第二章⑤ 友の声
どうしたらいいのか。ずっと頭を悩ませていた。
どれだけ考えても、この状況を打開する良いアイデアが出てきそうにない。八方塞がりのような状況だった。
やっぱり僕なんかは相応しくないと、考え直してもらえる手段はないのか。
頭に浮かぶのは、やはりネガティブな事ばかり。結局、他人の人生を借りた所で、僕を取り巻くのはこんな考え方ばかりなのだ。
結局、ここに来ても生きていく意味がわからなくなるのか。
「おい、何辛気臭い顔してんだよ」
ふとそんな声をかけられ、顔を上げた。
僕のすぐ目の前には、ルームメイトの岡崎がいた。今の今まで、自分が自室にいて、彼がすぐ近くにいる事にさえ気付かなかった。
僕がやる気を失った所で、織川和也として支障が出るような状況になった場合、鎖が現れて仕事をする。その事に気付き、僕はずっと放心状態になっていたのだ。だから、周りの人間にどんな言葉をかけられるかになど、興味が一切湧かなくなっていた。
だが、何故か今僕は岡崎の言葉に直接反応していた。
すぐに、僕の喉を締め付ける力が働く。
『いや……何でもないよ。大丈夫、大丈夫』
「嘘つけよ」
すぐにそう返す言葉があった。それは目の前の岡崎ではなかった。
「そうやって、すぐに平気そうなフリしたって、もうとっくにバレてるからな」
部屋の奥の方にいた高木は、こちらに向けて言った。
「焦ってるっていうの……? 何か、和也にしては珍しいけど、だいぶしんどそうだよな、ここ数日」
岡崎がそう切り込んできた。
「やっぱりあれだよな。対抗戦の話が出てきてからだよな」
鎖の弁明は、二人の前にとっくに無効化されているらしい。確かに彼らの目は、僕の焦りをしっかりと見抜いている。
少し間があったものの、このような状況でも鎖はしっかりと働くようだ。
『うん……。ま、まあね』
心なしか少し落ち込んだ様子をこめている。先程はあっけらかんとした態度を出そうとしたというのに。そうとわかると、鎖の振る舞いが余計に腹立たしく思えてくる。
ぽん、と手に肩が乗せられた。それは、岡崎のものだった。
「お前がよく頑張ってんのは、俺らが一番知ってるぞ」
え、と声が出そうになった。
「確かにさ、態度がどうこうってさ、口挟むやつの気持ちだってわからないものじゃないけど、でも、これまで和也が大舞台で結果を出してきたやり方とか感覚があるんだろ? それを無理矢理崩して、それで結果が出せないなら、それは違うんじゃないかって思うけどな」
『ううん……』
「何かさ、メリハリが超強いみたいな感じだよね、和也のプレースタイルって」
高木もこちらへ近付き、岡崎に加勢してくる。
「そうそう。やる時はやる、やらない時は本当にやらない、みたいな」
岡崎のフォローに、二人して笑う。
「和也はそれがちょっと独特っていうのは確かにあるよな。ぶっちゃけ、レギュラー陣だって、皆が皆常に百パーセントの本気で取り組んでるかって言ったらわかんねぇしな」
「そうだよ。彼らだって、『ああ今乗らねぇな』って時、絶対あるよな」
「まあ皆〝やってる感〟出すのは本当に上手いよな」
やってる感、という言葉が何だか新鮮で、少しだけ笑いそうになる。鎖もまた、僕と同じように、ちょっと笑いそうになる反応を見せた。
「何かそれで良いわ、ってのがこれまでの和也の気持ちみたいに見えてたけど、案外そうじゃなかったんだな、最近になってから」
最近になってから? 高木の言葉が、少し引っ掛かった。
「ああ、わかる。俺も思ってた。ハングリーさっていうか、後が無い感じね。そこら辺が急に出てきたもんな。まさか部屋の中でもそこまでなるとはな」
その言葉にはっとした。
彼の言っている事は、間違いなく僕の存在、僕の行動を指している。
鎖の内側から、確かに僕の存在が――。
「ただ真面目な話、そこまで本気で悩んでるなら、俺らじゃなくて、レギュラークラスのメンバーに、自分の状態について相談しに行くのがいいと思うぞ。包み隠さずちゃんと自分の事を話してさ」
「どうなんだろうな、自分の事に必死な人が多いから、意外と塩だったりしてな」
「ああ見えて、実はドッサンが一番親身に話聞いてくれたりしてな。何せキャプテンやってんだ。自分も選手だけど、一番フラットに全体を見てるだろうよ」
ドッサンとは、主将の安藤の事だろう。何故だか理解でき、それと共に笑いがこみ上げてくる。
「こんな全国知ってる奴らがゴロゴロ集まる環境でさ、ベンチに入れてるだけでも大したもんだ。それに、リーグ戦にだって出る可能性もあるだろ?」
この前の試合の事を言っているのか。まるで感動的な、悲願が叶ったとでも言わんばかりのルームメイトの口ぶりが、気になって仕方がない。
「和也は、俺達の希望みたいなもんだ」
『そこまで言わなくても』
ふふっ、と小さく笑い声が零れる。僕自身も何故だか少しだけ照れ臭くなってくる。
「ま、だからきちんと結果出してくれよって、それはプレッシャーになっちゃうから言わないでおくか」
『遅いわ、もう聞こえてるから』
ここでまた一つ笑いが起こる。
「Aチームに入って、毎日全力で練習に励んでさ、色んなプレッシャーがあるだろ? 俺らから見たら、和也がベストを尽くせてないなんて、そんな風には思えないけどな」
「高木は全然だけどな」
岡崎のツッコミに、今度はひとしきり大きな笑い声があがる。
「ま、とにかく、和也がこれ以上気に病む必要はないって。ヤナギさんとかサワハタさんとか、少し上の先輩達の次元がちょっと違いすぎただけだ。毎日全力で頑張って、食らいついて、そんな自分を誇ろうぜ」
「そうだそうだ。お前胸張って歩けよ」
先程とは違う空気で、今度は静かな笑みが生まれる。織川も同じように笑っている。
確かに、二人は知らないけれど、僕だって頑張っているんだ。初心者の状態で、いきなりこんなレベルの高い環境に食らいついている。僕がしている事は、この二人が思う以上に、もっともっと……。
『何だよ、なんか良い事言ってますみたいな感じでさ』
毒づくような発言だったが、不思議と悪い空気にはならなかった。
「な、今日くらい、気分転換に、三人でゲームでもしないか?」
岡崎は思い立ったように、突然そう切り出した。
ゲーム。この場でまさかそんな話になるとは思えず、僕は声をあげそうになった。
勿論、鎖は僕の思うように身体を動かしてはくれなかったが、鎖もまた僕の気持ちと同じように、岡崎の誘いに乗った。
『うん、いいね。何しよう』
「相変わらず、ノリだけはピカイチだよなぁ、和也は」
高木も嬉しそうな様子をしている。
荷物棚へと移動し、ゲーム機を取り出す。僕も持っている、世間で一番人気の、最新型の筐体。まさか、この部屋にあるとは思っていなかった。
「何やろうか」
「じゃあ、運転で勝負するか?」
『いいね。久しぶりだけど、これなら割と得意だと思う』
選ばれたのはレーシングゲームだった。僕も何度もプレイしたゲーム。こうやって友人と共にその場で対戦するのは、一体いつぶりだろうか。
すっかり乗り気になった僕達は、そのままゲームに明け暮れた。ゲームとなると、僕も本気を出してしまう。コントローラーを操る指には力が入り、何度も声をあげてしまった。
この時間が、ずっと続けばいいと思った。