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生誕祭と侍女 その2

こんにちは

あと一話で終わる予定ですが・・無事終われるでしょうか?もし、二話になってしまったらすみません。


  

「お父様、お母様!」

「リシェル!」

 わたしは驚いて二人に近寄る。

 わたしを案内してくれた守衛の騎士は、本当の身内だと分かると安心したように去って行った。

 生誕祭にかこつけて城内に入り込む盗賊の輩などがいるかもしれない。いくら夫婦にしか見えない年老いた男女の二人連れとはいえ、守衛には気の抜けない期間だった。

  

「どうしたのよ、いったい?」

 父と母が、城までわたしを訪ねて来るなんて信じられない。十四の年から務めているが、今まで一回もないことだった。

 それに今は、領地が大変な時期の筈である。国を上げての祭りをしているからと言って物見遊山をするような、我が家にそんな余裕はない筈なのだ。

  

「あら、だって今日は陛下の生誕祭でしょう?」

 母は浮かれたような声を出した。

「わたし達だって、死ぬまでには一度くらい国王陛下のご尊顔を拝見したいわよ、ねえ、あなた?」

「・・・うむ」

 母は益々調子に乗って愚痴り出す。所々に嫌味をさりげなく混ぜ込み、ちくちくと少しも止まらない。

「それに盛大なお祭りをこの目で確かめたかったの。毎日毎日、農作業に追われて田舎にはなあ〜んの楽しみもなくてよ?あなたってば自分ばっかり楽しんじゃって、一度だって故郷の両親を招待しようとはしてくれないんだから。ねえ、あなた?」

「・・・うむ」

「仕方ないでしょう?侍女の給金なんて、たかが知れてるのよ。招待したくても出来なかったの。」

 わたしはムキになって説明した。言い訳みたいに取られるかもしれないが、全部本当のことだ。少しの仕送りがやっとなんだから。

 母もムキになって言い返す。わたし達は、似た者親子と父と兄からあまり嬉しくないあだ名を付けられていた。

「だから、自分達で来たんじゃない!臨時収入があったから今だ、とね。これを逃したら一生無理だと思ったし・・ねえ、あなた?」

「・・・うーー」

「臨時収入?」

 わたしは父の声に被せるように大声を出した。

「何よ、それ?」

「あ・・・」

 母と父は顔を見合わせて慌てている。気まずい沈黙が流れていった。え?どういうこと・・?

  

「実はな、リシェル」

 父が覚悟を決めたようにわたしに向き直って、口を開く。

「クライドの結婚が決まった。」

 そう言うと、二人は嬉しそうに満面の笑顔になった。

 ちょっと二人とも笑顔じゃないの?・・さっきの気まずい沈黙は何だったの?て、言うか・・今何て言ってたかしら?

「クライドって、兄様が?え、結婚?本当なの?」

「ええ、本当よ!」

 母は小皺の刻まれた目尻を下げ、踊り出しそうな勢いで喜びの声を上げた。

 まあ、無理もない。

 わたしはずっと兄に会っていないから現在の彼を知らないが、兄はおよそ結婚などしそうにないタイプだった。しそうにないと言うか、出来ないタイプだ。

 身内が言うことなので信じて貰えないかも知れないが、見かけは決して悪くないと思う。

 兄は背が高く逞しい体つきをしており、優しげな甘い顔立ちのなかなかの好青年だ。

 性格も穏やかで働き者だし、わたしから見れば婿にちょうど良いと思うのだが少しもモテなかった。

 何が悪いのかと言うと、とにかくウブで恥ずかしがりやなのだ。後は、鈍い、ひたすら鈍くて女心が全く読めないので、気の利いた言葉など全然言えやしない。

 兄にケインの十分の一でもよく滑る口があったら、きっと、とっくに結婚してたんじゃないだろうか?

 そんなことを考えていてケインの冷たい横顔を思い出し、わたしはハッとする。

 何故、彼のことを思い出すの・・せっかく忘れていたのに、馬鹿じゃないの?

