。
小柄なシオリには以前から欲しかった物の一つで、バレルやボルト、マガジンを交換するだけで様々な口径に対応できる、シオリが持ってるのはATN六倍暗視ライフルスコープにAACサプレッサー、ハリス社製バイポッド、弾薬は七・六二ミリNATO弾(ラプア社製の二〇〇グレインのサブソニック・フルメタルジャケット弾)を装填して夜間狙撃用に特化した物だ。
昼間用のは車に置いてきている。
本当ならスコープと昼夜兼用スコープを併用したかったがブルパップである以上ピカティニーレールが短く、スコープに直接装着すればバランスが劣悪になる。
一挺だけ持ち歩かないといけない場合は昼夜問わず狙撃できるようにしないと、シオリは自分が恵まれてることを自覚する。
シオリがもう一つ欲しいのは優秀なスポッターだ、弘樹は狙撃は文句なしだが観測手としてはお察し下さいだ。
それに彼はSEALの隊員に育てられて単独狙撃を叩き込まれてる。おまけにラマディの悪魔と呼ばれた伝説の狙撃手クリス・カイル氏の直筆サイン入り著書も持っていた。
「べ、別に羨ましくないんだからね!」
と言い張ったが、結局この前貸してもらった。
シオリは部屋に入る。比較的大きな窓からはあの坂道が見え、部屋には棚や机が置かれていてシオリは机の両端を握って思いっきり持ち上げる。重い! 重機関銃並みに重いかもと感じながら、窓の前に押し付けるとSRSA1に持ち替えてバイポッドを展開してSRSA1を机に載せた。
するとまた銃声が聞こえ、間を置かず下から悲鳴が重なって聞こえた。
また誰かが撃たれた。
早く奴を排除しないと。シオリは前のめりで机に寄りかかり、暗視スコープを覗いて小屋の周辺を探す。
窓から決して銃を突き出してはいけない、サプレッサーを装着してるとはいえ銃火でこっちの位置が発覚する可能性がある。
それに一発で仕留めないと撃ち返される可能性もあるから移動しないといけない、つまり早急に目標を発見してOne shoot one kill(一撃必殺)を決めないといけないのだ。
探すのに手間取ればまた誰かが撃たれる、早急に探そうとすれば焦って見逃したり単純なミスをしてこちらの位置を晒す可能性がある。
また、一発で仕留めたとしてもスナイパーは一人とは限らない、仕留めた瞬間にカウンタースナイプされる可能性だってあるのだ。
するとイヤホンからスターリングの声が入る。
『シオリ、敵のスナイパーはどうやら一人の可能性がある。一発一発のサイクルが長いからボルトアクションを使ってるかもしれん』
「そうかもしれません、そっちからは見えます?」
『今探していた奴がスコープごと眼球をぶち抜かれた』
シオリは思わず舌打ちした。焦るな、集中しろ、シオリは呼吸を整えてリラックスさせる。暗視スコープから見える光景の動きを一瞬たりとも見逃すなと言い聞かせる。
すると、暗闇の中で動いてる人影が見えて目を見開いた。
見覚えのある顔だ。
この前DUOで負かしたスカーフェイスのメンバーで、確かマナという名前だった。
シオリはスコープの倍率と彼女の体格から判断して約一六五メートル、スナイパーライフルからしたら至近距離だ。適当に照準を合わせても当たりそうだがシオリはそれでも瞬時に弾道を計算して照準をずらす。
距離、風向き、天候、気温、湿度、弾頭重量、銃口初速、エトセトラ、エトセトラ……と瞬時に計算する。
するとマナが立ち止まってスコープを覗く、自分か他の誰かは知らない。
シオリは躊躇うことなく、トリガープル(引き金の反発力)を二ポンド(約九〇〇グラム)にまで軽く調整したトリガーを静かに指をかけて静かに引いた。
銃声はサプレッサーと大雨でかき消され、下の人たちにも聞こえなかった。
薬室でファイアリング・ピンに雷管が叩かれると、ガンパウダーが爆発的なスピードで燃焼して高温・高圧ガスが弾頭を亜音速にまで加速させて銃身によって回転が与えられると、サプレッサーによって銃声と銃火が最小限にまで抑えられた。
