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灰色のデッドライン  作者: 尾久出麒次郎
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第五章、その3

 集落の北東にある屋敷ではスラッシュの残存部隊が集結・潜伏している、人数と装備は十分で一週間は戦えるくらいの要塞だと益永は自負していた。

「あの野郎……あんな所にいやがった!」

 中田はギリギリと歯を食いしばり、双眼鏡で翔を見つけたなと益永は確信し、悪天候に紛れて夜間の強襲攻撃に益永は自分が思ってる以上の恐ろしい相手と喧嘩している。

 いや、もはや喧嘩ではなく一方的な弱い者いじめだと徐々に苛立ちが腹の底から沸き上がってきた。

 しかもさっき敵の無線を傍受したが佐竹も来てるらしい、ふざけやがって! あいつは俺の玩具だったくせにPMCに入って勝ち組になったような顔しやがって!

「佐竹さん、今日捕まえた奴ですけど。この前DUOでEMP使った奴らです! あいつの仲間、ローンウルフやブラックマンバ、レイヴンまで来てるみたいですよ!」

 愛美が苛々したような口調で言うとやはりそうかと、佐竹は思い出した。

 今日捕まえた奴はDUOでスカーフェイスを負かした奴だったんだと思い出し、次の瞬間には更に苛立ちが高まった。

「そうか、どうりで見たことのあるような顔だったわけだ……せめてあいつらだけでも八つ裂きにしてやる」

 益永は短気な本性を露にして無線機を取って周波数を合わせて叫んだ

「おい聞こえるか? スラッシュ全員に告ぐ! 状況を報告できる奴は報告しろ!」

 ノイズが聞こえるだけで返事は来ない。

「おい! ボスの声が聞こえないのか!?」

 誰でもいいから出ろ役立たずども! 内心罵ると、聞こえてきたのは今まで聞いたことのないかつての同級生の憎たらしい声だった。

『ああ悪いな、お宅らの構成員はみんなお休みしてるぜ。これから残りカスを掃除しに清掃業者の奴らがやってくるから、さっさと武装解除すれば命だけは助けてやるぜ!』

「お前……佐竹なのか?」

『そうだよ、小学生の頃思い出すな……散々金を巻き上げて陰口、悪口、告げ口に周りを扇動してクラスから孤立させてサンドバッグにして心も体もボロボロにされた佐竹だよ』

「昔のことじゃねぇか! 未だに根に持ってんのかよ!」

『当然だ、言い忘れたが装備調達・管理部門でも訓練は受けてる……今の俺ならいじめられっ子はお前だ。どうだ? 立場が逆転していじめられっ子になった気分は? ねぇどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?』

 佐竹の今まで聞いたことのないチャラい挑発的な台詞に、無線機を握り潰さんばかり力が手にこもる、生意気言うんじゃねぇよいじめられっ子はお前だ! 今までも、そしてこれからもだ。

「ふざけやがって! 俺の気持ちが知りたかったら北東の屋敷に来い! タイマンで昔みたいに泣かしてやる!」

『いいぜ、但し一人で来るほど律儀じゃねぇ』

「なんだとテメェ、じゃあ昔みたいに顔が腫れ上がるまで叩きのめしてやろうか?」

『やれるもんならやってみろ。それにお前昔言ってただろ? お前は弱虫だ! 一人じゃ何もできないってね! だからこれから超強い仲間を連れてお前のアホ面見にくるから、そこでビクビク震えながら待ってろ!』

