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 ファッションビル「KAGOMEパレス」のスイムウェア特設会場は九階のイベントスペースに施設されている。

 一辺には水着を着たマネキンや椰子の木がディスプレイされており、反対側には試着室とレジが並んでいる。側面は空いており、出入りは自由だ。水着にはセキュリティタグが付けられているが、店外に持ち出すと警報音の鳴るタイプではなく、特殊な器具を使わずに無理に外そうとするとインクが飛び散るタイプのものだ。

 イベントスペースはそれなりに広いが、大量の水着が陳列されているため、陳列棚の間の通路の幅は狭い。

 三人が会場に戻ると、ナナは大きな目をくりくりと動かしながら天井のほうを指差し始める。

「なにをしているんだ?」

「監視カメラの設置場所のチェックよ。セイラさん、ここにあるのは全部本物?」

「ダミーがあっても言えるわけがないでしょ。幸いなことにここにあるのは全部本物だけどね」

「あの遠くに見えるやつも?そう。警察はビデオを全部チェックしたんでしょ?」

 ナナの問いにセイラは首をすくめる。

「残念ながら警察は水着の万引きに人数を裂けるほど暇じゃないの。ここに来ているのも基本的には私一人だけよ。何本かのビデオは見たけど、一ヶ月分を全部見るなんてとてもできないわ。ショップや警備の人が手分けをして見てくれているけど、今のところ容疑者の特定はできていないわね」

「じゃあ、カメラを設置している意味がないじゃないですか」

「カメラは予防的な意味合いが強いのよ。どちらにせよ、これだけ死角があったら、映っていない可能性も高いしね」

 イベントスペースは、そのイベントによってディスプレイ方法が異なる。監視カメラは固定式のため、ディスプレイ方法によってはどうしても死角ができてしまう。監視カメラに合わせたディスプレイ方法ができればよいが、今回のイベントのように背の高い陳列棚を大量に設置する場合は無理になってしまう。

「でも、あそことあそこに監視カメラがあるから、このスペースに入った人間の確認はできるわ。店員さんがチェックをしているってことは、明らかに怪しい人物はいないってことでしょ」

「例えば?」

「毎日通ってくる太った男とか」

 セイラは苦笑いをしながら答える。

「それは偏見よ。でも、その手の類の不審者がいないことは確認しているわ。もっとも、本当に怪しい人間はカメラなんか見なくても店員が覚えている。彼女たちは人の顔を覚えるのも仕事だしね」

「そもそもそんなに簡単に万引きってできるんですか?監視カメラには死角があるかもしれないけど、店員さんも見ているし、お客さんだっているのに」

 ルリはセイラに訊いたのだが、ナナが先に答えてしまう。

「水着なんて小さいものなんだし、ぱっと外してバッグの中に入れちゃえば分からないでしょ」

「でも、水着をハンガーから外すのは普通の服よりは面倒くさいぞ。普通ハンガーから外して選ぶものじゃないから、そんなことをしていたら目立つしな」

「慣れたらすぐに外せるでしょ」

 言いながらナナは水着を一つ取って試みるが、口で言うほど簡単には外せなかった。しかしめげない。

「これで私は容疑者候補から外れたわね」

「安心して。あなたがどんなに疑わしくても、候補に入れないから」

 セイラは心底嫌そうな顔で言う。先日の事件の時のことを思い出したのだろう。

「それに盗まれたのは単純なビキニだけじゃないわ。ミニスカート付き、パレオ付き、ワンピース付き、サロペット付き、ハーフパンツ付き、ありとあらゆるタイプのものが盗まれている。ぱっと外してバッグに入れられるようなものばかりじゃないでしょ」

「競泳用水着はなかったんですか?」

 ルリが訊ねる。

「競泳用はなかったと思うけど…。そもそもここには置いてないんじゃない?」

 売り場に見に行こうとするセイラにナナが突っ込む。

「競泳用があろうがなかろうが大した問題じゃないわ。分かったのは売り場で盗んだ可能性は低いということよ。だったら次に疑われる場所は?」

「試着室。でも、試着室に持って入る水着の数は店員にチェックされているだろ。水着用のハンガーはバッグに入れるには大き過ぎるし、空のハンガーを持って出てきたらすぐにばれる」

「店員と組んでいるとしたら?」

 ナナは周囲に店員がいるわけでもないのに声を潜める。

「犯人は試着した上に服を着て、もしくはバッグの中に入れて試着室から出る。そして仲間の店員に空のハンガーを渡す。一度に何着か試着すれば、他の水着にまぎれて空のハンガーを渡すことも可能よ。店員なら、怪しまれずにハンガーを片付けることができるし、後でセキュリティータグを外すこともできるわ」

