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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第三章 君と一つに…
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第三章② 兄さん

 惜しくも試合に敗れた和也(僕)は、自分に関わる様々な人物と顔を合わせる。

 それらの会話の中で、僕は和也に関する情報をさらに得ていく。

 チームメイトや対戦相手とのハイタッチ、辺りの観衆からの拍手。かつてどこかで経験した出来事が再現されるようだ。

 選手達の表情や、観客からの声かけが見える。

決して忖度ではなく、心の底から健闘を称えられている。僕は心の底からそう確信する事ができた。

 確かに試合には敗れた。だが、後半にかけて、織川を攻撃の軸としてオフェンスの機会を増やし、迫る事はできた。

――内容はとても良かった。客観的に見ても、絶対にそう見て間違いじゃない。

 胸の中で、そう呟く。自分にだけ言い聞かせるような、小さな呟きで。


――大学のリーグ戦は、プロや実業団の人が見に来る事もある。

 そんな天使の説明が思い出された。

――今日のプレーは、しっかり評価されていたのだろうか。

 乱れた呼吸を整えながら、そんな事を考えた。


 コート外へと引き上げるチームメイトへ、黙ってついていく。

 精一杯のプレーをしたというのに、心なしか皆元気がないように見えた。


 試合後、控え室にて、ベンチメンバーで集まってのプチミーティングが開かれた。簡単に試合の総括、反省点と今後に向けてのアドバイスが、監督や安藤の口からなされた。

 次に繋がる、力は出せた、そんな言葉が両名から出たものの、敗戦のせいか、全体的に皆暗いトーンだった。


 最後に、バスの出発予定時刻が告げられ、それまで三十分ほど、束の間の自由時間となった。



「よお、和也」

 控え室の重苦しい空気がいたたまれず、ロビーの方へ抜けて歩いていると、不意にこちらへと近付き、声をかけてくる人物がいた。対戦相手のエース選手、川島。確か試合開始時にも、言葉こそ交わさなかったものの、アイコンタクトがあった事を覚えている。

 相手の口ぶりから、二人の間に親しい間柄があると察せられる。

「やあ、お疲れ」

 僕は空気感に合わせて親しげな風を装い、相手と同じように手を挙げた。


 身体を覆う鎖が、今にも動き出しそうにしている事を察し、僕は奴へ力を預けた。

『相変わらずの上手さだった、さすがだよ』

「……和也も、随分と成長したようで。今のケイダイは、お前には勿体ないよ」

『そんな事言わないでくれよ』

 和也は苦笑いしながら周囲を見回した。随分と評価してもらえているようで、僕としても嬉しい。

「でもよ、お前はまだプロ目指してんだろ? なら、俺らぶっ潰すくらいの力がないと、ちょっと厳しくねぇか。よくて実業団、アマだろ?」

 どことなく見下してくるような彼の物言いに、僕は唖然とする。

『そう……だね。目指しているのは変わらないな』

 ははっ、と乾いた笑いを発する織川。少し申し訳なさそうにする川島。

「ま、まだ時間はある、頑張ろうぜ」

 友人は僕の肩をポンと叩き、僕の背後を指差した。

 彼が指差す先を見ると、そこには加辺さんの姿があった。

「お待ちのようだぜ」

 僕と視線が合うなり、加辺さんはにこっと口角を上げて会釈した。

「いえいえ、折角の機会ですから、お邪魔するのも悪いと思いまして……」

 丁寧な口ぶりで、加辺さんはエースへ応対する。

「ああ、そんな。別に大した話じゃないっすよ。……織川が羨ましい限りですね。こんな取材があるなんて……」

『それは本当に。こんな不甲斐ない結果だったのに、ありがたい限りだよ』

 加辺さんの社交性のお蔭か、自然と三人で言葉を交わす流れが生まれ始めた。


「えっと……お二人はどういうご関係なんでしょうか?」

「ああ、僕らは高校のタメですよ。同じフォワードどうし、切磋琢磨しました。先生が厳しくて、もう本当にしんどかったんですけど、愚痴言い合って、団結力だけは強まりましたね」

