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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第三章 君と一つに…
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第三章① デビュー戦

 織川和也の身体を操る魂だけの存在「僕」は、邪魔者と対峙しながら和也を操る感覚を見出していき、ついにリーグ戦でのスタメンの座を勝ち取る事に成功した。

「日本代表」という次なる目標に向け、僕は続けて和也の身体を操る事になるが——。


 あれから何度も何度も練習した。意識を重ねる。鎖と一体化する。この動作を繰り返し、獣のコトガミの邪魔に打ち勝つ。織川和也の本来のポテンシャルが引き出せるようにする。

 何度繰り返しても、上手くいく自信は全く得られなかった。

 何しろ、僕自身は鎖の動きを補助する役割でしかないからだ。邪魔が入り込まないように自分自身が介入するのみで、後の動きは鎖に任せる事になる。主役は鎖の方で、決して僕ではない。

 結局、鎖が万全のパフォーマンスを出せるように万全の体制を整えるのが僕の役割だが、鎖がどれだけの力を発揮できるかは、僕の関与できる問題ではないのだ。


 だが、感覚は違うとは言え、完全な手応えが掴めないまま本番に臨まなくてはいけないという事は、チームメイトも皆一緒なのではないかと思い始めるようになった。練習に参加しているうち、不思議と僕もメチームの一員であるという感覚を得るようになってきたのだ。


 周りのメンバー、チーム全体に走る緊張感が、いつもの比ではない。

 それはミスも起こる。自分自身、あるいはチームメイトに対して発せられる怒り。それらが皆、いつもとは比べ物にならないくらいの強度を持っている。

 だが、その分、皆本当に真剣に競技に取り組んでいる。僕もその空気に巻き込まれ、自分の役割に集中する事ができている。


 これまでの人生で、ここまで何かに集中して、真剣に取り組んだ事があっただろうか。


 練習が終わる度、どっと疲れが溢れるが、その代わりに得られる充実感は、確かにあった。部屋に戻れば、岡崎や日によっては他の同期との時間がある。その時間が、息抜きや励みになったりしてくれている。


 いよいよ明日が試合だ、という事を実感したのは、織川の元に届いている様々なメッセージを見てからだった。


様々な友人の名に続き、「加辺愛」からもメッセージが来ていた。

――明日だね、頑張って! バスケ部担当として、私も応援しに行くね。活躍期待してる!

 そう言えば、と僕の中の記憶が蘇る。スーツ姿で新聞を渡して来た時、やたらとこちらの事情がわかっていたのも、そういう事があったからだったのか。

 僕にとってあまり馴染みのない友人へも返信を続けていく中、「織川緑」という名前に辿り着いた。

――いよいよ明日ね。私達も足を運んで見に行く事にします。頑張って。

 その書きぶりから、織川の母である事は容易に察せられた。

 まだ会った事もないが、その控え目な、プレッシャーのかからないエールが、僕にとっては、適度にやる気を上げさせてくれるように感じられ、心地よかった。

 母親からのメッセージには、次いでこう書かれていた。


――父さんも来るみたいだけど、あまり気にしないでね。


***


「よしっ」

 安藤の掛け声で、その場に居る皆が肩を組み始めた。鎖に支配されるまでもなく、僕も周りの動きに合わせて、両隣の人と肩を組んだ。

 試合会場のロッカールーム。ユニフォーム姿になったメンバーは、皆練習試合の時とは比にならない程、真剣な形相を纏っている。

「さあ、今日が春季リーグの第一戦。ここで流れ作れるかどうかが、今後に大きくかかってくるぞ」

 あい、と皆張り上げるように声をあげる。

「いいか、お前ら、これまで歯を喰いしばって練習してきたのは、一体何のためだ?」

 安藤はそこで一度言葉を切る。誰も言葉を返さなかったが、まるで熱気が漂う程の真剣な雰囲気に、答えは決まっているようなものだった。

「チームメイトの顔を見てみろ。皆答えはわかってる。目指すのは、勝つ事だ」

 おぉい、と先程よりもより一層力強い声が辺りから聞こえた。

「相手が格上とか関係ねぇ。皆、ここにいる全員、力出し切るぞ」

 しゃあ、と揃った声があがる。

「ケイセイレッツゴーファイ」

オー! と答えると共に、皆が右足を一歩円の内側へ踏み込んだ。


 輪が解かれ、皆力強く拍手をする。



 いよいよ、リーグ戦が始まる。試合会場の体育館に、いつもと違う雰囲気。僕もすぐに緊張と高揚に憑かれる。


 観客席のある、大きなコート。そしてそのコートを照らす、数多の照明。

 コートの端にある椅子に陣取り、すぐに準備をするチームメイト達。すぐに始まるアップとボール回し。いつもの練習と変わらないはずなのに、何かが大違いだ。


 僕にとっては初めての、異様な緊張感に飲まれるまま、試合が開始した。僕の緊張になど構うことなく、ジャンプボールにより、試合は始まった。

 その途端、弾かれたように鎖は動きを開始した。「選手」としての基本的な動きは、鎖も請け負ってくれる。この事実は、前からずっと変わらない。

 鎖の滑り出しは、決して悪くなかった。大きな問題も無く、順調に駆け出し、相手ディフェンスを見ながらポジションを取り、パスを受ける。

 いいぞ。僕もプレーを見守りながら、自分を高めていった。


 オフェンスの作戦は、僕と津田の二人のフォワードのインサイド攻撃を軸とした攻め。ディフェンスで最も警戒すべきは相手エース、7番の川島だ。織川がマンツーマンでマークにつく。

