8話
雲ひとつない青空の下。爽やかな風が頬をなで、鳥たちが元気に飛び回る。
「ママ!すごいすごい!」
「本当だね、人がいっぱいだ」
私もソラも日の出ているうちのデボンの街を目にし、昨晩の比じゃないとばかりにびっくりしていた。広場にはところせましと屋台が並び、新鮮な野菜から軽く摘まめるパンやお菓子、土産にするには持ってこいな可愛らしい置物やアクセサリーなどなど。向こう側では路上ライブさながら美しい歌声とともに軽やかなリズムを奏でる楽器の音が響く。広場だけでなくそこから四方八方に続く道にも屋台は並び、朝市だというのにスレ違うのも困難なほど既に人が溢れていた。
ディールさん家で一泊した昨晩、ソラのことを交えつつ話し合った結果王都に出発するのは朝市の買い物が終わり次第で決定した。こちらの都合でディールさん達を急かすのは申し訳なかったけど、ディールさん曰くあの家はディールさんの友人のものらしくて、その友人が不在な今借りてるだけなんだとか。もともと荷物はあまり持ってきていない上、早く出る分には問題ないんだって。ただ私達と違ってディールさん達は食べ物がないといけない。その準備と、あとは私に乗る際必要な紐等を買うために4人揃って朝市に買い物に来ているのだ。
「デボンはなあ、規模でいったら王都に次ぐ広さだし活気もいい。ま、王都のがこの倍騒がしいけどな」
人が多すぎで危ないということでまだ幼いソラを片腕で抱えてくれているディールさんは慣れたように進む。更にディールさんが道を作ってくれたそこを私とアンナさんで進む。そうでもしないと進めないのだ。
「とりあえず紐だ。できりゃ、敷くもんも欲しいな。まあ、でけえ鞍がありゃ一番いいんだけどな」
「ディール、ユキちゃんの身体を傷つけないようなものにしてね」
「ああ、わかってる」
ずんずん進むディールさんがどうやら紐を売っている店を探すようにキョロキョロと辺りを見渡している。人混みでも頭一個分飛び出てるディールさんが羨ましい。……迷子になったら銀髪頭探そ。
「あったぞ。こっちだ」
くいくいと指を向こうに向けて私たちを呼ぶディールさんに続いて人混みを進む。慣れているのかディールさんもアンナさんもスルスルと先へ進んでいくけど、それが私には難しい。ヤバい、と思った時には人の壁に押され完全にはぐれていた。
「うっそ」
どこを見ても人、人、人。オーマイガー。さっき迷子フラグ立てたからか!?そうなのか!?慌てて頭一個分くらい飛び出て身長の高いディールさんの銀髪頭を探したがどうやらかなり離されたようで見当たらない。そうしてるうちにも人ごみに揉まれまくって足は踏まれるわ押されるわ、正直めっちゃ辛い。
「、わっ!」
あっぷあっぷしているうちにドン、と背中を押されて市場の道脇に転んだ。痛い。誰だ押したやつまじ許さん。くっそう、とさっきまでいた人ごみを睨むけど忙しそうに行き交う人のみ。犯人はわからずじまいだ。それよりなにより早くディールさん達を見つけて合流しなければ。そんな時だった。
「大丈夫?」
誰かが覗き込んでくる雰囲気。そして突然しゃがみこむ私の頭上に影がかかり、目の前に差し出されたのは手。
「あ、うん、大丈夫」
「そう。よかった」
見上げればそこにいたのは、太陽の光を受けてキラキラと輝く金の髪を靡かせ紫の瞳を心配げに揺らす青年だった。
「怪我はない?」
「えっと、一応は」
手を借りて立ち上がるもその間私の心臓はばっくばくだった。だって!だって!この人イケメンなんだもん!優しげな顔立ちとふにゃりと緩められた目元。鼻筋もスッとしていて、ほわほわした空気が癒される。
「いきなり目の前に女の子が倒れてくるからびっくりしたよ」
「一緒にきた人とはぐれて、気づいたら人混みに揉まれちゃって」
何となく恥ずかしくなってへらりと笑ってみる。青年もちょっと笑った。
「僕、ライト。君は?」
「あ、ユキです」
「そう、ユキね?よろしく」
いきなり呼び捨てかーいとか思ったが、イケメンに名前を呼ばれて悪い気はしない。相手が太った親父だったら殴ってるけど。ふむ、これが噂に聞く“※ただしイケメンに限る”ってやつか。一人納得していればライトの手が再び私に差し出された。なんだ?と首を傾げればライトはふわりと笑った。
「これも何かの縁だし、困ってるなら手伝うよ?」