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生誕祭と侍女 その1

こんにちは。

約一週間ぶりの更新です。後、一・二回で終わる予定です。

宜しくお願いします。

  

「ねえ、どうかしら?」

 王女は華やかな薄紫色のドレスを着て、ふわりと舞ってみせた。

 本日のドレスは、すみれ色の瞳を持つ王女に合わせて作られた物だ。袖がゆったりと膨らんでおり、最近流行っているデザインをしている。胸元にはフリルがたっぷりと豪華に付いていて、そこが一番のお気に入りとなっていた。

「とっても、お美し〜いです!」

 キャリーが手を叩きながら興奮したように声を上げたが、無理もない。わたし達侍女の三人で、後半は主にキャリーとルイーズの二人で、寸法の調整をしたのだ。それが漸く、昨日出来上がったばかりだった。そう、生誕祭の前日、つまりギリギリ間に合ったという訳だ。

 苦労した分、感激もひとしおだった。

  

 今日は国王陛下の生誕祭、この国一番のお祭り日である。

 普段は王妃の陰で目立たない今日の主役の国王陛下は、朝から何回も国民の前に顔を見せ、人々から盛大な喝采を受けていた。

  

 とうとう、この日がやって来てしまった。わたしは、はしゃいで盛り上がっている王女と二人の侍女をぼんやりと見ていた。

「ねえ、そう言えばケインはまだ来ないの?」

 王女がこちらを振り返って聞いてくる。

「えっ?」

 ズキッと胸が痛む。どうしよう、名前を聞いただけで胸が痛い。

「ねえってば、リシェル。ケインは来てないわよね?」

「はい。」

「どうしてかしら?馬上試合に出るんでしょう?わたしの祝福はいらないのかしら?」

 王女はムスッと膨れた。

 今日の生誕祭にて行われる馬上試合に出場する騎士は、主の元へ祝福を受けに顔を見せていた。彼以外の出場者は既にちらほら顔を出している。だが、ケインがやって来る気配は一向にない。

 彼は王女にとって特別な騎士だ。王女が彼を取り立てなかったら、ケインは騎士の叙任など受けられなかった筈だ。実家の助けがないケインには、騎士の身代を整えることは無理だったのだから。

 王女は彼を護衛に加える為に、国王や王妃に援助を頼んだらしい。それほど、彼を気に入っていたのだ。

  

「それに毎日わたしを見に来るって約束したのに、昨日も顔を見せなかったわ。」

 そう言えば、昨日も彼は護衛担当ではなかった為か、こちらへは来なかった。

 確かに以前は王女との約束を守りーードレスを毎日見るという、どうでもいい約束だがーー休みの日も律儀に会いにやって来ていたのに。

  

 一昨日を境に約束は守られていなかった。

 一昨日、あの日だ・・ケインとわたしが・・。

  

「準備で手間取っているのでしょう。それとも用事でも頼まれたとか・・」

 王女はわたしをじろりと睨むと、怒ったように大声を出した。

「主のわたしより大事なこと?」

「いえ、そういう意味では・・・」


 王女は顔を赤くして泣きそうな表情になる。

「いくら、リシェルがケインの心を持って行ったとしても、ケインが騎士の誓いを立てた相手はわたしなのよ。わたしだってケインにとって大切な人に違いないはずよ・・・」

「エミリアナ様・・」

 王女の言葉が胸に突き刺さる。

 王女は彼にとって大切な人、それは間違いない。騎士の誓いを捧げた唯一の女性で、それに八歳という年齢は全然関係ない。王女は正にケインの恩人ではあるし、何を置いても守るべき人だ。

  

 だが、わたしは?

 わたしは、果たしてどうなのか?

  

 わたしは、違う

  

 わたしは、彼にとって大事な人ではない・・

 わたしはただの、同じく王女に仕える使用人の一人にすぎないのだ。

  

 しかも境遇に同情して、恥ずかしい目にあいながらも手を貸してやったのに、礼どころか噛み付いてくる女だ。可愛げなど全くない。

 だから決して、彼の心を持って行った相手などではないのだ。

 寧ろ、嫌われてしまった、罰を与えてやりたいほど憎たらしい女・・

  

「ど、どうしたのよ?リシェル、泣いたりして・・」

「な、何でもございません。」

「だって、そんなに泣いてるじゃないの。何かあったの?」

 王女が心配げに寄って来る。八歳の子供に慰められるなんて、恥ずかしい。

「ねえ、ケインと喧嘩でもしたの?」

「いえ、そんな・・」

  

 その時、扉を叩くノックの音がした。

  

 キャリーが扉の向こうにいる誰かと会話を交わしている。

 王女の意識がそちらに向けられた。その隙に涙を拭き取り、鼻をかんだ。

 酷い顔だわ、きっと。

  

「エミリアナ様、あの・・ケイン様です・・」

 キャリーが王女にケインの来訪を告げに来た。そしておずおずと、わたしを盗み見る。

「そう・・」

 王女とルイーズもこちらに気遣うような視線を送ってきた。何だか切なくなる。

  

 年下に気を使わせて情けないわよ、リシェル!大丈夫よね?ケインと顔を合わすぐらい。

 何でもないわよ、以前の自分に戻るだけなんだから。  

「エミリアナ様、わたしなら大丈夫です。ケイン様とお会いになって下さい。」

 わたしは笑顔で王女に宣言した。平気、もう涙は全部拭き切っている。

  

「分かったわ、リシェル。・・キャリー、ケインを通して。」

 王女の声にキャリーが扉を開ける。

  

 扉の陰からケインが部屋へと入って来た。

  