相手のマークは試合開始時点から、僕にも津田にも、マンツーマンでついている。センターの安藤、ディフェンスの小野がヘルプに入り、ディフェンスを乱していく。


 基本的な動きは鎖に任せながら、僕はとにかく意識を奴が来る瞬間に向ける――。

 前半、やや相手チームに部がある展開が続いた。織川が徹底的に川島をマークするが、他の選手も全体的に得点能力が高い。あっという間にインサイドに攻め込まれ、得点を重ねられる。

 ケイセイも負けじと攻めるが、得点率は僅かに劣り、じわじわと点差を離されていく。

――何とかしなければ。

 焦りが増す。織川の動きは悪くない。チームの作戦通りの動きは行えていた。ただ、チーム全体として、何かが足りていない。

 だが、そんな事を考えた所で、僕にできる事は……。


 第一クォーターが残り五分を切った辺り、ついにその時がやってきた。

 足の辺りに何かが現れ、鎖と身体の間に貼り付いてくる異物感。


 今こそ、気持ちを織川に重ねる。

 小学生の頃の手紙。父の思いを継ぐという思い。それに向けた、日々の血の滲む努力の連続……。

――この大事な一戦を、邪魔されてたまるか。

 ぐっ、と身体に力が入り込む。一瞬鈍った動きに、再び力が入り――。



「弱気になるな!」

 安藤の怒号が飛び、我に返る。あれから、一心不乱にプレーしていた。とにかく必死に動き、上手く邪魔されず、織川の力を発揮できたはず……。

「確かに相手の方が一枚上手だ。攻め込まれてる。だが、まずは気持ちで負けるなよ。自分達から縮こまってちゃ、できるもんもできなくなるぞ」

 はい! と全員大声で返す。今まで見ていた以上の殺気が、全員から立っている。

「じゃあ作戦だが……」

 小柴が、ベンチメンバーから渡されたボードを手に取り、僕らに説明してくれる。

 川島へのマンツーマンが厳しく、織川をオフェンスで使えて切れていない。この役割を小野へ切り替え、もっと織川を活かそう、という内容のものだった。

 小柴の説明は、確かに僕でも納得できた。常に川島をマークするのは、なかなかの消耗になる。問題なく動けているとはいえ、もっと織川の負担を減らし、オフェンスに集中させようという考えは、納得できる。


「カズ、お前も自分で考えながらプレーして欲しい。その場でできる考えがあったら、臨機応変にいこう」

 全体のアドバイスが終わった後、小柴がそう声をかけてきた。

『わかった』

 織川はすぐにそう答えた。だが、彼、というより鎖の意志は、僕にははっきりとはわからない。


 第二クォーター途中でケイセイが取ったタイムアウトが明けた。

 作戦を変え、試合は再開する。

 鎖も、問題なく動いている。

 作戦変更も功を奏したのか、リードを広げさせず、何とか追随している。

 だが、点差はなかなか縮んでいない。


――こんなんじゃ、勝てないだろ。

 心の中で、僕は呟く。身体の動きに慣れるので精一杯だったが、それにも慣れてしまったようだ。

――まだできるんじゃないのか。

 彼に届いているのかもわからないまま、心の中でそう声をあげる。思いを一致させる時と同じ感覚で、心の中で声をあげる。


 コノママジャ、マダ足リナイダロ。


今、敵は現れていないというのに、鎖と心を重ねる時と同じ感覚が、僕の身体に芽生えた。まるで皮膚に直接触れるように、焼け付くような何かが――。


――さあここから攻めていくぞ。

僕は素早く四方を見回した。攻め込むナオの位置、相手チームのマーク位置を瞬時に入れる。これまでの展開から、5番の津田へのマークがかなり厳しい。ナオはボールを持ったままインサイドへ攻め込もうとしている。

 よし。

 ナオの作戦を、雰囲気で感じ取る。相手ディフェンスの動きを読み、良いタイミングでナオの後方になるよう、敢えてセンターライン方向へ移動を始める。


 良い読みだ。ナオの動きと安藤さん、津田の動きにつられ、相手は揃ってインサイドを固める。そこで敢えてアウトサイドへ出た僕がフリーになり……。

 ナオからのパスが通る。すぐにシュートを打てるよう、既に意識は向けていた――。

「よし!」

 ゴールネットが揺れるのを見届け、止まった空気が再び動き出したように思えた。

「ナイス!」

 ナオとハイタッチ。気持ちがいい。だが、ここで満足できる状況ではない。

「さあいくぞ、ディフェンス一本!」

 チームの士気をあげようと、反射的にそう叫んでいた。


――――。



 ブザーが鳴った。無情にも、正しく時を刻むタイマーは、僕達の気持ちを計ってはくれなかった。

 ケイセイバスケ部は、試合に負けた。


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