第五章、その1
第五章、殺戮の始まり
どこかの家の車庫の中に入れられると、シャッターが降ろされた。
外の様子は伺えない。車庫の中はさっき投げた谷川と中田がニヤニヤしながら立っている、もう一人は佐竹と同い年くらいの男だ。翔は目隠しされ、両腕を後ろ手で手錠をかけられた状態でどこかの部屋に入ったかと思えば椅子に座らせられてようやく目隠しを解かれた。
佐竹と同い年くらいの男……どこかで見たことがある。
「さあて真島君、車酔いはしなかった? 気分悪い所はない? 私は益永という者だ……ここのボスをしている」
益永と言う男はやはりどこで見たことがある。
「話しは谷川や中田、小坂から聞いたよ。君は相当強いな? どこで学んだ?」
「SIJ社で」
それだけ答えると、中田はポンポンと金属バットを左手を軽く叩きながら詰め寄る。
「嘘言うなよ、お前DUOをやってるだろ? 格闘スキルS持ちだろ?」
「DUOならやってる」
「へぇ、じゃあどこかで会ったことがあるような気がするな」
中田の言う通りどこかで会ったことがあるような気がする、谷川もそうだった。
「同感だな、実は俺も……それこそ廃人レベルにまでやりこんでる」
「それじゃあこれも何かの縁だ、どうだ仲間にならないか? さっきも言った通りそこら辺のバイトよりいいぞ」
佐竹の出した条件は魅力的だが、それだけ裏がありそうだ。だから翔は首を横に振った。
「話しがあまりにもうますぎる」
「そうか、まだ時間はある……その前に洗礼でも受けてもらおうか」
益永の言葉が合図となり、翔は歯を食いしばった瞬間、石ころを拳に握り締めて中田に思いっきり顔面を殴られ、顎の骨がずれるような感じがした。
次の瞬間には谷川に金属バットにフルスイングで腹を何度もぶっ叩かれて大腸と小腸、それから胃袋が悲鳴を上げて、翔は耐えられず胃液を嘔吐。昼に食べたホットサンドとワッフル、ウバ茶が出てこなかったのが救いだった。
「さあて、まず準備運動と行こうか?」
中田は薄気味悪い笑みを浮かべると、翔は髪を引っ掴まれて顔面に生温かい嘔吐物を突っ込まれ、無理矢理立たせたかと思ったらそのまま壁にぶつけられて顔面を強打、鼻から鮮血が流れて意識が朦朧とするが、更に腹部を殴られて無理矢理引き戻される。
中田はケラケラ笑う、朦朧とする意識の中でこいつ殺してやろうか? と殺意が湧く。
「ほらほらどうした? お前こんなに弱いのか? 悔しかったら反撃してみろよ」
「その前に……手錠を外したらどうだ? 弱い者いじめしか……できないのか? この、マスかき野郎!」
「なんだって?」
つい今まで笑っていた中田の顔が豹変する、こいつはどうやら瞬間湯沸かし器のように気が短いらしい。
「弱い者いじめしかできないのかと言ったんだよ! 悔しかったら手錠外してタイマンしたらどうなんだ?」
「なめやがって……いいだろう! 謝っても泣いても許さんぞ」
中田は顔を真っ赤にして今にも蒸気を噴出しそうだ、すると谷川は慌てた表情になって必死になる。
「おい待て挑発に乗るな、今度は殺されるぞ!」
「止めるな!」
中田が手錠を外した瞬間、翔は思いっ切り肘打ちを顎にブチかまして怯んだ瞬間に両肩を掴み、そのまま引き寄せて何回も頭突きを繰り返し、背負い投げで固い床に叩きつけた。
「て、てめぇ殺してやろうか!? ああっ!?」
中田は精一杯見栄を張った声でナイフを抜く、こんな状況下だがこいつには負ける気がせず翔は両手を見せて何も持ってないと無抵抗をアピールする。
「うらああああっ!」
ナイフを振りかざしてくると、翔は必要最低限の動きで刃を避けてそのまま投げ技をかけて再び地面に叩きつける。すると益永は自動拳銃であるワルサーP99を出して銃口を翔に向けるとピタリと止まった。
