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侍女と新たな噂

こんにちは

突然ですが、ジュリアさんを覚えてらっしゃいますか?

王太子殿下付きの侍女さんで、リシェルの友人です。以前、食堂で会話をしています。

一応、本編にもジュリアさんの身分を書きましたが、ご説明いたしました。


  

 王城の厨房は、普段の慌ただしさが可愛いものだと思える程に、目の回る忙しさとなっていた。

 後、二日後に迫った国王陛下の生誕祭に向けて、臨時の使用人を城下から雇い入れ、最後の準備に余念がない。

 ある者は肉や魚を保存のきく燻製や腸詰め肉にしたり、ある者はシトロンやイチジクといった果物をドライフルーツやジャムにする。また厨房には、沢山の食材が運び込まれそれを管理仕分けする者や、貯蔵する為に納屋に運んで行く者なども出入りして、見ているこちらまで追われるような気持ちになるのだ。

  

 城内にも普段は見られない商人や、祭りの準備をする者達の数がぐっと増え、警備をする騎士達も、不審な動きをする者がいないかとピリピリした雰囲気になっていた。

  

 城下では、当日行われる騎馬試合の準備なども着々と進んでいるようだった。

 また、この祭りの期間には、商売をする為に遠方から多数の商人や楽団、演劇と舞踊を見せる劇団などもやって来るのだが、それらは早くも商売や芸を見せて人々の関心を掴んでいた。

  

  

「ちょっと、聞いたわよ。」

 ぼけら〜と厨房の使用人の仕事ぶりを見ていたわたしは、突然背中を叩かれて心臓が止まるかと思う程、驚く。

「な、何?」

 目の前に、食事を抱えた王太子殿下付き侍女のジュリアが、ドスンと腰を下ろした。彼女はニヤニヤとした笑いを浮かべてスープの入ったお椀を啜る。

「聞いたって、何をよ?」

 わたしはその笑顔に不吉なものを感じて、密かに警戒した。

  

「大切に、思っている。・・幸せにする、自信がある。」

 ジュリアは目を閉じて、芝居のセリフのような言葉を口にする。

「何よ、それ?」

 わたしがキョトンとすると、呆れたような顔をしてきた。

「あなたが、ケインに言われた言葉でしょう?」

「え?、えぇ!何故、それを?」

 わたしは思わず大きな音を立てて、立ち上がった。先日の中庭での出来事を思い出して、一気に顔が熱くなる。突然席を立ったわたしに、一瞬人々の視線は集まるが、直ぐに元のざわめきに戻っていく。わたしは周りを刺激しないように、静かに椅子に座った。

  

「やだ、本当だったんだ?」

 ジュリアは目を見開いてこちらを見ている。口元がいやらしく上がっていた。彼女の視線は無視して小声で囁く。

「どこで、聞いたの?」

「王太子殿下よ、これは、もう時間の問題で広まるわね。だって殿下はマルグリット様よりお聞きになったらしいわ。あのお話好きの。」

「な、何で、マルグリット様が?」

「知らないわよ。何でも、誰にも話さないよう仰られたらしいけど、早速わたし達にお話になる殿下に、内緒話はしちゃいけないわよね。」

 煮込み肉を食べながら、ジュリアはケラケラと笑い飛ばす。だがわたしは、彼女に合わせて笑う気力など、全くと言っていい程出て来なかった。

 どうして、マルグリット様があの時のケインの言葉を知っているのかしら?あの場には、ケインとわたしとフェルナンドの三人しかいなかった筈なのに・・。

  

「あっ!」

 わたしは、そこで大事なことを思い出す。

  

 最初にケインが中庭へ現れた時、誰かと一緒だった気がするわ。そうよ、最初はマルグリット様の侍女と一緒だった。

 でも、彼は彼女を先に戻した筈よ。ええ、確かに彼は「後で伺う」とか言って、追い払ってたわ!

  

 ・・・だけど、もし、あの侍女が戻ってなかったら?

 ってか、もうあの侍女しか考えられないじゃないの!

 フェルナンドが言う訳ないし、ケインが自分から恥を掻いてまで言うのはもっと考えられないもの!

  

 王妃の忠実なる侍女が、わたし達の様子をこっそり覗いている光景が浮かんでくる。

  

「あ〜、もう!」

 わたしは発狂したのかと思われてもおかしくない程、頭を掻きむしった。

 何てことかしら!

 いったい、どこまで見られていたのだろう?いや、きっと最後まで見ていたに違いない。わたしが泣いてケインに慰められて・・他人からはどう見えたのだろうか?最悪だわ!

 ジュリアがわたしの様子に怯んだように声を掛けてくる。

「ど、どうしたのよ?いきなり。」

「え、だって・・、もし、ケインがこの事を知ったらと思うと・・」

 彼がこの話を聞いたらなんて、恐ろしくて考えたくもない!

