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侍女と近衛騎士

こんにちは。

ご訪問とお気に入り登録、ありがとうございます。

これからも宜しくお願いします。


  

「はあ〜っ。」

 また、大きな溜め息が出た。

 溜め息の後、手に持つ固いパンを千切って口に持っていく。だが、食べようとすると、再び溜め息が漏れてきて食欲が消えてしまう。

  

 わたしはやっとの思いで王妃の間を退出して来ると、遅い昼食を取ろうと王城内にある食堂に来ていた。 この食堂は、王城に務める侍女や騎士などの使用人が、食事の為に利用する所である。時刻は午後を大幅に過ぎていたが、食堂内にはこんな時間でも数人の人影があった。

  

 エミリアナ様は、怒っていらっしゃるだろうか?今頃はお裁縫の時間だから、それどころじゃないかしら。

  

 厨房の中では夕食の支度が、正に戦場のような激しさで進められていた。

 直に夕食の時間が来るのなら、このまま残っていてもいいのかもしれない。

 だが、頼りにならない二人の侍女の顔が浮かび、それは駄目だと溜め息と共に食事を続ける。

  

「やだ、どうしたのよ、リシェル。溜め息なんか吐いて。」

 突然、頭の上で声がして、向かいの座席に侍女仲間のジュリアが座った。

「こんな時間に食事なんて珍しいわね。それにしても、よく残っていたわね?そのパン。」

「ちょっとマルグリット様に呼ばれてね、お昼を食べ損ねてしまったの。パンはなんとか一切れ残っていたわ。後は何にもないって言われたけど・・。」


 不機嫌な顔をして苛立つようにパンを差し出した、下働きの中年の女性を思い出す。忙しいところを邪魔したのは悪かったけど、あんなに睨まなくてもいいと思うんだけど・・。

「ジュリアこそ、何故ここへ?」

 わたしが聞くと、彼女は厨房で貰った、果汁を水で割った果実水を飲みながら答える。

「わたし?ふん、休憩よ。殿下がまたどこかへお出掛けになったようなの。だから、休憩しようかと。」

  

 ジュリアは王太子殿下付きの侍女だ。だが、殿下には彼女の他にも侍女が数名いるので比較的自由がきく。

 その上、殿下は時々行方が分からなくなることがあった。どうも城下で羽目を外しているらしい。そうなると仕事が極端に減るのだそうだ、彼女曰く。

「だってね、殿下を捜すのは護衛の騎士様のお仕事でしょ?わたし達が捜しに城を出る訳にはいかないもの。」

 それから彼女はニイッと嫌らしく笑うと、もっと寄れと手招きをしてきた。

「?・・何よ?」

 わたしは彼女の口元に耳を寄せる。

 ジュリアが小声で囁いた。

「実はね、もう少ししたら、騎士様方が武芸の稽古の休憩に食堂へ来られるのよ。」

「えっ?本当に?」

 わたしは驚いてジュリアを見つめる。

「そうよ。今日は何の稽古の日かしら?剣術かしら、何かしらね?」

 ジュリアは今にも鼻唄でも歌い出しそうな程、幸せそうな顔をしていた。

「この前ね、休憩してて偶然気が付いたの。あなただから、教えてあげるのよ。この時間帯なら滅多に女は居ないから、美騎士をゆっくり堪能出来るという訳よ。ほら、女の中には、わざとらしく近付いて行く鬱陶しいのがいるじゃない?そういうのが居ないから、天国なのよ。」

 彼女の話を聞きながら、わたしの顔はどんどん青冷めていく。

「ごくたまになんだけど、騎士様が上半身裸で寛いで居たりして・・、フフッ、最高よ。鍛練した後の逞しい体は素敵ですもの。あ〜、思い出したら暑くなってきたわ!」

 ジュリアは興奮して体温が上昇したのか、手でパタパタと扇ぎ出した。

「・・どんな方が来られるの?」

 わたしは低い声で尋ねる。心臓は不自然なくらい早く動いていた。

「あら、あなたでも興味あるのね?」

 彼女は勝手に勘違いをしてニヤニヤしている。面倒なので訂正はしなかった。

「そうね、近衛の方もだし、王太子(うち)の護衛もだし、ほぼ全員じゃないかしら?日によって面子は違うけれど、後は、従騎士の子に・・・そうそう、お宅の騎士も見るわね。」

 ジュリアは一層声を小さくして片目を瞑る。

「ほら、黒髪のプリンスこと、ケイン様よ。」

  

 ギャ〜ッ!わたしはもう少しで悲鳴を上げそうになった。

  

 止めて、今、あいつの名前は聞きたくないの!だって、マルグリット様は選りにも選って、わたしにあの男と付き合えと仰ったのだ。あの、ケインと!