「はいはいそこまでだ真島君、君が強いのはわかったからさ……大人しくしてくれないかな? 中田もそろそろ自分の気が短いことを知ったらどうだい?」
「あんたたちも、あんまりいじめたらそれこそ仲間にならなくなるわよ」
愛美はタバコに火を点けながら言う、すると谷川はのびてる中田からナイフを取って突きつける。殺すつもりかと思ったが目には殺意は感じず、それどころか興味の目で見ながら言う。
「おい、試しに上だけ脱げ。肌着もだ……ゆっくりだぞ」
翔は谷川の言うことに従って脱ぎ、鍛えた体が露になる。
「やっぱし……中田、こいつ相当鍛えてるぜ……がむしゃらに鍛えてるお前とは違ってバランスよく鍛えてやがる」
谷川は苦笑しながら中田に言うと、彼は悔しそうな表情で立ち上がる。
「こいつを殺すには惜しいと思いますよ益永さん、どうやって従わせます?」
「仲間に迎えるからには体を壊したら元も子もないからな……それに俺が思ってる以上に狂暴な猛獣だぜ」
益永も右手に拳銃を構えたまま歩み寄り、ジロジロと翔を観察している。
「そんじゃ、どうするんすか?」
中田が立ち上がって訊く、すると益永は煙草を床に捨てて踏み消し、後ろから両肩を手に乗せ、耳元で囁き、まるで優しく弟を諭すような兄のような口調になる。
「どうだ? 私のものになってくれよ……おっと、変な意味じゃないぞ。私の配下に身を置いてくれたらいい待遇で迎えてやると言う意味さ、銃は勿論、クスリに女の子……それも可愛い生娘だってやるぜ、スラッシュはそれを売ってる……資金も潤沢だしな」
武器や麻薬密売に人身売買かと翔は察した、どうやら世間で噂されてるよりもヤバイ奴ららしい。資金も潤沢と言うことは強力な武装を施してる可能性もあると翔は微かに目蓋を動かして顔を顰めた。
「考えておいてくれ……こいつを招待所に送ってやれ、もう上着着ていいぞ。但しゆっくりな」
改めて手錠をかけられ、谷川と中田、愛美に連れられて外に出る。外は夕暮れで所々に外灯が点灯し始め、中国製の突撃銃を持った歩哨が巡回している。どうやらここは山間の村らしい、二一世紀に入った頃から問題になり始めた限界集落や消滅集落を再利用してるらしい。
交通の不便さを除いて資金と装備を揃えれば天然の要塞になりそうだ、車庫の外は日本家屋の屋敷があってどうやらボスの寝床らしく重武装した歩哨がウロウロしている。
斜面の突き出た所に建てられたのか下に畑や古い家屋や廃屋があり、そのまま無断で利用してるらしい、元の家主はどうしたのかはわからない。
畑をよく見るとあれはケシの花や大麻草だった。
途中の空き地には両手両足を後ろ手に縛られ、目隠しされた奴ら数人が一人につき三人の構成員に棒やバットで激しくリンチされ、どこかの建物からは断末魔に近い女性の悲鳴が響いていた。
道路には軽トラックの荷台に重機関銃や汎用機関銃を搭載したテクニカルがいて、行き来するスラッシュの構成員たちは一〇代~三〇代くらい、全員銃を持っていた。
遠くには川にかかった橋が見えてそこには検問所が設置されていた。
「逃げようなんて思うなよ、お前がその気なら明日までに決めておいてくれよ。スラッシュは歓迎するぜ……だが逃げたりしたらお前を撃つぜ、俺がな」
中田に釘を打たれ、招待所と呼ばれてる場所は元は建設会社の職員宿舎だったのかプレハブみたいな建物で、かなり古くて昭和に建てられたんじゃないかと思うくらいだった。守衛の構成員に一室に入れられて収監されると、翔は窓を開けようと試みるが当然鍵がかかって鉄格子が後付けされている。布団は置かれてるが、とにかく狭い刑務所よりはマシ程度といった所だ。
さてどうする? どうやって脱出するか?
