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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第四章 僕に眠る君へ
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第四章⑦ 二つの言神

 突如として現れ、「僕」を守ってくれた膜状の言神。

 その存在に思いを馳せながら、魂だけの僕は、身体の持ち主である織川和也を取り巻く構造を理解する。

「織川、わかったか」

 安藤の言葉に、いきなり意識が現実に戻される。

「はい!」

 半ば条件反射的に、大きく声をあげる。

「気持ちは十分だが、先のピリオド、お前が大きなネックになっているのが事実だ。今の作戦を落とし込んで、パフォーマンスにまで繋げろ。そうでないと、お前を下ろすしかなくなる」

「はい! 頑張ります!」

 もう一度、僕は大きく声をあげた。



 第二ピリオドが再開する。もう時間は残されていない。

――和也を救う。

 これが膜の根幹にある感情なのだろう。

 今まさに、僕に足りていないのはこの感情だったのだ。


 心の中で、思いを浮かべた。

 僕自身、間違いなくそう思っているという気持ちで。


***


――父さんは何もわかっちゃいない。和也の気持ちを決めつけて、自分が正しい事をしている気になっている。和也をこのままにしていい訳がない。

 独り言のような声が、耳元で聞こえた。それと共に、父から厳しい指導を受ける和也の姿が、時と場を変え何度も何度も繰り返される。


――どうしてだ。お前は降りる権利だってある。それなのにどうして、今もなおコートに立ち続ける……。


 父さんと改めて話をした。和也がそうしたいからしているというのが答えだ。でも、僕にはやはりそうだとは思えない。改めて和也と話をしなくてはならない。

 日記にそう書き、自問自答した。


『和也ぁ! 和也ぁ!』

 何度も大きな声で叫ぶ声が聞こえてくる。声を発する彼は、叫ぶようにして辺りを走っている。

 異常な状況だ。それは、彼の肩越しに明らかだった。彼が走っている斜面の下側に、人を飲み込んでしまう程の大きな波が流れている。それはもう海と呼べる物ではない。その波の力によって、瓦や店の看板、さらには車の一部までもが流されている。

 そんな中、彼はまだ波がやって来ていない部分を走り、しきりに和也を探している。


 僕は彼の行く先を、知ってしまっている。

 だが、知っているはずのその情報とこの目の前の光景は、まだ明らかに違う。一体どうしてこんな事になったのだ。僕にはまだこの光景の意味が理解できない。


 何度も和也を呼び続け、智也は走り続ける。弟を探しているとは言え、彼の足は迷う事なくある一か所に向いているように見えた。まるで和也がいる場所を知っているかのように。

 そしてついに。

 智也は声をあげ、波の中へと手を伸ばした。

『掴まれ! 捕まるんだ!』

 智也が手を伸ばしたその先には、濁流の中、必死に何かにしがみつく、幼き一人の少年の姿があった。下半身はどっぷりと波に浸かり、波に流されぬように留めるので精一杯のようだった。

 和也と思しき少年も、智也に向けて何か声を発しようと口を動かしているが、かなり危険な状態なのか、はっきりとした言葉になっていない。目も半開きで、放っておいたら意識さえも危ない状態だ。

 誰か助けを呼べればいいのだが、この状況では町全体が非常事態で、消防も簡単に出動できる状況ではないだろう。ましてや、辺りに人がいるようにも思えない。

 すると智也は、波の中の和也の腕へと手を伸ばし、そのまま独力で引っ張り上げようと――。


 思わず声を上げそうになった。


 智也が和也を引き上げようと力んだその時、波の力が勢いを増し、そこまでその場で引き留まっていた和也が、流され始めてしまったのだ。その力の強さに、智也までもが、反対に和也に引っ張られるようにして、斜面を滑り落ちてしまった。


 記憶はそこで突然ぶつ切りのように終了してしまった。



 まさか……。僕は、これまでとんでもない思い違いをしていた事を悟った。

 織川和也の身体には、二つの言神が纏わりついていた。

一つは、和也を、亡き兄、織川智也のイメージへと縛ろうとする力を持つ。

 もう一つは、反対に和也を守ろうとする力を持つ。

 前者は織川和也の、そして後者こそが、亡き智也が遺した意志の力、言神だったのだ。

 弟は亡き兄を惜しみ、そして兄は死してなお弟を守ろうとした。

 和也が自らの魂を失おうとした時、和也の言神はその魂を自らの内部に取り込み、他者からの介入を許さず、守った。そして魂を保持したまま鎖に纏わり続け、鎖の力が弱まる事を、和也が思いを断念する事を願い続けた。

――ただお互いを思う、それだけの気持ちだったのに。


 そこで映像は終わってしまった。気が付けば、またも現実の世界――試合会場へと戻っていた。

 僕の魂はどう使われているのか、和也の身体は既に、僕が意識せずとも一人でに動き始めていた。これなら天使にも気付かれず、事を進められる。

――ドウシタ。ドウシテ殺サナイ。ソレサエスレバ、ぼくノ力ハサラニ高マル事ガデキルノニ。

 鎖の声が聞こえる。まだ間に合っていた。だが、残された時間はもう無い。

――僕がすべき事は、もう決まっている。

 すぐに心を決める。

――他人として、外から接するのではダメなんだ。

 かつて試行錯誤し、天使の助言も得ながら辿り着いた感覚を、もう一度繰り返す。

 その時は和也の言神と融合し、智也の言神を上回ろうとした。


 今度の僕は違う。

――和也。もうこれ以上、自分を傷付けてはダメだ。お前は必死に、自分が守りたいものの為に頑張っている。

 心の中でそう思い、感情を明確化する。

――もう、無理に自分を追い込んでまで頑張らなくていい。兄ちゃんが守ってやる――。


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