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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第三章 君と一つに…
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第三章⑤ 奴の正体

身体の持ち主の記憶を何度も見ていくうち、僕はある一つの違和感に気付く。

 ここから、毎日の練習が勝負になる。その事を肝に銘じて、僕は練習場に入る。

「よお、何だか最近、ますます顔つきがよくなってきたな」

 練習開始の二十分前に練習場へ入ると、安藤キャプテンが声をかけてきた。

「ありがとうございます」

 その言葉は素直に嬉しかった。何せ、キャプテンでもあり、現スタメンの中で最も経験のある先輩からの言葉だったからだ。だが、そこで喜んでばかりでもいられない。僕が目指す場所は、まだまだ――。

「なあ織川、これは俺の個人的な意見も入るが、あまり意識の低い奴らとつるまない方がいいぞ」

 突然、安藤さんはさらに一歩こちらへ近付き、声のトーンを落として言った。

 意識の低い奴ら? ああ、あの同部屋の奴らの事か。それなら僕だって――。

「もう試合出場とかそういうのを諦めてる奴らだろ? 小柴とかから、色々話は聞いてるよ。……まあ部のルールを破るとか、そういうレベルの事はしてないけどなぁ。仮にもリーグでフル出場した選手だ。そこら辺の付き合い方は考えてもいい気がするな」

 安藤さんはあまり棘の無い言い方をしているが、それでも忠告をされている事に変わりはない。

 段々と練習場に姿を現わす者が増えてきた。


「ま、今のお前にはわかるはずだ。後は任せるぞ」

 安藤さんは僕の肩をそっと叩き、場を離れた。

 ありがとうございます、と大きく声をあげ、頭を下げる。


 そうだ。そういう所も変えていなければならない。ようやく力を発揮できる環境が揃ったのだ。

 練習の準備を始めながら、これまでの事を思い返した――。


***


 これもダメだ。あれもダメだ。

 天使から次から次へと送られる球体の塊を、次々と拒否していく。こんなものでは、ボクは上手く動く事はできないという事は明らかだった。この魂はボクに適応できないという事は、取り入れる前からはっきりとわかってしまう。

 中には上手く動きそうな見込みのある魂もあった。だが、そういうものに限って、五日間のテスト期間を経て、皆それぞれの意志で旅立ってしまった。

 かつてバスケの世界で力を発揮した人間でさえ、残る事を選択しなかったのだ。


 これまでで一番見込みのあった奴に限っては、あろう事か融合が進みかけた所で、この事実を他人に打ち明けようとした。大物俳優の、ユアサとかいう男だ。

そいつに関しては、天使と相談するまでもなく、すぐに融合を断ち切って内側へ閉じ込めた。後の処分は天使に任せた。


 そんな事をしているうちに、外の現実の世界はあっという間に半年もの時間を経過してしまった。

 ここまで上手くいかないとは。僕は悩みに悩んだ。これでは、僕の計画は上手くいかない。獣型の言神に絡まれるせいで、僕の動きに支障が出てしまい、良い魂がなければ、悲願が行き詰ってしまう事が明らかだった。


 そんなある時、天使が強く進めてきた魂が来た。僕にはそいつがいけるものだとは全く思えなかったが、確かに反応は悪くない。天使の推薦が強く、僕はしぶしぶそいつを受け入れた。


――――。


 それが今の魂だった。まさか、ここまで上手くいくなどとは思ってもいなかった。

 競技経験や性格、生い立ちなどまるで別人だった。だが、確かに直前に経験した事や、根っこにある思いの強さなど、僕が良いと思っている要素がある事も間違いなかった。それにしても、ここまで上手く融合できるとは……。


***


「という事で、今日は織川が来てくれたぜ」

 安藤さんの声に、辺りから歓声が起こった。

 食堂に集っている面々は、四年生の安藤さんを中心に、学年を超え、ベンチ入りメンバーで構成されている。ナオやフォワードの津田、ガードの小野といった現スタメンも揃っている。

