第四章⑪ 帰還、そして旅立ち
自分の生きる意味をようやく知る事ができた「僕」達は、再び自らの生へと向き直る。
――気が付いた時、僕は一人コートの上に立っていた。
その当たり前のはずの事実が、信じられなかった。
これまでの記憶は全て目にしてきた。誰よりも全てをわかっている気持ちでいる。最終的に鎖や、兄さんがどうなったかもわかっている。
だが、それを踏まえても、やはり信じられなかった。
規定練習だから。チームに入っているから。兄さんの為に。父さんの指示で。
僕がこれまでバスケをやる理由は、全てここに詰まっていた。
そんな僕にとっての〝当たり前〟に身を任せ、それ以上の事に何も意識を向けないでいた。
もう、父さんの指示もない。兄さんの為でもない。それなのに、なぜ僕はコートに立っている? 僕のせいで出られない人がいるのだろう? 選手はまだ他にいるのだろう?
――なのに、何故僕は当たり前のように走っている?
「カズ!」
咄嗟の判断で空いたスペースへと移動する。ナオからパスが渡る。
すぐさま頭をバスケのものに切り替える。
そう、結局それだけはずっと変わらなかった。
どれだけ練習が苦しくても、コートに立つ本当の勝負の瞬間、僕は心の底からこのゲームを楽しむ事ができる。
膜に守られていた時の朧げな記憶が蘇る。鎖に捧げた思いが全て消えた僕は、すぐ傍から、僕の姿を見ていた。
そして今、改めて気付いた。
チームのため、自分のため、身体を動かして躍動するその瞬間が、何の打算もなく、後先考えず、ただ純粋に心が燃える瞬間なんだ!
――僕の役割は、敵のディフェンスの裏を突き、とにかくボールを回す事。
しかし、敵のマークがかなり厳しい。これではポイントゲッターの津田へボールを集められない。
僕はすぐにそう感じ、自らインサイドへ切り込み。
それまでの作戦と違う僕の動きにより、意外にも敵の穴を突く事に成功した。
津田との素早いパス回し。ボールが再び僕のもとへと飛ぶ。ボールを掴み、すぐに頭を回す。
ドリブルをし、敵の陣形を乱そうとするも、流石に相手は固い。
――いや、いける。
僕の勘はすぐにそう感じた。今までであれば、すぐに兄さんや父さんに頼っていた所を……。
足元の白線を一瞬視界に入れた僕は、そのラインを超えないよう、その場で膝のバネを利かせた。
もう何百回、何千回と作った形。右手を軸にして、ボールを押し出す。
――いけっ。
どこかから声が聞こえた。
それは僕のものか、観客の誰かからか、それとも。
僕はボールの行方を、目で追った。軌道は完璧だ。
ほんの一瞬、時が止まったように感じた。
遅れて、ネットを揺らす音。一度静まった会場が、一気に湧き上がる。
――ナイス、和也!
――さあ、まだまだここからだ、ディフェンス一本!
僕はすぐに、次のプレーへと向かった。
でも、ほんの一瞬だけ、上を見上げた。
きっと、兄さんも見ていてくれるに違いないと。
***
和也のガッツポーズに応え、僕達も手を挙げる。
ふと横目に見えた天使の嬉しそうな姿に、僕は先ほど浮かんだ疑念を再燃させた。
でも、心の底から嬉しそうにしている彼女の表情を見た時、その質問をぶつけるのは野暮だと思った。
「残念ね。ここで最後まで彼の活躍を見届けたかったでしょう」
天使の発言で、僕は自分の状態を悟った。
「消えてしまうんだっけ……ここで見た記憶は、全部」
天使は、僕に同情してくれたのか、少し残念そうに頷く。
「でも、終わりじゃないでしょう? 例えどうなったとしても、まだ次はあるでしょう?」
僕の言葉が意外だったのか、天使は一瞬戸惑った様子を浮かべたが、すぐに表情を戻した。
「そう……ね。終わりじゃない。まだあなたは、絶対に終わらない」
力強く、頷いてくれた。
よし、と僕も彼女に応え、しばし手を取り合った。
――絶対に、忘れたくない。忘れてたまるか。
光が全身を包み込む。やってやるよ。例えどんな境遇になろうと、僕は力いっぱい〝僕〟を生きてやる。ちょっとばかし運がない事なんて、自分の力でひっくり返してやる。
強がりかもしれないが、これまでの嫌な自分を捨てるにはそれくらいが丁度いいだろう。
もしこれが僕の物語ならば、この瞬間は終わりではない。むしろ、今ここからが始まりだ。
僕は力強く拳を握り、光の中へ飛び込んだ。
僕達はきっと、何度だって生まれ直せる。