 あり得ない!わたしの一番苦手なタイプの男よ?出来ればお近付きになりたくない位なのに。

 必死で誰とも付き合う気はないと説明したが、分かっていただけたかどうかとても心配だ・・・。

  

  

  

『これからの人生は、年老いた両親の支えになりたいと思っています。結婚も考えていません。もう、そんな年齢ではありませんもの。』

 わたしの言葉に王妃は息を飲んでいた。

『本当にそれでいいのですか?わたしから見れば、あなたはまだ充分若く美しいのよ。恋愛すら、もうしないつもりなのですか?』

『はい。わたしには必要ありませんから。』

 王妃は諦めずに問い掛けてくる。

『ご両親が亡くなられたら、どうするつもりなのです?一人きりは寂しいですよ。』

『その時は、修道院に参ります。寂しくなんかありませんわ。』

 わたしがきっぱり笑顔で言うと、王妃は痛ましい目をして見つめていた。

 その後はもう何も仰らなかったので、わたしはそそくさと退室の挨拶をして部屋を出て来たのだ。

  

 そもそもあの男の方だって、わたしとなんて御免被りたい筈だ。よくよく考えれば、心配するまでも無いのかもしれない。

  

「だけど、彼は駄目ね。まあ、見てくれだけは極上だけど。」

「誰のことなの?」

「プリンスのことよ!あ・の!」

 ジュリアは、意味あり気に笑うと「あ・の」の部分を強調して言った。

「まあ、そうよ!あ・の女と見れば見境ない男は絶対駄目よ!聞いてくれる?あの男ときたら八歳の幼女にまで色目使ったのよ?信じられないでしょう?」

 わたしは興奮して一気に捲し立てる。今のわたしはケインに対して、いつも以上に敏感になっているのだ。

 あまりに興奮し過ぎて、王女のことを幼女と口走ったような気がしたが、ジュリアが気付かないのをいいことに、知らんぷりをした。

  

 あ〜何、大声出しているのかしら、落ち着かなきゃ。

 彼女は、そんなわたしの様子を呆れて見ている。

「違うわよ、そういう意味じゃないわ。あの人はね・・・」

   

  

 その時、食堂へと入って来る、大勢の足音が聞こえてきた。

 ジュリアはハッとしたように足音の方へ素早く視線をやると、急に静かになる。

「ねえ、ジュリア?」

「しっ!やって来たわ。」

「えっ?誰が?」

 彼女は慎重に入って来た騎士達を、目を細めて見ると呟いた。

「近衛騎士の人達よ。」

  

 近衛騎士?

 もしかして・・・。

 駄目だ、手が震えてくる。どうしよう・・・。

  

「大丈夫よ。フェルナンドは、いないから。」

 ジュリアの静かな声が聞こえてくる。

  

「あ、ありがとう。」

 わたしはジュリアに礼を言って、一先ず息を吐いた。

 そして、無難にこの場を立ち去る方法を頭の中で必死に探す。なんとか、あの方達に気付かれずに出て行けないかしら?

「あら?」

「何?まさか、フェルナンド様が?・・」

 ジュリアが変な声を出したので、体を固くして彼女に問い掛けた。ジュリアは首を振って答える。

「いえ、違うわ。何でもないから安心して。」

  

  

「今日の稽古は激しかったな、いつになく。」

「ああ、全くだ。」

  

 近衛騎士の談笑する声が聞こえてきた。

 彼らは訓練の疲れを癒す為に寛いだように座席に座ると、辺りを憚らず大声で話し始めているようだった。

「それにしても、フェルナンドはどうしたんだ?また消えたのか?」

 その中でも特に体が大きな男が、不満そうに声を荒げた。顔は岩のようにゴツく、何となくゴリラのような顔立ちである。

  

