ー第11面 襲撃
ー第11面 襲撃
警視庁電算機犯罪課2部が白根 登刑事部長の所属となっている。しかし略称電犯課とは命令系統が違っている。2部は警視総監直属の部で間にいかなる上司も存在しない。つまり、警視総監以外の命令を聞く義務がない。その限界を知らない捜査から、旧称の特別編成別班と併せて、特編別班なんでもあり課と内部では呼ばれている。
実際の仕事は、日本国内で活動する海外のスパイ組織の監視と非合法活動の阻止を行っている。
能登島失踪はそうした組織の訓練された実働グループの犯行のように見える。しかし、これらの組織はこれほど目立つ行動は起こさない。それは長い年月をかけて作り上げてきた組織を危険にさらすからだ。
部下の10人を割いてクライムズにエントリーさせながら、犯行グループを別働隊で捜査させていたが、あまり成果は上がっていなかった。ただし犯行現場の外務省と防衛省の顔ぶれから見て、アメリカがらみとは知れていた。たとえアメリカがらみと言えども、日本の警察の管轄下で誘拐事件を起こされて黙っているわけにはいかない。
「木曽。山際は見つかったか?。」
ゲームにエントリーしている部下のひとりに白根は聞いた。
「ゲーム内の自宅は確認しました。居ないようです。」
「よし。張り込め。」
10人いる右端の部下から声が上がった。
「再びプレイヤー能登島を捕捉しました。どうしますか?。」
「尾行しろ…。気づかれるな。」
プレイヤー能登島はゲームエントリー時から監視していたのだが…時々こつ然と消えてしまう。見失ったJR浅草橋駅のホームに再び現れた能登島を部下は尾行し始めた。白根が消えた駅に必ず現れると踏んだのが当たった。プレイヤー能登島に直接職質するのが一番簡単だが、背後に居るグループに白根達の存在を知られたくなかった。
白根は時計を見た。別働隊の定時連絡が15時に入る…15時ちょうどに、暗号化された電波を飛ばす無線に声が入った。
ーこちら、電犯2部1班。聞こえますか。ー
白根は無線のマイクを握った。
「白根だ。何かあったか?。」
ー目新しい事は有りません。CIAの筋が確かになりました。例のアメリカ国内で養成されていたJリーグ部隊の犯行が濃厚です。ー
「日本人だけで構成されている特務工作員のやつか…。」
ーキャンプ座間にいったん入ったんですが出てきました。現在追跡中です。ターゲットはニシボリと判明しました。ー
白根はピンときた。ニューグリップタイヤ本社で確保した社員名簿を机の上から引き寄せた。
「能登島の同僚にその名前がある。ニシボリは拘束されてないと見た。ニシボリのデータを送信する。ニシボリの身柄を確保しろ。」
ー了解。ニシボリ本人を確認後応援を要請します。ー
「2班3班を合流させる。ニシボリをCIAに穫られるな。」
ー了解。ここは日本じゃないですか。もう好きにはさせません。ー
「その意気だ。頼むぞ。」
マイクを握る白根の額に汗が浮かんでいた。これは白根が独断でやっている事だ。警視庁自体に圧力がかかれば、白根は終わるかもしれない。正体は必ずばれるだろうが、その時には全てが終わっていなければならない。そして生かしておいて今後危険がないと思わせなければならない。相手は安全保障に関われば何をしてもいいし、何でもしなければならないモンスターだ。
電犯課2部第1班の横山 優は覆面パトで、前をゆくトヨタのワゴン車を見失うまいとして、東名高速を名古屋方面に向かって走っていた。
助手席にはベテランの司老 正隆が前を睨んでいた。
無線で警察ヘリを呼び出しす。
「こちら電犯イチゼロ。電犯カウントゼロどうぞ。」
ー…こちら電犯カウントゼロ。ホシのクラウンを追跡中…後方は電犯ニーゼロがマーク…東京方面に向かっている…現在位置は豊川インター付近…前方に要確保者のランサーエボリューション…くりかえす…前方に要確保者のランサーエボリューション…ー