翔は座り込んで考える、さっきは軽くリンチされる程度で済んだが次はそうはいかないかもしれない。
助けは来るか? いや、スマートフォンも装備品と一緒に取られたし所持品はない。スターリングからは脱走は捕虜になった瞬間から計画を立てると教わってる。
ならば今がその時だ。
一方、SIJ社はスラッシュの拠点は既に数日前から把握していた。場所は下益城郡の山間部にある数年前まであった集落だ。人口減少と共に限界集落となりやがて人知れず消滅集落となった場所だ。
熊本空港にある陸上自衛隊高遊原分屯地からSIJ社と業務提携してるトライポッド・エア社が運用するUAV、MQ1プレデターが離陸し、交代で監視活動で行っていた。
真島翔が拉致されて数時間が経過した。
神代彩は各種装備品を身に着けてPVS15ナイトビジョン付きヘルメットを被り、ジェムテックHVTサプレッサーにハンドガード上部にサイトロンMD33、右側面にPEQ15LEDライト付きレーザーサイト、下部にマグプル社製フォアグリップを装着したガリルACE31を持ち、屋内戦闘訓練場でCQBテストを受けていた。
汗だくになりながらDUOとの違いを実感する、コッキングハンドルの硬さやトリガーの感触、パーツ一つ一つが動いてるという感触、数え切れないほどあった。
「よし、テストは合格だ……最終確認を行うぞ、本当に行くのなら誓約書にサインしてくれ」
テストを監督していたスターリングは誓約書を挟んだクリップボードを持ってきた、内容については予測してある。万が一怪我したり死亡してもSIJ社には一切責任を問わないということだろう。
彩は誓約書を読む、予想通りね。
テスト前に両親に連絡したが、二人とも当分帰ってくることはないという。
「もし、あたしが死んだら事故死と伝えてください」
彩はそれだけ言ってサインした。
「わかった……そうする、但しお守りを四人つける。お友達二人と俺と佐竹だ」
スターリングは既に私服の上に各種装備品を身に着けてAR15系統を短くしたM4カービンを持ってる、腕を組んでテスト結果を見守っていた佐竹は彩に告げる。
「作戦は地上及び空から強襲攻撃を仕掛ける、俺たちは地上からだ……いいか? これはゲームではない、一方的な殺戮だ――言うまでもないがな」
「わかっています」
彩は肯く、屋外訓練場の外にあるヘリポートには何機ものドアガン付きのUH1ヘリコプターとその中に混ざって二機のハインドがターボシャフトエンジンを回転させながら何機も離陸準備していた。
これはもはやPMCではなく私設軍隊だと彩の目にもわかった、形骸化したとはいえ明らかにモントルー文書を完全無視している。
車両はどこから仕入れたのかトヨタ・ハイラックス等の荷台に機関銃や無反動砲、更には対戦車ミサイルを搭載したテクニカルに、米軍でお馴染みのハンヴィーや九・一一後のアフガンやイラクで多国籍軍の頭痛の種となった即席爆発装置対策を施した耐地雷・伏撃防護車両クーガーHや六輪タイプのクーガーHEが駐車場に並んでいてSIJ社のオペレーターたちが慌しく走り回り、怒号を飛ばしている。
「すぐにでも出発するぞ、乗れ!」
佐竹に促されて乗るのは……灰色トヨタ・ハイエースだった。彩は促されるまま後席にの扉を開けると重く、ゆっくり力一杯開けると車内は、向かい合うような座席配置になっていて完全武装したローンウルフ――シオリが座っていた。
「待ってたわ、まさか来るなんてね」
シオリはどこか悲しげな表情だ、向かいにはブラックマンバこと弘樹が座っている。
隣に座ってシートベルトを締める。これ、佐竹さんの車? そう思ってると向かいの席の弘樹が静かに力強く言った。
「神代、必ずみんなで翔を助けるぞ、そして……月曜日は四人で昼休みを過ごそう」