「上等だコラァ! こっちはDUOで連戦連勝のスカーフェイスだ! お前に負けるわけがねぇ! アホ面拝むのはこっち方だ!」

『どうかな? 皆さん、ボスは北東の屋敷にいるようですよ! 取り囲んでゴキブリどもを残らず殲滅やりましょう!』

 益永は完全に頭に血が上っていた。

「小坂、谷川、中田、この前のリターンマッチだ! 奴らが来るぞ!」

 益永はそう告げた。



「よし! 手の空いてる連中は全員北東の屋敷に向かえ! 最後の仕上げを行うぞ!」

 スターリングが無線機に向かって全部隊に伝える、正規軍で言えば一個中隊規模の部隊によって集落は制圧されて生き残った敵は武装解除され、身柄を拘束されていた。

「それとみんな、翔が見つかったぞ! ピンピンしてるってよ!」

 スターリングが安堵の笑みを浮かべて言うと弘樹は歓声を上げた。

「よっしゃあ! あの野郎生きてやがったか!」

「よかったわ、これでリアルでも四人揃うわね彩」

 シオリもホッとした表情で言う。

 彩もここまで来て撃つことはあってもまだ一人の命も奪ってないことに、安堵しながらも祈っていた。 このまま終わって欲しいと。

「えっ? なんだって? このまま合流して北東の屋敷に向かうって? 了解、予定変更だ! あの馬鹿息子を迎えに行くぞ!」

 スターリングは再び鋭い眼光を放ちながら再び戦闘モードに入っている、弘樹とシオリもそうだった。佐竹は苦笑しながら首を横に振った。

「あららら、真島君よっぽど酷いことをされたみたいだね」

「呑気なこと言ってる場合じゃないですよ! 佐竹さん、大丈夫なんですか?」

 彩は困惑しながら訊く。

「先遣隊によれば、あそこはちょっとした要塞らしい。まあどの道行くつもりだがね」

 佐竹はガリルACE32のマガジンを交換しながら言う。

「よし、決まりだ。さっさと片付けて帰るぞ!」

 スターリングはナイトビジョンを降ろして走り出すと、彩も後を追う。

 北東の屋敷は以前は地主の家だったのか、ナイトビジョンを通して見るとかなり大きくて何重にも防御陣地が設置されてる。そこから機関銃の火花や、洩光弾が見えて小さい頃CNNの報道で見たイラク戦争のニュース映像を思い出した。

 そうだ、あたしは今戦場にいる。

 麻薬の原料であるケシや大麻草の畑を通り、近づくにつれて銃声と炸裂音が激しくなっていく、彩は徐々に怖くなってきたがでもそこに翔がいる。

 彩はグリップを握り締め、歯を食い縛ると口の中で血が流れてるのを感じている。

「シオリ! ヒロキ! 機関銃陣地を片っ端から撃て!」

 スターリングが銃声にも負けない大声で命令、シオリはナイトビジョンを上げて暗視スコープを覗き、弘樹もナイトビジョンを上げ、AR15にマウントして右に倒したマグニファイヤーをセット、セミオートで撃つ。

