第二章⑨ 運命の発表
部内対抗戦を終え、ついにリーグ戦のメンバー発表が行われる。
和也の夢を叶えるため魂として邁進した「僕」、そして和也の運命やいかに。
ミーティングが始まる前、既に指定の会議室には多くの部員が集まっていた。
何とも言えない緊張感が、辺りには漂っていた。岡崎や高木など、一部のメンバーは声を抑えて談笑していたが、全体的には静かだった。
ちらりと宮内さんの様子を盗み見たが、彼も腕を組んだまま、ただ黙って座っているだけだった。
ふと、最前列に座るうちの一人が立ち上がった。ノートを手に持ちながら、前方の講演台の前に移動する。
少しずつ、辺りの会話が中断され、静けさが増してくる。
「じゃあ、ちょっと早いけど、皆集まっているみたいだし」
前に立った男、安藤は腕時計に目を落とし、辺りを軽く見回して言った。
「ええ、では、リーグ戦前ミーティングを始めます」
礼、の言葉と共に安藤も、席に座る全員も頭を下げた。僕も慌てて彼らに倣う。
「……まあ、いつも通り、先にメンバーの話から始めます。先日、監督とは直接相談して、メンバー決定、作戦決定も行いました」
安藤はそこで一度言葉を切り、席に腰かけるこちら側を見回した。
「先輩達の時に続いて、毎度の話になるかもしれないが……俺達は勝つ為に日々練習している。だからメンバーも、当然、結果を出す為、という観点で選びました」
安藤はここでふうっ、と溜め息をつくように息を吐き、一度言葉を切った。
「そのため、気持ちの強さとか、態度とか、当然加味はしているけれど、あくまでも勝つ為、というのが第一だというのを理解して欲しいです」
再び一息。一体どれだけ焦らすんだ、とそわそわして仕方がない。
「……では、今回のメンバーを、番号順に発表していきます」
いよいよだ。
織川の名前はいつ呼ばれるのか。そして、スタメンはどこで分かるのか。何もわかっておらず、ただむず痒い気持ちばかりが走る。
「4番、安藤」
「5番、小野」
「6番、津田」
次々に名前が読み上げられ、呼ばれた人間が張りのある声で返事をしていく。
いざ始まると、あまりにもあっさりと、まるで事務的な流れのように進んでいく。
「7番、小柴」
一般的に、学生競技では4番から8番までがスタメン選手だ。ここで呼ばれなければ、織川はベンチメンバーということになる。
「8番、織川」
発せられた言葉を、ただ黙って受け入れる。本当に間違いないのか、安藤の顔をしかと見つめる。彼もまた、ちらりとこちらへ視線を向けた。
「は、はい!」
弾かれるように、大きな声を発した。場の空気を乱さないように、溢れ出そうになる嬉しさを極力抑えつつ、声をあげた。
僕からもこんなに大きな声が出るのだと、我ながら驚いた。
まさか。信じられない、こんな事。こみ上げてくる嬉しさを抑えるのに必死だった。
呼ばれた番号からして、主要メンバーで使われる方向になると見て間違いはないはずだ。ついに、織川の悲願に、一歩近付ける事ができた。
僕がその手助けをする事ができたのだ。
その後も次々と名前が呼び上げられていくが、もう僕の気持ちは、それを聞いているではなかった。
「勿論、8番までに入れなかったベンチメンバーにも、出場の可能性は大いに残されている。準備は怠らないように」
安藤から発せられた言葉に、意識が現実に引き戻される。
その発言には、織川や小柴以外の、レギュラー外のメンバーに対する配慮が感じられた。
顔を上げ、安藤へと向ける。
「では、一旦休憩。十分後、ベンチ入りメンバーのみで、戦術面に関するミーティングを行います」
礼、という言葉に合わせ、僕も頭を下げた。
休憩に入るなり、何人かの人間が、すぐに会議室から退場していった。そのうちの一人だった岡崎と目が合う。彼はまるで自分が選ばれたかのように嬉しそうな顔を浮かべ、あろう事かこちらにウインクしてきた。
どうしてそこまで……。
僕まで嬉しくなってきて、彼の方を向いたまま黙って微笑み返した。
「織川さん」
ふと誰かから声をかけられ、途端に緊張する。
見上げると、そこには対抗戦のメンバー、後輩で共にフォワードを組んだ原がいた。
「メンバー入り、おめでとうございます。一緒のチームでできて、良かったです」
少し悔しそうな、それでもやり切った表情を浮かべていた原へ、織川は自然と右手を差し出し、左手で彼の肩を叩いていた。原の名前は、ミーティング中に呼ばれる事は無かった。
残った面々には、まだ緊張感が残っていた。
誰も雑談をしようとせず、自分の世界に入っている。ベンチメンバーとして残った宮内さんは、変わらずその場で腕を組んでいた。
緊張感の理由は、ミーティングが再開してすぐにわかった。
安藤から伝えられる戦術の話。想定される対戦相手のプレー傾向や、その対策について。ただ試合を観ていた経験だけの僕が聞いても、内容を頭に入れるのはあまりにも難易度の高い事だ。
だが、安藤が最後の締めに伝えた言葉だけは、僕自身にもずっしりと響いてきた。
「この時期だから、敢えて言うが……今はまだ本番ではない。だから、ミスが出る事自体は悪い事ではない。本番の前に、修正点が見つかったという事だからな」
皆黙って主将の言葉に耳を傾けている。頷くこともせず、顔に反応の色を出す事もせず……。
「だが、何故ミスをしたのかという事は、常に考えろ。意識を向けろ。それが一番理解できるのは、自分自身だ」
安藤の言葉に力がこもる。相変わらず反応は無い。
「己を絶えず客観視しろ……いいか」
力の籠った、気迫のある返事が、あちこちから聞こえてきた。
会議が終わり、ベンチメンバーが皆席を立っていく中、安藤が声をかけてきた。
「織川、ちょっと残れ」
途端に、緩みかけた緊張が高まった。
「先程も話したが、まあ試合によってお前の使い方は変わってくる。基本的にスタメンとして使うのは違いないがな。ただ、当日のパフォーマンスを加味して、チームの流れが上手くいかなくなったら外す。まあ、皆同じ条件ではあるが、お前には実績が欠けているから、他の奴より未知数だ」
変わらず落ち着いたトーンで安藤は言う。
「そこまでの期待値を込めて使うのは、実は、俺は反対だった」
いきなり安藤は鼻息だけ立てて笑った。
僕はどう反応していいかわからず、複雑な表情になる。
「監督の猛プッシュだ。色々お互いに思う所を共有したが、まあ最後は監督の経験値と、客観的な目を信じる事にした」
思わぬ暴露話に、どう感情を処理していけばいいかわからない。
「ポテンシャルもだが、気持ちの面を評価していたよ、監督は。そこが以前のお前から変わったと。本番でも力を発揮できる見込みがでるようになった、と言っていたよ」
ふっ、と今度は頬を緩めて笑う。
「相変わらず、俺はお前の事がよくわかっていない。まあ、とは言っても、勝ちたいという思いでやっているのは、俺もお前も、部内全員同じはずだからな」
話しながら、安藤は手元のノートを整理し始めていた。
「頼むぞ」
ノートや筆記用具を小脇に抱え、安藤はこちらへ拳を突き出してきた。
「はい」
僕も、恐る恐る同じように拳を差し出す。
そしてゆっくりと、拳を重ね合わせた。