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僕の婚約者  作者: 理嗚
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1話

 それは突然の出来事だった。

 いつもなら、使いの者に届けさせる言づけではなく、手紙だったというのからおかしなことだったのだ。僕はその奇妙な出来事に首を傾げつつも、まぁ彼女の気まぐれだろうと対して気にも留めなかった。だから、彼女から呼び出された公園で、二人も侍女を引き連れ、僕を待っていたことにとても驚いた。待つことなんて嫌いだと、堂々と遅刻をしてくる彼女の態度の変化に奇妙な感覚を得る。


 彼女はいつも通り綺麗だった。

 アズラール国でも三本指に入る美女。綺麗に整えられた黄金色の髪がそよ風のように揺られ、薄紅色のドレスに包まれた彼女は可憐だった。森の宝石と称えられている緑色の瞳が、近くの花を見るために少し伏せられていて、その儚い姿はまるで妖精のよう。少し目を奪われていた僕を侍女が見つけたらしく、彼女にそっと囁きこちらに向かって頭を下げてくる。彼女は少しかがめていた身をゆっくりと起こし、微笑んだ。

 あの桜色の小さな唇に触れたいと、どれだけの男が思っているだろう。彼女の視線に止まり、微笑まれ、名を呼ばれることを願う男の数は知れない。

 

 それは僕の権利になるはずだった。そう決められていたことだった。

 少なくともこの時までは。


 彼女の唇が開き、あの言葉を聞くまでは。



「ライデウ様。わたくしとの婚約を解消してくださいませ」



 彼女は、僕の婚約者、シェイラ・ラトゥーサは、いつものように微笑みながらそう言った。




◇◇◇



 僕の名前は、ライデウ・アルクール。

 アズラール国、五大公爵の一つ、アルクール家の長男だ。

 もう二十歳にはなっているのだが、肩を超すまで伸ばした黒髪と若干たれ目気味の黒い瞳のせいで、どこか頼りなく、幼い印象を与えてしまうのは悩みの種だ。まぁ、身長は見劣りしないほどあるのでそこだけは救いだが……この国では15歳で成人を迎えると同時に城の政務に携わるようになる。公爵家領地のことには幼いときから、父上に手ほどきを受けていたが、城の政務となるとやはり勝手が違い、戸惑うことも多い。父上の名は、ラージャ・アルクール。この国の財務大臣という職についており、僕はその父上の下で他の貴族と同じように働いている。父上は仕事ができないものには容赦しない。僕もそれがよくわかっているので、毎日必死で数字と睨めっこをしている。もっと才能があればと思うことはあるものの、それ以外のこと、友人関係や家族のことなどには何も問題がなかったから、シェイラの突然の話にはとても驚いてしまった。


 シェイラ・ラトゥーサはラトゥーサ侯爵の二人目の姫で、僕の婚約者だ。彼女との婚約は家同士が決めたことでそこに僕や彼女の意思というものはなかったが、貴族の世界では当たり前のことだった。それにこの国では公爵と侯爵の差というのもはあまりない。この国の建国時から王家に仕えていたということで公爵という名を名乗っているものの、侯爵の中には優秀なものも多く、国の重要な地位についているものも多かった。だから、彼女との婚約は地位的にも何も問題がなかったし、父上と彼女の父、ラトゥーサ侯爵の仲が良く、二人とも年頃が近いのでちょうど良いだろいう程度での婚約決定だった。


 だけど、僕は彼女を大切にしようと思っていた。15歳のとき、初めて対面した二つ年下の婚約者。まだ少女のあどけなさをまとい、人形のように微笑んでいたシェイラは、将来男たちを虜にするような美女になる予感を秘めつつも、可愛げがあって、素直で、大切に育てられたわがままさをもっていた少女だった。だが、年月が経ち、彼女が社交界にでるようになってからは、彼女の美しさはますます磨かれ、男たちの視線と甘い言葉を受けるようになる。もちろん、僕という婚約者がいることは知れ渡っているので、あからさまな誘いはしなかったが、チャンスがあればと狙っている男たちも多かった。