  

 暗くなったわたしに気付かず、母は更に声を高くした。

「お相手は大店(おおだな)のお嬢さんでね、たっぷりの持参金を持って来てくれるのよ。」

「・・何故、そんな人が兄様を?」

「実はね、ちょっと前になるのだけどいよいよ生活費に困ってね・・、我が家で金目になりそうな物をあれこれクライドに持たせて街まで売りに行かせたの。まあ、たいしてお金にはなりそうもなかったんだけど、藁にもすがる思いでね。ねえ、あなた?」

「・うーー」

「ふーん、それで?」

 何か色々と激しく壮絶だ、我が家のことだけど・・・。

「その時、クライドがそれらを持ち込んだお店にそのお嬢さんが店番でたまたまいらしてね、何と一目惚れをしたのですって!」

「え?兄様が?」

「い〜え、その、お嬢さんがよ!」

「えー?嘘っ!」

 信じられない。

「嘘じゃないのよ!ねっ、あなた?」

「うーー」

「何でも!クライドの朴訥(ぼくとつ)なところがいいのですって!素晴らしいと思わない?傾きかけた我が家に嫁いで来てくれるなんて!ねえ、あなた?」

「・・」

「しかも、相当な持参金付きよ?お陰で一気に余裕が出来て、王都まで祭り見学に来れたと言う訳よ。」

 わたしは両親の服装を見た。先程まで気付かなかったが、言われてみれば仕立ての良さそうな服を新調して身に付けている。

「・・羽振りがよくなったと言う訳ね?」

「そうなの、だから今回の旅行中も領地は新たに雇った小作人に任せて来たのよ。」

 母は笑みを崩さず父を振り返って、ねっ?と同意を求めた。しかし、父はブスッとした表情を浮かべ無言で頷く。母はキョトンとした顔をしたが、そんな父を無視して再びわたしを見る。

「とにかく、めでたいったらないのよ。だから・・リシェル、あなたには悪いんだけど・・」

 母は急に歯切れが悪くなった。わたしが意味がわからず怪訝な表情を浮かべると、父の腕を肘で小突く。

「ほら、あなた・・。家長のあなたから仰って!わたしには無理よ。」

 母はそう言って父の背中にちゃっかりと隠れた。

 父は母を呆れたような視線で一瞥する。その顔は、勝手なことばかり言う母を苦々しく思って歪んでいた。

 父は軽く咳払いを一つする。

  

「あー、実はな、リシェル。我らが祭りに来たのは、何も見学をする為だけではない。」

「何よ、他に何があるの?」

 わたしはハッとした。

「もしかして、わたしを迎えに来てくれたの?」

「いや、違う。」

 父は険しい顔をして即座に否定した。見れば母も笑顔を消している。

「・・どういうこと?」

 わたしは、喉がカラカラになって、声が掠れてきた。とても嫌な予感がする。

「その、反対なのだ。」

 父が目を閉じて俯いた。

  

「リシェル、故郷に戻るのは諦めてくれ。このことを、直接お前に伝えに来たのだ。」

  

  

  *

  

  

「きゃっ!」

 母は大声で叫ぶと父の背中に隠れるようにしがみつく。母が叫んだと同時にワアッと地鳴りのような歓声が上がった。

「凄いな」

 父は茫然としたように動かない。すっかり場内の熱気に飲まれているようだった。

  

 わたしは、馬上試合が見たいと言う両親を連れて、試合が行われている城下の会場までやって来ていた。

 今は近衛騎士同士の対戦中で、なかなか迫力ある戦いをしている。

 あちこちからそれぞれの騎士を応援する声が上がり、ものすごい盛り上がり方だ。母もきゃあきゃあ言いながら目を輝かせていた。

  

 わたしはそんな母を見ながら憂鬱な気分だった。

  

 理由は言わずと知れた、つい先程、守衛の詰所で聞いた話のせいだ。

「どうしたら、いいのよ・・。」

 わたしは小声で呟く。だが周囲は騎士の試合に夢中になってるし、両親は興奮して叫んでいるしで、わたしの声になど気付く人はいない。

 途方に暮れるとは正にこのことだった。

  

 父と母が王都まで出向いて来たのは、わたしに遠慮をしてのことだった。手紙一本で連絡するより、直接話して説得するつもりだったらしい。

  

 兄の結婚が急に決まり、花嫁が嫁いで来ることになった。相手は身分的には下になるが、資産家のお嬢さんだ。我が家は経済的に苦しく、当然それは力関係にも及んでくる。

  

 とにかく逃げられでもしたら堪らない。

  

 父も母も相手のお嬢さんの顔色を窺い、大切に大切にお迎えするつもりのようだ。

 我が家は狭い。そんなところへ、行き遅れの小姑が入る隙間などないと言う訳だ。

  

 泣きたくなる・・。わたしの居場所など、どこにもないのかしら・・?