「あら、今日は最悪ねぇ。碌でもない器量の持ち主ばかりだわ。」

 顔をしかめたジュリアが、がっかりしたように呟いた。

「目の保養がアレしか居ないなんて・・」

 わたしは彼女の意味不明な呟きに、何となく顔を上げる。ジュリアが見つめる視線の先を追い掛けようと顔を動かした。

「フェルナンドは結婚が近いので、我等とゆっくり休憩などする時間がないのだろう。」

 すると、狐のような細い目と尖った鼻を持つ騎士が目の中に飛び込んでくる。

 わたしは慌てて視線を元に戻した。変にキョロキョロしてあの騎士達に見付かりたくはない。

 ジュリアは誰を見ているんだろう?少なくとも近衛騎士ではなさそうだ。彼女の言う通り美形はいないもの。

 騎士は鼻で笑って言葉を続けている。その場に居た他の近衛騎士らは、ドッと盛り上がっていた。

  

 なんだか、とても嫌な感じだわ。フェルナンドのことを良く思っていないのが、彼らの態度からありありと分かる。

「なんなの、あいつら。」

 ジュリアが顔を歪めて吐き捨てるように言った。

 わたしも同感だ。近衛騎士ってもっと凄い人達だと思っていた。

 国王陛下の警護をする騎士の中のエリート集団。フェルナンドは自分の職務に誇りを持っていた。わたしはそんな彼を素敵だと思っていたわ。だけど、彼の周りの人間はこんな奴らなの?

 これなら王女の護衛騎士の方が何倍もマシに見える。

  

「本当にフェルナンドは上手いことをしたものだよ。」

 最初に彼の不在を口にしたゴリラのような男が、顔に嘲るような笑みを浮かべると、やおら中傷を始めた。

「同感だ。」

 他の者達もその男に同調して、一斉にフェルナンドを非難するような空気になる。

「あいつが前に付き合っていたのは、誰だったか覚えているか?城の侍女だったよな?」

 肩がビクッと動いた。え?わたしのこと?

「ああ、確か第三王女の侍女だった筈だ。」

「そうだ、そうだ。エミリアナ王女の侍女だ、間違いない。」

 いつしか近衛騎士達の話題は、わたしの話に移っている。

 ジュリアがわたしの震える手に、そっと掌を重ねてくれた。不安気な気持ちで見上げると、彼女は頷いて重ねた手に力を込める。

「大丈夫よ。いざとなったら、わたしがあいつらを殴ってやるから。リシェルはその隙に逃げるのよ。」

「ありがとう。」

 ジュリアがいてくれて良かった。一人だったら気を失っていたかもしれない。

  

「その侍女は辺鄙な地方の領主の娘なのだろう?」

「そうさ、だから奴はあっさり棄てたのさ。結婚相手は有力な大領主の娘だぞ。比べるまでもない。」

 狐顔の貧相な印象の騎士がしたり顔で笑うと、周りの騎士達が笑いながら囃し立てている。

「顔のいい奴は得だよ。実力が無くとも、その顔だけで運が舞い込む。本当に不愉快だ。」

 ゴリラのような男が、苛立つように奥歯を噛み締めて吠えた。よっぽど外見にコンプレックスを持っているらしい。無理もないけど・・。

 フェルナンドはこんな人達と一緒の隊なのか。彼が少し気の毒になった。


「ヒューイッド、お前、その侍女殿を慰めてやればどうだ?きっと寂しくされている筈だぞ。」

 不機嫌なオーラを出しているゴリラのような大男に向かって、騎士の中から、からかうような笑い声が掛かる。

「何だと?」

 ヒューイッドと呼ばれた大男は、睨むように笑っている男を見た。

「そうだな、フェルナンドに棄てられた哀れな侍女殿をお慰めして差し上げれば、俺達にも女神が微笑んでくれるやもしれぬな。」

 狐のような顔の男も、目を一層細くして、ニヤニヤしながら嫌らしく笑っている。

  

 もう、気分が悪くて聞いてられない。だが、足が震えて立ち上がることも出来なかった。

「下品な奴らね。外見だけじゃなくて心の方まで汚いなんて。」

 ジュリアがうんざりしたように呟く。

「リシェル、わたしが抗議して来てあげるわ。」

「いいの!」

 ジュリアの手を慌てて握った。

「あの人達に知られたくない。フェルナンドの前の婚約者がわたしだって・・」 わたしは青冷めて震えているしか出来なかった。わたしは、こんなに弱い人間だったのだろうか?

