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王妃と騎士

こんにちは。

5/15夕方に一部改稿しました。本当に少しです。内容は変更ありません。

  

「ねえ、ケイン。あなた、このリシェルと、付き合ってくれないかしら?」

  

 王女の桃色の生地がやたらと目立つ可愛い部屋に、その声はいやに大きく響いた。

 ケインは、王妃をたっぷりと長い間見つめると、

「はっ?」と一言小さな声で問い返す。

  

 わたしは物音を立てないように身動(みじろ)ぎして、彼をこっそり見た。

 ケインの目は驚きで、それ以上は無理だろうと思うくらい大きく開いていた。口はポカンとだらしなく空いたまま固まっており、折角の顔立ちが台無しだ。

 顔だけではない。

 彼の姿勢は、先程王妃に「はっ?」と間抜けな声で返事をしたあと固まってしまい、少しも動いていなかった。それだけでこの男の動揺が、いかに大きいか分かるというものだ。

 あ〜、どうしよう。

  

  

「あのね、ケイン。それから、リシェル。何も本当に付き合えと言っている訳ではないのよ。」

 王妃の呆れたような声に、ケインとわたしは殆ど同時に叫んでいた。

「はっ?」

「えっ?」

 そして横から聞こえた互いの声に驚き、顔を見合わせる。

 王妃はそんなわたし達を、溜め息を吐いて眺めていた。

  

  

「ケイン、あなたはリシェルが、近衛騎士のフェルナンドに婚約を破棄されたことを知っていますか?」


 王妃はケインを見つめると問い掛けた。

「・・はい。」

 彼は隣にいるわたしに、遠慮するように答える。

「では、この度の、フェルナンドの一方的な婚約破棄をどう思いますか?」

「それは・・・。」

「彼女の気持ちを自分の勝手な都合で傷付けておいて、彼女が中傷や好奇な視線に晒されていても放置し、彼女の名誉を守る為に努力しないことはどう思いますか?」

 王妃は更に、畳み掛けるように質問を重ねていく。

「その上、婚約破棄からそう遠くない内に新たな相手と結婚をすることや、そのことが噂になっていることで、彼女がその被害にあっていることに気を配れない無神経さについてはどうですか?」

 ケインは自分が責められている訳でもないのに、苦し気な顔をしていた。

 低い声を呻くように出す。

「許されない、ことだと・・・思います。酷いことだと・・。」

 王妃は彼の答えに微笑んだ。

「許されないと?では、あなたは彼女の現状に心を寄せることが出来るのですね。だとしたら、あなたの手で救ってあげたいとは思いませんか?」

 ケインはわたしを見た。いつものふざけたような目ではなく、とても真剣な目だった。変だ、胸がドキリとする。

  

「はい。」

 彼は王妃の方を向くと、静かに答えた。

  

「ならば、協力してくれるでしょう?フェルナンドに一泡吹かせてやりましょうよ。」

 王妃は表情をがらりと変えて、ニンマリと怪しく微笑む。それは、警戒最大級レベルの笑顔だった。

  

「しかし、マルグリット陛下、侍女長殿のお役に立ちたいとは思いますが、・・それが何故、わたしと、彼女が、えー、お付き合いするということに?」

 ケインはこちらを気にしながら言い淀んでいる。

「まあ、分からないの、ケイン?あなたとはとても思えない言葉だわね。何故、リシェルがフェルナンドの噂に振り回されていると思う?」

「はっ、と・・あー・」

「本当に分からないのですか?・・それはね、リシェルがフェルナンドと違って一人だからよ。」

「一人・・?」

「そうよ。リシェルに新しい恋人がいれば、彼女の側でフェルナンドの噂を話しても面白くないと思わなくて?彼女の被害はぐっと減る筈よ。」

「はあ・・」

 ケインは同情するような目で、こちらをチラリと見た。王妃の強引さに引いてしまったようだ。彼は今回の事とは別の意味でも、わたしを気の毒に思ったみたいだった。

 そしてわたしときたら、随分前から恥ずかしさのあまり顔が真っ赤だ。それと言うのも、王妃とケインがわたしを無視をして、二人だけで話を進めているからに違いない。

  

 あの、お忘れみたいですけどお二方、当事者はわたしなのです。本人前にして、色々相談するのは止めて欲しいんですけど・・恥ずかしすぎてどうにかなりそうなんです!

 などとは、小心者のわたしには、とても言えなかった。マルグリット様が恐ろしくて・・。

  

「それに比べて、フェルナンドの耳にはリシェルの新しい恋の噂が入るわ。こちらはとても楽しそうですもの。彼はきっと驚くでしょうね。」

 王妃は生き生きと輝く瞳でケインを見る。その姿は神々しい程、綺麗だった。話している内容を聞かなければ、だけど。

「この作戦を成功に導くにはリシェルの相手の人選が重要になるわ。つまり、フェルナンドと見劣りしないか、もしくはそれ以上の美しい外見を持ち、家柄、人柄的にも優れていて、奥方や婚約者がいない男。そう、あなたしかいないのよ、ケイン。」

