第三章⑦ 俺からみたあいつ
ここで物語の視点は和也の旧友、小柴へと移る。
小柴は長年知る和也の事について、知り合ったばかりの加辺へと説明する。
カズとの対談企画だと?
話を聞いた時から、俺の気分は乗らなかった
「これ、ナオにも伝えてほしいって」
その言葉と共に、よりにもよってカズ自身の口から、インタビューの事が伝えられた。
「へぇ、一体誰がこんな事考えたんだ?」
自然と、浮かんだ疑問をぶつける。
「うん、カナベさんだよ。報道部の。ナオも見た事あるっしょ? 試合後のインタビューとかしてくれてる」
「あぁ」
俺は声をあげ、天を見上げた。この前、Aチームメンバーの話の時に話題に挙がったあいつか。
愛想笑いが得意で、キラキラしている感じを身に纏っている、俺が大嫌いなタイプの女子だ。
――何も知らない部外者が。
心の中でそう悪態をついた。
「ああ、わかったわかった」
カズの方へと視線を戻すと、自然と平穏そうにそう答える。
不思議なものだ。やはりこいつの力なのか。汚い言葉を吐き出すのが、自然と躊躇われる。
「それで、まずは一人ずつ、事前取材したいって」
ふうん、と適当に返事をする。確か本部の繋がりだったか。一体何が楽しくてそこまで競技以外の事にのめり込むんだ。
「後で、日時と場所送っとくよ」
オッケー、と軽く答える。
やはり気が乗らない事に変わりはなかった。
「いやぁ申し訳ないね、こんな練習外の事に」
改めてカズがそう口走った。
「ナオだって、もっと練習の時間取りたいよね。なんか締め切りがなんたらってうるさかったからさ、仕方なくって感じで」
「そうか」
反射的にそう返したが、俺はそのままカズを見つめ続けた。
いや、何も変わっていない。いつも通りのこいつだ。会話の雰囲気だって、これまでと全く変わらない。
ほんの少し、違和感を覚えたのは何だったのだろうか。
「わかった。まあ、すぐ終わるよな」
俺はそう返事をし、自主練へと向かった。
予想通り、何の面白みのない雰囲気だった。
カズから案内された学生会館へと向かうと、綺麗な笑顔を貼り付けた女子が立っていた。遠目からでも、それがカナベだとすぐにわかった。
小部屋へと通され、インタビューはすぐに始まった。
まずは簡単な略歴の確認。そこで俺とカズとの関わりが簡単にまとめられる。
そこから、練習頻度やチームの雰囲気といった客観的な情報が聞かれた。ここまではまだ良かったが、次からがキツかった。
「織川さんはどんな同期ですか?」だの、「チームメイトとしてどうですか?」だの、まあ小綺麗な言葉を並べたいんだろうなという魂胆が透けて見える。
何よりも、そんな質問を投げかけられると、こちらも同じトーンで答えなくてはならなくなる。その言葉の薄ら寒さといったら――。
とにかく、あまり感情を込めすぎないよう、適当に思いついた事を返しておいた。
「あの、ぶっちゃけここだけの話で大丈夫なんですけど」
カナベは途端にそれまでとは違うトーンになり、そう問いかけてきた。
「織川君って……やっぱりちょっと変わってますよね?」
本当にぶっちゃけの話をしてきたな、とそれまでの形式ばったインタビューからの変り様に面食らう。
「ええ、まあ……それはそうっすけど」
「昔からそんな感じなんですか?」
さらに食いついてくるカナベの雰囲気に気圧される。
「うん、まあ……なんか本心が読めないって所は、ずっとですよ。俺が知る限り」
言い終わった後、カナベの表情を窺う。先程までは熱心に取っていたメモも、今は全く取るそぶりが見えない。
「……というと、それ以外の事もあるっていう事ですか?」
ぶっちゃけ、と先に彼女が言った通り、場の雰囲気も、随分とそういうものに変わっている事に気付いた。何だか居心地が悪くなってきた。
