ー第3面プレイスタート
ー第3面 プレイスタート
椎名美花が能登島のアパートに移ってから、半年が過ぎた。能登島のアパートで寝起きし、ホームページとプログの仕事をするために、自分のアパートに出勤すると言う生活だった。能登島と居る時は、必ずクライムズの仕事を横で見ていた。
「すごいねコレ。こんなのプレイする人居るの?。」
「俺の友達は、こんなんじゃないと納得してくれないんだよ。シイナにはシビアすぎるか?これは。」
「無理。ノト君が守ってくれないと、私なんかすぐ死んじゃうよ。」
「本気か〜?。俺はシイナが最大のライバルになると思ってんだけどな…だから、同じパーティーで登ろうってたくらんでるんだけど。」
「そうね〜。やりようは有るけど、ノト君に一緒に登って欲しいって言われたら…断れないよ。」
「ゲーマーに情けは禁物だぜ。」
「だぁって。ゲームの中でだって、ノト君を死なせる訳にはいかないもん。」
「でたな本音が。自信満々じゃないかよ。シイナがゲームの中でミスするなんて有り得ないよ。」
美花は、ゲームの本質を一瞬で見抜く力を持っているように、能登島には思えた。大学時代の能登島のゲームを、最初にクリアーするのは必ず美花だった。一度攻略法を教えてるんじゃないかと言う疑惑が持ち上がったが、そうでない事は能登島が一番よく知っていた。そして、美花は能登島のゲーム以外はプレイしなかった。一度理由を尋ねると、つまんないからと答えが返ってきた。
「よう〜し。これでホームページに繋げるぜ。ゲームスタートだ。」
能登島は、ホームページで予告した時間に、ゲームスタートするように最後の作業を終えた。そして、ゲームはスタートした。
…いきなりだった。
バーチャル日本政府が声明を発表した。
「アクセス数が1万件を越えた為、ゲームのエントリーを中止しました。」
「何が起こった?。」
冷静な能登島の顔に、見た事もないパニックの表情が浮かぶのを見て、美花はとてつもない事が起きたと感じた。
「このゲームを知ってるのは、せいぜい3000人程度のはずだ…。何かニュースに出てないか?。」
能登島は、別のパソコンを起動してニュースのサイトにアクセスした。
そこに答えが有った。
ー日本時間8月19日21時30分。アメリカの大富豪として知られるテッド マクシミリアン氏79才が心筋梗塞により死亡。200兆ドル以上と言われる遺産の行方が明らかに。日本人ゲームクリエーター ヒデヒコ ノトジマ氏のホームページ上のオンラインゲーム゛クライムズ゛で初登頂した人物に、全遺産の権利が与えられるとの遺書の内容が弁護士によって明らかに。クライムズは、8月20日午前0時を持ってスタートされる模様。ー
「なんでクライムズなんだよ。知らねえぞテッド マクシミリアンなんて。」
それに対して、美花はサラっと答えた。
「私知ってるよ。不正が起こらない、新しい電子投票システムを開発した会社のオーナー。そのシステムの名前がフェアプレイって名前で…でも突然、役員会でオーナー辞めさせられて、何か大統領選挙の投票で不正が有ったんじゃないかって…共同通信かなんかのフラッシュニュースで見た。一回きりだけどね。」
「それは、いつ?。」
「去年くらいかな。アメリカの大統領選挙の後くらい。」
能登島の顔に恐怖が走った。
「冗談じゃねえぞ。美花。帰るんだ。タクシー呼んでやる。」
「何なの?。」
「何か考えてるヒマはねえよ。アメリカ、投票、大統領選挙、不正と来たら、命が危ないって事だ。」
「大げさだよ。」
そう言う美花を無視して、能登島は携帯でタクシー会社を呼び出した。
「3分で来る。すぐに出るんだ。」
「ノト君は?。」
「俺は、なんとかホームページを閉鎖してみる。多分駄目だろうけど…。ゲームには入り込めないと思うけど、ホームページは駄目だ。」
美花の腕をつかんで、能登島はアパートの外に引っ張って行った。
タクシーがやって来た。
「いいか。西堀栄一って奴に、後の事を頼んどくから、西堀栄一の言うとおりにするんだ。いいか?。美花。」
能登島はタクシーに美花を押し込み、運転手に行き先を叫ぶと、アパートに駆け戻って行った。
「どうしました?。」
運転手がいぶかしげに聞いた。
「急いで、車を出して下さい。」
タクシー運転手は、仕方なく車を出した。
その日は自分のアパートで寝て、翌日午前中は仕事をして、昼になった。美花は、単なるホームページ炎上くらいに思っていた。
部屋を出て、栄のデパ地下でカレーの材料を買うと、能登島の会社のある伏見に向かった。
地下鉄東山線伏見駅の改札を抜けて、1番出口に向かうと、通路の壁に背をもたせかけ、男が足を投げ出して座っていた。右頬に殴られたようなアザが見えた。手に能登島のかぶっているのと同じ、アナハイムエレクトロニクスのキャップが握られていた。
「ニューグリップタイヤの方ですか?。」
美花は、男に声を掛けた。男はハッとした顔で美花を見た。
「椎名さん?。」
「はい。」
「急いで!。」
男は突然ハネ起きた。キャップをかぶり、左手を差し出した。手のひらに、地下鉄の切符が2枚有った。
「改札を。地下鉄に乗るんだ。」
美花は訳もわからないまま、出て来た改札を通った。
地下鉄が来るまで、男は辺りを見回して、何かを警戒していた。
地下鉄に乗っても、男は周りをうかがうのを止めなかった。名古屋駅に着くと、男は美花を、JRではなく私鉄の名鉄の駅に引っ張って行った。男が事情を話し始めたのは、名鉄電車が一宮を過ぎてからだった。