 ケインは体をビクッとさせて王妃を見ると、言葉に詰まったようだった。

「わたしには、そんな大役は・・。」

「もう、嫌だわ。そんなに深刻に考えないで。あなたには()は、婚約者はいないわよね?特別な方も、いないでしょう?」

「・・はい、おりません。」

 ケインの表情はまだ少し硬い。

 王妃はそんな彼に、にこやかに話し掛ける。その顔から、絶対に諦めないという並々ならぬ気合いを感じて、わたしは怯んだ。

  

「なら、問題はないでしょう。リシェルはもう少しで城を去るのです。何も一生演技をしろとは言ってません。その少しの間くらい、共に王女の側にいた彼女を助けてあげるくらい、何てことないでしょう?」

「そうか・・、」

 ケインは、ふっと表情を和らげて王妃を見つめた。

  

「リシェルは、もう二度と恋愛はしないとまで言ったのです。こんなにまだ若く美しいのに、あんまりだと思いませんか?彼女の修道女のようになってしまった心を、少しは癒してあげなさい。それが側にいる騎士の役目でもありますよ。」

 ケインは、驚いたようにわたしを見る。わたしは窒息死寸前だった。

 マルグリット様、どうしてそんな話まで・・・。

  

 それから、彼は褐色の瞳を緩く細めると微かに笑った。わたしはその目に惹き付けられて、顔が益々熱くなる。

 何だか落ち着かない。お願いだから、いつものヘラヘラした顔にして・・・。

 ケインは微笑を浮かべたまま王妃へと向き直り頭を下げると、おもむろに口を開いた。

  

「マルグリット陛下、畏まりました。このお話、慎んでお受け致します。」

  

 えっ、嘘でしょう?

  

 わたしは彼の言葉に驚いて、声も出ないでいた。

 まさか、ケインが承諾するとは思わなかったのだ。始めは明らかに、乗り気ではなかった筈だし、どうして・・?

「ケイン、あなたならきっと聞いてくれると思っていました。宜しく頼みますよ。」

 王妃は満足そうに微笑むと深く頷いた。

「はい、お任せ下さい。」

 彼と王妃の声が聞こえてくる。

 二人の間で話がトントンと進んでいってるようだ。何とかしなければ・・。

「あっ、あの、お待ちになって下さい・・」

 しかし、必死で出したわたしの声は、王妃の言葉に書き消される。

  

「それからケイン、分かっているとは思いますが、いくら演じている恋人同士だからと言って、それを周りに悟られてはいけません。必ず周囲には、本当の恋人に見えるように振る舞いなさい。いいですね?」

「はい、畏まりました。」

 待って下さい!わたしの話を聞いて!

「あの、もし、わたしの話もお聞き下さいませ!」

 ケインと王妃がわたしを振り向いた。

 やった、やっとお二人が、わたしの意見を聞いて下さるわ。とか、喜んでいる場合じゃないわね。わたしは急いで二人に話し掛ける。

「わたしは、そのような事望んでおりません。第一、ケイン様には少しも関係ないことです。何も道化師のような真似などされなくてもよろしいのですわ。わたしの為にケイン様にまでご迷惑を掛けるなど、本意ではありません!」

 あなただって、わたしと付き合うなんて、喩え振りでも本当はお嫌でしょう?―――

 王妃の前でなかったら、わたしはそう、叫んでいたかもしれない。

  

 王妃とケインの方へ身を乗り出していたわたしに、彼は体をずらして正面から真っ直ぐ見つめてきた。

 そして穏やかな笑顔を浮かべて、優しい声で語り掛けてくる。

「リシェル殿、そのような事は気にせずとも良い。僕は道化師だとも、迷惑だとも思っていない。これは、僕が望んですることだ。必ず期待に沿えるように努力しよう。決して、悲しませるようなことはしないつもりだ。」

 だから、安心して任せて欲しい―――彼の目が、そう言っていた。

  

 わたしは・・・

 息が止まりそうだった。

 彼に聞きたい言葉は、喉の奥に飲み込まれていく。

 どうして、こんな恥ずかしいことをしようなどと思えるの?あなたには関係ないのよ、なのに・・これはただの気まぐれなの?


 それとも、あなたにとってはこんなこと、全然大したことではないの?


  

「ケイン、あなた達は恋人同士なのよ。あなたは自分の愛する人を、そんなふうに堅い呼び名で呼ぶのかしら?」

 王妃が意地悪く笑いながら囁く。

「・・それも、そう、ですね。」

 ケインは狼狽えたように口をつぐんで、頭をポリポリ掻いた。

 それから、息を軽く吐くと下を向く。彼の困ったように揺れていた瞳が、癖のある髪の毛に隠れてしまった。

 前髪の下からは、形の良い鼻筋と薄い唇が見える。

 暫くすると、固く閉ざしていた唇が開いて、掠れた声が聞こえてきた。

  

「・・リ・・シェル、」

  

  

「何て言ったの?聞こえなかったわよ。」

 それは、王妃の笑いを含んだ声に、消されそうな程小さな声だった。

  

 この人は、誰?

  

 目の前で、照れ臭げに顔を伏せてわたしの名前を呟く男を、わたしは呆然と見ていた。

  

 リ・・シェル―――

   

 低く掠れた彼の声が、わたしの熱を持ったように熱い耳に、いつまでも囁きかけていた。




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