侍女と騎士
こんにちは。
この話はそんなに長くならない予定です。多分。
もう一つのシンデレラと交互に更新していきたいと思います。
もう一つ放置の話は、またおいおいと…。
この話に出て来る騎士とかもう、めちゃくちゃですみません。
それでは、お読み下さい。
5/13始めのモノローグを少しだけ改稿。内容は殆ど変わっていません。
彼が辛そうな声で言った。
「本当に、君にはすまないと思っている。」
その一言で胸が詰まって何も言えなくなったのか、彼は口をつぐんだ。
だから、わたしは大丈夫だと安心させてあげたかったの。精一杯の笑顔を彼に向けたわ。
「わたしなら、平気よ。あなたの選んだ道を尊重するわ。」
彼は長い金髪を振り乱してわたしの手を取ると、誓いの言葉でも告げるかのように訴えてきた。
「君のことを嫌いになった訳ではない。それは信じてくれ。今でも愛してるんだ。」
そして、美しいアメジストのような瞳に涙を湛えてわたしを見ていたわ。光る涙がアメジストを囲むダイヤのように輝いていた。
こんな時でもわたしの婚約者は、ううん、婚約者だった人は美しいのね、なんて考えてたっけ。
「僕は、所詮両親には逆らえない。不甲斐ない男だ。君にはもっと似合いの男がいる筈だよ。だって、君はとても素敵な人なのだから。」
苦悩して別れを告げる唇は、ほんの少し前までわたしに永遠を誓ってくれていたもの。あの時の気持ちに嘘はなかったと、今でもわたしは信じている。
「本当に、わたしは大丈夫よ、フェルナンド様。あなたは奥様になられる方を、幸せにしてさしあげてね。わたしは、あなたの幸せを何処にいても祈っています。」
だから、あなたを開放してあげる。多分わたしにとっては、生涯でたった一人のパートナーだったけど。
「リシェル・・」
わたしの婚約者だった男、フェルナンドは涙を拭うと極上の笑みを浮かべた。
「君のことは、忘れない。柔らかな薄い茶色の髪の毛も、深い森のように澄んだ緑の瞳も、笑うと可愛く出来る口元のエクボも、そして、小さな赤い唇も・・」
彼はそう言うと額に優しくキスをして、思いを断ち切るようにわたしの前から去って行ったのだ。
そう、一度も後ろを振り返ることもなく。
彼が一度でもこちらを見ていたら、きっと気がついていた筈だった。
崩れるように床に倒れ込んで、声を殺して泣いていたわたしの姿にね。
こんなふうに、わたしは失恋したの。
五年も付き合った婚約者との、呆気ない幕切れだった。
*
わたし、リシェル・ブラネイアは王城に務める侍女だ。今は御年八歳になられるエミリアナ王女の侍女長をしている。
いわゆる、お局という奴である・・・。
「キャリー、ルイーズ、これは、どういうことなの?」
温かい太陽の光が射し込む王城の快適な一室で、わたしは朝から険しい声を出していた。
ここはわたしの主人、エミリアナ王女殿下の私室である。明るい桃色のカーテンや同系色のソファーなどが配置されていて、女の子らしい可愛く上品な空間だ。
王女はまだ隣の寝室で御休みなので、声は自然と小さくなっている。
わたしは二人が用意した王女の朝食用のドレスを前に、不機嫌に彼女達を見ていた。
キャリーとルイーズの王女付き侍女二人が、顔を歪めてこちらを見ている。
彼女達は二人ともまだ十四・五歳の若い侍女だ。若さの象徴の薔薇色の頬を持ち、あどけない表情が魅力的なよく似た感じの少女だった。
王女よりは年齢が上なのだが子供っぽいところがあり、まだ八歳のエミリアナ様と同年代のような雰囲気さえある可愛い侍女達だ。
「何か、良くないことでもありましたか、侍女長?」
年長のキャリーの方が震えながら質問してきた。
「大有りよ。このドレスは以前お召しになられた時に、裾を踏まれて破れてしまったものよ。」
二人の顔がサッと青くなる。
「あの時ちゃんと直しておきなさいと、言ったわよね?見てみなさい。少しも直ってないじゃないの。」
わたしは、二人にドレスの破れた部分を突き付けた。王女が大好きな桃色のフリルが、無残に引き裂かれている。
「申し訳ございません!」
二人が急いで頭を下げた。
「謝るのは、わたしじゃなくて、エミリアナ様にでしょう?私達の殿下に恥を掻かせる気なの?」
「すぐに直します。」
二人が急いでドレスを抱えて部屋を出ようとする。
「お待ちなさい。そのドレスは後で直しましょう。今は新しいご衣装を用意しなくては。」
わたしは王女のズラリと並んだドレスの中から、爽やかな若草色の物を出してきた。
キャリーとルイーズが不安気な顔でおずおずと口を開く。
「あの、侍女長。エミリアナ様は本日は桃色をお召しになりたいと仰っておりましたけれど・・。」
わたしは眉間の皺を押さえながら、呆れたように彼女達を見た。
「・・あなたたちね、エミリアナ様は、本日ではなくても、いつでも桃色をお召しになりたいのよ。それを全部聞いてたら、そのご衣装だけ早く傷んでしまうでしょう?」
「は・・あ、」
二人はポカンとしている。そんな顔をしていると姉妹と言っても通りそうだ。
「それに比べて他のお色、特に青とか緑は何故かお嫌いで、全くと言ってご自分からはご所望されないわ。だから、まだピカピカの新品のような物ばかり。勿体ないと思わない?そこで!わたし達侍女の出番なのよ!何とか王女の気持ちを盛り上げて惹き付けて、ご興味を持っていただくという訳!分かる?」
