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二日後、ルリの携帯にかかってきた電話は、実家に帰ったはずのナナからのものだった。
「セイラさんから犯人を捕まえたって連絡があったわ」
結局、あの日捕まった巨漢は水着泥棒ではなかった。そもそも盗んだのは水着ではなく、別のショップで売られていたブラトップであった。彼がブラトップなんかを盗んだ理由はここでは省く。とにかく、万引き犯を捕まえる方法を聞き損ねたセイラは、夜になってナナに電話をしてきた。
ナナが授けた策は、わざと死角を作る、というものであった。まずは陳列棚を動かしてもらい、監視カメラに絶対に映らない場所を作ってもらった。そして次に、そこにMサイズの、まだ盗まれていないタイプの水着を陳列してもらった。最後に、その陳列棚の前に人一人が隠れる場所を巧妙に作り、セイラがそこに待機した。罠を張ったのである。
特設会場の試着室は適当な理由を付けて使用不可にし、近くのショップの試着室を使わせてもらうこととした。
そして、犯人は見事に罠にかかった。
「誰だったと思う?」
聞こえてくるナナの声は非常に楽しそうだ。
「誰だったんだ?」
「四十過ぎのおばさんだって」
「おばさん?」
「そう。二十歳になる娘がいるおばさん。この娘が引きこもりをやっているんだって。おばさんはなんとか引きこもりを止めさせようとずっと頑張っていたんだけど、今年の夏の初めに、水着を買ってきてくれたら引きこもりをやめるって娘が言ったんだって」
「それで万引きをしたのか?」
「最初の一つはちゃんと買ったらしいわ。でも、娘はその水着が気に入らなくて違う水着を買ってくるよう言った。経済的な余裕がないおばさんは、二着目は買わずに万引きをした。娘が気に入ったら、最初に買ったものと交換してもらうつもりだったらしいわ。でも、娘は新しい水着が気に入らない。その次の日も、その次の日もおばさんは新しい水着を持って帰ってくるけれども娘が気に入るものはない。最初から、引きこもりを止めるつもりなんかなかったのかもね。そして水着だけが家にたまっていった」
「かわいそうなお母さんだな。それで、どうやって盗んだんだ?」
ルリの問いに、ナナはふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「私が言った通りよ。ハンガーからぱぱっと外してバッグに突っ込むの。目の前で見ているセイラさんもびっくりの早業だったって」
「それは凄いな。ところで、そんなおばさんが毎日通ってきていて、どうして店員は気がつかなかったんだ?」
「さぁ、よっぽど影が薄いか、変装をしていたんじゃない。そんなことより!私にはさっきから非常に気になることがあるんだけど!」
「なんだ?」
「さっきから水音が聞こえてくるの。カッチン、まさか私に黙ってプールに行っているんじゃないでしょうね」
ルリは正直に告白する。
「プールには入っているが、プールに来ているわけじゃない」
「どういうこと?」
「水着を買ったってパパに言ったら、すぐにビニールプールが送られてきたんだ。動画を送れってリクエスト付きだったから、今撮影中だ」
淡々としたルリの説明の後、しばらくして帰ってきたナナの軽やかな笑い声は、真夏の空に吸い込まれていく。
「二十九階のベランダに置いたビニールプールにカッチンが水着で入って、それを全裸のリリママが撮影しているってこと?それはすっごいシュールな光景ね」
「そうだな。自分でもそう思う」
「誠一郎、グッジョブ!」
ルリの目には、天に向かって突き出されたナナの親指が鮮やかに見えた。
初出:2010年8月29日コミティア
続きも宜しくお願いします。
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