 そんな男たちに、彼女は天使のような笑みを贈り続ける。

 二人で参加した夜会でも、僕の腕にその手はあったが、顔や視線はつねに周りに向けられ、最初の曲を僕と踊った後は、他の男たちとダンスをする。彼女はダンスがとても上手で、僕程度のリードでは我慢できないらしく(はっきりとは言わないが、そんな言葉をいつも発する)、彼女を夜会で一番美しく舞いさせてくれる男を求めて、次々と差し出された手を取るのだ。


 正直、面白くないと思う。

 だが、彼女が願うならと僕は大抵望みを叶えてきた。

 急な旅行、買い物の付き合い、珍しい食べ物の取り寄せ、重要ではない用事で突然呼び出されたことも多かった。仕事に関係することははっきりと断ったものの、正直彼女に甘い部分も多かったと思う。だから、僕の扱いがどんどん適当になってきて、待ち合わせの遅刻は当たり前、公園のデートでも気に入らないことがあればすぐ帰るなど、そういったことも許してしまっていた。


 だから、あんなことも平気で口にできるのだろう。

 婚約を解消したいだなんて。



◇◇◇


「よう、ライデウ。なんか暗いな~お前」

「サルージ……なんでこんなところに……お前には全く縁のない場所なんだが……」


 僕の職場に突然、サルージ・イグラースがやってきた。サルージは僕より一つ上で、軍部に所属している。この国でも珍しい銀色の髪と、好奇心旺盛な緑の瞳、性格も明るく、兄貴肌なので彼を慕う者も多い。そして僕の幼馴染でもある。サルージは、イグラース公爵の次男で、彼の父上は軍務大臣だ。イグラース公爵は15歳になると強制的に軍に入れられ、新人と同じ立場から軍の経験を積んでいく。彼の兄上もそうやって頭角を現していき、今では25歳の若さで一部隊を預かる身となっている。サルージも先日、隊長に就任した筈だ。彼とは小さい頃はよく遊んだが、こういった経緯のため今では、偶然すれ違ったときに、立ち話をする程度の間からになってしまっている。だから、彼がわざわざ僕の職場に足を運ぶというのはとてもおかしなことなのだ。


「暗いといわれても……先月の決算を見ているときに、ふざけているわけにもいかないだろう?」

「うわ……また頭が痛くなるような話を……、まぁいいや、なぁ、少し時間取れないか?」

「え?」


 サルージのこんな誘いは珍しい。

 僕に相談ごとだろうか? ……だが、彼のにこにこしている顔にはそんな気配は微塵もない……


「そうだな、そろそろ昼の休憩だから、少し早く出るかな。すみません、これ終わりましたのでチェックお願いします」

「了解~ご苦労さん~」


 同僚がこちらの事情を組んでくれ、ひらひらと軽く手を振ってくれる。

 それにもう一度頭を下げて、僕はサルージとともに職場を後にした。


「お前のところなんか、いいよな~仲好さそうで」

「仲良いって……サルージのところだって、人間関係は問題ないだろう?」

「人間関係は良くとも、規律はがちがちだから、いろんなところでストレス発散しないと、やっていけないところではあるかな」


 サルージの言葉に、僕はふぅんと返し、真面目に隊長をやっているらしい彼をちょっと見直してみたりした。だが、彼の話とはなんだろう。サルージは、いつの間にか先頭に立ち、どんどんと歩いていく。彼の向かうところは、どうやら中庭にある噴水のようだった。


 昼の休みの時間になると、芝生の上で寝転がったり、他の部署の人たちを話をしたりできる中庭も、時間が早いためか人影はなかった。サルージはこれを狙ったのだろうか?と思いながら、噴水の傍にあるベンチに彼が腰かけたため、僕もそれに倣った。そして彼の話は唐突に始まる。


