王女と王妃
こんにちは。
3日連続で投稿できました。誤字や脱字等、ありましたら教えて下さい。
何故、あの時、疎外感など感じていたのだろう? 分からない、分からない?・・・いいえ、本当は分かっていたわ。
心地好い風が入ってくる窓辺から、外をぼーっと眺めながら、わたしは先日の食堂でのことを思い出していた。
「いったーい!ちょっと、キャリー!痛いじゃないの!足を踏むなんて!」
疎外感の理由は、簡単だ。あの二人は、自分達だけが理解出来る会話をしていた。わたしは置いてきぼりで、中に入れて貰えないし説明もない。訳の分からない意味有り気な視線は寄越されたけど、それだけ・・・。
ジュリアのチラリと見つめてきた顔を思い出す。あ〜腹が立つわ、何なのよ?
「も、も、申し訳ございません!エミリアナ様!」
「あなたじゃ、駄目ね。えっと・・、ルイーズは、もっと全然駄目だし・・、リシェル!・・リシェルったら!」
それに、ケインだ!
あの、どうしようもない軟派騎士は、ジュリアに何を言っているのか分からないと嘯いていたが、本心が見え見えだった。
あいつは分かっていたのよ!
自分に都合が悪いから、分からない振りをしていただけ。
つまり、わたしは仲間外れにされたってこと?それが無性に腹立たしいじゃないの。ちょっと、子供っぽいとは思うけど・・。
「リシェルったら!もう、いい加減にしてよ!」
わたしの耳に王女の甲高い声が飛び込んできた。
「えっ?」
驚いて声の方を向くと、王女が薄く涙を溜めた目で睨むようにわたしを見ている。
「エミリアナ様?どうされたのですか。」
わたしは王女の目元の涙を、持っていたハンカチで優しく拭いた。王女は赤い顔を歪ませながら唇を震わせる。
「リシェルが悪いのよ。わたしが何回も名前を呼んでいるのに無視をするから・・・。」
「も、申し訳ございません!ちょっと考え事をしていたものですから、」
「そんなの、見ていれば分かるわよ。だからわたし、あの二人相手に頑張ろうとしていたのに・・・」
わたしはキャリーとルイーズの方へ顔を向けた。
二人はしゅんと項垂れて壁際に立っている。こんな時なのだが、あまりに似ているその雰囲気に、思わず笑い声が出そうになる。
「てんで駄目なのよ!運動神経が、無さ過ぎて練習にならないの。酷いんだから!」
王女は遂に声を上げて泣き出した。アーンアーンと泣く背中を宥めながら、王女の子供らしい姿に目尻が下がった。可愛い・・。
「いったい、何をされていたのですか?」
「・・ダンス・よ。」
「ダンス?」
わたしは、びっくりして大声が飛び出る。
王女は元気な少女だ。乗馬や護身術などの練習は大好きだが、お裁縫や歴史などの勉強は大嫌いだ。
中でもダンス、これは一番嫌いだった。王女にダンスを教えていたのは、他ならぬわたしなのだから間違いない。
「何故、ダンスを?」
王女は答えに詰まってしまった。暫く黙って下を向いている。涙は、完全に止まっていた。
「エミリアナ様?」
「・・もうっ!」
いきなり王女は顔を上げてわたしを見ると、頬を紅潮させて叫ぶ。
「リシェルに、見せようと思ったのよ!お父様の生誕祭で、上手にダンスを踊るわたしを!」
「わたしに、ですか?」
「・・そうよ、・・だって、もうじきリシェルはお城を去って行くのでしょう? 」
王女は赤い唇を噛み締める。涙で濡れた睫毛が、微かに震えていた。
どうされたのかしら?今日の王女は、素直でとても可愛らしい。
「エミリアナ様・・。」
ああギュッとして差し上げたい!わたしは指がウズウズしていた。
「いいことを、思い付いたわ!」
突然、王女は目を輝かせると、笑顔で弾んだ声を出した。
「・・何を、ですか?」
わたしは出鼻を挫かれたようで鼻白む。いや、本当に王女のことを、ギュッとする訳ないけれど・・・・。
だけど今、要注意の言葉を口にされなかったか?