「まあぶっちゃけ、常に部活の真剣な話をしなきゃいけないとか決まりがあるわけじゃないけどな」

 ナオが気を遣ってかそう言ってくれる。わかった、と僕は笑顔で返す。

「でもよ、お前、ここ最近でなかなかの変わりようじゃないか」

 安藤さんが、早速僕の話を振る。

「だよなぁ。元から良い物は持ってたのに、色々と勿体なかったよなぁ」

 ベンチの四年、名前はよく覚えていないが、安藤さんに乗っかるように言う。

 なんだ偉そうに。その感情を噛み殺し、笑いながら返す。

「えぇ、まあ色々……ありまして」

 辺りに軽く笑いが起こる。

「めちゃ訳アリみたいな感じっすね」

 津田が笑いながら突っ込んでくる。

「いやぁ、そこら辺詳しいのは、やっぱりなぁ」

 またもベンチの四年が、ナオを肘で突っつく。

「えぇ、何すか」

 予期していなかったのか、ナオの顔は笑っていたが、少し動揺しているようだった。ちらりと僕と目が合う。別に、今更何を言ったって問題ないのに。何を気にしているのか。

「ま、ほらあれっすよ。色々あったんすよ、僕らの地元で、ね」

 結局その話題を出すのか。ナオも困っていたのだろう。あまりこれ以上この話題を広げさせたくないのだろうか。


 ナオの狙い通りか、あぁ、と少し気まずい空気が辺りに漂う。

「……いや、でもよ、それって小学生の時とかだろ? そんなん、何年経ったよって話じゃねぇか、なぁ」

 安藤さんが、空気を読まずにさらに突っ込んでくる。

「ま、色々あったんすよ」

 これ以上詮索されても面白くないと思い、僕は適当にそれらしく反応しておいた。

 もう面白い話は引き出せないと悟ったのか、安藤さんは自然と別の話題にシフトしていった。

 この前来ていたスポ報の子がどうとか、あまり面白くもない話だ――。


「……で、噂によると、その二人がキャンパスを歩いていた、と」

 ええっ、と好奇の声があがるのがわかった。

「そうなのか織川、お前」

――あまりにも突然話を振られ、何の事なのかわからずたじろぐ。

 全く意図しておらずありのままの反応だったが、周囲の反応はやけに良かった。

「おいなんだなんだ、詳しく聞かせろよ」

 安藤さんが、強く僕の肩を叩いた。

 本当に何の話題でここまで盛り上がっているのか、僕にはよく分からなかった。そもそも、どうしていきなり食堂でベンチ入りメンバーで集まって……。

「何だ、あのインタビューが初対面じゃないって事なのか?」

 インタビュー? その言葉と、周囲の雰囲気を見て、ようやく何となく話題がわかった。

「ああ、加辺さんですか? それは、たまたま授業で……」

 どうして僕は、改めて加辺さんの話を説明する事になっているのだ? 全く意味がわからなかった。


 それから、あれやこれやとにかくたくさんの話をした。あっという間に消灯の時間がやって来た。


***


「よおカズ、遊び行こうや」

 カズ、という呼び方にどことなく聞き覚えを感じる。呼びかけてきた人物は、その浅黒さが、どことなく小柴らしく見えた。

 だが、今この映像の中にいる小柴は随分と幼い。まだ小学生の頃だろうか。


「……うん」

 返答するこちら側は、随分と声が小さかった。

「何だよ、別にバスケする訳じゃねぇよ。今日は学校のメンバーだ。ドッヂか……それかサッカーかな。多分皆男だろうし」

 にこにこしながら話す小柴は、やんちゃ坊主といった印象で、屈託のない笑みを浮かべている。

「……わかった」

 相変わらず声の小さい「カズ」は、それでも小柴の誘いに乗ったようだ。


 自転車に乗り、小柴についていく。途中、何人か他の友人達も加わり、遊び場所であろう公園へと到着した。

 そこには既に何人か小学生がいる他、制服姿の少年の姿もあった。

 まだ中学生かもしれないが、まるで大人のように大きく、逞しく見える。


「トモヤさん、ちわっす!」

 公園に入り、自転車を停めるや、小柴が大きな声を張り上げ、どこかへ挨拶した。

 それに応じたのは、先程視界に入った制服姿の一人だった。

 トモヤさん、だと? 

 彼は振り返ると、優しそうな笑みを浮かべた。

初めて姿を見た「トモヤ」に、僕は面食らう。顔の特徴が、和也と瓜二つだった。

「おう、ナオか。何だか楽しそうだね」

 小柴は同級生らを一旦放置したようで、トモヤの方へ向かう。

「なんだぁ、カズも来てたのか」

 そう言い、トモヤは頭を優しく撫でてくる。

 だが、感触までは再現されないようだった。ただ、学ランの袖が視界に大写しになるだけだった。

「カズ、今日くらいは楽しんでけよ」

「……」

 カズは何も答えない。頷いたのだろうか、ほんの少しだけ、視界が上下したように見えた。

「ほら、兄ちゃんだってそう言ってるだろ?」

 兄ちゃん。その言葉が決定打となった。やはり、彼は和也の兄の、織川トモヤ。

「そうだ。父さんは、今日はいないからな。リフレッシュ、リフレッシュ。な?」

 トモヤは、またしもこちらへ手を伸ばしてきた。

「じゃ、あんまり邪魔するのも悪いし、楽しんでけよ」

 そう言って、トモヤは僕らに手を振った。


 違う。やはりこいつだ。

 これまで見てきた記憶の事を、何とか思い出す。

――あの夢を語っていたのは、和也じゃない。


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