「なぁ、お前の婚約者、シェイラ姫とはどうなってるんだ?」

「……どうって……」


 思いもよらない言葉だった。

 いや、というか彼からシェイラのことが出るなんて思ってもみなかった。

 言葉を失うというのはこういうことなのだろう、僕は何も言えずにただ彼を見つめ返した。すると、サルージは一つため息をつき……とても、とても言いにくそうに言った。


「オーリン・ケルンっていうやつがいる。法務関係に籍を置いている奴だ。年の頃は俺と同じ21。西の方にある伯爵家の奴だ。金髪青瞳のすごく顔のいい男で、どんな女でも奴に口説かれれば落ちると言われている男が、最近周りから女の存在をすべて消し、一人の女に夢中になっている」

「……まさか」

「ああ、その、まさかだ。シェイラ姫と奴が一緒にいるところを何人ものやつに目撃されている」


 サルージは僕の顔を一度みて言葉を止めたが、すぐ続きを離してくれた。


「一緒にどこかへ出かけたりはもちろん、夜会のときも二人で抜けだすこともあるらしい。シェイラ姫はあの美貌だろう? 必ずどこかで誰かが注目してしまう。それを見た奴らがいうんだ……まるで恋人同士だと。皆、お前の存在を知っているから口にはしないが……広まるのも早いぞ?」


 オーリン・ケルン……聞いたことのない名だった。

 というか、最近は仕事が忙しく夜会には全く顔をだしていいなかった。だから、シェイラが参加していることも、誰かと一緒にいることも全く知らなかった。

 彼女に惹かれる男たちのことは知っていた。

 だが、表だって僕に対抗してくる男はいなかったし、僕はシェイラのことを心のどこかで信用していた。僕が彼女と結婚するのだと思っていたように、彼女もそう思っていると……


「先日、彼女から婚約を解消したいと言われた」


 サルージの息を飲む声が聞こえる。

 だが、僕もきっと誰かに言いたかった、相談したかった。

 彼女にそう言われたとき、驚きのあまり返答ができず、その場を立ち去ってしまった僕。

 父上や母上には絶対に言えない。

 家にいる者はもちろん、口の堅い友人となると幼馴染しか思い浮かばなかったが、彼らは皆忙しく、こんなことで呼び出すのも難だと思っていたし……


「そうか……だから、そんなことを言ってきたんだなぁ……」

「なぁってお前……」

「いや、僕もそういわれたとき驚いてしまって話を聞かないで帰ってしまったから」

「……そうか」


 婚約を解消する理由を聞かず立ち去った僕。

 いや……聞くのが怖かったのだろう、だからあれから二日もたつのに彼女と連絡も取らなかった。ただ、正直ショックだった。婚約解消の理由が……彼女に恋人ができたことなど。あまりにも思わぬ出来事が起きてしまうと、思考回路が止まってしまうなんて、本当なのだなと、くだらないことを考えてみたりする。


「だが、婚約解消って言ってもそう簡単にはいかないだろう? 家同士の婚約は早々に解消なんてできるわけがない」


 サルージの指摘はもっともだ。

 僕たちは恋仲になって、婚約をしたわけではない。相手が気にらなくても、家のために結婚をしなくてはならない。……しかし、もともとこの婚約は、僕たちの年齢が近かったこと、親同士が仲良かったことが発端だ。互いの家の利益や、確執などといった要因は全くないため、僕としてもどうなるのかよくわからない。


「とにかく……彼女が彼とのことをどこまで考えているのか、どういった関係を望んでいるのか。その男は本気で彼女のことを考えているのか……知らなきゃいけない」

「……まぁ、それもあるだろうけど……、お前の気持ちはどうなんだ? そのまま婚約を解消になっても構わないのか?」

「……わからない」


 サルージの問いかけに、僕は答えられない。

 彼女との結婚は、僕にとって当たり前のことだった。家のことは省いても、僕なりにそれを受け止め、受け入れ、彼女との未来がそこにあるものだと思っていたから。

 僕はこのまま、彼女が離れていっても平気なのだろうか。


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