表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第二章 君の為に君を生きる
17/39

第二章⑨ 運命の発表

部内対抗戦を終え、ついにリーグ戦のメンバー発表が行われる。

和也の夢を叶えるため魂として邁進した「僕」、そして和也の運命やいかに。

 ミーティングが始まる前、既に指定の会議室には多くの部員が集まっていた。

 何とも言えない緊張感が、辺りには漂っていた。岡崎や高木など、一部のメンバーは声を抑えて談笑していたが、全体的には静かだった。

 ちらりと宮内さんの様子を盗み見たが、彼も腕を組んだまま、ただ黙って座っているだけだった。


 ふと、最前列に座るうちの一人が立ち上がった。ノートを手に持ちながら、前方の講演台の前に移動する。

 少しずつ、辺りの会話が中断され、静けさが増してくる。

「じゃあ、ちょっと早いけど、皆集まっているみたいだし」

 前に立った男、安藤は腕時計に目を落とし、辺りを軽く見回して言った。

「ええ、では、リーグ戦前ミーティングを始めます」

 礼、の言葉と共に安藤も、席に座る全員も頭を下げた。僕も慌てて彼らに倣う。


「……まあ、いつも通り、先にメンバーの話から始めます。先日、監督とは直接相談して、メンバー決定、作戦決定も行いました」

 安藤はそこで一度言葉を切り、席に腰かけるこちら側を見回した。

「先輩達の時に続いて、毎度の話になるかもしれないが……俺達は勝つ為に日々練習している。だからメンバーも、当然、結果を出す為、という観点で選びました」

安藤はここでふうっ、と溜め息をつくように息を吐き、一度言葉を切った。

「そのため、気持ちの強さとか、態度とか、当然加味はしているけれど、あくまでも勝つ為、というのが第一だというのを理解して欲しいです」

 再び一息。一体どれだけ焦らすんだ、とそわそわして仕方がない。

「……では、今回のメンバーを、番号順に発表していきます」

 いよいよだ。

 織川の名前はいつ呼ばれるのか。そして、スタメンはどこで分かるのか。何もわかっておらず、ただむず痒い気持ちばかりが走る。


「4番、安藤」


「5番、小野」


「6番、津田」

 次々に名前が読み上げられ、呼ばれた人間が張りのある声で返事をしていく。

 いざ始まると、あまりにもあっさりと、まるで事務的な流れのように進んでいく。


「7番、小柴」


 一般的に、学生競技では4番から8番までがスタメン選手だ。ここで呼ばれなければ、織川はベンチメンバーということになる。


「8番、織川」


 発せられた言葉を、ただ黙って受け入れる。本当に間違いないのか、安藤の顔をしかと見つめる。彼もまた、ちらりとこちらへ視線を向けた。

「は、はい!」

 弾かれるように、大きな声を発した。場の空気を乱さないように、溢れ出そうになる嬉しさを極力抑えつつ、声をあげた。

 僕からもこんなに大きな声が出るのだと、我ながら驚いた。


 まさか。信じられない、こんな事。こみ上げてくる嬉しさを抑えるのに必死だった。

 呼ばれた番号からして、主要メンバーで使われる方向になると見て間違いはないはずだ。ついに、織川の悲願に、一歩近付ける事ができた。

 僕がその手助けをする事ができたのだ。


 その後も次々と名前が呼び上げられていくが、もう僕の気持ちは、それを聞いているではなかった。


「勿論、8番までに入れなかったベンチメンバーにも、出場の可能性は大いに残されている。準備は怠らないように」

 安藤から発せられた言葉に、意識が現実に引き戻される。

 その発言には、織川や小柴以外の、レギュラー外のメンバーに対する配慮が感じられた。


 顔を上げ、安藤へと向ける。

「では、一旦休憩。十分後、ベンチ入りメンバーのみで、戦術面に関するミーティングを行います」

 礼、という言葉に合わせ、僕も頭を下げた。


 休憩に入るなり、何人かの人間が、すぐに会議室から退場していった。そのうちの一人だった岡崎と目が合う。彼はまるで自分が選ばれたかのように嬉しそうな顔を浮かべ、あろう事かこちらにウインクしてきた。

 どうしてそこまで……。

僕まで嬉しくなってきて、彼の方を向いたまま黙って微笑み返した。


「織川さん」

 ふと誰かから声をかけられ、途端に緊張する。

 見上げると、そこには対抗戦のメンバー、後輩で共にフォワードを組んだ原がいた。

「メンバー入り、おめでとうございます。一緒のチームでできて、良かったです」

 少し悔しそうな、それでもやり切った表情を浮かべていた原へ、織川は自然と右手を差し出し、左手で彼の肩を叩いていた。原の名前は、ミーティング中に呼ばれる事は無かった。



 残った面々には、まだ緊張感が残っていた。

 誰も雑談をしようとせず、自分の世界に入っている。ベンチメンバーとして残った宮内さんは、変わらずその場で腕を組んでいた。


 緊張感の理由は、ミーティングが再開してすぐにわかった。

 安藤から伝えられる戦術の話。想定される対戦相手のプレー傾向や、その対策について。ただ試合を観ていた経験だけの僕が聞いても、内容を頭に入れるのはあまりにも難易度の高い事だ。

 だが、安藤が最後の締めに伝えた言葉だけは、僕自身にもずっしりと響いてきた。

「この時期だから、敢えて言うが……今はまだ本番ではない。だから、ミスが出る事自体は悪い事ではない。本番の前に、修正点が見つかったという事だからな」

皆黙って主将の言葉に耳を傾けている。頷くこともせず、顔に反応の色を出す事もせず……。

「だが、何故ミスをしたのかという事は、常に考えろ。意識を向けろ。それが一番理解できるのは、自分自身だ」

 安藤の言葉に力がこもる。相変わらず反応は無い。

「己を絶えず客観視しろ……いいか」

 力の籠った、気迫のある返事が、あちこちから聞こえてきた。


 会議が終わり、ベンチメンバーが皆席を立っていく中、安藤が声をかけてきた。

「織川、ちょっと残れ」

 途端に、緩みかけた緊張が高まった。


「先程も話したが、まあ試合によってお前の使い方は変わってくる。基本的にスタメンとして使うのは違いないがな。ただ、当日のパフォーマンスを加味して、チームの流れが上手くいかなくなったら外す。まあ、皆同じ条件ではあるが、お前には実績が欠けているから、他の奴より未知数だ」

 変わらず落ち着いたトーンで安藤は言う。

「そこまでの期待値を込めて使うのは、実は、俺は反対だった」

 いきなり安藤は鼻息だけ立てて笑った。

 僕はどう反応していいかわからず、複雑な表情になる。

「監督の猛プッシュだ。色々お互いに思う所を共有したが、まあ最後は監督の経験値と、客観的な目を信じる事にした」

 思わぬ暴露話に、どう感情を処理していけばいいかわからない。

「ポテンシャルもだが、気持ちの面を評価していたよ、監督は。そこが以前のお前から変わったと。本番でも力を発揮できる見込みがでるようになった、と言っていたよ」

 ふっ、と今度は頬を緩めて笑う。

「相変わらず、俺はお前の事がよくわかっていない。まあ、とは言っても、勝ちたいという思いでやっているのは、俺もお前も、部内全員同じはずだからな」

 話しながら、安藤は手元のノートを整理し始めていた。


「頼むぞ」

 ノートや筆記用具を小脇に抱え、安藤はこちらへ拳を突き出してきた。

「はい」

 僕も、恐る恐る同じように拳を差し出す。

 そしてゆっくりと、拳を重ね合わせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