「へぇそうなんですか! この舞台でまた出会えて、素敵ですね」

 凄い、という事は確かに思った。だが、この川島という選手は確かに相手チームのエース格で、チーム全体としてもレベルが高かった。

『そうだね。これまではベンチから彼を見る事ばかりだったから、同じコートに立てるのは光栄ですよ』

「なあ、そんな事言わんと、もっと頑張ろうぜ。次はお互いプロの舞台で」

「おお、お二人とも、やはり目指されてるんですね!」

『まあまあ、目指すだけならタダだからさ』

 なんて格好つけてるのか謙遜なのかわからない事を言う。でも、心の中の本気度は確かなものだ。僕はよく知っている。

「すみません、あんまり邪魔するのもよくないで、後はお二人で」

 川島は軽く会釈し、すぐにその場から離れていった。


「あ、じゃあ……いいですか?」

 加辺さんの言い方がぎこちなく、何だか不思議と笑えてきた。

「はい、大丈夫です」

 もう既に加辺さんは取材の準備をしていたようだ。メモ帳を片手に持ち、ボイスレコーダーまでちゃんと準備している。


 じゃあいきますね、という加辺さんの言葉を合図に、取材が始まった。

「お疲れ様でした」

「ありがとうございました」

「今日の試合、振り返って、いかがでしたか?」

 これまでテレビで見ていたインタビューのようなものが、目の前で行われている事が、何だか不思議で仕方が無かった。

「そうですね……、まあ、僕自身はできる事ができたと思いますが、チームの結果としては、悔しい気持ちですね」

 それは僕自身の気持ちと何ら変わりが無かった。

「その、できる事ができた、と仰ったのは、実際にはどういった所だったのでしょう?」

「そう、ですね……」

 僕自身、返事に窮した。だが、鎖が現れて制御を奪う気配はない。

「色々壁にぶつかっていました。上手くいく時はあるのに、それを持続できない、というか」

 うんうん、と僕の発言に時折相槌を入れる加辺さんの顔が、至近距離で目に映る。

「作戦通りに行っていない時に、臨機応変に動くとか、そういう事ができていなくて……」

 どうして僕自身がここまで言葉を発しているのだ。

「結構、苦労されていたんですね」

 加辺さんの合いの手に、不思議と笑みがこぼれる。だが、それと共に……。

「すみません」

 そう言い手で手元を拭う。

「いいですよ、全然」

 そう言う加辺さんの目にも、何故だか涙が浮かんでいた。

 その様子を見て、不思議と同じタイミングで笑みがこぼれた。


***


「それでは、これで本日の取材は以上とします」

 加辺のその発言で、意識が現実へと戻される。

「ありがとうございました」

 軽く頭を下げる。すると耳元で彼女の囁く声が聞こえた。

「頑張ってね」

 顔を上げると、加辺さんは口角を上げ、流し目で僕の周囲へと視線を向けた。

 彼女の視線を辿ると、何人かの部員――岡崎とそのグループが、遠目からこちらを興味深く見ていた。


「お疲れ様でーす」

 通る声で加辺さんはもう一度会釈し、その場を後にしていった。



「ヒュー」

 加辺さんが立ち去るや、いつの間にか近くで見ていたギャラリー達がその場で変な声をあげた。岡崎や高木、部屋に集ういつもの面々だ。

「何だよ」

 そう反応したが、彼らの反応は大してなく、すぐに立ち去っていった。

 彼らについていくと、ロッカールームに辿り着き、皆準備をしていた。僕も彼らに混ざろうとすると、後輩達がやりますよ、だのお疲れ様です、だの声をかけてきたので、手持無沙汰になってしまった。

バスの出発予定時間までは、まだ少し余裕があった。



観客が大勢いるコンコースへと移る。人の数こそまばらではあったが、老若男女様々な人がいるのが見てとれた。流れるように絶えず人が動いていく中、僕は、鎖の導きのままに身を任せる。

 ある地点で、突然足が止まる。身体の向きを変え、ある方向へと小走りで駆けていく。織川の目に映るその顔を目にした時、すぐに予感がした。

 初めて目にするにも関わらず、何故か僕はもう彼らの事を知っているような気がした。


「和也。試合、観ていたぞ」

 そこに立つ二人の人間の前に立った途端、織川の父が口を開いた。

『ありがとうございました』

父親が放つ威厳とでも言えるオーラは、強烈なものだった。これまでイメージしか知らなかったが、やはり直接会った時にわかる、その人特有のオーラとでも言うようなものがある。その威厳に押され、中の僕までも縮こまってしまいそうだ。

「お前にしては、よくやったんじゃないか」

 厳しい……。率直にそう感じたが、今は自分の感情を表に出して良い訳がない。

『はい』

 鎖はその場で軽く頭を下げ、答える。

「お前の目指す所が変わらないなら、今日のはまだまだだな」

『はい』

 まだまだ? バッサリと切り捨てるように言う父の発言に愕然とした。

精一杯、苦しみ抜いて至ったのが今の状態だ。やっとの思いでスタメンの座を掴み取り、試合本番でも、チームが苦しい中、何とか立て直す事ができた。誰にも知られていない、自分だけのハンデを抱えながら。

自分が出場した後だと考えれば、そんな事を言われてはあまり良い気にはなれない。

「チームプレーだから仕方ないのかもしれないが、チームメイトを頼りすぎだ。日頃から信頼を集めて、もっと自分に回してもらえるようにしないとな」

『はい』

 そんな事、自分が和也の状況に置かれても本当にできるのか?

「幸いお前はスモールフォワードだろう? もっと自由な動きができるはずだ。状況に応じて、自らがチャンスを作りに行っていい」

 織川の視線は、真っ直ぐと父親へと向いている。

『わかりました』

「ま、後半はまだ良かったな。それを最初からできるようにだな」

 それにもまた織川ははい、と答えた。主将以上に、監督以上に、織川はこの人間に対して従属しているように見えてならない。


「和也」

 今度は母親の方が口を開いた。織川は視線を移した。

「よく頑張ったわね。トモヤも、きっと見てくれてたわよ」

 トモヤ……? その言葉に、鎖の中の僕はたじろぐ。

 織川はやや声を落としてと、うん、と答えたが、僕には目の前に立つのは二人にしか見えない。それに、「きっと見てくれてた」なんて、曖昧な言い方……。


『ソウダネ。兄サンモ、見テクレテタヨネ』

 今までと違う声。まるでテレビ番組の音声加工のように、エコーのかかった匿名性のある声。

気付いた時、もう目の前には両親の姿は無かった。


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