表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第三章 君と一つに…
27/39

第三章⑨ 和也の思い

「僕」が何故魂だけの存在であったかを思い出した時、身体の持ち主である和也の真の思いも明らかになる。そして…

「イレギュラーだったのは、あなたも対峙した、あの獣型の言神の存在。織川和也が鎖を生み出した時、本来ならば旅立つはずの魂を、奴が取り込んでしまった。きっと獣は、人の魂を取り込むという意志を持っていたのでしょうね。私にわかるのはそれくらい。まさかそんな事が起きてしまうなんて、私の考えが甘かった」

 それの何が問題なんだ。半ば悔やむようにして言う天使の表情が、僕には何一つ理解できない。

「魂が残ってしまうと、何が問題なのか、あなたにはわかるかしら。迷いや葛藤よ。言神の意志は単一だけれど、人間が抱える感情は複雑で、時として矛盾するはずの二つの感情を同時に抱えたりする。そうなると、意志の力が弱まってしまうという事はわかるかしら?」

 天使が言うのは、一見真っ当な事のようで、でも前提が大きく狂っている。

「折角兄の意志を継ぐという思いのみを残したはずなのに、バスケを楽しみたいという思いや、ありのままの自分として周囲に承認されたいという、矛盾した思いが残ってしまった。そうした潜在的な感情が魂に残っているせいで、獣が鎖に近付く度、そうした矛盾が、彼の身体に発生する事となった」

 それでもなお、和也は一つの思いだけを残し、自分を捨てようとしたのか。彼の覚悟は、相当のものなのだろう。

「だから私はあなたに協力を求めた。彼の意志を、願いを達成させる為に、あなたの力は必要不可欠だった」

天使はそこで笑みを浮かべた。

「ようやくわかってくれたみたいね。今、あなたは彼の本当の気持ちを、直接聞く事ができるの」

 直接? 一体どういう事だ?

 そう思っていると、天使がこちらの方へと差し出した掌に、いきなり何かが浮かび上がった。


 モウ、ココデ決メルシカナイ。ヤハリ、コレ以上相応シイ人間ニナド、コレカラソウ簡単ニハ出会エナイ。

「そうよ。だからあなたは、ここで心を決める必要がある。今一度、完全に生まれ変わる為の決意をね」

 完全に、生まれ変わる……?

 僕は改めて天使へと視線を向ける。

「そう。今のあなたが迷いを抱えてしまうのも、〝元の自分〟という存在への執着があるせい。ここで心に残る元の自分への執着を捨て、自分こそが織川和也になるのだと決めれば、いよいよあなたは鎖と結合し、新しい織川和也へと生まれ変わるの。鎖を媒介にしてその肉体と結合し、完全な一人の人間に生まれ変わる。……どう、()()()にとって幸せな事だとは思わない?」


 気付けば、そこは僕がいるはずの現実の世界ではなくなっていた。何もない空間で、天使は宙に漂っている。

天使は自らの掌に浮かぶ球体の塊へ向けて、優しく声をかけた。

「さあ、思いの丈を語って」

 すると天使の声に応じるように、球体から声が発せられた。

――僕は、自分の意志で鎖を生み出したんだ。

 球体の中から、声が響いた。何故だかそこら中に響き渡るようにして聞こえる声は、僕がさんざん自分の、いや、和也の耳で聞いてきた、和也自身の声と、実によく似ていた。

 何を馬鹿な事を言っているんだ。心の中で声をあげる。そんな事、絶対におかしい。

――僕は本来、死んでいるはずだった。兄さんが自らを犠牲にして、僕を助けてしまったせいで、僕なんかが生き残ってしまったんだ。

 どうしてそんな言い方をするのか。僕は怒りに満ちてきた。折角兄に助けられて今があるというのに、どうして……。

――当時の僕と兄さんを比べたら、僕だけが残るのなんて、絶対に間違っていた。夢も持たず、実力もやる気も無く、父さんに叱られてばかりの毎日。別に僕が死んだって、それは仕方ない事で済んだんだ。


――だから僕は思ったんだ。残っている僕という身体で、兄さんを蘇らせるんだ。兄さんの志を受け継ぎ、兄さんと同じように生き、兄さんの夢を叶えるんだ。全ては兄さんの為だ。だから、僕の力不足のせいで夢が潰えてしまったら、全てが無駄になる。大事なのは兄さんの夢であって、僕なんかじゃない。


 待ってくれ。思わずそう声をあげたくなった。

 信じられなかった。全部嘘だと言って欲しかった。

 まるで馬鹿みたいじゃないか。僕は何もわかっていなかったじゃないか。織川和也だと思っていたものの全てが、僕が生きる希望を見出した全てが、亡き兄を模倣したものだったなんて。

――自己満足かもしれない。でも、いいんだよ。あなたがそうやって、僕の鎖の生き方に賛同してくれたのなら。あなたの魂は、鎖と、とても強く共鳴している。あなたこそ、織川和也として、相応しい人間なんだって……。


「どう? やはり、あなたの最後の心残りは、織川和也本人の思いだったんじゃないの? 彼の同意無しに進める訳にはいかないと」

違う、そんな事は無い。僕はすぐさま天使の言葉を否定する声をあげようと思った。

 イヤ、ソレダケガ心残リダッタ。

 一体、何を……。

 ソウダロ? 自分ノ中ニダッテ迷イガアッタンダロ? 元ノ自分ガドウナッテイルノカ、ヨクアル「入れ替わり」ノ物語ノヨウニ、彼ガ自分ノ代ワリヲ負ワサレテイルノデハナイカ。

 そうだ、確かに僕はそう思っていた。自分が負わされた使命に勤しむ片隅で、ふとそんな事を考えてしまう僕がいた。きっと彼には、何も楽しくなくて、暗いだけの日々に違いないなんて、そんな……。

ソンナ疑念ガ残ッテイタ。ダカラ、最終決断ヲ下セナカッタ。

 そして、本人が望んでいるなら、自分のする事だって正しいんだと決められる、最後の一押しが欲しかった……。


「どうやら、あなた達の心は繋がったようね。いよいよ結合が完了し、一人の人間になる事ができた」

 天使の微笑みが見えた。

「エエ、ソウデス。僕ハ鎖ト繋ガリマス。ソウシテ、新シイ『織川和也』ニ……」

 僕の視界を、灰色の何かが覆っていく。


 コレデ、ヨウヤク新シイ自分ニ――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