「電犯カウントゼロ、了解した。こちらも要確保者に向かう。」
横山はすでに、高速を降りて上りに乗り換えるために、焼津インターの出口に入っていた。
「キャップがゴネてヘリを穫ったのは正解でしたね。」
そう言う横山に、司老は返答をしなかった。事件の後にこれらの行動が、電犯課2部の解散につながりかねないと思っていた。特編別班なんでもあり課と蔑視する幹部はなんとかして解散に追い込もうと画策しているのだ。
「…ちゃんと運転しろ〜このヤマを無駄死にさせるんじゃねえぞ。」
横山は黙った。車は覆面パトだがパトライトを上げてる状況ではなかった。料金所を抜けると、一般道に出る信号でブレーキを踏んだ。
ヘリの続報が続く…
ー三ヶ日インター通過
ー浜松西インター通過
ー磐田インター通過
ー…ブッブブブ。こちら電犯カウントゼロ…全電犯2部移動に連絡…ランサーエボリューションは袋井インターで高速を降りた…ホシのクラウンも後続している…くりかえす…ー
「…横山。脇に寄せろ。続報まで待機だ。」
青信号で右折して出てから、すかいらーくの駐車場に車を寄せた。
ー…。ランサーエボリューションは1号線を掛川方面に移動中…ホシのクラウンが車間を詰めている…ホシが要確保者を襲撃に出た…くりかえす…ホシが要確保者を襲撃に出た…100キロ近い速度で一般道を移動している…ー
「こちら電犯イチゼロ。焼津インター付近で待機中。要確保者を確保するか?。本部の指示を要請する。」
司老はかすれた声で無線に言った。
ーこちら本部…電犯イチゼロ…ホシのクラウンを撃墜…さもないと複数の死亡者が出る…一号線の信号を全て青信号に変えた…一号線の脇で待ち伏せろ‥野田ICだ…ー
横山はナビの画面で野田ICを確認すると車を急発進させた。司老は、おとせと言う意味を発砲や車での体当たりも含めて、CIAの特務工作部隊の車を停車させろと受け取った。
「どうやって、おとします?。」
横山の声が震えているのに司老は気づいた。
「ホシの車の横に着けろ。ドライバーの頭にクリティカルヒットさせる。」
「…そんな事して良いんですか?。」
「いいわけないが、奴らだって、して良いことをしてるわけじゃない。まあクビになるかもな…。」
ー電犯イチゼロ…できるか?…ー
司老は無線のマイクを取った。
「部長。懲戒免職にならないようにお願いしますよ。」
ーそれは保証するー
司老は無線のマイクをホルダーに戻すと、ホルスターから銃を抜いた。
「訓練じゃ、人形に300発命中させてるが。どうかな…。」
「司老さん…。これはフェアだと思いますか?。」
「電犯課2部自体がフェアじゃねえんだよ。俺達がアンフェアな仕事をしなかったら、世の中が保たねえんだよ。人を殺してその見返りが死刑にならない事だとしたら、運が良いと思わなきゃいけねえだろうが。」
横山は一号線を島田まで行って、野田ICで藤枝バイパスに入って来る2台を待ち伏せた。
大きくなるエンジン音と、バックミラーに小さな車影を認めた。
「来ますね…。」
横山はギアを入れてアクセルを床まで踏み込んだ。
「磁気嵐を使いましょう。駄目なら撃てばいい。」
「馬鹿野郎っ…俺達はプロだ。不確かな物を実戦で使えるかっ。」
司老は右足で床を激しく蹴った。
大友は一宮インターから東名に登った時点で、白のクラウンに気づいていた。
西堀は苦しそうに見えた。
「来るもんが来ましたよ。西堀さん。」
「時間切れか…。ゲームにエントリーしてるドリームチームの情報を集めたかったが…岐阜に戻って実花さんに任せるしかなさそうだ。」
大友はバックミラーを指で叩いて言った。
「多少はいじってるでしょうが。元はクラウンですからね。車だけの勝負なら楽勝ですよ。」
「車だけで勝負してくれそうなフェアな連中とは思えんが。」
大友はーいいぞーと思った。まだ西堀には精神的余裕は有りそうだった。