「気にしないんじゃないの?自分で言ったんでしょう?」

 ジュリアは呑気に食事を続けていた。

 言ったというか、言わされたというか・・フェルナンドに。とか、言えないし。

「だけど・迷惑だと思うわ、きっと・・」

 わたしは納得出来なくて、ブチブチと口の中で不満を呟いていた。暫くすると目の前に座る友人の、にやけた視線がチクチクと肌に突き刺さり出す。

 あ、え〜と、何かしら?

  

「リシェル、あなたったら、彼のこと、本当に好きなのね。迷惑を掛けたくないなんて、いじらしいじゃないの。ついこの間まで、彼を扱き下ろしていた人とは思えないわ。」

「すっ?」好きって?あの・・

「もう!真っ赤になっちゃって!いいの、いいのよ、恥ずかしがらなくても。」

「ちっ!」違うわ!・・いえ、違わないけど・・・

「でも、気を付けなさい。お子様とは言え、ファンがいるからね。プリンス様には。」

「じっ、」ジュリア〜

  

「さてと、わたしはもう行くわ。殿下が逃げ出さないように見張らなくっちゃ!」

 ジュリアは食事を片付けると席を立った。

「頑張ってね!応援しているわ。」

「あ、待って・・ジュ」

 言いたいことの半分も言えなかったわたしを残して、ジュリアは鼻歌混じりに食堂を出て行った。

  

  

  *

  

  

「侍女長殿!お捜ししましたぞ!」

 食堂を出たわたしは、王女の護衛騎士達に声を掛けられた。

「あら、皆様、お揃いでどうされたのですか?」

 わたしは意外な場所で彼らを見たと驚くが、よく考えれば当たり前のことだった。普段は城の警備を担当してない者も、祭りが近付くと協力して城内を見回る。

 王女の護衛騎士も、手が空いている者は警備を行っていた。警備中なので、兜をしている為に誰だか分からないが、彼らの甲冑には王女の『すみれの紋章』があるので直ぐに分かるのだ。

  

「お願いです。今すぐお顔を貸して頂きたい。」

 騎士達の声は焦って不安に震えている。わたしは王女に何かあったのかと不安になった。

「あの、どうかされたのですか?もしや、エミリアナ様に何か?」

 しかし彼らはその問いに答えず、一方的に用件を言ってきた。

「申し訳ないのですが、時間がない。ご足労願います。」

「はい・・、分かりました。」

 仕方がないので彼らの後を、おとなしく付いて行く。数人に連れられて城内を下って行き、気が付けば、滅多に足を向けない外郭まで下りて来ていた。

 外郭には、納屋や厩舎や畑などが見える。他の騎士の姿もちらほら見えて、やはりいつもより警備の数が多いようだ。

 王女が乗馬でもする為にこの辺りにいるのだろうか?わたしがキョロキョロと周囲を見回していると、先頭を歩いていた騎士が足を止めて振り向いた。

「どうか、何も言わず納屋の陰に行って下さいませんか?」

「ええ?」

 何で、あんな暗い所、嫌だわ。

「どうしてですか?」

 わたしは不審に思い騎士を見た。

「俺が悪かったんです。今朝仕入れた噂をうっかり目の前で言ったら、物凄く恐い顔をして不機嫌になってしまって・・・」

 騎士は項垂れたように呟くが、彼の説明は要領を得ない。

「何のことですか?」

「お願いします、侍女長殿!もう、あなたしかいないんです!」

 周りにいる騎士達も頭を下げて詰め寄って来た。

「え?何を?」

 わたしはグイグイと彼らに押されながら、納屋の向こうへと追いやられる。

 ちょっと、何なのよ?

  

「ケインさんの機嫌を直せるの、もう侍女長殿だけですから!」

「えっ?」

 わたしが、その一言に驚いて声を上げた時には、彼らは一目散に逃げた後だった。

  

  *

  

  

 納屋の陰には騎士が一人でいた。

 彼は足音に気付くと、苛立つように大声を出しながら振り向く。

「おい!どこまで行ってた?持ち場を離れる時は声を掛けろ!」

  

 そして、目の前にいるのがわたしだと分かると、驚いたように固まった。わたしは彼の剣幕にびっくりして、何も言えずその場に立ち尽くしている。

  

「リシェル殿・・」

  

 騎士は茫然としたように呟くと兜を取り払う。それから、癖のある前髪を掻き上げて素顔を見せてきた。

 見慣れた褐色の瞳と薄く締まった唇は、少しも笑っていないのが分かる。

  

 ケインは気まずげにわたしから視線を反らすと、身動きもせず無言で立っていた。




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