「椎名さんの友達に、高宮先生と言う人はいる?。」
「えぇ。高宮愛は、中学からの友達ですけど…。」
「能登島の指示で、そこに逃げ込めって事です。もう、高宮先生の了解はとってあるらしいです。」
美花は不安を募らせて聞いた。
「何かあったんですか?。あなたのお名前は?。」
「…すいません。西堀栄一と言います。能登島の同期の同僚です。午前1時頃、ファックスが能登島から来ました。ファックスには、数字の行列と、一番上にこのファックスと広辞苑を持って逃げろと書かれてました。数字の行列は、僕らの間ではお馴染みの暗号で、広辞苑を使って解けるようになってます。僕はとっさに、能登島のブースから広辞苑を持って、みんな逃げろと叫んで、フロアを出ました。おそらく…窓ガラスを割って、何者かが開発部のフロアに飛び込んで来る音が聞こえました。僕は、廊下にあるトイレの窓から隣りのビルの非常階段に飛び移ったんですが…その階段を降りる時に、転んでしまってこの様です。自宅に戻って、暗号を広辞苑で解くと、あなたへの指示が有りました。」
「能登島はどうなったんです?。」
「わかりません。携帯もパソコンも使うなとあります。あなたが伏見駅に来るだろうと予測してありました。高宮先生と言う方の部屋番号はわかりますか?。」
「えぇ。705でボタンを押せば、部屋につながって、部屋からロックを解除してくれるはずです。」
電車は終点の名鉄岐阜駅に入った。
西堀は、歩くのがつらそうに見えた。改札を出ると、横幅のある長い階段を降りなければならない。美花は、西堀に肩を貸してゆっくりと階段を降りた。
「すいません。なんとかマンションまで行きます。」
「着いたらケガの治療をしないと。」
「いえ。なんとか能登島の行方を見つけないと…まだ、見つける方法が有る内に…。」
「駄目ですよ。骨が折れてるかもしれないし。」
西堀の右足は、引きずるようになっていた。
高宮先生と呼ばれる人物のマンションは、JR岐阜駅の西側にそそり立つタワーマンションだった。西堀は、真っすぐ行かずに周り込むように美花を誘導した。
「どうして?。真っすぐ行けば近いですよ。」
「目立ち過ぎる…奴らに見つけられたらマズイ。」
「奴らって?。」
「わからない。でも能登島が指示するなら、従った方がいい。奴らが誰であっても。」
2人は、ずいぶん遠回りしてマンションの入口に着いた。
「一週間前に、引越したばかりなんですよ。それで、ノト君と部屋にも行ったんです。」
美花は、ルームナンバーを押して、インターホンから声がするのを待った。
ーはい。高宮です。ー
西堀は、若い女性の声を聞いた。
「愛?。私。美花だけど、ノト君から聞いてる?。」
ー聞いてる。すぐ解除するから。エレベーターは使わずに、脇の階段を登って。カメラが有るから、エレベーターは駄目だって。ノト君がー
「もうひとり、ケガしてるの。7階までキツイんだけど…。」
ーいいわ。私とお父さんでゆくから。1階で待ってて。ー
正面のぶ厚いガラスの入った入口から、ロックの外れるカチリと言う音がした。美花は、西堀を気遣いながらドアを引いて、エントランスに入った。エレベーターの脇に、非常口と表示のある入口があり、そこから若い女性とその父親らしき中年男性が出てきた。
「この人は、父さんに任せて。美花ちゃんを早く部屋に入れるんだ。」
190cm長身の父親は、西堀を軽々と背負いながら2人を急がせた。一気に7階まで登りきり、美花と西堀は部屋の中に入った。
「美花。見て。大変な事になってる。」
同級生の高宮愛は、つけっぱなしのテレビを指差した。
ー現在。能登島秀彦さんの消息はつかめていません。アパートの内部は、すべての家財道具が運び出された状態で、入口に鍵が掛けられていたと言う事です。隣りの部屋の男性が、騒がしいので注意をしようと出た所、能登島さんの助けてくれと言う声を聞いています。その直後、後頭部を殴られ気を失いました。朝6時に意識が戻り警察に通報したと言う事です。犯行が行われたのは、午前3時前後と見られています。また、能登島さんが勤めているニューグリップタイヤ本社も、何者かに侵入され、社内に居た社員全員が連れ去られた模様です。詳しい事は判っていません。何か情報が入り次第お伝えします。ー
画面は、キャスターの顔から能登島のアパート前の画面に切り替わった。
「何がどうなってるのよ?。」
西堀はソファーに寝かされて、高宮先生に傷の手当てをしてもらっていたが、半身を起こしてテレビを見つめていた。
「クソッ。急がなきゃ。」
「無理よ。西堀さん。」
高宮先生が消毒液とガーゼを持った手で、西堀の体を押さえようとした。高宮先生のプチサンボンの香りが、西堀を多少冷静にさせた。
「駄目だ。能登島がやられちまう。なんとか能登島とルートを確保する。そしたら美花さん。あなたの出番だ。能登島を救えるのは、あなただけだ。ルートを確保したらこの部屋に連絡します。それまで動かないで。あなたは我々の最終兵器だ。あなたしか能登島を救えない。クライムズにエントリーして下さい。」
「父さん。西堀さんに協力してあげて。」
「いいとも。私の車で行こう。愛は美花さんを守ってあげるんだ。」
「わかった。お父さん気をつけて。」
「任せとけ。西堀くん。行くか?。」
「すいません。お願いします。」
高宮愛の父親は、もう一度西堀を背負って、ドアの外に出た。西堀が目指すのはインターネットカフェ。
巨大なアンフェアとの闘いの幕が切って落とされた。
ー次話 第4面につづく