 癖のある黒髪を後ろへと軽く撫で付け、いつもより畏まった出で立ちだ。瞳は伏し目がちで唇もきつく閉じられており、硬い表情をしている。甲冑は晴れの日の為に磨かれたのか、光を弾いて輝いていた。

 一分の隙もない、凛々しい騎士の姿だった。

  

 わたしの目が可笑しいのかもしれない。

 恋する目には、全てが良く見えてしまうのだ。本当の彼は、ただの浮わついた八方美人で・・・。

 わたしはそう強く念じながら彼を見つめた。

  

 だが、彼は相変わらず落ち着いた様子で王女の前に伏せている。

 目を閉じて下を向く横顔は、端正で厳かな感じさえした。いつも見せる笑顔はなかったが、それが余計に張り詰めた雰囲気を出していて惹き付けられる。

 どこにも、浮わついたところなど見受けられない。

 もう、この目はいくら暗示をかけようと、彼の良いところしか映す気はなくなってしまったらしい・・。

  

「ケイン、遅かったじゃない。他の者はとっくに来たのよ。あなたは、もう来ないかと思ってたわ。」

「申し訳ございませんでした。」

 ケインは下を向いたまま、王女に非礼を詫びる。それきり、言い訳めいたことも言わず黙り込む。

「昨日も顔を見せなかったわね?毎日わたしのドレスを見に来る約束はどうしたの?」

「申し訳ございませんでした。」

 彼はやはり、何も言い返さなかった。

「何かあったの?そうね、・・例えば一昨日に、誰かと喧嘩をしたとか?」

 王女は意地悪くケインを見る。わたしは声が出そうになるのを必死で抑えていた。気を引き締めてないと、体が震えそうになる。

  

 しかし、ケインは無表情を崩しもせず淡々と口にした。

「いえ、そんな、どなたとも喧嘩などはしておりません。」

 それから、王女の顔を見上げて微笑みを浮かべた。陰のある笑みだった。

「ただ・・わたしの不徳が原因で、大事な方に愛想をつかされました。昨日はこちらへ伺う気力が湧かず、失礼しました。殿下のどのような罰も受けるつもりです。どうぞお許し下さい。」

 そして、また下を向く。

 王女が驚いた顔でわたしを見た。王女だけではない。キャリーとルイーズの二人の侍女も、わたしを凝視している。その目は当惑で揺らいでいた。

  

 今の言い方は・・?

  

 わたしはこの場に立っていられなくなる。もうこれ以上、ケインと同じ空間にいるのは耐えられない。

  

「エミリアナ様」

 わたしは無礼を承知で王女に話しかけた。

「な、何?リシェル」

 王女は、いきなり会話に割り込んできたわたしに、戸惑って聞いてくる。

「わたし、大切な用事を思い出しました。時間がございませんので、これにて退出させて頂きたいのですが・・」

「あら、そ、そうなの?」

 王女はケインをチラリと見る。彼は俯いた状態から少しも動いていなかった。

 わたし達の話も聞こえていないようだ。彼の顔には何の表情も浮かんでいなかった。

 ズキッとまた胸が痛む。

「分かったわ。すぐに行きなさい。」

「申し訳ございません。失礼させて頂きます。」

 わたしは、走るように王女の部屋を飛び出した。侍女長としては最低の行為だったが、どうしようもない。

 わたしが部屋を退出するまで、遂に一度も、ケインはこちらに視線を向けなかった。彼はわたしの存在を全く無視していたのだ。

  

   

 廊下に出ると、王女の護衛騎士達がギョッとしたようにこちらを向く。

 彼らは遠慮がちに頭を下げた。その態度には少し前のような気安さは感じられない。

 ああ、そうか。

 宿舎でケインに聞いたのね?

 わたしが彼を振ったのだって・・・

  

 以前、彼は言っていた。わたしが彼に愛想を尽かしたことにすれば、噂の二人が別れても誰も不思議に思わないって。

 それをとうとう実行することにした訳か。確かに誰も不審には思ってないようだ。

 でも・・。

  

 これだと、何だかわたしが悪者みたいじゃない?

 本当は振られたのはわたしの方なのに、まあどっちでもいいけど・・。

  

  

『リシェル殿、そのような事は気にせずとも良い。僕は道化師だとも、迷惑だとも思っていない。これは、僕が望んですることだ。必ず期待に沿えるように努力しよう。決して、悲しませるようなことはしないつもりだ。』

  

 不意に、王妃の間で、ケインが口にした言葉が浮かんできた。わたしと恋人同士の演技をすると、王妃と決めた時に言ってくれた言葉だ。

 あの時の彼はとても優しかった。わたしに誠実なところを見せようと、真面目な顔で言ってくれたのだ。  

 嘘つき。わたしをこんなに悲しませているじゃない。

 もう、また・・涙が滲んでくる。何もしてないと、こんなふうに彼のことばかり考えてしまう。

 ここは駄目だ、早く人目につかない所へ逃げなくては。

  

  

「あの、侍女長殿」

  

 騎士達の前を急いで通りすぎようとすると、声が掛かった。

 声を掛けてきたのは、アーサーとかいう名前の騎士だった。大抵ケインとコンビを組んでいる、騎士になりたてのういういしい青年だ。顔は兜で隠れているが声で分かった。

「・・はい」

 彼はわたしの顔を見ると、躊躇ったように一瞬間を置き言葉を続ける。

  

「先ほど、守衛の方から伝言を言付かりました。お身内だと仰る方がお見えになっているそうです。門の詰所にてお待ちですので。」

  

 彼はそれだけ言うと、頭を下げ正面の方へ顔を向けた。

  

 身内?

 父や母が訪ねて来たのだろうか?

 まさか、わたしを迎えに来たの?


  

 慌てて門の詰所へと向かったわたしを待っていたのは、故郷にいる筈の両親だった。




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