亜音速で飛び出したフルメタルジャケット弾頭はソニックブームを生み出すことなく、大雨の大気を切り裂いて飛翔、シオリの計算した通りに弾道を描き、至近距離からマナこと小坂愛美の口元に突入。
まず、口腔内の歯をバラバラに粉砕し、更に粘膜を引き裂いて顎の関節を砕いた。そして最後は延髄を完全に破砕して下顎と上顎を断裂させ、文字通り頭を吹き飛ばした。
小坂愛美は最期の瞬間まで自分が死んだことに気付かなかっただろう。
シオリは無心のままボルトハンドルを上げて引き、空薬莢を排出。押して戻して次弾装填すると、気を緩めずに静かに告げた。
「敵の狙撃手を排除、引き続き警戒するわ」
インカムでボソボソと静かに告げると、下の人たちは歓声を上げた。
まるで神の祝福を受けたかのように。
弘樹は自分で歩けるようだがそれでも辛そうな表情を必死で押し隠してるようで、AR15を右手とスリングで吊るして左腕に負担をかけないようにしている。
佐竹はガリルACE32を、彩は31を構えて周辺警戒に当たって翔は辛そうな弘樹の傍にいてAKMを構え、警戒に当たって時折声をかける。
「弘樹、君だけAR15とは辛くないか? AKと弾薬を共用できないぞ」
「そうだな、俺のAR15は五・五六ミリだ、300AACブラックアウト弾……中々手に入らなくて割高なんだよ……一応APLP弾だがな」
弘樹は激痛にまるでうなされてるように言うと、足を止めた。
雨脚は変わらず大雨だが制圧した区域には誰もいないはず、他の部隊は集落の外れに行って掃討作戦を展開中だ。
「君たちも感じたようだな? わかるか?」
佐竹は鋭い眼光で彩に訊くと、彩は怯えた表情で周囲を見回す。
翔はローレディポジションでAKMをいつでも構えられるようにする。リアルで戦闘を経験した者にしか得られない勘を研ぎ澄ますと、敵はこの先にある横穴にいる気がしてままならなかった。
「佐竹さん、敵の気配がします。二~三人?」
誰かがいる、緊張感が走ると横穴から二~三人出てきた。誰だと思いながら翔はEW1911に持ち替えて装着したウェポンライトを点灯させてホールドアップ。
「動くな! 全員銃を捨てて両手を頭に当てて伏せろ!」
翔はあまりにもの奇遇ぶりに思わず笑みが浮かんでしまった。
益永と谷川、中田がだった。
「撃つな! 撃たないでくれ! 頼む!」
中田は持っていた56式突撃銃を捨てて谷川も銃を捨てる、益永も苦虫噛み潰した表情で56-C式突撃銃を捨てる。
「よし、お前らの身柄を拘束する。全員後ろを向――」
佐竹が言い終わる前に、何かを落とした。
「グレネード!」
暗くて見えないが手榴弾で自爆と確信した。翔は叫びながら反応が一瞬遅れた彩を引っつかんで田んぼの中に飛び込んだ。
爆発……しない?
「はっはっはっ、やーい騙されてやんのバーカ!」
ふざけやがって! 翔は顔を上げようとしたがすぐに制圧射撃に晒されて頭を下げた。
「クソッたれ! 益永! 待ちやがれ! あいつらを追いかけて決着をつけるぞ!」
「ちょ、佐竹さんどこ行くんですか!?」
弘樹の制止を振り切って佐竹は頭に血が上ってるのか、三人が背中を見せるとまるで鬼ごっこの鬼のように追いかける。
「神代さん、奴を追いかけるぞ!」
「えっ? は……はい!」
彩は顔も衣服も装備も泥まみれになっていたが、雨水が落としてくれるだろう。
行く先は暗闇と大雨でどこに行くかわからないが下手に走るのは危険だ、敵の罠という可能性もある。暗視装置を持ってない翔はフラッシュライトを点灯させて走るがそれでも佐竹を見失いそうだった。
「ったく、撤退すんじゃなかったのかよ! クソッ!」
弘樹も悪態吐きながら暗闇の中を走る、森の中にある道を走ると徐々に滑りやすくなっていて、舗装されてない道路を走ってるに違いないと思いながら一〇分くらいは走り抜いた。
森を抜けた場所は広く、切り開かれた廃墟だった。
「なんだここは?」
翔はポーチからスマートフォンを取ってGPSで場所を確認すると、地図上には集落の西側の外れた所にある場所で何も表示されていない。