「リシェル・・。」 

  

「ヒューイッドが行かないのならこの俺が、侍女殿をお世話して差し上げようぞ。」

 奥でお酒のような物を飲んでいる別の騎士が、ふざけて手を上げた。

「おい、待てよ!何故お前が?わたしが行こう。」

 狐のような騎士が憮然として立ち上がる。

「止めておけ!鏡をよく見てみろ?お主など誰が相手にする?」

 酔った男はひゃっひゃっと笑って、怒っている騎士を指差している。

「何を!もう一度言ってみろ!」

 狐目の騎士は真っ赤な顔で、今にも掴み掛からんばかりになった。

  

  

「馬鹿馬鹿しい!いい加減にしないか!何故俺達があいつの棄てた女などを、相手にせねばならんのだ?」

  

 突然、ヒューイッドが忌々しそうに大声を上げて叫んだ。

  

 一瞬、水を打ったように食堂内は静かになる。

 彼ら以外の他の騎士や城の使用人達も、驚いて注目していた。

 喧嘩になりかけた二人の騎士が、顔を見合わせて気まずそうに笑い合う。

「冗談だよ、ヒューイッド。単なるおふざけだろ?」

「俺は、そんな冗談は嫌いだ。」

 ヒューイッドは気分を害したように横を向いた。彼が横を向いた瞬間、わたし達は目と目が合う。

 ゴリラのような武骨な顔が怪訝な表情を浮かべて、じっと何かを考え込むように見ている。そしてこちらを向いたまま、見る見る表情が変わっていった。

  

 気付かれた?

  

 わたしはギクリとして、立ち上がり掛けた。

 ヒューイッドと言うこの騎士を、わたしは知らない。だがフェルと付き合っていた頃、彼の同僚に紹介されたことは一・二度あった。

 わたしが覚えていなくても、向こうは記憶していても可笑しくない。

  

 どうしよう・・・

  

 心臓が激しく動き、目眩がしてきた。血の巡りが悪くなり指先が冷たくなっているような感じだ。

  

 ヒューイッドと言う名の騎士が、わたしを見つめたまま口を開く。

「おい、あれは・・」

 彼の側に居た別の騎士がその声に気付き、こちらを振り向きながら彼に尋ねた。

「ヒューイッド、どうしたんだ?」

  

 絶体絶命だわ。わたしのことがあの下品な男共にバレてしまう!

  

 ジュリアが急いで席から立つと、わたしを庇うように抱き締めてくれた。

  

  

  

「いつも、美味しい食事をありがとう。・・貴女の手は、とても温かい。今日は僕に、いつものお礼をさせてくれませんか?」

  

 その時、静かになった食堂内に、一際よく通る気障ったらしい声が響いた。

 

 わたしとジュリア、ヒューイッドと近衛騎士の面々も、声の方に引き寄せられてそちらに顔を向ける。

 

 食事をするホールと厨房との境にある配膳の為の出窓に、寄り掛かるように立つ、一人の騎士の姿があった。

 その騎士は、出窓から厨房に向かって、こちらに背を向け話し掛けている。

 稽古の後なのか汗を掻いており、短い黒髪はいつもよりしっとりと濡れて輝いていた。彼は濡れて強く癖が出た前髪を掻き上げ、中の女性に朗らかに話し掛けているようだった。

  

 厨房の下働きの中年女性はどんな表情も作れず、真っ赤な顔で騎士を見つめている。彼女は彼の言葉に少女のように、コクリコクリと頷いているだけになっているのだ。

 それはわたしに対する態度とは、百八十度違っていた。

  

 均整の取れたスラリとしたその後ろ姿を、わたしはよく知っている。

 しかし彼の正体に気付いたのは、わたしだけではなかった。


  

  

「ケイン・アナベル!」

  

 ヒューイッドが険しい声を、騎士の背中に放つ。

  

 彼の興味はわたしから、完全に離れてしまったように見えた。

  

  

 わたしと近衛騎士達の緊張した場面に突然現れたのは、エミリアナ王女の軟派な護衛騎士、わたしの大嫌いなケインだったのである。


  

  


  

  



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