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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第二章 君の為に君を生きる
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第二章⑦ 勘違い

「文字通り織川和也になったつもりになる」という天使からの言葉の意味を考え、「僕」は相談するべき人間に声をかける事に決める。

 練習中、ずっと気が気でなかった。

 もう時間はないとわかっていた。そしてこの際、相談するのに一番相応しい人間も。問題は、僕の勇気とプライド。そこにどう折り合いをつけるかだった。

 練習が終わって自分の片付けの役割が終わった時、引き上げようとする安藤を見つけ、慌てて駆け寄った。


「きゃ、キャプテン」

 腹に力を入れ、なるべく大きな声を出して安藤へ声をかけた。

 声をかけられたとわかると、安藤はすぐに振り返った。

「なんだ?」

 真っ直ぐに顔を向けられた途端、またしても緊張が高鳴るのがわかった。

 抑えていたはずの怒りが再燃しそうになるが、何とか抑え、少しだけ周囲を見回して声を発した。

「少し……ご相談をさせて欲しいのですが」

 安藤は顔色一つ変える事なく、すぐに承諾した。


 僕の様子から事の重大さを察してくれたのか、安藤は練習場から少し移動した、人のいない場所へと誘導してくれた。


「僕は――」

 そこで一度、言葉を切った。自分の悩みについて、しっかりと伝えられる言い方。何度も頭の中で繰り返してきた。

「自分の力を、安定させる事ができないんです。上手くいく時もあれば、まるで素人のように下手くそになってしまう時もある。その波を上手くコントロールできないんです。決して手を抜いている訳ではない。いつも本気です。それなのに、どうしても自分のコンディションを安定させる事ができなくて――」

 安藤は、ただ黙って僕の説明に耳を傾けてくれていた。時折頷いたり、どこか遠くの一点をぼんやりと見つめたり。その真剣な眼差しから、彼がしっかりと僕の事を受け止めてくれているのではないか、というおぼろげな感触があった。


 僕が説明を終えた後も、沈黙の時間が続く。

 安藤は、一度落とした視線を再び僕の元へ戻し、ゆっくりと切り出した。

「敢えて、厳しい事を言ってもいいか?」

 僕は頷くしかなかった。

「確かに、お前には高いポテンシャルがある事は、わかっている。そして、それを出せる時と出せない時の波がある事もな。だが、仮に自分の腕に波があるのだとしても、それを安定させるようにするのが一流だ。残念ながら、ここは結果の世界なんだ。確かに、織川の状態は辛いだろうし、なかなか周囲からの理解も得にくいかもしれない」

 ここで、安藤は一度言葉を切った。

「だが、俺達は勝つための集団だ。どのメンバーを使えば結果が出せるか、それを、監督や俺が公平な目でジャッジして、出す選手を決める。そこに温情を入れたら終わりだ。自分と仲が良い奴、やる気が一番ある奴、そして自分自身――」

 あまりにも厳しい現実だった。僕はそこまでこの世界を知らない。けれども、安藤の説明はとても簡潔で理路整然としている。反論の言葉など何も浮かばない。

 それでも、ただ悔しい気持ちだけが募る。

「お前には、自由がある。逃げる自由だ。この厳しい競争から逃げ、違う世界へと飛び立つ。大学生なんて、部活をやらなくたって色々な生き方があるだろう」

 色々な生き方。大学生を知らない僕には、織川の部外の友人達の姿しか浮かばない。織川がそれ以外の生活を送る事なんて、決して想像できなかった。

「だが、向き合い続ける事で初めて見えてくる事も、間違いなくあるはずだ。その経験が、お前をさらに強くしてくれる」

 拳を握り締める。その力がさらに強まる。

「どうすればその波を安定させる事ができるか。お前が考える事は、それだけだ」

 僕は静かに頭を下げた。



「あら、随分頑張ってるようね」

 寮の廊下を歩く僕に、声だけが降り注いだ。

「不甲斐ない自分を、変えたくて仕方が無いだけだ」

「ふうん、なかなかの意欲ね。ますます、あなたがこの人生に向いているように思えてくるわね」

「お前が選んでおいて、勝手な事を言うよな」

 不思議と、声にも力が入る。

 時折人通りがあり、僕は天使への応答を中断せざるを得ない。

「そのまま屋上へ来なさい」

 天使の命令に、僕は従った。



「まだあなたに話すべき事がある」

 屋上に着くなり、天使はすぐにそう言った。

「話すべき事って……一体なんだ?」


「あなたはまだ勘違いをしている」

「勘違い?」

「ええ。あなたは、自分が織川和也になるよう意識しているつもりなのかもしれないけれど、まだそれが実行できている状態には至れていない。あなたはまだ、あなたとして頑張っているだけ」