すると数メートル先にいた佐竹がフラッシュライトを点灯させ、草木に侵食されたゲートを照らした
「どうやらここは……二〇世紀に建設されたテーマパークの跡地だな」
「跡地? ここはなんだったんですか?」
二一世紀に生まれの彩は率直な質問をする、翔も訊きたかったし弘樹も気になったに違いない。
佐竹は顔を顰めて忌々しげに話し始めた。
「昭和の末期、つまり僕が生まれた頃日本はバブル景気というこれ以上にない好景気という名の狂気の時代……その時代、日本のあっちこっちでテーマパークが計画された。だがバブル崩壊とその後の今も続く不況のあおりで次々と潰れた、建設中に放棄されたものもあったがここもその中の一つだろう」
二一世紀に生まれた翔にはとても想像できないものだった。教科書では少しかじった程度しかバブル時代というのは未知の時代だ、佐竹は忌々しさを露にしていた。
「真島君、江藤君、彩ちゃん、これから予定を変更してボスの首を取る。奴を止めなければまた第二・第三のスラッシュが現れかねない。撤退したいなら言ってくれ、僕は一人でもやるつもりだ」
佐竹の顔はまるで命と引き換えにしてでも、前時代の因果を断ち切ろうと決意してるようにも見えた。
「俺は行きたいところですが……左腕をやられては戦闘は無理です、増援を呼ぶことはできますが」
弘樹は右手でまだ痛みそうな左腕の傷に触れながら言うと、佐竹はポーチからVHF無線機を取り出して渡す。
「よし、ならばこの無線機で増援を呼んでくれ。周波数は合わせている」
「わかりました、使い方はわかります」
「ありがたい、真島君と彩ちゃんは?」
佐竹が訊くと、翔は言うまでもないと肯いて彩も覚悟を決めた表情で肯いた。
「翔、これを被っていけ、暗闇でもよく見えるぞ」
弘樹は大雨の中でPVS15ナイトビジョン付きヘルメットを脱いで渡す、翔はヘルメットは重くてあまり好きではないが今はありがたかった。翔は変わりに取り返した鹵獲倉庫で取り返したキャップを渡した。
「これを、こんな雨の中じゃ気休めだがないよりはマシだ」
実は頭部は体温が一番上がりやすく、そして下がりやすい。
「サンキュー、ちゃんと帰って来いよ。シオリが泣くぜ」
弘樹はそう言うとびしょ濡れのキャップを被った。
ゲートをくぐり、ナイトビジョンを通して見た敷地内のオブジェは植物が侵食されていて元の姿を知ることはできない。
翔は姿勢をできるだけ低くして慎重に移動、彩と組んで佐竹をポイントマンとして進んでいた。
敵はどこに、どれくらいの数が潜んでいつ攻撃してくるのかわからない。翔はアメリカ陸軍の 都市部軍事作戦の書物を読み、訓練したことあるが彩はDUOでしか戦闘を経験していない、これが終わったらたっぷり問い詰めてやるつもりだった。
翔は神経を研ぎ澄まし、侵食した植物が踏み倒された痕跡を辿りながら探すと、遠くでライトの光が見えて翔はAKMを構え、ナイトビジョンモードにしたダットサイトを覗くと人影が見えた。
「あいつだ……益永め」
佐竹は忌々しげに足を速める、すると別の方向――右からもライトの光が見えた。
「佐竹さん、三時方向!」
翔が立ち止まって言うと、佐竹もその方を向いた。敵の罠の可能性があると思った次の瞬間、その可能性は別のものになった。
左方向の廃屋から突然ライトが点いて翔たちを照らされて反射的に勘が働いた。
「隠れろ!」
翔は手近なオブジェに隠れるとフルオート射撃の銃声が響いて、今いた場所に着弾して破片を巻き上げた。危ない危ない、翔は雨粒を冷たく感じながらも相棒の居場所を確認すると彩がいない。
「真島君! ここよ!」
雨音の中、彩の声が聞こえた。よかった生きてると安堵しながらも銃撃してきた奴は誰だ? と思ってると彩の声が聞こえなくなった。
「神代さん? 神代さん! 返事しろ!」
「相手のことより自分の心配したらどうだ真島」
銃弾が飛んできた廃屋から降りてきたのは雨合羽姿に、ナイトビジョンを被った中田だった。