「ええ、友達を紹介するわ。いつも図書準備室で一緒にお昼休みを過ごしてるの、今度招待するわ」
彩は笑みを浮かべると、シオリは期待してると言いたげな表情で訊く。
「友達? かわいい女の子?」
「そうよ、一人は中学時代からの同級生、もう一人は先輩」
「それは楽しみね……でも、絶対に死んじゃ嫌よ」
彩は首を傾げてると、シオリはジッと見つめる。
「どうしたのカタヤイネンさん?」
「シオリって呼んで」
シオリは今まで聞いたことのないほど消え入りそうな声で言った、まるで不安に怯える仔犬みたいだ。
「私ね、第三次世界大戦の時、ラップランドでロシア軍と戦ったわ……狙撃兵として何人もの頭や胴体、時にはおびき出すために急所を外して出てきた仲間を撃ち、出てこなければ腕や足を撃って痛めつけた……覚えてる限りじゃ一二〇人は撃ったと思う、フィンランドを離れた後も戦争が忘れられなくて……DUOを始めたの」
「俺も似たようなもんだ、サンディエゴで育ったが南米同盟軍が侵攻してきてサンディエゴには難民が押し寄せて犯罪が激増がした。どさくさに紛れて麻薬カルテルもやってきて銃や麻薬の密売が更に拍車をかけた……俺は両親を殺されて生きるために町のストリートギャングを兼ねた自警団に入った……地獄のような日々だったさ、日本に来てもシオリと同じでDUOを始めた」
弘樹もそう話して溜息吐いた、実際に戦争してた少年少女兵がDUOをしているという噂は本当だったことを実感した彩は今、DUOで戦争していて気が付いたら現実でも銃を握って戦争しようといるという、超えてはいけないデッドラインを越えようとしてる。
「それはうちの息子も一緒さ、よっこらしょと」
助手席にスターリングが乗ってシートベルトを締めると、佐竹も運転席に座ってエンジンスタート、ハンドブレーキを解除して「行きますよ」と言って発進させるとスターリングは話し始める。
「息子のショウはイングランドのヘレフォードで育った。私と当時の部下たちに可愛がられてね。最初は身を守る程度だったがだんだんエスカレートして気が付いたらそのまま軍に入隊させてもよかったぐらいにまで成長していた。そこへ折りよくヘレフォードにも大陸からの難民に紛れてテロリストがやってきてね……そこで思う存分訓練の成果を発揮した」
「ヘレフォード……スターリングさん、あなたまさか以前」
「そうさ、以前はイギリス陸軍第二二SAS連隊にいた……偶然にも俺はファミリーネームが創設者のデビッド・スターリング少佐と一緒でね、ショウはSASに育てられたものさ」
彩は思わず言葉を無くした、すると弘樹も精悍な笑みを浮かべた。
「通りで……実は俺もSEAL隊員、育ての親父に拾われてその仲間たちに育てられた。類は友を呼ぶとはよく言ったもんだぜ」
「ホント、必ず助けるわよ! 彩!」
シオリは真剣な眼差しで彩を見つめ、迷わず肯いた。
外を見ると既に日が暮れていて夜間強襲作戦になることは間違いなかった。
幹線道路である東バイパスは一〇数台の武装したクーガーやハンヴィー、テクニカルが纏まって走り、荷台には完全武装した兵士が乗っていてものものしい雰囲気をかもし出していた。まるで戦争でも始めるつもりかと言わんばかりに通行人やドライバーは呆然と見つめ、開いた口が塞がらない状況だった。
SIJ社の周辺の歩道にはフェンス越しに通行人が磁石のように引き寄せられていた。
フェンスの向こう側には何機ものヘリコプターがターボシャフトエンジンを回し、二機しかいないが東側の傑作攻撃ヘリコプターであるハインドが目を引いた。
東西冷戦が昔話になりつつある現代の今日で、まさか日本でハインドが見られるとは夢にも思ってなかったに違いない。