「ええ、そうですね。あー、カナベさん? もあいつと関わりがあるって言っていましたよね? ちょっと思う所はありませんか?」
居心地が悪いはずなのに、カナベを前にして、不思議と思っていた事が口から出てしまう。
「……はい」
ややタメがあってからの発言に、不思議と二人して笑ってしまった。
「俺も直接的な事はちょっと気まずいんですけどね。まー、きっかけはわかってますよ。兄貴を亡くしたんですよ、まだガキの時にね。そっから、ちょっとおかしくなったのは確かです」
「お兄さんを……?」
「そう。ある自然災害です。小学生の時だから、多分わかるんじゃないかと思いますけど」
「あぁ……」
カナベは、何かを察したかのように、言葉を失った。
「相当ショックだったんだと思います。俺もですけど、あいつはかなり兄貴を慕っていました」
「同じく競技をしていたと?」
「そうです。例の、オリカワBCで。それから、どことなく、兄を意識したような言動というか……」
ほら言わんこっちゃない。俺の言葉を聞いたカナベの表情を見て、俺は確信した。
流れに任せて言ってしまったが、やはりこの話題は誰に話したって気まずくなるに決まってるんだ。
本当は「どことなく意識した」なんてものじゃない。はっきり言って異常なレベルだ。元の自分を捨てようと、普段の振る舞い方も、プレーの動き方や癖も、全て智也さんの真似をし始めた。その明らかな徹底ぶりが何だか恐ろしくなって、本音で接する事が怖くなったんだ。
返す言葉を出せていないカナベに変わって、自分自身で言葉を繋げる。
「俺は――そん時の事をよくわかってるから、余計に気まずいっすね。今でも、本人には触れづらいです。何が本当のあいつなのか、もう俺にはわからなくなってしまいました。なんかもう、智也さんらしくない側面ですら、時期によってかわるがわるみたいに見えてしまって……」
とうとう俺も言葉に詰まってしまった。
「すみません。興味本位でずけずけと聞いてしまって」
カナベも、気まずそうな様子のまま謝ってくる。俺は黙って首を横に振って応えた。
「でも……」
何か言葉を続けようとする様子が見えた。
「やっぱり、どこかできちんと、本人と話をしてもいいのではないでしょうか。無理に解決を迫らなくても、何か外からの力を加える事で、何かが……」
「そうか」
思わず笑い声を上げてしまった。
「もうこんなに付き合いが長いと、何て言うか……関係が固まっちゃうんすよ。特にあいつの方が、もうカチッとしていて。まるで何か頑丈な物で縛られてるんじゃないかってくらい、同じような態度しか出さない。せめてもの例外が、練習中や試合中の、競技に関わる会話くらい」
話せば話す度、自分が情けなく思えてくる。
言い終えて、ようやくそれまで逸らしていた視線を、カナベに向ける事ができた。
カナベは真っ直ぐと、俺を見ていた。その時、不意に浮かんだ考えがあった。
「だから、まだあんたの方がチャンスあると思うよ。あいつに何か言葉をかけてやれるのは」
予期していない内容だったのか、カナベは目を見開いていた。
***
「さあ、いい調子よ、もっと……もっと!」
天使は声を張り上げる。自らは直接介入できないからこそ、彼の力がこれまでにない程強力になっていく様を、熱狂して見守る事ができた。
これまでいくつもの魂との融合を果たした鎖は、段々と力をつけていた。特に今回の魂は、鎖との共鳴力が非常に高かった。
鎖が獣の体表を突き刺す。獣が気色の悪い叫び声をあげ、その場で固まった。
獣の体内を突き刺した鎖は、何かを巻き取るような動作をした後、ゆっくりと引き上げた。
その動きを見て天使が予期した通り、鎖は、球体の真っ赤な塊を巻き取り、抱えていた。
「いよいよね……いよいよ、あなたの念願が」
そう言いかけた時、天使にもう一つの世界の様子が見えた。天使は咄嗟に空間を転移し、外側の世界へと飛び立った。




