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「王様の決断」

作者: 山崎 龍 

「法があるから、罪がある」byロシアのことわざ

 ヘインロ一世は、ドラク王国の政権を握る国王である。紛争もない秩序の保たれた平和な生活のなかで、少しばかり退屈な日々を送っていた。そこで、どこかほかの国にでも旅行に出かけようと思い立った。

 そうとなれば、行動力のありあまっている国王は、すぐさまこの国の大統領であるコインカを呼びつけた。

「どうかしましたか!国王殿!」

「やあ、コインカ。突然呼び出したりして申し訳ない。ところでどうだ、この国の情勢は?」

「はっ、治安も安定していまして、まったく問題はございません」

「そうか。それはよかった。ところでなコインカ、私は暫くの間この国を離れようと考えているのだ」

「と、申しますのは?」

「無法国家と呼ばれている、バコタという国を視察したいと思っていてな」

「と、とんでもございません!国王殿、正気でございますか?」その言葉を聞いたコインカは眼を見開いて言った。

「どんなことがあっても、私は反対です。絶対に行かせません!国王殿はバコタ王国がどんな場所で、どれほど危険な国か知らないのですか?人々はなんの考慮の余地もなく、身体に影響のある悪いものを毎日のように・・・お願いでございます。どうか考え直してくださいませ」

 ヘインロ一世は「やれやれ」と頭をうなだれ「やはりな」と心のなかでうなずいた。ヘインロ国王が政権を握るドラク王国は、バコタ王国とは違い、タバコという薬物が非合法であった。もちろん所持したり使用した者は、「タバコ取締法違反」の罰則として逮捕され、五年以下の懲役または、百万円以下の罰金が科せられるのだ。

 

 ヘインロは、生れてこのかた「タバコ」という薬物をやってみたことがなかった。国王に君臨し、ようやく自らの決断により「タバコ」を合法化にもっていこうと思っていたのだが、やはり自分だけの判断では合法化は拒否された。

 何年か前だが「タバコ」を議題にした協定を行った。そこにはヘインロ国王、コインカ大統領、ファナマリ統括大臣が顔をそろえた。

 ヘインロ国王がそのことを口にした途端、ファナマリ統括大臣が声を荒げた。

「国王!『タバコ』という薬物はニコチンという青酸カリに匹敵する猛毒があり、かつ依存性の高いものであります。私は絶対に合法化は反対でございます」コインカも続けて言った。

「そうですとも。『タバコ]』の喫煙は人間を廃人にしてしまいます。疫学的な累計に、脳卒中や肺がん、喉頭がんに侵される危険性があり、死亡することだってあるのですよ!合法化は到底無理です」


 ヘインロ国王は悩んでいた。大理石が敷きつめてある王室の窓辺に佇みながら、ぼんやりと楢の木を眺めていた。そこにヘインロ国王の跡継ぎ、ヘアンが姿をあらわした。父に気づくと手を上げて駆け寄って来た。乗馬の練習をしてきたのだ。ヘインロはあることを思いついて目を輝かせた。窓を開けヘアンに手招きをした。

「ヘアン、急いでシャワーを浴びたら私の部屋に来てくれ。詳しい事情は部屋で話す」

「なにかあったの?」

「いいから、急いでくれ。頼む!」

 ヘアンは、なんだろう?と思いながらも「分かった」と笑顔で言い、急いでシャワーを浴び部屋に入った。

「乗馬はどうだ、少しは上手くなったか?」

「ええ、それより話しってなに?」

「実は、暫くの間だが『バコタ王国』に旅行に行きたいのだ。私の眼で『タバコ』とはいったいどんなものか調べてみたいのだ。そこでだ、ヘアン!私の替わりに国王に成り済ませてもらいたい!」

「ええ!しかし、コインカやファナマリが部屋に来たらどうすれば・・・」

「そこは心配ない。体調を崩して寝込んでるようにみせかける。鍵は閉めて置くし、食事は部屋の前に用意してもらうことにする」

「だが、声は?父とは全然違うし、返事をしたらバレてしまうよ」

「もちろんそれも大丈夫だ。ここにサンプリングマシンを用意した。こっそり隣町のアギハ原から取り寄せたのだ。ここに十六個のボタンがあるだろう、あらかじめ私の良く使う言葉をサンプリングしておいた。ボタンにその言葉が書いてあるからコインカやファナマリがなにか言ってきたらそのボタンを押せば良い。だが念には念をいれて服装も交換しておこう。コインカは非常時のために私の部屋の鍵を持っているからな。もしだぞ、コインカが部屋に入って来たら背を向けてうなずくだけで良い」

 ヘアンは細身で何枚も重ね着をし王冠をかぶり、ヘインロ国王はヘアンの服装に着替えた。ちょっと窮屈そうだったが嬉々として裏口から出て行った。

  

