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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第四章 僕に眠る君へ
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第四章⑧ もう一度あの場所へ

 和也の兄、智也の意志と一体となった「僕」は、和也を救うために彼のもとへと迫る。

 鎖の中を、這うようにして進む。鎖の間をすり抜け、どんどんとその中心部まで迫る事ができた。

 和也の居場所は、すぐに嗅ぎつける事ができる。

 あっという間に、和也が眠る場所まで辿り着いた。

 和也へと近付き、自らの内部に取り込もうと――。


 何かが突き刺さってきた。鎖の一部だ。鎖が自らの一部を使って攻撃しようとしてくる。だが、こちらは魂と融合を果たしたのだ。鎖の力なんて造作もない――。

 和也。今待っていろ。すぐに助けてやる。


 鎖が表面を突き刺してくる。だが、逆に攻撃してきたその先端を取り込み、その根本部分へと移動する。この言神が生まれた時から、和也の魂の位置はずっと分かっていた。

――そうだ。この言神の力は強い。和也を救うという智也の意志は、並大抵のものではない。

 時折揺らぐ智也の自我も感じながら、僕は彼と一体となったこの身体を使って、和也の魂へと近付いていく。


……いた!

 鎖が複雑に絡み合ったある内側に、球体のような物があった。

 今助けるぞ、和也!

 そう叫びながら、迷う事なく鎖のもとへ飛び込んで行く。

 鎖の攻撃が、またも膜に襲いかかる。だが、魂と融合している分、こちらの方に分がある事は明らかだ。

 四方八方から襲いかかる鎖を、膜の表面で取り込んでいく。次から次へと、鎖の攻撃は留まる事を知らない。変わらず前へと進み続ける――。

 和也ぁ!

 叫び声をあげる。魂をこの手に取ろうと、手を伸ばした。

 ……だが、あと少しの所まで伸びた所で、そこから距離が縮まらなくなった。

 身体ごと近付けようと動いてみても、身体はびくともしない。


――何かが鋭く突き刺してきた。

猛烈な痛みに、思わず叫び声をあげる。

鎖の一つが、体表を突き刺し、内側まで入り込んできたみたいだ。

負けじと身体を捻り、前進しようとするも、何かが千切れていく感覚が強く残る。

――コンナノ、不公平ジャナイカ。折角力ヲ強メタノニ。ドウシテ劣勢ニ……。

 脳内に、ノイズが響き始めた。この状態は、あまり好ましくない。魂との融合が弱まってしまっている。


どうして、どうしてだよ和也。

 届かない手のその向こうにいる和也に向けて、声をあげる。

 僕は、君を助けたくてここまで来てるんだ。どうして、それを拒むんだ――。


***


 先程から、智也であろう声が、エコーのかかった声で響いている。

 これがあまり良くない状態だという事は、僕にも何となくわかる。


 息が切れている。呼吸が荒い。

なんとか体勢を整えて、今目の前の状況に目を向ける。

自分の身体が、水中に浮かんでいた。

水の向こう側の壁に目を向けると、膜は何とか鎖に張り付いているものの、かなり疲弊している状態だ。完全に動きを止めてしまっている。水槽のように見えるその向こうに、辛うじて和也の物と思しき魂が見える。


 だが、この見え方は、僕と膜との融合が解かれてしまっている状態だ。

早く、早く元通りに――。



 手を伸ばそうとしたその時、辺り一帯がぐらりと大きく揺れた。

 一体化していたはずの膜が、僕の身体からするりと抜けた。

 ……いや、正確には、僕だけが膜から落ちていったのだ。


――どうして。

 失意に暮れながら、自らの失敗を憂いたその時、身体を何かが包み込んでいった。

「まあ、随分好き勝手やってくれたわね」

 天使の声だった。後ろから僕を抱きかかえるようにして、彼女は宙に浮かんでいた。

 彼女はすぐに僕を放り投げた。いつの間にか、僕の身体は無重力状態に戻っている。

「よりにもよって、あなたがかつての敵側についた。不思議なものね」

「ああ。和也の考えは間違っている。だって奴の考えは、奴自身が目標にしている、兄貴自身の考えを打ち消す事になるんだ」

 ふうん、と天使は鼻を鳴らす。その態度から、まだこちらを敵対する態度が残っているように感じられる。

 どうしてそこまでその立場に拘る。天使に対して抱いた疑問から、ふとある考えが浮かんだ。

「なあ、あんた、元々は別に和也の為だけに存在している訳じゃないだろう? 天使なら、もっと他の人間の対応とか、たくさんあるだろう? あんたは個人的に和也の味方になろうとしている。だから奴を手伝って、迷い込んだ魂を引っ張ってきた。そうじゃないのか?」

 肩透かしを食らったのか、天使はふと表情を崩した。

……個人的、だなんてそんな。

 天使が発した言葉は、あまりにも弱々しいものだった。

「あんたは馬鹿か!」


 つい、反射的にそんな言葉を発してしまった。天使の目の色が変わるのが見えた。ここで発言を止めてしまうのが、一番良くないと気付いた。

「あんた、誰の味方のつもりなんだよ。和也の願いをそのまま素直に叶えてやる事が、本当に和也の為になっているって、本気でそう思っているのか。……本当にあいつの事わかってるのか」

 言いたい事を全て出した時、口の中が辛くなるように思えた。本当は口なんてないはずなのに、何故だか僕の感情がそう感じさせる。

「あなたこそわかっているの? 彼が生きながらにして言神を生み出す事にした決意と覚悟を。彼がどれだけ苦しんだのか、あなただって見たんじゃなかったの?」

 鬼気迫る天使の勢いに負けじと、僕も再び言葉を返す。

「なら、そんな和也が目標とする智也の思いだって、僕は見たんだぞ。智也は和也に生きて欲しいという、ただそれだけの思いを持っていた。だから鎖の暴走を止めようと邪魔までしていた」

 天使の顔に、途端に困惑の色が表れた。

「智也? 和也の兄の事?」

「そうだよ。和也の兄貴は、弟を守るために身を挺して死んだ。そして死してなお、今でも和也を守ろうとする思いを持っているんだ」


 天使は納得したような顔を浮かべたが、すぐさま全てを悟ったような表情に変わった。

「そういう事ね。じゃあ、あなたはその兄に協力しようとしているのね」

 そうだ、と迷う事なく首肯する。

「融合した結果、それでも鎖の力に勝てなかった。それは何故だか、あなたにはわかる?」

 突然の問いかけに、肩透かしを食らった気になった。返す言葉が、何も浮かばない。

「鎖の力が随分と強まっている。あなたと結合まで行った事が、恐らくは大きな要因。とにかく、彼の力に勝とうとするなら、もう融合程度じゃダメのようね」

「じゃあ、智也の言神と……結合しなくてはいけないと?」

 天使は黙って頷いた。

「そう。またしても、自分を捨てる覚悟を決めないといけない。それでもやるというのなら、私は止めないわ」

 天使の言葉を受け止める。今更、迷う事などする訳がない。

 天使を真っ直ぐに見据え、僕は言った。


「もう一度、あそこに連れていってくれないか」



 融合と結合の違い。それは、自分という枠組みを完全に逸脱する事。僕として生きる心残りを、完全に捨て去る事。

 幸いにも、僕には既にその成功体験がある。

 もう一度、今度はその対象を織川智也に変えて、再現するだけだ。


 天使に運ばれて膜の中に入った僕は、再度自分の意識に集中した。

 身体を覆う水が、まるで僕の身体の中に入るように――。


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