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4.カレーライスに手を出すのは危険

 美空はただ異世界に来たのが心細くて泣いていたのでは無さそうだ。


「この世界は、この世界に必要な物を取り入れるために、異世界から人を呼んで来るんだって。それで、それが取り入れられるまで、客人は帰れないんだって。

今まで、文字が伝えられたり、ダムの作り方が伝えられたり、いろいろな技術が異世界から伝えられて来たって。

 でも、私まだ高校生だし、しかも文系でそんな技術も何も知らないし、いったい何を伝えればいいのか分からなくて本当に困ってたの……」


 そうだったのか。

 それでは私たちが本に吸い込まれてしまったのは、何かこの世界に足りない物を伝えるためということか。


「落ち着いて。二人で、何ができるか考えよう」

「うん」

「この世界に何が無いのか分からないし、意外と私たちが知っているもので無いものがあるかもしれない」

「その通りだ」

 美空のソプラノではなく、テナーの声で返事が来たと思ったら、あれ、王子まだいたんですか。

 開いているドアに身をもたせかけ、腕を組みながら、私たちの感動の再会シーンの一部始終を、つまらなそうに見ている。


「前に来た客人は、目玉焼きが無いなんて!! と驚いて、我らに目玉焼きを伝授して帰って行ったぞ」

「え? 目玉焼きでOKだったんですか!?」

「いや、ちょっとあまりにハードルが低すぎたと、後で王の御前会議で問題になった。まあ、あの者は、この国に無い物を探すのに苦戦していたからな。我々もつい甘くなってしまったわけだ」

「あの、では王様が新しい物を認めてくだされば帰してもらえるんですね!」

「そうだ」


 良かった! 帰る方法もあって、目の前が明るくなってきた。


「台所でも納屋でも、何が無いか探すのに必要があれば、私が案内しよう。異世界からの客人に対応するのも、王子である私の仕事の内なのだ」

「じゃあ、あの、リストなんかありますか? これまでに異世界から導入された物の」

「ああ、分かった。持ってくる。20年前ほどからしか正確に記録が残されていないがいいか?」

「はい、ありがとうございます」


 王子が去って行った。と同時に、美空が大きく息をついた。


「天音~、よくあのキラッキラのイケメン王子と普通に話せるね。私、もうドキドキしちゃって普通に話せないよ」


 さっきまで泣いていた美空は、可愛い両頬に両手を当てて、恥ずかしい~というポーズを取っている。

「美空……、時々びっくりするけど、意外と切り替え早いよね」

 あ、これは、美空が王子と恋に落ちるという展開なのだろうか。

 そして私はその恋のキューピッド役?

 それとも、私も王子を好きになって、一人悩み苦しむ展開とか?

 それとも美空が当て馬で、本命が私、とか。

「お前のような奴は初めてだ」なんとか言って……。


「天音? どうしたの?」

「あ、ごめん。ごめん」

 美空に負けず劣らず私も妄想に走ってしまった。

 でもキャラじゃないので、私は王子が素敵とか言えない。

 そもそも自分は対象外だと思っているから、意識せずに平気で話せるのだろう。


「それにしても、天音も一緒で良かった~。私とっても心強いよ!」

「こっちこそ! 二人でがんばろう!」

 私はガッツポーズを作る。

 すると、美空がその美声で、呟くように歌い始めた。

「きぼうの~つばさを広げて~♪」

 私たち合唱部の愛唱歌だ。

 すぐに私も声を合わせて歌い出す。

「「おおぞらへ~はばたこう~♪

 このかぜに~ほをはって~♪

 うなばらへ~こぎだそう~♪」」


 もう、夢とか希望とか、翼とか大空とか、私たちは三度の飯よりそんな言葉が大好きなのである。大声では言えませんが。

 そうやって二人で歌っていると、元気が湧いてきて、どんなことでもがんばれる気がしてくる。

「「君と~一緒なら~何でもできるさ~♪」」

「「この歌声よ~響け~♪」」


 歌い終わった後、私たちはいつものように感動に包まれていた。

「これはぴったりだ」「これはまるでテーマソングだね」


 客観的に見る人がいたら、ちょっと気持ち悪いと思うかもしれない。

 まあ、それを自覚しているから、このへんのやり取りは完全に小声である。


 ノックの音がして、王子が再び部屋に訪れたとき、まだなんか変な高揚感が漂っていたかもしれない。

「? リストを持ってきたぞ」


 渡されたリストを見る。

「あ、バレーボール、なんてのもある」

「けっこう料理系もあるね。カレーライス、とか」

「それはスパイスを探すのにかなり苦戦していたぞ。ターメリックとか、シナモン、カルダモンとか、そもそもそんなスパイス、我が国には無いからな」

「え……」

「山へスパイス捜索隊を出したり、スパイスの配合も知らなかったようだから、記憶を頼りに調合して、結局一年くらいかかったかな」


 私たちはさーっと青冷める。下手な物に手を出しては危ない、と思った。


「それだけ苦労をして作ってもらって、まあまあおいしい物もできたのでOKを出したのだが、次にやって来た客人が、こんなのはカレーではないと言っていたなあ。やはり無理があったのだろう。いつか本物のカレーライスを食べてみたいものだ……」


 そんなわけで、無い物探しのため、まず台所へ連れて来てもらったが、もうすでに料理を対象にする意欲は減退していた。


「美空、料理なにか作れる?」

「目玉焼きくらいなら」「私も」

「あ~目玉焼き取られてたなんて」


 異世界から導入されたばかりの目玉焼きはいまこの城内でブームらしく、キッチンメイドさんたちがせっせと今晩のディナーのために目玉焼きを作っている。


「カレーも、ルーさえあるなら作れるんだけど」

「にーんじん、たまーねぎ、じゃがーいも、ぶたーにく♪」

「おなーべで、いたーめて♪」

「「ぐつぐつにーまーしょー♪」」

 美空と私は顔を見合わせてくすっと笑う。

 幼稚園で習った、カレーライスの歌だ。


 だが、ふと気づくと、キッチンメイドさんたちからガン見を受けていた。

「す、すみません。うるさかったでしょうか」

 美空が慌てて謝ったが、私には既に察しがついていた。


「す……すばらしい歌でした」


 ぱちぱちとまばらな拍手が起こると、ぱちぱちぱちぱち! と熱狂的な拍手に取って変わられた。

 ほんと、申し訳ないくらいなんだけど。

 美空は初めて経験したのか、あっけに取られている。


「あ、天音。これだよ! 歌だよ! この国に歌を導入しよう!」

 それはとてもいい考えに思えた。だが、


「却下」


 王子の居室で事務的な声が響いた。


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