 バコタ王国までは海を越えなければならない。ヘインロは昨日の夜中にプライベートのクルーザーを岸に用意していた。約5時間弱の距離。オート制御にしていたので眠りから醒めた時にはバコタ王国に到着していた。時差もあり、すっきりと眼醒めた頃には朝の八時だった。海辺の近くにめずらしく洋服店がずらりと店を構えていた。人々は意気揚々と仕事に励んでいる。危険な場所とはまったくの見当違いだ。

 近づいてみると「いらっしゃーい」と元気な言葉で声をかけてきた。ヘインロは恥ずかしながら自分の着ている服装を指さし、「これより大きなサイズの服をさがしているのですが」と答えた。

「お客さん、それじゃこれなんかどうですか?お似合いだと思いますよ。生地の丈夫なシルクのスーツです、少々値段は張りますけど」ヘインロはそれを購入した。値札をみると500000ドルだった。「ずいぶん安いな」と思った。

 さっそく着替えて街を歩いていると、若い女性がポップコーンを屋台で売っていた。ヘインロはなにも買わないのは失礼だと感じ、ひとつ注文した。そこで勇気を振り絞って訊いてみた。

「あ、あのう、お嬢さん・・・この辺りでカフェはありませんでしょうか?できれば、タ、タ、タバコが吸えるカフェなのですが・・・」ヘインロは緊張のあまり吃音気味で尋ねた。彼女は微笑みながら応えた。

「もしかして、旅行者ですね。この国ではタバコは合法ですから、どこのカフェでもありますよ。ぜひ楽しんで良い思い出にしてくださいね」

「はいっ、ありがとうございます!」ヘインロは「合法」と聞いて浮き足立った。

―「タバコ」が合法か、ここまで来た甲斐があった!コインカやファナマリはどういう情報を得たんだ?ここでは「危険」なことなどないではないか。まあ、いずれも吸ってみないと判断はできんが―


 また少し歩くとモダンな雰囲気のカフェが見えた。ドアをゆっくりと開ける。カウベルの音が響きわたった。店内は照明が薄暗く灯り、落ち着いた感じである。窓辺とは正反対の奥の席に腰をおろした。

 なにげなく店内にあるメニューを見渡すとコーヒー類しか目につかなかった。ウエーターが手持ちのメニューを持ってきて「お決まりになりましたらお呼びくださいませ」と言って去っていった。ヘインロはすぐさまウエーターを呼び、カフェオレを注文した。そして、ある注文も訊いてみた。

「あ、あのう、ここには・・・その、なんというか、タ、タ、タバコもあるときいたのですが・・・」

「あ、はい。裏メニューのことですね。少々お待ち下さいませ」

 ヘインロは動悸が治まらず心臓がバクバクと波打っていた。タバコが吸える!そう思うと口の中がカラカラに渇いた。カフェオレをひと息で飲みほした。タバコという麻薬を知ってから今まで我慢に我慢を重ねてきた。ようやく渇望の糸が切れたようだった。

 ウエーターが裏メニューとやらを持ってきた。そのメニューを見ると数十種類の銘柄が写真付きで載っていた。ヘインロは、タバコを吸うのは初めての経験だと告げた。

「私にお薦めのものを」ウエーターは丁寧に頭をさげて「こちらがよろしいでしょう」と「ラッキーストライク」を勧めた。ついでにビールも追注文した。

 ヘインロはビールをひと口飲んでから、タバコに火を点けた。その途端、身体が浮遊するようにクラクラとした気持ちの良い、酒に酔ったような酩酊がおとずれた。「なんて気持ちが良いのだ!」思わず声に出して叫んだ。ウエーターがそれを眺めていて、くすくすと笑いをこぼしていた。ヘインロはさらにもう一本吸いつけた。「う~む。なんて美味いものなのだ!素晴らしい。これは我国でも合法化するべきだ」それを耳にしたウエーターはヘインロをしばし見つめて近寄ってきた。

「あの、もし勘違いでしたら失礼ですが、もしかしてドラク王国の国王様でしょうか・」

「ええ、確かに。私はドラク王国の国王です。ああ、だがここに居ることは是非内密にお願いしたい。なにせ我国ではタバコは非合法ですからね。一国の王が、たとえ合法の国でタバコを吸ったなどと知れれば民衆が騒動を起こしかねないからね」

「わかりました。ですがねドラク王国からもこのバコタには大勢の旅行者が訪れていますよ。その目的はもちろんタバコですが」

「なにっ!そうか、我民衆もやはりタバコに興味をもっているのだな。やはり考え直さなければいかんな」ヘインロは腕組みをし、目を閉じて存分にうなずいていた。


 それから数時間、ビールを飲みタバコを吸った。腹がへってピザを注文し、またビールを飲みタバコを吸った。どれぐらいの時間が過ぎただろう。気がついたら豪奢なベッドで目を醒ました。そこに昨日のウエーターが朝食を運んできた。

「おはようございます。お目覚めはいかがでしょうか?」

「ああ、おや、君はカフェのウエーターじゃないか。どうしてここに」

「いやあ、実はカフェのマスターの祖父がこのホテルのオーナーでして、昨日のお客様がドラク王国の国王様だと告げたんです。そしたらこのホテルに連れて行ってあげなさいと」

