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灰色のデッドライン  作者: 尾久出麒次郎
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第四章、その1

 第四章、長い一日の始まり


 おかしい、そろそろ帰ってきてもいい頃なのに、とレイヴンはケブラーマスクを拭きながらリビングのソファーに座って待っていた。

 時計を見ると現実時間で午前〇時二五分、DUO時間で一七時二五分、流石に帰ってこないとレイヴンは心配だった。

「遅いわね……二人とも、まだ釣りをしてるのかな?」

「心配ないわ、二人ともまだ健在だしログアウトもしてないわ」

 ローンウルフは台所でルイスレイパ(フィンランドのドーナツ型ライ麦パン)を用意して、コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしている。スマホを見ると二人ともまだログイン中でHPも異常ない、何やってるんだろう?

「ただいま、モンスターを解体してたら遅くなっちまった」

 ブラックマンバがやっと帰ってきて、レイヴンはマスクを被る。この分だとバルドイーグルも一緒だろうと思いながらソファーを立つと、二人とも泥だらけで大きなモンスターの肉が入ったビニールを背負っていてローンウルフは驚きの声を上げた。

「うわっ! 二人ともどうしたの!? そんなデカイ肉背負って、魚は釣れたみたいね」

「魚釣りをしてたらダイオウミズトカゲが出てきたよ。他のプレイヤーたちと協力してなんとか倒したけど……ブラックマンバが解体に参加してサーロインとロース肉を貰った。僕もその間魚を釣りをしていたら大きな奴が釣れた」

 バルドイーグルの背中には大きな魚――トラウトに似た魚で調理方法はどうしようとレイヴンはジッと見てると、バルドイーグルは荷物を片付けながら提案した。

「それで、魚はフィッシュ&チップスに燻製、肉はローストにしようと思ってるけどどうかな?」

「おいおい、肉はサンデーローストにしようにも今日は日付が変わってまだ土曜日だぜ、それにフィッシュ&チップスも悪くないが、こいつは白身魚じゃないんだそ。ムニエルとか塩焼きがいいんじゃないか?」

「ブラックマンバは何がいいんだ? しゃぶしゃぶ? それともすき焼?」

「俺は……ステーキか……ミンチにしてミートローフにしようか、それとも夜が明けたらバーベキューもいいかもな」

 ブラックマンバの提案は随分とアメリカンチックだ、現実でこんなに食べたらカロリーが大変なことになりそうだと思ってると、ローンウルフも話しに加わる。

「カラクッコなんてどうかしら? 魚を詰めたパイよ。肉はカリラヤン・パイスティ(フィンランド風ミートシチュー)で、レイヴンはどう?」

「えっ……えっと……焼肉かな?」

「まさか、カロリー気にしてる? HPが回復するだけだから大丈夫よ」

 ローンウルフに指摘されてあっ、そうかと気付く。

「ローンウルフ、カリラヤン・パイスティって何だ? フィンランドの料理か?」

「ご明察、正解よバルドイーグル。カリラヤンっていうのは――」

 ローンウルフの話に耳を傾けながらこれはゲームだけど、みんなで食べてお喋りしながら過ごす。これが現実だったらどんなに素晴らしい物だろう。

 そう思ってふとハッとした。

 あたしもみんなの輪に入りたい……この三人はリアルでも同じ学校で昼休みも会って遊んだり、一緒に勉強してるという。

 すると、やかんが音を立てて蒸気を噴き、ローンウルフは手早く火を止めた。

「コーヒー淹れるね」

「僕は紅茶にするよ」

 バルドイーグルは棚からティーポットとカップを用意し、茶葉の入った容器を取り出すとブラックマンバはリクエストする。

「せっかくだからバルドイーグル、俺も紅茶にするよ」

「ええっ!? ブラックマンバはいつから紅茶派になったの?」

 ローンウルフは不満げに唇を尖らせると、ブラックマンバはダイオウミズトカゲの肉を冷蔵庫に入れながら訊いた。

「気分転換だ、バルドイーグル。茶葉は?」

「ダージリン……リアルでは手に入らない奴だ……開発者の中に紅茶のプロでもいるのかと思ってたが、どうやら本当らしい……」

 バルドイーグルは悲しげな表情で言う。

 リアルではインドのダージリンやアッサム、中国のキーマン等は第三次世界大戦の戦火で茶園が壊滅、生産がストップしてる。

 特にインドではパキスタンとの凄惨な戦争で核兵器が使用され、国境周辺の茶園は深刻な放射能汚染によりこの先一〇〇年以上は栽培できない状態だと言われてる。

 戦火を免れたスリランカでは紅茶特需の中心国となって儲けてるらしい。

「コーヒーだって同じよ中南米、アフリカ、東南アジアはことごとく壊滅、コーヒーの輸入が滞ってコーヒー豆の値段が跳ね上がりしてるのよ……フィンランド人はコーヒーを飲むために生きてるのに……あっ、コーヒーはブルーマウンテンよ」