「自分の店のものが盗まれても損をするだけだろ」

「そんなことないわ。店員なんてどうせアルバイトでしょ。盗まれることによって店の利益が多少変わったって、バイド代が変わるわけではないわ」

「バイト代は変わらないかもしれないけど、上からは絞られるわ」

 セイラが口を挟む。

「万引きされることは想定の範囲内だとしても、今年はその数が多過ぎる。しかも毎日毎日盗まれている。営業中はいつも以上にお客の行動に気をつけるように言われているし、閉店後も残らされて在庫のチェックに監視カメラのビデオのチェック、さらに不審人物を見かけなかったかの確認に今後の対策のミーティング。盗んだ水着でどう儲けるつもりなのか分からないけど、割りに合わないだろうな」

「だったらこういうのはどう?仲間の店員は…、もしかしたら店員の単独犯なのかもしれないけど、店員は上司の社員に恋をしているの。一緒にいる時間を作りたいけど、硬い人で、バイトはなかなか相手にしてもらえない。だから考えたの。もしかしたら他の万引きがあった時に閃いたのかもしれないわ。事件を起こせば、万引きをすれば一緒にいる時間を作れるんじゃないか?思ったとおり、万引きをすると店員が集められて対策が取られる、残業を強要される。でも、犯人の店員にとっては憧れの人と長く一緒にいることができるようになった。もしかしたら二人きりになるチャンスがあったりしたのかもしれない。願いの叶った犯人は万引きを止められなくなってしまった」

 力説するナナを、ルリとセイラは呆れた目で見る。

「話に無理がありすぎて、どこから突っ込めばいいのか分からないな」

「意外と乙女なことを考えるのね」

「だったら何か考えなさいよ!さっきから考えてるのは私だけじゃない!」

「そうだな。それはすまなかった。セイラさん、盗まれた水着のリストはありますよね?見せてもらえますか?」

「良いわよ」

 セイラは店員に声をかけると、ファイルを一冊持って帰ってくる。ファイルには、盗まれた日順に水着が丁寧に写真付きでリスト化されている。

「これは分かりやすい、力作ですね。確かに、色々なタイプの水着が盗まれていますね。水着のタイプに共通性はない。色もバラバラ、メーカーもバラバラ。でもサイズは…、Mサイズですね。つまりなんでもいいから盗んでいるのではなく、ちゃんと目的を持って盗んでいる」

「そうね。で、その目的は?」

「目的なんか問題じゃないだろ。どうせ毎日来るんだし、本人に聞けば良い」

「それを言ったらお仕舞いでしょう。カッチンはどう考えているのかを聞きたいの」

 強い口調でナナに問い質され、ルリは考える。

「そうだな。…ゲームなんじゃないか?毎日一つ、Mサイズの水着を盗むことを目的としたゲーム。きっかけは分からないけど、犯人は自分にこのゲームを課し、実行しているんだ。自分が捕まるまで、もしくは夏が終わるまで」

「ひと夏の思い出ってことね。それなら筋は通るけど、それこそ青春小説っぽいオチね」

「待って。さっき本人に聞けば良いって言ったわよね。あなた達は犯人が誰なのか分かっているの?」

 訝しげな表情で訊ねるセイラに、ルリが答える。

「いいえ、分かっていません。でも、これだけのデータが揃っているなら捕まえるのはそんなに難しくないと思います。もっとも、店側にある程度の協力はしてもらわないといけませんけど」

「そりゃ、頼めば協力はしてくれるけど、どうやって…」

 その時、「どろぼー」と叫ぶ声がフロアに響いた。声のほうを見るとドタドタと走る巨漢の姿があった。

「話が違うじゃない!」

 ナナが抗議している間にも、現職刑事であるセイラは素早く動く。先回りをして、巨漢の前に立ちふさがる。巨漢は怯むことなく、むしろ弾き飛ばそうという勢いで突進してくる。セイラはその突進を避けるかのように身体を捻りながら男の下に身体を入れる。いつの間にか巨漢の右腕は、セイラの右腕によってロックされていた。

 次の瞬間、大きな体が宙を舞った。床に叩きつけられたところを集まってきた店員達が次々と上に乗って拘束する。

「いよー、アマレス刑事天晴れ!」

 ナナは喚声をあげた後、ルリへ振り返る。

「でもこれって、またしても考え損ってこと?」

 先日の殺人事件の際も色々と推理をしたが、犯人は全く関係のない人物だった。

「どうだろうな。ところで結構時間がかかってしまったが、水着はどうするんだ?」

「なに言ってんの!もちろん買うわ、当たり前じゃない」

 一時間後、二人は満足のいく買い物をして店を後にした。

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