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 マンションの外は夏の名に恥じぬ暑さだった。ジリジリとアスファルトの焦げるにおいが一帯に充満している。

 ナナは白い日傘を開く。ニットのサマーセーターで胸元までをカバーしている上半身とは逆に、下半身はホットパンツから白い脚を突き出している。足元は編み上げのサンダルだ。

 一方のルリは、上半身はグラマラスな身体のラインを浮き上がらせるぴったりとしたTシャツ、逆に下半身は足元まで隠れるスカートを着ている。日傘はささない。

 誠一郎が決断を下した十五年前には町に一棟しかなかったタワーマンションも、今では五棟に増えている。

 その内の一棟は駅ビルであり、地下一階から地上十階までは商業施設、十一階から二十階がオフィス、二十一階から二十八階までが居住スペースとなっている。

 その駅ビルに寄り添うように十階建てほどのビルがいくつか駅前には集まっている。その中に百貨店「高島田屋」と、ファッションビル「KAGOMEパレス」、大手スーパー系列のショッピングセンター「ラクザ」があり、服を買う主な選択肢は、これに駅ビル内の商業施設を合わせた四ヵ所となる。普段の買い物なら路面の小売店舗も候補に入ってくるが、それらは水着を取り扱っていないところがほとんどである。

 マンションから歩いて十分ほどで、駅前の繁華街に到着する。まずは高島田屋に入る。

「おお、曇った」ルリは冷房の効いたビルの入り口で、メガネっ子向けの暑い日恒例の罠にひっかかる。

 エレベーターで八階に上がる。平日の昼間のためか店内は閑散としており、スイムウェア特設会場は更に閑散としていた。

「さあ、水着が選び放題よ」

 ナナはぐっとこぶしを作り、気合を入れる。

「買い放題と言わないあたりが、いつもに比べると謙虚だな」

「暑さにやられたのよ。まったく、夏が暑いって誰が決めたのかしら。こんなに暑くちゃ平静が保てないわ」

「暑いから水着を買いに来たんじゃないのか?」

「違うわ、夏だからよ。今年が五十年に一度の冷夏だったとしても、私は水着を買いに来たに違いないの。高一の夏とはそういうものなのよ。分かる?じゃあ、分かったところで気合を入れて行くわよ」

 テンション高く突進するナナの後を、ルリは落ち着いてついていく。

 最初は一緒に選んでいた二人だったが、ルリが不意に姿を消した。いつものことだと最初は気にせずに水着を見ていたナナだったが、十五分経った頃にはきょろきょろとルリを探し始めた。背の高い友人はすぐに見つかった。

 ルリはスイムウェアの特設会場の隣、スポーツ用品コーナーの水着売り場にいた。そこに置いてあるのは主に競泳用の水着だ。特設会場では見られない、水着の性能や生地の特殊性を説明するポップが並んでいる。

 ルリは熱心なまなざしでそれらのポップと水着を交互に見比べている。

「なにしてるの?」

「水着を見ているんだ」

 背後に忍び寄ったナナにルリが驚いたりすることはなく、見たままのやり取りがなされる。

「一つ聞いておくけど、カッチンはその水着を買うの?」

「それもありかな、と思ったが、水泳部でもないのにこんな水着を買うのは恥ずかしいと思い始めたところだ」

「早めに気がついてくれて良かったわ」

「去年のオリンピックで水着の性能が話題になっただろう?あれで気になっていたんだ。これを見て。ウレタンを使って浮力を出すんじゃなくて、生地をハニカム構造にすることによって浮力を生み出すらしいんだ。こっちはところどころにテープが貼ってあるだろう。このテープによって力が出しやすくなるらしいんだ。買う気はないけど、一度これを着て泳いでみたいな」

 ルリは目をきらきらと輝かせている。

「その気持ちは否定しないけれども、今日は驚異の技術力を見るのが目的じゃないでしょ。その水着でプールサイドの興味を引きたいなら付き合うけど、そうじゃないなら本来の目的を思い出して」

 ルリはようやくナナの様子がおかしいことに気がつく。

「ああ、すまない。お前は決まったのか?」

「いくつか試着したいのがあったんだけどもういいわ。どうせ予算オーバーだし。パレスに行きましょ」

「分かった」

 エスカレーターで降りる途中でルリが話しかける。

「競泳用水着は布地の面積が大きくなる方向だな。今は膝丈ぐらいまであるのが主流だ。なのになんで普通の水着はビキニばっかりになってるんだろう?昔はワンピースもあったと思うけど、ほとんど置いていなかったな」

「一方が増えたから一方が減ったんじゃないの?」

 すっかり気分を害してしまったナナだったが、ファッションビルのスイムウェア特設会場のあるフロアに着いた途端にぱぁっと表情が明るくなった。ルリはほっとしながらも、何があったのかと周囲を見渡す。好みの水着が置いてあったぐらいでは、この笑顔を引き出すことはできない。

 それらしきものを見つけられないでいると、ナナはルリの脇腹を肘でつついて、視線の先にいるものを教えてくれた。とてもかわいい水着があったわけではない。そこにいたのは水着売り場には似合わない黒いスーツにサングラスの女性だった。雰囲気から水着メーカーの営業とか、ファッションビルの社員でないことは分かる。

 よく見ると、スーツを着ていても分かるがっしりとした体格と、もみ上げを伸ばしている髪形には見覚えがあった。

「セイラさんだ」

「違うわ、セイラさん、よ。少しを憧れをこめて呼ぶのがポイントよ」

 ナナがイントネーションを修正する。

 それは先日、彼女たちの学校で起こった殺人事件の際に知り合った女刑事、石川聖良だった。二人が話している間にセイラも見られていることに気がついたらしく、眉をひそめながら商品の影に身を隠した。

「あ、隠れた。おーい、万年二位刑事~」

 ナナに手を振りながら大声で呼ばれて、セイラはすぐに飛んできた。

「大声を出さないで」

「こんにちはセイラさん。隠れるほうが悪いのよ」

「仕事中なんだから仕方ないでしょ。邪魔されたくなかったの。それに万年二位刑事は止めてって言ったでしょう」

 セイラは元アマレスの選手であり、日本選手権で六年連続準優勝だった経歴の持ち主だ。

「そうだったかしら。忘れていたわ、ごめんなさい」

 ナナはぺこりと頭を下げるが、再び上げられた顔には反省の色は微塵もなく、逆に楽しくて仕方がないという表情を溢れさせていた。

「仕事中って言ったわよね。ここでなにをしていたの?なんの捜査中?」

「そんなこと、あなたたちに話せるわけがないでしょ。大体この間は事件の関係者だったから話をしただけであって、もうあの事件はもう解決したの。これ以上あなたたちと馴れ合う必要はないわ」

 毅然とした態度を取ろうとするセイラだが、ナナはそれを許さない。

「あら、私にそんなことを言っていいのかしら。ここで捜査をしなくちゃいけないんでしょ。できなくなったら困るんじゃないかしら」

「邪魔するつもりなの。こ、公務執行妨害っていうのが・・・」

「それを私に使ってみる?」

 なんの自信があるのか分からないが、ナナはどんどんとセイラを追い詰めていく。

「こいつにはあまり逆らわないほうがいいですよ」

 ルリは本当に親切心からセイラに忠告する。しかしそれが最後の一押しになったらしく、セイラはがっくりと肩を落とした。

「…分かった。話すからことを大きくしないでよ。くれぐれも上にはばれないようにね」

「もちろんよ。それからね、セイラさん。私、喉が渇いているの」

「…もう勝手にして」


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