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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第四章 僕に眠る君へ
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第四章⑨ 自分の人生

 織川智也と一体となった僕(=智也)は、内奥に眠る和也と対峙する事に成功する。

 永遠に離れ離れとなってしまったはずの兄弟が、奇跡的な再会を果たす。

「和也。お前はまだ生きているんだぞ」

 その声にはっとする。久しぶりに、自分自身の耳で声というものを聞いた気がする。まるで長い眠りから目覚めたようだ。

 まさか、と思い恐る恐る目を開ける。やはり、兄さんが僕の目の前にいた。

 信じられない。僕は自分の目を疑った。

「僕だって信じれないさ。こうしてまた、和也と会える事ができるなんて」

 天使と出会った時と同じく、僕達は共にどこかこの世の物とは思えない空間に浮かんでいた。また天使が何かしたのだろうか。でも、彼女はもう会う事はできないと、確かにそう言ったはずだが……。

 どうして、そう声を発するので精一杯だった。


「僕が残した思いは、和也を絶対に守り抜く事だった。それが、ずっと心残りだった」

 兄さんはそう切り出し、話を始めた。



 父さんに何度か相談をしたんだ。言い方を考えて、何度も挑戦した。和也が辛そうだ、和也がどんな気持ちなんだろうか。

 そう話しても、父さんの返答は常に厳しかった。自分で声をあげるべきだ。どうしても気になるなら、お前が兄として支えてやれ、と。

 少し言い辛いが、最終的にこういう質問をした。和也にはバスケが向いていないかもしれない、と。

 父さんの返答はこうだった。

――あいつは一度も、自分から辞めたいという発言をしなかった。まだ続けるつもりなんだろ、向き合うつもりなんだろ。ならば、俺はそれに対する役目を果たすだけだ。

その返答を聞いたのが、あの日の前日だった。


 あの日は、まさかと思ったよ。警報が出ているのに、練習場に残り続けているなんて。

 その気持ちの答え合わせをしたくて、僕は和也に会いたかった。


 でも、僕は力不足だった。和也を守り切る事ができなかった。もう、直接言葉を交わしてその気持ちを知る事ができなくなるなら、せめて、和也を守り続けたかった。



「どうしてだ。お前はいつでもコートから降りる権利がある。それなのにどうして、今もなおコートに立ち続ける……」

 兄さんは僕から視線を逸らし、この空間の彼方の、どこか一方向に目を向けていた。

 そこまで言われたのなら、僕だって答えなくてはならない。


「僕が生き残ってしまった事は、間違いなんだって……ずっとそう思っていた」

 恐る恐る声をあげる。兄さんは、黙ってこちらを見つめている。それがわかり、ゆっくりと、少しずつ、自分の思いを言葉にしていく事にした。


 間違いだよ。夢を持って、明るく前向きに生きていた兄さんが、こんな何も無い、ただ流されるようにして生きているだけの僕を救おうとして、命を落としてしまうなんて。

 自分の意志なんて呼べる物は、あの時まで何もなかった。物心がついた時からバスケをする事が当たり前で、他の生き方なんて何もわからなかった。父さんのクラブに入って、きつい練習を一緒にして、それで結果を出さなきゃいけないという生き方が全てで、もうそれ意外の事は、何も考えられなかった。


 だからあの日、練習場にいたのは、他に何の理由も無かった。お前は下手だから人一倍練習しろって、父さんに何回も何回も言われて、そうするのが当然だとしか、思えていなかった。

 その時周りがどうなっているって、そう考える余裕すら無かった。やらなきゃいけないって、ただそれだけの気持ちだった。


 でも、ああやって兄さんに助けられて、僕は始めて、本当の自分の感情というものに気付けた。それが、「僕が生き残った事は間違いだ」っていう事なんだ。


だから、兄さんをこの世に生かす事、兄さんを生き返らせる事ができないなら、せめて僕が兄さんのようになって、夢を繋げる。それが、僕が生きるせめてもの、全ての理由なんだ。


 所々、声が上ずった。変な感情が高ぶった。

「お前は、精一杯頑張っているよ」

 兄さんは頬を緩め、すぐさまそう返してきた。

「それに、責任感が強い。だって、僕なんて、しんどくて辞めたいなんて、すぐに父さんに言ったんだぜ」

 え? と思わず声をあげた。


「バスケを始めて三年。初めて壁にぶつかった。それまでしんどい気持ちになった事がなくて、本当に初めての挫折って感じだった」

 兄さんは遠い目を浮かべていた。


 僕はすぐさま父さんに話した。バスケ難しい。向いていない気がする。もう辞めたくなった。

 すると父さんは言った。

――別に辞めたっていいさ。代わりにする事なんていくらでもある。

――お前にはまだ早い話かもしれないが、どれだけ活躍したって、皆いつかはバスケを辞める。それが身体の限界か、怪我か、周りについていけなくてか、他にやりたい事が見つかってか、理由なんて本当に様々だ。本当は競技のレベルなんて関係ない。自分の限界に立ち向かい続ければ、プロになれなくたって、立派な競技人生だ。

――だから、お前が辞めたいなら辞めればいい。だが、その代わりに、何か打ち込む物を見つけろ。そこに全身全霊を注げ。自分の限界にぶつかれ。何事をするにしても、絶対にどこかで一度限界にぶつかる。そこで逃げる癖がついてしまうと、お前の人生はこの先しょうもないぞ。きっぱり辞めるなら、他に打ち込む対象を見つけろよ。


 それで、結局僕はバスケに立ち向かう心を決めた。でも、和也がこの言葉を聞いたら、違う事をしていたかもしれないな。


「確かに僕はプロになりたいって言っていた。でもさ、それが叶わなくたって、一生懸命向き合っていれば、全く後悔ないさ。和也、お前の気持ちはどうなんだ。死んだ兄貴の事なんか関係ねぇよ。お前がどう思うかだよ。じゃないと、もう一生自分の人生ってものがわからないまま終わっちゃうぜ」

 兄さんは、そこまで言い終えると、遥か頭上を見上げた。僕から兄さんの顔が見えなくなるくらい、高く顔を上げていた。



 自分の人生……そうか。

 兄さんの言葉を噛み締める。

 ずっと何かに従って生きてきた。ずっと自分の生き方がわからなかった。

 僕はずっと、何者かになりたくて、生きてきた。

 誰かのために、周りと一緒に、そうやって考えないと、自分の歩き方さえわからなくなっていた。

 ある時は父さんの、ある時は兄さんの、ある時は先輩の、チームメイトの、そして天使の思いに応える事で……。

 そうやって、誰かの鎖に縛られないと、自分の身体を動かせないくらいまでになってしまった。


「わかった」

 ようやく声をあげる勇気ができた。

 自分が馬鹿だと思った。一体何の為に生きてきたんだろうって。関係無い人を何人も巻き込んで、自分の偏った思いに縛られ――。

「僕は決めた。もう、鎖なんていらない。本当に自分の足で、自分の人生を歩く」

 僕は足に力を込め、兄さんに近付いた。


「ありがとう、兄さん」


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