ー第7面 タクシードライバー
ー第7面 タクシードライバー
大友康洋は、おとなしくランサーエボリューションを走らせていた。
しかし、ヘルメットとレーシングスーツは異様だった。
「暑くないか…?。ヘルメット。」
「西堀さん。これ水が循環してるんです…スーツだけじゃなくて。ヘルメットに冷却入れてるのは僕ぐらいですけど。」
「なんで、レーサー辞めたんだ?。」
「長い話しになりますね。…でも一言で言うとレースがフェアじゃないと感じてしまったんです。」
「八百長があったのか?。」
「違いますね。八百長なら逆に跳ね返してやろって燃えますよ。レギュレーションってあるじゃないですか。カーレースって…。」
大友は陽気なタクシードライバーといった空気を醸し出していた。
「…それで。変更になるんですね。レギュレーションが。コース脇の芝刈ってた時はなかったんですけど、まともに走り始めるとね。どう考えても自分を狙い撃ちなんですよ。最初は気のせいかと思ったんですけど、一度優勝しましてね。そしたら国際レースに5戦以上エントリーしないと参加資格がないって言うんですよ。国内は国際レースが2戦しかなくて、あとは海外でね。プライベーターが行けるわけないじゃないですか海外に。それでレース辞めたら、そのレギュレーション翌年なくなったんです。」
淡々と大友は語っていたが、当時は悔しかったにちがいないと西堀は思った。
「交通機動隊にいたとか聞いたけど。」
「そうです。レースやってる時は警官でした。かなり文句言われましたけど、公安の上の方に親戚がいまして、黙認みたいな感じで。」
「それがタクシードライバー?。」
「えー…。やちゃいましてね。国道を200kmで走ってた馬鹿を抜いて…頭押さえて…停車させたんです。常習者で国道沿いの住民が怒ってまして、自分達でも追いかけてたもんだから…停車させた時も住民が取り囲んだんです。キップ切らせるためにパトカーに移そうとしたら…誰だったと思います?。」
「地元の有力者のバカ息子?。」
「ならましですよ。署長のひとり息子で知り合いですよ。住民も誰だかわかって…内々に済ませるも何も。住民には感謝されて、署長も黙ってましたが。翌月交機から交番に配置が変わりました。交安の親戚に言われました。お前は悪くないが運が悪かったって…気持ちは分かりますがフェアじゃないじゃないですか。だから警察も辞めました。」
「タクシードライバーの世界はフェアなのかい?。」
「フェアじゃ有りませんよ。でも…この世界はアンフェアを正していける世界です。少なくともアンフェアな連中と戦う事ができます。でも戦ってる馬鹿は僕ぐらいかもしれませんけど…。」
「なんで助けてくれるのかな?。」
「能登島さんって人はフェアなゲームを作る人なんでしょ。中島は能登島さんのテスト版をプレイして面白いんで、私にもやらせてくれたんです。フェアなゲームでした。だから見殺しにはしません。必ず救いだしましょう。」
西堀はジワッと涙が出てくるのを感じた。ゲームはただの慰みものじゃない。人を救う事だってあると言った能登島の顔が思い浮かんだ。でも俺に何が出来る。国家を相手にいち個人が…とも思った。しかし、アメリカの目的がテッド マクシミリアンの遺産だとして…ゲーム外で何も出来ないから、ゲーム内に人を送り込んできてるとしたら。勝負はゲーム内で決するはずだ。
ならば。ルールはこちらが握っている。能登島の防御壁が破られない限り、こちらに勝ち目はある。五分五分なら充分だ。外はこのタクシードライバーが守ってくれる。
やれるじゃないか西堀栄一。
「やってやろうぜ。大友君。」
タクシードライバーはニヤッと笑って言った。
「それは私のラッキーワードなんですよ。やってやろうぜ西堀さん。フォーッ。」
叫び声と同時に床までアクセルを踏み込まれたランサーエボリューションは愛知県に入り、ゴーケアフォーナカジマ店に近づきつつあった。西堀は骨のきしむ音を聞きながら痛みで失神した。
この芝刈り野郎と思いながら…。
ー第8面につづく