幕間――次の扉
「まさか、あなたがここに残る選択をするとはね」
天使は驚いた様子で言った。彼女の反応自体は、自然なものに見えたが……。
「あの五日目がなかったら、きっと僕はこうはしなかっただろうね。一体誰の差し金であんな事が起きたんだろうかって気持ちだけれど……」
どうしてあの一日だけ、鎖が役割を放棄したのか。全く意欲もないその時の僕に、何故織川和也を動かす役割を与えたのか。客観的に考えれば、あまりにも危険な賭けである事に間違いはないだろう。
「鎖が、あなたのポテンシャルに賭けていたんでしょうね。結果的には、それが成功した」
成功、だなんて。計算通りとでも言いたげな天使の口ぶりに、何だかげんなりする。
「いずれにしても、あなたの気持ちは、きちんと織川和也と、その身体の鎖に向いているという事に変わりはないでしょう」
天使の声に、僕は考え事を中断する。僕はゆっくりと彼女の言葉に頷いた。
「では、あなたの使命は――わかっているとは思うけど、改めて伝えるわね。あなたの使命は、織川和也として、彼の目標を追いかける事。彼の目標は、競技を追及し、今よりもレベルを上げて、プロになって、メダリストになる事。……とは言っても、まずは今のチームで不動のレギュラーを取る事が条件になるわね。今のままではまだ目標のレベルに達しているとは言えない。
要は、僕自身が織川和也の代わりに、彼の為に頑張るという事だ。
「大学のリーグ戦が、間もなく控えている。年に二回の大きな試合。バスケ部の彼らが、最も重要視している大会ね。何せ、プロや実業団の人が見に来る事もあるらしいから、競技人生を変えると言っても過言ではない一大イベントね」
ご丁寧に、そんな補足までしてくれる。話が逸れたけど、と天使自ら会話の流れを正した。
「まず、彼が暫く越えられないでいる壁を、あなたの力で何とか越える事ね。鎖の力の発生を抑えてくる、獣型のコトガミ。それが、あなた達が倒すべき敵」
その事は、十分よくわかった。だが、これまで倒せなかった奴を、僕の力で倒すという事が、果たして可能なのだろうか。
「あら、もう弱気になっているの。獣が現れる時の感覚は、私も伝えていくから安心して。難しい事は考えなくていい。まずはあなたが織川和也として努力を続ければいい。あなたには力があるから、きっと大丈夫」
とにかく私の言う事を聞け、という事か。やはり僕の事を持ち上げてくるが、それが果たして根拠のある事なのか、未だに信じ切る事ができない。
「アドバイスを与えるとするなら、あなた自身も織川和也になるよう意識して。という事かしら」
天使の発言の途中で、「蛍の光」のチャイムが鳴り始めた。体育館の閉館時間が近付いている合図だ。
「では、あなたを、本格的に鎖の中に入れるわ。これまで私が抑制していたリミッターが外れる。いよいよあなたと鎖が一体であるという感覚が強まるでしょう」
天使は最後に、真っ直ぐ僕を見据えたまま、そう言った。