「お休みチンピラども、よい夢を」

 弘樹は冗談混じりで呟くとすぐに移動した。

 すると上空にハインドが戻ってきて 対戦車ミサイル(ATM)とロケット弾の雨を降らせて防御陣地を掃除すると、イヤホンからアメリカ英語で無線が入る。

『こちらホテル01 ミサイルもロケット弾もない。機関砲弾も残り少ない』

「構うな、屋敷に十字砲火で機関砲弾を叩き込め! 中の奴らを一人残らずミンチにしてやれ!」

 スターリングが言い放つ、彩は屋敷の方を向くと二機のハインドがゆっくり降下してきた。

『ホテル01了解、02聞こえたな? 遠慮なくやれ!』

『ホテル02了解、屋敷に攻撃を開始します』

『Fire!(撃て!)』

 ハインドの二三ミリ機関砲が火を噴く、洩光弾は火球のように屋敷を貫きもはやオーバーキルだと彩の目から見ても明らかだった。

 その間凡そ二秒足らずだったが彩にはその一〇倍長く感じた。

 周りの兵士たちは歓声を上げ、指笛吹く人もいた。

『こちらホテル01、弾薬がもうない。すまないが帰還するよ』

『ホテル02こちらもだ、帰投する』

「ありがとうよ、ちゃんと寄り道せず待っててくれよ」

 スターリングが感謝の言葉を述べると二機のハインドは上昇して反転、山間部の暗闇の中に消えていった。

「よし、これから中に突入するぞ、気を抜くな!」

 スターリングの指示で彩たちは沈黙した屋敷の庭へと向かうため、坂道を降りる。

 他の部隊と合流して屋敷に近づくにつれ、損壊の激しい死体に出くわす。

 負傷した戦友を担いで運ぶ兵士もいてCNNで見た光景がそのまま生々しい現実として目の前にある。

 おまけに妙に肉の焼ける臭いと火薬の臭いが混ざって鼻が曲がりそうだった。

 屋敷に入ると、中は悲惨極まりない光景で柱や壁には人の血肉で真っ赤に染まっているとわかる、彩は思わずナイトビジョンを上げてその場で嘔吐した。

 そこへすかさずシオリが駆け寄って背中をさする。

「大丈夫彩? 流石にやりすぎちゃったかな?」

「いや、こんな光景見て吐かない奴はいないだろ、誰もが通る道だ――いけね大腸とクソを踏んじまった」

 弘樹は犬の糞を踏んだ小学生のように表情を歪める。彩は何かに捕まろうと思ったが柱には血と肉片でべっとりだったのでやめたが何かに捕まりたい気分だった。

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫よ、私もそうだったから」

 シオリは重い装備を身に着けてるのにも関わらず彩を抱いて支える。

 次の瞬間、遠くからの銃声が響いて人体に着弾する音が響き、彩の顔に鮮血がビシャリと飛び散った。

「スナイパーだ! 隠れろ!」

 弘樹が叫ぶと彩はシオリに引っ張られて壁に隠れる、今撃たれたのは他の部隊の隊員で見覚えのある顔だった。

 確か……一緒にタクティカルトレーニングをしていた人だと、彩は戦慄した。

 死んだ……たった今あたしの目の前で……人が死んだ。

「誰か来てくれ! 即死だ! 後方に下げてやれ!」

 受け入れ難い光景に佐竹の叫び声も耳に入らず、銃弾が体を掠めるたびに理性が弾け飛びそうだ。体の震えが止まらない、ガチガチと歯が鳴り股間から生暖かい感触を感じる。

 彩は失禁したと気付くのに数十秒はかかった。

「おい! しっかりしろ! 落ち着け! 狙われてるのはお前だけじゃない!! それにこっちは最新鋭の装備を持った腕利きのスナイパーがいる!!」

 弘樹は彩に詰め寄って怒鳴り散らす、彩は怯えながら首を縦に振る。

 弘樹はナイトビジョンを通してマグニファイヤーを覗いて偵察するが、かなり見辛そうだった。すると彼の口元が緩んで銃を上下左右に小刻みに振る。

「いたぞ! 坂道の中腹にある小屋にいる! ナイトビジョンを降ろして見ろ!」

 彩はナイトビジョンを降ろすと弘樹のAR15に装置してある赤外線イルミネーターから、ナイトビジョンを通さないと見えない不可視光レーザーが放たれている。

 その先には小屋が見えるが敵のスナイパーは……さすがに見えない。

「いるぜ、こっちに向けて――あうっ!」

 目の前で弘樹が鮮血を噴出して倒れ、AR15が零れ落ちた。

 彩は真っ先に「死」の一文字が浮かんだ。

「クソッ! 江藤君、しっかりしろ! 意識を保て!」

 倒れた弘樹に佐竹が危険を犯して駆け寄り、急いで安全な屋敷の裏側まで引きずって運ぶ。

 彩は心拍数が速まり、ウィキペディアで見たファルージャで狙撃される海兵隊員の画像が頭に浮かんだ。弘樹は脂汗を噴出して激痛に耐えながら叫んだ。

「Fuck it!(クソッたれ!)なんてザマだ! シオリ、奴は一五〇メートルくらい先の小屋にいる! 移動してるかもしれないぞ!」

「OK、あんたの負傷は無駄にしないわ……さっさと撤退しな!」

 シオリはSRSA1を構えながら言う。

「彩ちゃん! 江藤君を連れて撤退するぞ、おい! 誰かもう一人来てくれ!」

 佐竹は叫びながら弘樹の負傷した左腕のシャツの袖を強引に破くと、左上腕に穴が空いてそこからおびただしい量の血が流れ、彩は顔面蒼白になる。

 弘樹は彩の顔を見つめ、鬼のような形相で叫ぶ。

「神代! ボーッと突っ立てないで誰でもいいからもう一人呼んで来――いだだっ」

「はいはい、怒鳴らないの。幸い骨は逸れて貫通してるみたいだな……染みるぞ」

 佐竹は傷口の応急手当にため、消毒液をかけると弘樹は表情一つ変えずにいる。なんというタフネスだと彩は安堵して胸を撫で下ろすと同時に感心したが、それより誰でもいいから呼びに行かないと。

 そう思ってると彩はスターリングに呼び止められた。

「待ちな、お嬢さん。もう一人は既に決まってるぞ」

 えっ? と思いながら振り向くと暗闇の中、スターリングが微笑んでいる。

 まさかと彩は微かな期待を抱くと、それは現実になった。

「待たせたな、みんなすまない。俺のために危険を冒して」

「Who dose win's(危険を冒す者が勝利する)お前の生まれ故郷の言葉だろ?」

 真島翔を見ると弘樹は精悍な笑みを浮かべた。

「真島……君?」

「初めまして神代さん、学校ではああだけど。外にいる時が本当の俺だ」

 翔は学校にいる、大人しい感じの男子生徒ではなく、彼の眼光は他のSIJ社のオペレーターやスターリング、弘樹やシオリたちと同じく明らかに死線を潜り抜けた戦士の目をしていた。

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