「上に警察ヘリと、奴らの後ろに覆面がいます。」
「…どっちだ?。」
「味方だと思いますが。賭けます?…。」
「根拠は?。」
「警察官ってのは、なめてくる連中には屈しないんですよ。たとえ懲戒免職になったって。…それだけです。」
「俺は賭けはやらない。すまんな。」
「賢明です。シートベルトはちゃんと締まってます?…ヘルメットをかぶって下さい。次のインターで降りて勝負します。」
西堀は白いフルフェイスの中に頭を押し込んだ。
普通に料金を払って袋井インターで降りると、大友は信号を無視してアクセルを踏み込んだ。レーシングゲームでは見た事のある光景だが…加速Gは西堀の体をきしませた。
不意を突かれて、後方のクラウンがバックミラーから消えた。
しかし、それもつかの間。再びバックミラーに姿を現してきた。
「けっこう良いチューンしてますね…。じゃあ〜これはどうだ?。」
大友はアクセルを床まで踏み込んだ。
一般道である。まるで他の車がよけてゆくように見える。しかし、予測してよけているのは大友だった。
クラウンはついて来る。
「来ますね…。あれは?。」
大友は路側帯から急発進する車に注目した。
「…あれも味方ですよ。覆面パトだ。」
「どうするつもりかな?。」
大友は西堀の声を聞き流してバックミラーを見た。
クラウンのフロントグリルから何やら出てくるのを大友は動体視力を使って見た。撃つ瞬間に弾道を予測してよける。狙いは真っ直ぐだが、撃つ前に避けると当てられてしまう。引き金かスイッチを押す瞬間に、右にハンドルを切り、なおかつ車体を立て直さなけばならない。
初弾を外せばスナイパーは動揺する。2発目は甘くなる。
相手が撃つだろう瞬間に意識を集中させた。レースでも、後ろのドライバーが仕掛けてくる瞬間を100%当てる事ができた。
短いトンネルを2つ過ぎ、左にカーブしている長いトンネルを出て谷稲葉ICと表示が見えた。さらに原トンネルと書かれたトンネルを抜けるとーひといきPA−と言うパーキングエリアを右に見た。大友は意識を集中した。
まだ。まだだ…。
…来る。
大友はハンドルを右に切った。…が弾は出なかった。しかもクラウンからドライバーの気配が消えた。
そしてバックミラーから消えていった。
代わりに路側帯にいた覆面パトカーが後方に現れた。大友はスピードを落とし停車した。覆面パトカーは前方に着けず、後方に停車した。
「西堀さん。味方で正解でした。」
背広を着た若い男と50代くらいの男が降りてきた。
50代の男が大友の側から車内を覗き込んだ。
「西堀さんはどちらです?。」
「僕ですが?。」
「遅れて申し訳ありません。身辺警護をさせて頂きます。西堀さんは我々がお守りいたします。」
大友は硝煙の臭いを感じた。この男が撃ったらしいと直感した。
「あのドライバー…撃ったんですか?。」
年配の刑事は笑顔から鋭い顔に戻った。
「そのつもりだったが…ちゃんと防弾ガラスと防弾板が入ってた。…コイツは俺の趣味で作ってる磁気嵐発生装置だ。」
DVDケース4枚を重ねた大きさの樹脂製の箱が手に握られていた。
「車の電装系をダウンさせ、乗ってる人間も1時間程行動不能にする。今まで成功したのは10回に1回だ。君は強運の持ち主らしい。」
「…そうですか。あのドライバー良いセンスとテクニックを持ってたんで。是非サーキットで勝負したいと伝えて下さい。」
「言っとこう。奴も今回の失敗で失業だろうしな。」
大友はそれに笑って答えた。西堀が司老に向かって頼んだ。
「できれば岐阜駅前のタワーマンションにたどり着きたいんですが?。」
「ヘリで行きましょう。あそこは屋上にヘリポートがあります。」
「知ってるんですか?。」
「えぇ。このドライバーが元優秀な警察官だった事も。」
西堀は体から力が抜けて行くのを感じた。
ー第12面につづく