とある懐古主義者の告白
俺はいよいよ決意した。そうだ、49人を殺さなければならぬ。
遙か昔のことだ。俺は世界の頂点に立った事がある。
……それがどうだ、いまや俺の前には、チャラチャラとしたやつがにやけ顔で立っていやがる。俺の後ろにも、見知らぬやつがやる気無く座り込んでいやがる。
かつて俺の隣には親友が居た。しかし今、あいつと俺は遠く引き離され会話をすることもままならぬ。
もともと俺たちは47人の組だったのだ。
これ以上はない。そう、完璧な形で俺たちの世は安定していたのだ。だというのに、今やどうだ! この乱れた世。俺の許可もなく、よくぞ勝手に決めてくれたものである。あまりにも醜すぎる。酷すぎる。
かつての美しい世の中を取り戻すためにも、俺は49人を殺さなければならないのだ。哀れ? 酷い? そんなことあるものか。俺は、かつての世を取り戻すためなら、この手を汚す事も厭わない。
49名の中にはかつての仲間もいる。しかし関係無い。殺して、殺して、零に戻す。そして俺はすべてを再構築するのだ。
それこそが、かつて頭であった俺に課せられた使命なのである。
「落ち着けよ」
拳を固める俺の顔を、鞭のようなしなりが撃った。
顔を上げれば、にやけ顔のあいつがいる。
「お前が俺の背から消えたら、”あい”という言葉が世界から消えるじゃねえか」
「やめなさいよ」
立て続けに、背を柔らかい曲線が撫でた。
振り返れば、柔軟な顔付きのあいつがいる。
「あなたが私の前から消えたら、”いう”言葉がなくなってしまう」
”あ”、そして、”う”。
「なあ、”い”よ。そんなにも、いろは歌が懐かしいのかい」
「悪いか」
「悪くは無いさ。しかしもう、そんな世の中じゃないんだ。俺らを並べて声に出してみろ、”愛”を”言う”。どうだ、素晴らしい並びじゃないか、この五十音は」
2人に諭され、今日も俺は遺憾ながら殺人を諦める羽目になる。
しかし俺はけして諦めたわけではないのである。いつか、俺の隣に、”ろ”。を取り戻すのだ。俺を頭にして、美しい47音を取り戻すのだ。
けして、それはただの老いぼれた懐古者のつぶやきではない。
いろはにほへと ちりぬるを
そうだ。ふたたび、世界に色を。