いつの間にか、わたしは熱弁していた。少し声が大きくなってしまったかも知れない。危ない、危ない。王女の眠りを妨げてしまうわ。
キャリーとルイーズはまだポカンとしている。わたしの興奮した喋りに驚いているようだった。
「ちょっと、あなた達、返事は?」
わたしが王女の寝室を気にしながらも二人に問い質すと、王女の私室と外の廊下を隔てた扉の向こうからプーッという笑い声が聞こえてきた。
「・・・声が大きいですよ、ケインさん。」
小さい声のつもりでヒソヒソ注意をする声と、クックップーッと笑う声がする。
わたしはおもむろに声の方に近付くと、黙ったまま勢いよく扉を開けた。
そこには騎士になって一年にも満たない感じのういういしい青年と、腹を抱えて笑いこけている見慣れた男が居た。
わたしは、その王女付きの護衛騎士二人に、きつい声で話し掛ける。
「いったい、何の騒ぎですか?ケイン様、・・・それと、そこのあなた、?・・えっと、お名前は何て仰るの?」
わたしがそう口にすると年上の方の彼、ケインは、又もブーツと噴き出していた。
笑いの虫が落ち着くと、ケインは兜を脱ぎ顔を見せた。
目の前に、彼の艶やかな緩く癖がある黒髪が現れドキリとする。
彼は顔に柔和な笑みを浮かべてわたしの手を取り、片方の手には兜を抱えて頭を下げる。
「朝から失礼した。騒がせてすまない、リシェル殿。あまりにも楽しげな会話が聞こえ、・・いや失敬した。」
そして手の甲に軽く口付けると、笑いを浮かべた褐色の瞳で見つめてきた。
わたしは慣れた仕草で彼の手を払う。毎度のことながら馴れ馴れしい男だ。女性と見るとフェミニストの血が騒ぐのかしら?誰にしてもいいが、わたしには止めて欲しい。
ケインはわたしの仏頂面を見ても気にした様子はなかった。彼はにこやかに余裕のある笑顔を見せている。
認めたくはないけど、その姿は様になっていた。背が高く整った顔立ちの彼には、騎士の装いが似合っている。
その姿を見ていた、キャリーとルイーズが頬を染めてケインの元に来る。
「おはようございますっ。プリンス!」
ケインは差し出された彼女達の手に、ご丁寧にもキスを落とすと笑顔で聞いた。
「プリンス?」
「あらっ嫌だ。ご本人を前にして・・わたし達ったら・・。」
二人はキャアキャア騒いで収拾が付かない。このままでは王女がお目覚めになってしまう。わたしは咳払いをすると彼の前に立った。
「つまり、一部の王城務めの侍女達から、あなたは『プリンス』と言われ慕われているのですよ。」
わたしの説明に、彼は目を丸くして笑っている。
「僕が?プリンスだって?弱ったな、・・王太子殿下のお立場が・ねえ?」
ヘラヘラと笑って、相方の騎士に同意を求めるその顔を睨み付け、わたしはピシャリと言ってやった。
「慕っているのはあくまでも一部の年若い者のみ、です!後のたしなみを持った侍女の殆どは、あなたの軟派で残念な性格を哀れんで、逆の意味でプリンスと陰で笑っているのです!」
ケインは呆気に取られて聞いていた。彼は我に返るとニヤリと笑ってわたしを見る。
「ふうん、年若い侍女か・・、では、リシェル殿は?・・どちらに、入るのかな?」
彼はさっきのわたしの説明の、後者の意味は無視するつもりのようだ。ニヤニヤ笑うその顔が、殴ってしまいたいほど腹立たしい。
「勿論、わたしはもう年若くありませんから、お慕いはしておりません。ご安心を。」
「リシェル殿は若くないのか?だとすると、僕も若くはないのだな。なんてったって僕らは同い年だった筈だし・・。」
「ええっ?ケイン様はお若くて、お美しくてお優しくて本当のプリンスのように素敵ですわ!そんなこと仰らないで!」
二人の侍女が悲鳴を上げた。わたしの方をチラッと見る。何よ、わたしが悪いと言うの?
「だが、リシェル殿が、仰るんだ。・・僕達は同い年の二十四歳なんだよ。彼女が年寄りなら僕だって・・」
ケインは悲し気に瞳を伏せる。わたしはカーッと頭に血が登った。
「誰も年寄りとは言ってないでしょう!わたしは行き遅れただけだと言いたかっただけです!」
その場に居た全員がわたしの声に固まる。
その隙にわたしは、キャリーとルイーズを部屋の中に押し込み扉を閉めた。
「どうしましょう?ケインさん・・。」
年若い騎士が困り果てたようにケインに言っているのが聞こえてくる。
そう言えば名前を聞くのを忘れたわ。如何にも貴族のボンボンて感じだったわね。ボンて呼ぼうかしら?
「ほっとけよ、あんなことで落ち込む侍女長殿じゃないからさ。」
ケインの声がした後は廊下の方も静かになった。
悔しいけれどこの男の言う通り、この程度のことで落ち込んだりしない。
だってもう、散々泣いたもの。フェルから別れを告げられた時に。
目の前でバタバタと王女の起床の準備を始めたキャリーとルイーズを見て、気を引き締める。
早く、この二人を一人前にしなくては。
だってもうじき、彼女達に教えて上げることも出来なくなってしまうのだから。
わたしはもう少ししたら、退官して実家に戻ることになっていた。
結婚の為ではない。
確かに、退官の理由も初めは結婚の為だったが、破談になってしまい城に居ずらくなってしまったので、実家に頼み込んで戻ることを許してもらったのだ。
その日は、もう目の前に来ていた。