確か、いいことを思い付いたとかなんとか・・。
「相手が悪かったのよ!運動神経の鈍い、鈍くさい侍女相手なんて、上手くいく訳なかったのよ。」
王女はスラスラ言葉を吐きながら、軽やかに部屋を横切って扉の前へと歩いて行く。
「どちらに、行かれるおつもりですか?」
わたしは慌てて後を追い掛けた。
王女は扉を勢いよく開けると、直ぐ側に居た護衛騎士に大きな声を掛ける。
「ケイン!ダンスの練習に付き合って!」
果たして、そこに居たのは見慣れた二人組、ケインとアーサーの姿だった。
えっと、ちょっと状況が分からないんだけど・・。
わたしは、少し頭を整理してみようと考える。
王女は、生誕祭までに苦手なダンスを克服して、わたしに披露したかったと言ってたわね。それはもうすぐ、城を去るわたしへの餞にと、王女なりに考えてくれたものだと思う。
そのことを話してくれた王女はとてもいじらしくて、わたしは胸を打たれたわ。
でも、それで、どうしてこうなる訳?
わたしは目の前に立つ男を見上げた。
目の前には少し癖のある黒髪と、からかうように見つめてくる褐色の瞳のケインが立っている。
「・・・。」
わたしは、王女の方へ頭をくるりと向けて叫んだ。
「何故、わたしとケイン様がダンスをするのですか?」
全く、意味が分からない。
「練習はエミリアナ様がされないと、意味がないでしょう?」
王女はソファーに座って寛いでいた。いつの間に、休んでいたのだろう?
「だから、イメージが湧かないのよ。お手本を見せて貰わないと。」
そう言うと、ルイーズの注いだお茶をゆっくりと飲む。
「ですが、」
わたしはケインを指差して声を張り上げた。
「ケイン様はダンスを踊れません!」
わたしの言葉に全員が口をつぐんだ。呆気に取られた顔をしている。
えっ、何?どうしたの?
「あー、リシェル殿・・」
ケインが苦い笑いを顔に浮かべていた。
「僕で良ければ・・・、多少の心得は持っているが?」
わたしは顔が真っ赤になる。
「それは、ご無礼を。申し訳ございません。」
「いや、あくまでも、多少だから・・。」
「ケインのリードは素敵よ。とても綺麗で優雅なんだから。リシェルは知らなかったの?」
王女は自慢気に口を挟んできた。皆が驚いていたのは、周知の事実だったからのようだ。わたしだけが知らなかったという訳だ。
「わたしは、公の場へは、あまり・・」
「つべこべ言わずに早く始めなさい!」
王女の怒声と共に、わたしは手を取られていた。
ケインは優しくわたしの手に触れると軽く握る。そして、耳元に小声で囁いてきた。
「何を踊ろうか、リシェル殿?」
「何でもいいわ!生誕祭で踊るダンスなら!」
王女が苛立つように大声を出している。
「では、・・にしよう。リシェル殿、行くよ。」
彼はわたしの返事も待たずに動き始める。体がふわっと軽くなった。足が覚えているステップを踏んでいく。ケインの動きに合わせて、わたしの体が浮いていくようだ。
楽しい、こんなに楽しく踊ったことがあったかしら?
ケインの瞳がわたしを見ている。彼の目がわたしを捕えて煌めいた。
途端に彼の動きが早くなった。ケインの刻むステップが変わっていく。これはさっきまでとは違うダンスだ。
負けないわよ!
わたしは必死で付いていく。少し難しい複雑なステップを、彼と合わせて踏んでいく。
彼のリードは踊りやすい。わたし達は流れるように部屋を移動していく。
わたしは、夢中になっていた。楽しくて楽しくて、いつまでも踊っていたい。
ねえ、次は何を踊るの?
