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2.いやあ、うぬぼれますなあ。

 振り返ると、声をかけたのは薪を背負った農家のおじさんらしき人物だった。

 第一村人発見……! いや、発見された……!


「あ……あの、私、異世界からの客人なんですけど……」

「異世界からの客人? あ~なんか聞いたことがあるような無いような。異世界ってのは外国だろ」

「えーっと、その外国から来たんですが、連れとはぐれて、迷ってしまって……」


 今更ながら、ここは日本語が通じる。あの本も日本語で書かれていて、ここはその本の中の世界だから日本語が通じるのかもしれない。


「お兄ちゃんかと思ったら、お姉ちゃんか。なんで男装なんかしてるんだい?」

 いくら男役みたいとちやほやされても、日常生活で男装までするつもりは無かったが、こうしてスカートではなくパンツをはいているだけで問答無用で男装になるらしい。

「えーっと、私の国では女性もパンツをはくのでして……」

 怪訝な表情をされた。そんな国は初耳なのかもしれない。

「さまざまな事情がありまして……、その、旅をするにあたり男装の方が安全かと」

「そうか。そういうことか。髪まで短くして、大変なことだったな」

 女性のショートカットも無いらしい。


「ところで、どこへ向かっているんだい?」

「あの、“お城、”へ行きたいんですが」

「イシャディーン城なら、歩いて1時間のところだぞ」

 1時間。歩けない距離ではなく、ほっとする。

「あの、道が分からないので連れて行ってはいただけないでしょうか?」

「そうだなあ、この薪を背負ったまま行くわけにいかないからなあ。いったん家まで一緒に来てくれるか?」

「はい!」

 良かった。案外早く美空と再会できそうだ。


 おじさんの名前はジャックと言うそうだ。あれ、なんか親しみやすい名前。

 豆の木出てこないよね。

 こうして、最悪の事態は免れそうで浮かれた私は、歩きながら思わず鼻歌を歌い出してしまった。

「も~りへ~行き~ましょおお、む~すめ~さん~♪」

 ポーランド民謡「森へ行きましょう」である。

 いや、森からはもう出たいけどね。

 いや、歌詞つけてる時点でこれは鼻歌とは呼ばなかった。

 思わず歌ってしまったのはいいとして、いや良くないかもしれないけど、とりあえずいいことにして、おじさんの反応が普通じゃなかった。


 ぽかーん。


 なんなんだろうか。その鳩が豆鉄砲をくらったような。(って、豆鉄砲って。鳩かわいそうだし。そんな場面に出くわしたことないけど)

 言い換えれば、はにわ。みたいな。


 仮にも合唱部員。普段メロディーはソプラノにまかせて裏方一辺倒のアルトですが、そんな顔されるほど下手ではないと思う。

 ドから始まれば、サビでもシ♭までしか上がらないし、アルトでも無理なく出せる音域だ。

 途中で歌い止めてしまうのも逆に気まずいので、反応は気になるがここは歌いきる。

「ランランラン、ランランラン、ランランランランラン♪」


 ……やはり、やらかしてしまったかもしれない。

 上手い下手の問題ではなく、現代日本でも、急に歌い出すのは止めろと、友人からも注意されてきた。何か間違えてしまったかもしれない。

 言われなくても分かっている。私はいろいろと寒い人間だ。

 しかもあまりへこたれない。


「あの~、突然歌っちゃってすみませんでした~」

 そう、しれーっと謝ると、予想外の反応が返ってきた。

「あんた、天使か!? そんな歌声聞いたことがない」


 ええっ?


「こんないい歌も初めて聞いた。もっと聞かせてくれ」


 そう言われれば調子にも乗る。気が大きくなって、今度はアメージング・グレイスなんて歌ってしまう。これもドから初めたら上のドまでしか使わないし、アルトでも無理なく歌える。

「なんて歌っているのか分からんが、ものすごくいい曲だな。あんたの声もすごく綺麗だ」


 すっかり照れてしまう。こんなに誉められるなんて、異世界もなかなか悪くない。

「あの、この国ではどんな歌を歌っているんですか? 興味があるので教えてください」

 元の世界へのおみやげに、ここの世界の歌を覚えるのもいいかもしれない。

 そう思って聞いてみる。どうやったら帰れるのかさっぱり分からないけど。


「この国の歌はシンプルだぞ。じゃあ一つ」

 そう言ってジャックさんは歌い出した。

 ……が……。


 あ、あれ、この歌って、ドとミとファしか出てこないのかな……。

 そして、リズムってものが無い。

 規則性が無く、ドとミとファが現れるだけだ……。

 しかもジャックさんの音程がめっちゃ微妙。

 ドの音を歌いながら、ちょっとレに近く上がったり、シに近く下がったりする。

 本人はドのつもりっぽいけど。

 歌詞は、まあ、悪くはないのかな。

「花が~咲く~。四月が~来た~。種を~まこう~」


 だみ声で歌い終わったジャックさんに、ぱちぱちと拍手を送る。

「もう一曲くらい聞かせてください!」

 たまたま、こういう曲なのかもしれない。そう思って、リクエストする。

 すると……、

「冬が~来る~。雪が~降る~。家に~入ろう~」

 あ、同じ感じでしたか。

 これはこれで悪くはない。悪くないと思うんだけど……。


「あんたの歌はすごい。イシャディーン城へは歌を披露しに行くのか?」

 そう聞かれる。旅の目的を捏造するのも難しいので、そういうことにしておこう。

 そんなやり取りをするうちに、家まで着いた。だが、

「ちょっと、村の者にも聞かせたいから、城まで案内する代わりにといっちゃなんだが、ここで歌を披露してくれないか?」

 そう言われる。

 ジャックさんの奥さん、子供たち、近所の人、なんだか20人くらい集められてしまった。


「あの、ピアノとか……ないですよね」

 ピアノは見当たらない。アカペラで一人きりというのも緊張するが、ジャックさんの感動っぷりを見ると観客的にかなりハードル低そうだ。


 さっきの「森へ行きましょう」と「アメージング・グレース」と、加えて「アニー・ローリー」なんかを披露する。伴奏も無いので、メロディーがシンプルな歌の方がいい。


 ついついアニー・ローリーもドからスタートしてしまったが、そうすると高いミまで出さなくてはならず、これは自分の音域的には移調して下のラから始めるべきだったと後悔したが、そんな細かい反省事項なんて、もちろん誰も気にしていなかった。


 みんな、ぽっかーん、と口を開けて聞いた後、顔を紅潮させて割れんばかりの拍手。

 いやあ、これはうぬぼれますなあ。ただの一合唱部員に過ぎない私の歌がここまでお誉めに預かるなんて。


 こんなうぬぼれ環境なら、一生こうやって歌を歌ってこの世界で過ごすのも悪くないかも、と一瞬思う。それで稼いでいけそうだ。


 でも待て待て。まずは美空に再会しないといけない。そんなに早く身の振り方を決めることもないだろうと思う。

 それに、お城で歓待とやらもされてみたい。


 やはりお城へ行こう!



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