「それは申し訳ない。私からもお礼を述べておこう。失礼だが今は何時かな?」ウエーターは腕時計に視線を落として「七時ちょうどでございます」と礼儀正しく述べた。

「じゃあ、カフェはまだ準備中だね。営業は何時からですかな?」

「九時からでございます。まずは朝食を済ませてから、シャワーでも浴びていらっしゃってくださいませ。是非お待ちしております」

 

 今日は土曜日ということもあって、店内は人で賑わっていた。昼間からビールを飲みタバコをふかしている。なんとも明るく平和な国であった。そこに昨日のウエーターが注文を取りに来た。

「今日はどうなさいますか?お薦めでよろしかったらこちらで用意しますが」

「そうですな、それじゃ、とりあえずビールを貰おうか。タバコはお薦めで」

「はい、かしこまりました」

 待っていると隣の客が話しかけてきた。

「あんた、タバコは初心者か?」

「ええ、昨日初めてタバコを吸いました。とても美味しいものなんですね。びっくりしましたよ」

「はっはっ、そうか。俺はな五歳から吸ってるよ。でもな、俺は一度でいいからヘロインやコカイン、マリファナというものを吸ってみたいんだ。でもこの国じゃ非合法だしな。噂に聞くとドラク王国ではそれらが合法だってな。まったくわからんよ。なにが毒でなにが無毒か」

「いやいや、ドラク王国でもそれらの麻薬は、一応非合法ですよ。ただ、持っている量によっては合法化してますよ、勘違いする人々が多いのはそのためです。あなたの言う薬物は実は毒ではないんですよ。多量に扱えば毒ですが少量なら薬として作用するのです。私が知るかぎり本当の毒はニコチンの含まれているこのタバコです。だがやはり少量では良い気分転換になりますね」

 そこにウエーターがお薦めだというタバコを持ってきた「マルボロ」という銘柄らしい。私はさっそくその「マルボロ」というタバコに火を点けた。また身体がクラクラしてきた。実に素晴らしい作用だ。


「王様!王様!」ヘアンは少々焦った。コインカが国王の身体を心配してドアの向こうで叫んでいた。

 ヘアンはサンプリングマシンのボタンを押した。

「大丈夫だ、ちょっと疲れがたまっている。もう少しすれば良くなるよ」

「でも、もう一週間も部屋から出ていないではないですか」

 ヘアンはまたサンプリングマシンのボタンを押す。

「本日は晴天なり、本日は晴天なり。」ヘアンは一瞬凍りついた。ボタンを押し間違えた・・・

「お、王様・・・ほんとうに大丈夫ですか?」

 ヘアンは息を殺して、コインカが去って行くのをドア越しに確認していた。


 ヘインロ国王が帰って来たのはその二日後だった。さっそくコインカ大統領、ファナマリ統括大臣、そしてヘインロ二世のヘアン皇太子、さらにはヘインロ国王の弟ヒネモル、インデコ。そしてバコタ王国からはコニンチ一世を迎えて、二カ国によるドラッグサミットが開催された。

 まずヘインロ国王の発言をきいたドラク王国の幹部は絶句した。それによるとドラク王国でタバコを合法化するという提案がなされた。バコタ王国のコニンチ一世は大いに賛成し盛大な拍手を浴びせた。

「ヘインロ国王!正気ですか!ニコチンは猛毒と言ったでしょうが!」コインカ大統領が声を荒げて抗議した。

「コインカ、私はバコタで実際にタバコを吸ってみた。なんてことはない。猛毒どころか仕事のあとのリラックスにもってこいだ。私の提案は誰にも拒否させない。タバコは合法化する」

 ファナマリ統括大臣がため息を吐いた。

「国王!タバコはマリファナよりも依存性が高いのですよ。それでも良いのでしょうか?」

「ファナマリ統括、いずれにしても毎日のように吸っていればどんなドラッグでも同じことだ」

 誰か、私の意見に対して言い分はないか。・・・ないようだな。それからこのサミットにバコタ王国のコニンチ一世を迎えたのは、バコタ王国でタバコ以外のすべてのドラッグを合法化するためだ。理由はな、我ドラク王国からタバコを吸いたいが為に多額の金を使い、海を越えてバコタ王国に行くのは、割に合わない。その逆にヘロインやコカイン、マリファナを吸いたいが為に海を越えこのドラク王国に来るのも、また割に合わない。私の言いたいことは、ドラッグは自分の精神を、また肉体を壊さない程度なら赦すというものだ。

 ヘインロ国王はひとつ咳払いをしてこのドラッグサミットを閉幕した。


 それから半年後、ドラク王国、バコタ王国はドラッグの多量の乱用により国全体が壊滅状態になったのは言うまでもない・・・ 






よくマリファナはタバコより副作用もなく依存性もないという。

それは大きな間違いだ。どちらも同じようなものである。


まあ、マリファナ経験者のオレが言うんだから本当だ。

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