 天使の言いたい事は、頭ではわかるけれども難しい。

「わかるけど……織川和也になるって……」

 天使は一度目を閉じ、再度開いた。

「コトガミは、何者かの強力な意志を具現化したもの。だから、通常コトガミが他のコトガミとぶつかった場合、お互いの意志が影響し合わない範囲で、意志が実現されていく」

 天使の説明の通りならば、獣が持つ何らかの意志が、鎖もとい織川和也の身体に影響を与えてしまっている、というのが現状になる。

 しかも、織川の夢を邪魔しようとしている意志。最悪じゃないか。

「でも、それを破る方法がある。それは、コトガミの中にいる魂が、コトガミと融合する事」

 融合。天使の言葉を繰り返す。

「あなたが、本当に、文字通り織川和也になったつもりになる。この前もそう言ったけれど、それは、あなたが鎖との融合を果たすため、邪魔者に上回るために必要だという事なの」

 天使は真っ直ぐ僕を見つめながら言った。

「安藤へ相談をした時、とてもいい感じだったわ。でも、獣に勝つためにはそれをもっと強める必要がある。織川和也の事を詳しく知り、鎖の源となる意志に接近するの。そして、その思いただ一つだけに集中する。あなたの心に巣食う、それ以外の感情は、力を発揮するうえで邪魔になるから、全て捨てて」


***


 織川和也の事を詳しく知り、その思いに接近する。天使の言葉を思い浮かべた。

確かに、これまで僕は、織川和也ではなく、「僕」として頑張ろうという意識ばかり持っていた。でも、それでは上手くいかない。敵であるコトガミに勝つ事ができない。織川の夢を叶える事ができない。

 織川和也の気持ち、思い、目標――。

――プロになる、オリンピックでメダルを取る、ねぇ。

 改めて思い返すと、他人事ではないせよ、自分が実際になるという意識は持っていなかった。


 誰か他の人になったつもり。

 僕自身のこれまでの経験であった事と言えば……。

 真っ先に思い浮かんだのはゲームの主人公だったが、僕が好きなゲームは、どれもストーリー性が希薄な、ただその場でキャラクターを動かすだけのものばかりだ。どれも〝自分〟が操作する、アクションを起こす、という意識しかなかった。

 ならば、ストーリー性のあるもの、漫画や小説といったものの方が当てはまるのかもしれない。もしも自分だったら、ここでどう選択するのか。


 …………。


 まだ、織川和也について知らない事があるだろう。この場でどうするべきか、

 天使からは、自分の正体を他人に明かす事はNGだと、口うるさく言われていた。それをしてしまうと、もうあなたを終わりにせざるを得ない、と。

 ベッドの中で一息吐く。またしても、僕の仕事は消灯後だ。


 意を決して起き上がり、上段の岡崎の様子を窺う。寝息を立てて、身動き一つ取っていない。よし、完璧だ。

 織川の机へと行き、スマホのライトを照らす。以前、集合写真を目にした記憶があった。

 なるべく音を立てないよう、彼の机を漁り始めた。何か手がかりになるものはないのか。彼の過去、彼の思いを知る手掛かりはないのか、と――。

 結果、ある一つの手紙が出てきた。元はA4サイズ程のものが、二つ折りになっていた。

 もうすっかりボロボロな状態のその紙を開くと、見出しには「僕の夢」という言葉が書かれていた。



 僕のしょうらいの夢は、オリンピックでメダルを取る事です。

僕の父も、僕くらいの年れいのころから、同じ夢を持っていました。しかし、ケガのせいでその夢にはとどきませんでした。

僕は、父と同じ夢を追いかけ、父の分まで、がんばりたいと思います。そのために、僕は毎日、父がコーチをしている、おり川ビーシーというクラブで一生けんめい練習しています。

 僕の今の目標は、今度の8月にある全国大会に出場し、ゆう勝することです。

 そして、父と同じバスケの強ごう校へ進学し、日々腕をみがき上げ、高いレベルで勝負し続けたいと思います。

 中、高、大全てで全国制はし、大学卒業と共にプロデビュー。その五年後に日本代表入り。

 これを実現させるよう、今から毎日気を抜かずに、一生けん命がんばります。



 字の汚さや漢字の使い方から、きっと小学生の頃に書かれたものだろう。

 僕が思っていた以上に、彼は強い思いを持っていたんだ。決して完全ではないけれど、織川和也の思いが、前よりもわかってきたような気がする。

 拳を握り締め、さらなる手掛かりを探し始めた――。



 翌朝の自主練。いつもと変わらず鎖が身体を動かしていく。

 そんな中、僕も僕の準備を始めていく。そう、織川和也になる為の準備だ。

 プロになりたい。オリンピックでメダルを取りたい。そのためには、まずはこのチーム内で、絶対的なエース格の選手にならなければならない。

 その為に織川和也――いや僕は、この時間も練習をする。

 僕にはまだ、選手として十分でない課題がある。この時間でも、少しでもそれを解消していくのだ。


 そのように思っていると、不思議と僕自身の意志で身体を動かしているような気がしてくる。

 よし、とそのまま心の中で呟き、身を委ねた。


 実践で想定される動きから、シュートへ――。

 理想的な軌道を描き、ボールはゴールネットを揺らす。


 よし、これでいい。この調子だ。

 自分に言い聞かせるように、僕は胸の裡で呟いた。

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