 ローンウルフも喋りながらコーヒーを入れる、レイヴンはコーヒーにすることした。

「じゃあ、あたしもコーヒーにするわブラックで」

「わかってるじゃない、コーヒーはブラックで飲むのに限るわ……ミルクなら許せるけど砂糖を入れちゃったら本来の味が楽しめないわ」

 同じようなことスターリングも言ってたわと、レイヴンはマスクの下で微笑むとバルドイーグルも紅茶にカップを注いで言った。

「考えが合うな、実は僕もだ。ミルクを入れるのは別に構わないが砂糖を入れるのはどうかと思うよ、もっとも糖尿病にならなくてもカフェイン中毒は避けられないが」

「そうね、私なんかコーヒーを一日四~五杯は飲まないと気が済まないしね。否定はしないわ」

 ローンウルフは苦笑いする、彼女のコーヒーはとても美味しかった。


 ログアウトした翌朝、彩は寝不足で目を覚ますと今日は土曜日で学校がある日だった。

 眠い……寝不足だと授業中に何度も意識が飛びそうになり、休み時間に自動販売機でブラック缶コーヒーを買って飲んで幾ばくかはマシになった。

 授業は午前中で終わると、ようやく帰って眠れると思いながら鞄を持って迷わず教室を出ようとすると。

「ふあっ?」

 目の前に男子生徒の背中が聳え立ち、眠気で反応が送れて激突。

「うあっ!」

「大丈夫?」

 クラスメイトの男子生徒が気付いて振り向くと、聞き慣れた声で顔を見た途端、目を見開いて唇が動きそうになった。

「バ……ごめんなさい、寝不足だったみたい……あたしは大丈夫」

 そんなはずがない、バルドイーグルはここにはいてもいなくても、現実でキャラネームを口にしてはいけない、彼は真島翔だ。

「ならいいんだ、寝不足には気をつけて」

「……はい」

 真島翔というクラスメイトの男子生徒は朝は遅刻ギリギリ、休み時間は一人でスマホを弄り、昼休みは外で昼食、放課後は真っ先に飛び出して帰るという。クラスに全く馴染まない生徒で誰かと話したところも見たことがない……いわばぼっちだ。

 なのに急ぎ足で行ってるのはどうしてだろう?

 そう首を傾げてると、綾瀬玲子が腕を組みながら高圧的な口調で声をかけた。

「ねぇ真島君、学校終わると今みたいに急いで帰るよね? どうしてかな?」

「用事があるからさ、帰ってやりたいことが山ほどあってね」

 翔が単刀直入に言う。玲子は表情を変えず微かに眉を動かすと、取り巻きの一人である塚本御幸つかもとみゆきがズカズカと歩み寄って訊いてくる。

「へぇ、彼女でもいるの? 他の学校の彼女とか? これからデート? それとも友達と町でランチをしたあと帰ってVRオンラインゲーム?」

「人のプライベートやプライバシーをあれこれ詮索するのは褒められたものじゃない」

「ええ? クラスメイトじゃない、君の事もっと知りたいよ。ねぇ玲子」

 御幸はクラスの独裁者として君臨してる玲子に同意を求める。

 塚本御幸は玲子とは対照的に整った顔立ちに、濃くて派手なケバイメイクに人懐っこいギャルみたいな感じだ。着崩した制服の下には派手なネックレス、両手首にブレスレット、両手の爪にはネイルアートをしている。

