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来る者

作者: 富士見 恒

それは、大晦日の夜やって来る。


こつ、こつ、こつ。


控えめに玄関の戸を叩く音で、炬燵の中でまどろんでいた思考が急速に形を成した。

付いていたはずのテレビはいつの間にか消え、居間には柱の古時計が12時を知らせる音だけが響く。


こつ、こつ、こつ。


再度、慎ましやかな戸を叩く音がする。

古時計の音を縫うように、確かに聞こえた。


炬燵の中で温めていた半纏を羽織って玄関に向う。

廊下を通ると、庭の木にぶら下がったロープがガラス窓を叩いていた。

外は風が強いらしい。


青く照らされた玄関のガラス戸の向こうに、ぼんやりと白い足が見えた。

ガラガラと戸を引くと、そこには半紙の面を付けた二人組が立っていた。


その半紙の面には奇妙な図が描かれている。

片方は丸を描いて、その真ん中に塗りつぶされた丸の描かれたお面。

もう片方が、やや縦長のひし形の両脇下に、更に二つ、縦長のひし形が描かれたお面。


脛までの長さに調節された薄い着物を着て、下は裸足。

風にあおられて着物の裾が小さくはためいているが、半紙の面はかさりとも音を立てない。

着物の隙間からは、ちらりちらりと膝小僧が見えた。

白と灰色の粘土を練って、人の皮膚に薄く伸ばしたら、きっとこんな色になるのだろう。

そんな事をぼんやり思った。


二人組の片方は竹箒の様な枝を手に、もう片方は戸を叩いて伸ばした腕のまま、じっとそこに立っている。


私はちょっと待って、と言うと一旦台所に戻り、丸餅をいくつか手にして玄関に戻った。


二人組は何をするでもなく、ただただ静かに、半紙の面の下からこちらをじいっと見つめているのが分かった。

私が抱えた丸餅をひとまとめに差し出すと、戸を叩いた方が、両手の小指側をぴったりとくっ付けて手を皿の形にした。

くぼんだそこに餅を置く。


ひび割れた手のひらが餅を包み込み、長い爪がそれを覆う。

餅に付いた白い粉が指の隙間から溢れた。


二人組は深々とお辞儀をした。

私も軽く一礼し、戸を閉めた。


鍵を掛けると、ザリ、ザリと、二人組の片方が持った枝が、地面を擦る音が遠ざかっていくのが分かった。


あの奇妙な二人組は、毎年この地域の家々を訪れるのだと言う。


大晦日の夜、家々を周り、餅をもらい、帰って行く。

ここに引っ越して来た時に、大家さんからそんな事を聞いた。

餅をあげないとどうなるんです、と尋ねた私に大家さんは少し困った顔で、知らない、と言った。


餅をあげないとどうなるか、誰も知らない。そもそもあげたことのない人の話を聞いた事がない。

大晦日に尋ねてくる、半紙の面を付けた二人組に餅を振る舞う。

毎年毎年、そう言う決まりだから。


大家さんはそう言って鍵を渡してくれた。


足先はすっかり冷えて、下から冬の寒さが這い上ってくる。

炬燵に入ってまたうとうと微睡みながら、テレビから雑音混じりの新年の鐘を聞いた。

あれ、テレビは消えていなかっただろうか、そう思いながら。

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