 二人の気持ちは分かるけど、ギリギリすぎる。わたしにだってやむを得ぬ事情があるのに。

  

 とにかく、なるべく早くマルグリット陛下にこのことをご報告し、城に残留の意向を伝えておかなければならないだろう。陛下は残って欲しいと仰っていたから大丈夫だと思う。

 でも・・

  

 問題はケインとのことだ。

 彼と複雑に(こじ)れてしまっているのに、このまま留まっていられるだろうか、人目に晒されて?

 

 ううん、そうじゃない。

 

 人目なんかどうでもいいわ、そんなことより、彼の素っ気ない態度にずっとこの先も耐えれるのかしら、わたしに・・。

 全身で拒否する冷たいあの態度に・・・。

  

  

 その時、一際大きな歓声が上がった。

  

 母が黄色い声の大合唱に驚いてこちらを向く。

  

「今度の人は、若いお嬢様方にえらい人気だわね。男前なのかしら?顔が見えなくて残念だわ。」

 わたしは、会場の端と端に向かい合うように馬の背に乗る、二人の騎士の姿を見た。

 いつの間にか、前の試合が終わっている。考えごとに必死になっていて全く気付かなかった。

  

 一人の騎士には見覚えがある。あの、すみれの紋章の甲冑は王女の護衛騎士だ、そしてその中で特に若い娘に人気があるのは・・?

 まさか・・?

  

 わたしの耳にも女性の華やかな歓声が聞こえてきた。

  

「きゃあ〜、プリンス〜!」

  

 審判の号令がかかり、騎士はお互いに向かって勢いよく馬を走らせる。

  

 間違いない、やはり一人はケインだ。

 

 二人の実力にはそう差がないように見えた。

 ケインは、器用に片手で手綱を操り槍を相手へと突き出す。

  

 馬上試合の勝敗のルールは簡単だ。馬の上から相手を落とした方が勝ち。方法は正直どうでもよい。

 負けた方は、参ったと降参して相手に相応の賠償金を支払うか、恥を掻くのを嫌がり殺せとわめいて命を亡くすか、というシビアな結果が待っている。

 最も酷い相手に当たると、負けた騎士を下僕扱いする者もいると言う。

  

「この試合、どちらが勝つと思う?」

 隣で勝敗を予想する男の声が聞こえた。

「ケイン・アナベルかな?」

 違う男の声もしている。

「ブッ、アナベル〜?よせよ、あの軟弱男が?」

「じゃ、もう一人の近衛騎士の方か?ええと、名前は・・」

「ヒューイッド・マクベス。この二人は体格差だって相当あるぜ?アナベルに勝ち目はないね。」

 二人の男達は勝ち負けを勝手に決め付けると、また試合に目を向けた。

 

 ヒューイッド・マクベス?

  

 あの男の名前だ。

 ケインのことを酷く憎んでいた近衛騎士。以前食堂で出くわしたとき、並々ならぬ怒気を彼に向けていた男だ。

 話の内容から、元は同じランス隊長に就いていた従騎士であったようなのに、何故あんなにケインを恨んでいたのだろう?

 彼の婚約者に関係があるのか分からないけど、あの男は危険だ。

  

 あの男が勝てばケインを・・、いや、勝つために当然のように大怪我を・・と言うより、もしかして殺・・・。

  

 わたしは体が震えてきた。

 どうしよう・・。

  

「いやあ〜!」

「止めてぇぇ!」

 悲鳴のような女性達の声が大きく響き渡る。

  

 わたしは、恐る恐る試合の様子を見つめた。

  

 ケインの槍をヒューイッドが物凄い力で弾きながら彼へと突進して行く。

 ケインは防戦一方でバランスを崩しながら後退していた。ケインの馬は足がもつれそうになっている。

  

 もう、見ていられない!  

「何してんのよ!しっかりしなさいよ!」

  

 わたしは夢中で大声を上げていた。

  

「馬鹿!そんな男に負けてんじゃないわよ!死ぬ気で戦いなさい!殺されたらどうすんのよお!」

  

 わたしの奇声に父と母がびっくりして振り向く。

 二人だけじゃない、わたしの周囲の人間は試合を見るのを止めてこちらに注目していた。

  

 だがわたしには、その他の外野など目に入らない。

  

「死んじゃ駄目よ!絶対に許さないんだから!絶対、絶対、許さないんだからね!」

  

 その時のわたしの頭にあったこと

  

 それは・・・

  

 ただ、ただ、彼が怪我をしないで欲しい、無事に生きて試合を終えて欲しい、本当に、それだけだったのだ。




もうじき、彼らとさよならか…と思うと少し寂しく思う作者です。

あと少し、お付き合いをお願いします。


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