 玲子は首を縦に振った。

「そうね。プライベートやプライバシーはともかく、君がどんな人かわからないから声をかけたのよ」

「そうか? 僕は見ての通りのままさ」

 翔は両腕を斜めに広げて言うと、小坂愛美はボソッと陰口叩くように言う。

「また言って、プライバシーと言ってる割には裏でこっそり何か隠し事でもあるんじゃないの?」

「プライバシーと隠し事は別物さ、それじゃあな」

 翔はそそくさと逃げるように出て行き、玲子は鼻で溜息吐くと愛美は開口一番に悪態を吐いた。

「感じ悪いわねあいつ、自分の立場わかってるのかしら?」

「わかろうと思わないのよ、真島ってさ……居場所は教室じゃないと思ってるのかも」

「ええそれマジ御幸?」

 愛美は露骨に気に入らないという顔をすると、代わりに玲子が答える。

「この前中庭で他のクラスの人と食べてたわ、それもかなり楽しそうに。神代さんもそうなんじゃない?」

 玲子は視線を彩に向ける、いきなり話を振られた彩も一切動揺せずに言う。

「そうよ、中学の友達と先輩と一緒にね。いいんじゃない? 昼休みの時ぐらい教室の外で過ごしたって……教室は狭いから」

「生意気ねあんた……立場わかってるの?」

「わかってるわよ、だからこそ外に居場所を見出しのよ。あたしも行くわ、じゃあねプリーザー(取り巻きの取り巻き)さん」

 愛美に挑発的な台詞を言うと彩は教室を後にした。



 翔はクラスメイトの神代彩が自分の背中にぶつかった時のいい匂いが、まだ鼻に残っていると感じた。今日は弘樹とシオリの三人で町をブラブラしながら帰る予定だ。駐輪場から自転車を取って校門へ急ぐ。

「お待たせ、あれ? シオリは?」

 合流地点である校門には弘樹しかいない。

「シオリの奴、今日は真っ直ぐ帰るって、この前アマゾンから届いたライフルの調整がしたいって」

「あいつ何を買ったんだ?」

 翔は訊きながら自転車を押すと、弘樹も歩き始めた。

「確か、 デザート() テック()社のSRSA1ライフルだ、AACサプレッサーに シュミット() ベンダー()社のスコープ、M118LRマッチグレード弾、それにATN社の暗視ライフルスコープ、夜間戦闘用もう一挺買ったらしい」

「相当な出費だったんじゃないか?」

「ああ、それにアメリカから届くのに一ヶ月はかかった。あいつシモ・ヘイヘ並に身長が低いからブルパップライフルを欲しがってた」

「なるほど、それで早く自分の物にしたいというわけか……でもシモ・ヘイヘって確か、一五二センチある一二八センチあるモシン・ナガンを自由に扱ったって聞いたぞ」

「それを言ったら私はシモ・ヘイヘじゃないってさ、シオリはホワイト・フェザーが好きらしい」

「カルロス・ノーマン・ハスコック二世か……弘樹は確かシオリと組んでるんだよな?」

 信号が赤になって横断歩道前で止まり、弘樹は最初に強調して言う。

「ああ、言っておくが付き合ってるって訳じゃない」

 そう言った上で話す。

「前に意気投合したと話したな、そのあと半ば強引に組まされたんだ。俺が狙撃手でシオリは観測手、別にいらないのに……それで訓練成果も少しずつ上がったしDUOで実戦したら大戦果だった……お前に殺されるあの日までな」

 弘樹は苦笑しながら翔を見つめる、DUOのチームデスマッチの時を思い出してるんだろう、すると信号が青になって横断歩道を渡る。

「だがシオリもスポッター、すなわち自分と同じくらいかそれ以上の技量を持った奴を探してるらしい。日本中で、しかもリアルで狙撃ライフルをいじる一流の美少女スナイパーはあいつしか見当たらない」

「DUOではどうなんだ?」

「一人いたよ、セミオートスナイパーライフルの名手だった。流石にシオリも自ら銃を取ってなんとか勝ったがDUOと現実では別物だ」

 弘樹の言う通りだと翔は肯く、DUOでは限りなく現実そのものだが根本的に違うのは実際に銃を握ってるかそうでないかだ。

「俺は五〇口径ライフルを好んでたが、シオリは338LM弾がいいってそれで七~八ミリ口径に統一ってことになった。以前は五〇口径のマクミランを使ってたが……俺もシオリもリアルウェイトに拘ってたからそれでも重くてね……結局俺は別のに持ち替えるハメになったよ」