「もう!いいわ。」
王女の声がして、ケインがピタリと動きを止めた。体が彼に引っ張られて、倒れ込むようにぶつかりそうになる。
わたしは、肩で息をしていた。
そうだ、王女に言われて踊っていたんだわ。そんなこと、すっかり忘れていた。
少し羽目を外してしまったらしい。汗が額に浮かんで、それが恥ずかしくて手で押さえる。
ケインも荒い息をしていた。
彼は紅潮した頬に汗をうっすら掻いて、わたしを見ている。その目は驚いているようだった。角度によっては黒く見える、濃い茶色の瞳が見開いている。
「素晴らしいわ!」
その時、この場にいない筈の人の声が聞こえ、驚いて振り向いた。
王女の座るソファーに、いつの間にか、にこやかに微笑む王妃の姿があった。
「マルグリット陛下!」
わたしとケインは同時に大声を出す。そして慌てて頭を下げると、その場に控えた。
それから、お互いを牽制でもするかように顔を見合わせる。彼が何を考えているのかは知らないが、わたしは声が重なったのが嫌だった。
それにしても、陛下はいつお見えになったのだろう?ダンスに夢中で気付かなかったのかしら。
ケインが王女の部屋を退出する為に、一礼して立ち上がると、王妃はそんな彼に声を掛ける。
「ケイン、待って。あなたに話があるの。」
そして、にっこりと微笑んだ。あれ?何だか嫌な予感がするわ・・。
「・・お母様、何故いらしたの?」
王女が疑惑の視線で、ジットリと王妃を見て剥れている。
「まあ!母親が我が子の顔を見に来たらいけないの?」
王妃が大袈裟に嘆いてみせると、王女は益々頬を膨らませた。
「そんな、理由じゃないでしょ?ケインに話があるって仰ったじゃない。わたしは邪魔なんでしょ?」
「あら?よく分かったわね。流石、わたしの娘、愛してるわ。」
王妃は王女に抱きついて、その頬にブチュ〜と激しいキスをすると王女を抱き締める。
「だから、少しの間、我慢してお外で遊んでいらっしゃい。これから、大人の大事なお話があるの。」
それはその辺りに住む農民の母親が、小さい子供に言う言葉と何ら変わらないものだった。
わたしも子供の頃よく言われたものだ。だけど陛下、その言い方はあんまりでは・・・。
「ええ〜?そんなお母様?」
そして、いきなりの惨い言葉に訳も分からず反抗する娘を、壁に控えている二人の侍女に押し付ける。
「あなたたち、エミリアナを外へ連れ出してちょうだい。いいこと?暫く帰って来ないようにしてね。」
王女はぎゃあぎゃあ言いながらキャリーとルイーズ、果ては王妃の侍女達にまでズルズルと押されながら、部屋を出て行く。
一行が完全に居なくなると、王女の部屋は嘘のように静かになった。
「ようやく、静かに話が出来るわね。」
王妃はにっこりと微笑を浮かべる。
今や、王妃とわたし、ケインの三人しか残っていない。王妃の侍女達も王女と共に居なくなったからだ。
嫌な予感しか浮かんでこないがどうしよう?
わたしは王妃の前で、共に控えるように屈んでいるケインを盗み見た。
きっと、彼は何のことだか分かっていないだろう。この後、王妃が口にする言葉を想像することも出来ないだろう。
彼がもしも、あのことを聞いてしまったら・・?
死ぬ!わたしは絶対死んでしまう!
何とかしなきゃ・・。
でも、どうして?王妃は諦めておられなかったの?あれから、何も仰ってこられなかったのだから、こっちは終わったと思うじゃない。
いや、待って!
まだ、何のお話か分からないじゃない?もしかしたら、全然違うお話かも・・?
わたしは一縷の望みを掛けて王妃の足元を見た。
「ねえ、二人共、そんなに畏まらないでちょうだい。顔を見せて。」
王妃が優しく話し掛けてくる。
わたし達はゆっくり頭を上げた。ケインは怪訝な顔をしている。彼は意味が分からず戸惑っているようだった。
わたしは王妃を、そっと見た。
王妃は例の表情を浮かべて、わたし達を眺めていた。これから話すことにワクワクして、夢見る乙女のように目を輝かしている。
ちょっ、陛下、もしやそのお顔は?本気で仰る気ですか?
「あ、あの、マルグリット陛下!」
わたしは慌てて王妃に声を掛けた。我が身の危機に体が勝手に動く。
「あなたは黙っていてちょうだい!リシェル。」
王妃が甲高い声で、わたしの声をピシャリと遮った。
それから、ケインをニンマリと見て、問い掛ける。
それはわたしにとっては、衝撃的な一言だった。
「ねえ、ケイン。あなた、このリシェルと、付き合ってくれないかしら?」