1.あれ、異世界トリップしたけど、私がヒロインじゃなかった……?
「ここはどこっ……!?」
私は気がつくと、見知らぬ森の中にいた。
三善天音。高校2年生。ピクニックに来たのではありません。
遠足でもハイキングでもありません。そもそも部屋の外に出た覚えないし。
ていうか、うちの周りは住宅街のはず。
こんな森の中ではあり得ないし、なんでいきなりこんなとこにいるんだろう。
えーっと、確か私は夏休みの宿題をしていて……。
さっきまで、クーラーの効いた自室で、親友の木下美空と一緒に手つかずの夏休みの宿題に頭を悩ませていた。
美空と私は合唱部員で、8月頭の合唱コンクール県大会に向けて夏休み前半は部活に明け暮れていた。
そして、なんとか例年通り、支部大会への切符を手に入れ、ほっと一息つき、遅ればせながら宿題に取り組み始めたところだったのだが……。
読書感想文も、そもそもどんな本を選ぶかでつまずき、あーだこーだと話は脱線していく。
「最近、異世界に行く話流行ってるよね~。あれってブームなのかなあ」
「でも、実は昔からあるよね。浦島太郎ってそうじゃない? 不思議の国のアリスとか」
「おむすびころりんとか。ナルニア国物語もそうだね。ネバーエンディングストーリーも」
「あれはさあ、日常じゃない世界へ行ってみたい、っていう願望の表れなのかなあ」
「人は昔から、知らない世界を想像するのが好きなんだよね、きっと。海の中には竜宮城。地面の下にはネズミの国。クローゼットの向こう側にはナルニア国」
「あ~! 宿題全部置いて、異世界に行っちゃいたい!」
私がそう叫んだときだった。
読書感想文用にと、図書館で借りて来た本の山の中で、一冊光り出したのだ。
「え? 何?」
それは、図書館の書棚の隅で埃をかぶっていた、聞いたことの無い題名の本だった。この本なら絶対に誰ともかぶらないんじゃない? と美空が言うので、冗談のつもりで借りた一冊だった。
美空が光っている本を手に取る。
「『はるかかなたの国イシャディーンへ』これって、あれじゃない? この本を開いたら、本の中に吸い込まれるパターンじゃない?」
「まさか」
笑いながら私が本を開いたのが間違いだった。ああ、神様。美空がせっかく忠告してくれたのに、そのまさかにはまってしまいました。
私の目の前が白い光に染まり、そして気がつくと、この森の中に倒れていたのでした。
ここがその、イシャディーンなんだろうか。
宿題やりたくないから異世界に来たって、どんな理由だよ!
おまわりさんに職質されたって、恥ずかしくてとても言えない。
そもそもおまわりさんがこの世界にいるのか分からないけど。
ああ、あれは冗談でした。言葉のあやでした。
どうか神様、元の世界に戻してください!
手を合わせて本気で念じてみるものの、まったく効果はない。
困ったな……。
辺りを見回すと、完全に森の中。昼間で明るい。そんなに暑くはない。
自分はどれだけの時間倒れていたのだろう?
少し体も痛い気がする。
低い茂みが周りにあって、道からも少し外れているみたい。
そこへ、パッカパッカ、と馬のひづめの音がする。
これは、あれか? もしかして、白馬の王子様が私を助けに来てくれたのか!?
異世界から来た不思議な少女を、王子様が発見!
そして二人は恋に落ちる。
そんな展開を瞬時に妄想しながら、ひづめの音のする方を向くと、
本当に白馬に乗っている眉目秀麗な金髪の美青年を発見し、「まじ?」とつぶやく。
普段「まじ?」なんて使わない私が。(心の中以外はね)
「おい、そこのお前、何者だ?」
結構上から目線の質問来たー!
あれ、でもその肝心の目線は私を向いていないし、馬は私より3mくらい前のとこで止まっている。
私が茂みの中で立ち上がって答えかけたところで、よく知っている声が代わりに答えた。
「わたしは木下美空と言います。高校二年生です。あの……ここはどこですか?」
なんと、白馬の王子様に答えていたのは、親友の美空だった!
美空も一緒にこの世界に飛ばされて来たみたい。
「“白き光の元、外つ国より客人、来れり。”そなたは外つ国、つまり異世界から来たのではないか」
「は……はい」
合唱部の女声はソプラノとアルトの二つに分かれているけれど、声の高い方のソプラノを担当している美空。答える声も可愛らしく澄んでいる。
とても殊勝でいじらしい感じがする。
外見も、背が低く小柄で、りすのような小動物のようで可愛らしい美空。
「では客人。我が城で歓待しよう。馬の背に乗るがいい」
「え…、馬に?」
王子様(仮)は小柄な美空の腰を掴んで、自分の前に横座りになるように乗せると、
「はっ!」と馬を走らせた。
パッカパッカパッカパッカ。
あまりの事の流れに呆然として立ちすくんでいた私だったが、これはまずい!
置いて行かれてしまう。
ガサガサと茂みの中から這い出して、
すみませーん、もう一人、異世界からの客人がいるんですよー!
声を出そうとするが、どれだけの時間気絶していたのか、喉が詰まってしまっていて声が出ない。
「え~、えへん、えへん、うほん」
咳払いをして喉の調子を整える。
「あーあーあーあーあ~♪」
って、違う! いつもの癖で発声練習している場合じゃない!
そんなことをしている間に王子様(仮)と美空を乗せた白馬は去って行ってしまった。
困ったな……。
普通、異世界に飛ばされるのって、一人じゃないんだろうか。
それで、一人で苦労をしながら、王子様や周りの協力も得て、自分の居場所を得て、そして恋をしちゃったりしながら活躍していくっていう、そういう展開じゃないんだろうか。
しょっぱなから置いていかれてつまずきまくってる。
王子様も異世界からの客人が二人いるなんて思ってもいないようだし、美空もあの様子では私に気づいてない。
これは、出鼻から詰んだか。
私はいなかったことにして、美空を主人公にして華やかな王宮ファンタジーをスタートさせた方がいい。
まあ、もともと私は、ヒロインなんて柄じゃないんだ。
合唱部の女声はソプラノとアルトの二つに分かれているけれど、声の低い方のアルトを担当している私、こと三善天音。声は男のように太く凛々しい。
後輩の女子からは、かっこいいと、某歌劇団の男役スターのごとき扱いを受けていい気になっていたが、一方で男子からのモテ要素は皆無。
後輩女子を壁ドンして、ことさら低い声でモテセリフをつぶやいて遊んでる暇があったら、もっと女子力を磨いてせっかくの青春を満喫した方が良かっただろうけれど、方向性を間違ってきた私である。
しかも、この中世ヨーロッパ的な世界では女性はひらひらドレスを着ているだろうし、可愛い美空ならともかく、私はその時点でアウトな舞台設定だ。
詰んだ……。私がこの世界に来た意味あるんだろうか。
このまま、どこかの農家にやっかいになって、日がな畑仕事の手伝いに明け暮れて、そのまま一生を終えるのではなかろうか。
それはまずい。それはまずいぞ! なんとしても美空に再会しなければ!
そう思って、美空の去った方向へ向かって歩き出したとき、声をかけられた。
「おや、お前さんは何者だい?」