「それの使い心地は?」

「悪くない、君のおかげだ。感謝してるよ」

 弘樹は不敵な笑みを浮かべた、大袈裟だなと翔は苦笑した。


 ランチは紅茶専門の喫茶店で摂ることにした、銀座通りにある隠れ家みたいな喫茶店でホットサンドが美味しく、美味しい紅茶があるのもありがたかった。

「なぁ翔、君はクラスに友達はいないのか?」

「いきなり酷な質問だな弘樹、結論から言えば正解だ。よくしてくれる奴もいるが」

 翔はそう言ってホットサンドをガブリと豪快に食べ、よく噛む。

「俺のクラスもそうだが、なんだが狭苦しい感じがするんだ……うちの学校って妙に閉鎖的だと思わないか? ちょっと難しい質問だが」

 翔はホットサンドを飲み込み、ティンブラを飲んで答える。

「確かにそうだと答えるのは簡単だが、説明するのはちょっと難しい質問だ。僕のクラスでは……そうだな、昨日僕が忘れ物の水筒を取りに行ったよな?」

 弘樹は無言で肯く。翔は昨日、紅茶の入った水筒を取りに昼休みの教室の光景を思い出す。

「教室の中には複数で喋りながらグループで食べてる奴と一人で食べてる奴がいた。僕はクラス全員の情報や人間関係を把握してるってわけじゃないが」

「ああ、俺のクラスもそんな感じだな」

 弘樹はホットサンドを飲み込んでウバで胃に流して言った。

「複数で食べてる奴はそれぞれ、ノリのよかったり、見た目がよかったり、野球部やサッカー部、あるいはとにかく垢抜けたり、目立つ奴らで一番騒がしく過ごしてた……教室で飲んでたら静かに紅茶を飲ませろ! って銃を抜いてたかもしれない」

 翔はあの五月蝿い教室で食事と紅茶は絶対に嫌だとうんざりしてた、その点では静かな中庭で昼休みを過ごせるのはありがたく、弘樹とシオリには感謝しなきゃいけない。

 弘樹もウバをカップに注ぎながら言う。

「所謂一軍グループって訳か? うちのクラスでもそいつらが上位だ」

「多分うちもそうだろう、その周りで慎ましく同性でお喋りながら食べてたのがいくつかあった……運動部、文化部、あるいは混合で仲の良いもの同士か同じ趣味を持つもの同士とかでな」

「つまり、その他の運動部とか文化部、あるいはヤンキーとかオタクグループとかだな。余談になるがうちのクラスの上位グループは三つに分かれていてリア充、メジャーな運動部、吹奏楽部……いずれも男女混合で仲良くしてるようにも見えたが裏では陰口叩き合って権力闘争をしてるらしい、将来いい政治家になれるな……で、その腰巾着どもが一軍の取り巻きって訳か」

 弘樹は皮肉ってウバを口に運ぶと翔はホットサンドを飲み込んで続ける。

「ああ、その腰巾着どもは一軍と話しながら喋ってた、で二軍連中ってのが今言ってた仲の良い者、趣味を持つ者同士、ある意味では平和な生活をしてる連中だな……そいつらは他のグループとは付かず離れずの距離でいたよ」

「付かず離れずか、一番悲惨なのはその下の連中か?」

「ああ、下手すれば僕もその中に取り込まれていたよ。教室で一人で食べてる奴は一人でいたが、弁当箱持ってトイレから出てきた奴とすれ違った」

「便所メシか……人のことは言えないが尾籠な話しだ。よくあんな不衛生なところで食べられるな、俺もある意味尊敬するよ」

 弘樹は苦笑する、うちの学校のトイレはお世辞にも綺麗とは言い難い。翔も肯かざるを得なかった。

「親父の受け売りだが教室に居場所がないなら学校に、学校に居場所がないなら外に、それでも居場所がないなら世界を見て回れって……居場所を外に見出せと、それで僕は運よく教室の外に居場所を見つけたって訳だ」

「そうか、俺の親父もゲームするくらいなら外で遊べってさ、もしかするとそういう意味だったのかもしれないな」

 ホットサンドとサラダを食べ終わると、残りの一杯を注ぐ。弘樹はふと思い出したのか急に話題を変える。

「なぁ、これからどうする? 普通ならシオリはTSUTAYAに行こうと言うが、俺はアニメイトに行きたい、翔は?」

「俺はガンショップ街で買い物、そのあとSIJ社でいつもの訓練、だがその前にデザートだ」

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