表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第二章
12/13

第二章④ 邪魔者

 対抗戦のメンバーが発表され、チームのメンバーごとで練習をする機会も増えてきた。自ずと、小柴と接する機会も増える。同期だというのに、岡崎や高木らと距離を置いている。この機会で織川とは関わる機会が増えたものの、やはり一線を引いている印象が否めなかった。

 カズ。織川の事を部内で唯一そう呼ぶ人間。ただ出身県が同じだけの同期には思えない。


 そんな小柴と練習外で関わる機会があった。


『ナオ』

 ある日の授業が終わり、これから練習へ向かおうと駐輪場に入ったタイミングだった。

「おう、なんだ、カズか」

 声をかけた先に、小柴直文がいた。

 一足先に駐輪場で自転車を出そうとしている様子だった。


「何だ、今日は一段と元気そうだな」

 僕達は共に自転車を押して歩き、大学の敷地外へと向かう。

『そんな事はないよ』

「そうか。いいじゃねぇか、トモヤさんみたいで」

『そうだね』

「おう」

 苦笑いしながら、小柴は視線を逸らした。

 テンポのよい二人の会話に、僕は置いていかれる気分になった。

「この前のフィジカルの時のヤジ、あれ酷かったなぁ。でも、Bチームの連中の声なんて、何も気にする事はないぜ。ただ自分達が試合に出れないからって、俺らの足を引っ張りたくて仕方ないんだろ。……出すべき所で結果出せば、それでいいんじゃねぇかな。大学生にもなって」

『ナオもそういう事言うんだな、意外だった。ちっちゃい時のナオは、とにかく全力でやれってタイプだったじゃんか』

 ああ、と突然小柴は歯切れの悪い返事をした。

 少しの沈黙の後、小柴は言い直した。

「成長、なのかな。親父さんを否定する気はないけどよ。ある意味冷たいかもしれねぇな、やりたいようにやれよ、最後は自己責任だけどなって」

 小柴はそこで言葉を切り、再び黙った。

『大学生のバスケね。ナオはすぐ順応できているみたいで、羨ましいよ』

「ああ、お前も勝負所だが、対抗戦、同じチームなんだし、一緒に頑張ろうぜ」

 そこまで話した所で、丁度学校の敷地外へと出た。

 当然二人して寮へ向かうかと思っていたが、小柴はあろう事は織川とは反対方向を向いた。

『病院に用事だっけ?』

 気を遣ってか、少し声を潜めるようにして織川は言う。

「そう。でも、悪いのは俺じゃねぇぞ。見舞いだよ」

 見舞い。身内に入院している人でもいるのだろうか。僕は内側でそんな事を考えた。

「そんな気まずそうにすんなよ。姪っ子だ。もう中学生だとよ。一番上の兄貴がこっちの方に住んでるのは前に言ったろ? それに、別に病気じゃねえよ」

 例の無差別殺傷事件だよ、とだけ付け加え、小柴はそれ以上の詳細を話さなかった。

『もう、退院できそうなの?』

「ああ。もうそろそろ、リハビリに入れる。ま、カナはまだ全然ましな方だよ。どっちかって言うと、メンタルの方が……な。目の前で人が刺される所をたくさん見たからな」

 それは可哀想に。見ず知らずの他人の出来事とはいえ、同情してしまう。

『分かった。それは、とにかくお大事に』

 織川も、当然わかっているとでもいうように、小柴に言葉をかけた。

「おう、じゃ、俺は練習遅れて参加って事で言ってるから。また後でな」

 小柴は手を振り、自転車を漕ぎ出した。

 織川も手を振り返す。ほんの少しだけ、織川の口角が上がる感覚がした。


***


 その日の最後の一コマで、いよいよチーム対抗の練習が始まった。今日はまずハーフコート形式で、ディフェンス側がボールを取ったら攻守交代、という形式だ。

 僕のチームは、司令塔役、ポイントガードの小柴を中心に、原という下級生とフォワードを組む事になった。彼は、僕が初めて織川の身体に入った時、トイレに僕を呼びに来た、小柄な彼だった。チーム分けが発表されるや挨拶しに来るくらい、とても礼儀の良い奴だ。


「原と織川のツーマンを軸とした攻めかな。向こうはマンツーマンで来るから……」

 小柴が早口でメンバーに指示を送っていく。彼の頭の回転は非常に速い。

「まずはこの作戦で! 全員、出せる力出してこうや」

 あい! と全員で大きな声で全員が返事をする。

 変に気負わせすぎる事なく、ポジティブにやる気を高めていく。小柴のやり方に、僕の士気も高められていく。


 ハーフコートでの模擬試合が始まった。じゃんけんの結果、先にボールを得たのは織川や小柴のチームだった。

 最初にボールを手にした小柴が、そのまま前陣へと切り込んでいく。

 すかさず前に立ちはだかる敵役。周囲では目まぐるしいポジション取りが繰り広げられる。

 右足を軸としたピボットで、小柴が後方にやってきた味方へとボールを回す。

 僕もボールを視界の隅に入れながら、鎖の動きに任せてポジション取りを進める。


――!

 その瞬間は、早速やってきた。途端に足が止まるのがわかった。織川の身体を縛り付けていた鎖の隙間に、何かが入り込んでくるのが感じる。足は地面に着いているというのに、何故だか身体が浮き上がるような妙な感覚に襲われる。

――来たな。

 息を呑む。もう覚悟は決まっている。やるべき事をやるのみだ!

 本当は思い出したくないが、無理矢理過去の出来事に思いを馳せる。


 怒りの感情をエネルギーに、意識を鎖の重ね、そのまますぐに下へ。

 確かに地に足が着く感覚が生まれた。邪魔者など知るものか。僕が織川の身体を動かせばそれでいいんだ。と心の中で呟き、僕は自らの意志で力を込め、駆ける。

 ポジション取りなら、これまでの他の部員のプレーでも、大いに参考になる。マークの裏を付くと、タイミングよくパスが渡った。手応えのもと、スプリントをかける。

勢いのままにゴール下まで迫る。

――今に見ていやがれ。

 何度もこの目で見てきた動き。それに倣えばよい。

 そう思い、同じ動きを繰り返す。


 膝の力を使って飛び、ボールを手から放つ。


 ボールはリングに直撃し、あらぬ方向へと跳ねた。



 すぐさまリバウンドの争いが繰り広げられ、制した相手チームへとボールが渡った。

「オッケーイ!」

 大きな声がすぐ側で響いた。


 くそっ。次こそ決めてやる。そこから攻め続けて、挽回だ。

 ハーフコートの形式では、ディフェンス側にボールが渡った時点で、攻守が交代する。


 それからも練習は続いていった。

 常に気を張り、奴が現れる意識を向ける。

 焦りは募る一方だった。僕自身が制御権を取る、という事自体は上手くいく。しかし、自分のプレーから得点に繋がる事がない。シュートは悉くゴールを阻まれ、パスすらまともに通せない。ゴールを躊躇っていると、あっという間に時間が経過し、交代となってしまう。


「カズ。ちょっと冷静になれ。勢いだけで突っ走りすぎだ。もっと全体を見ろ。冷静になれ」

 インターバルの間に、小柴が真剣な面持ちで僕に話しかけてくる。

 わかってはいる。ただ、僕が選手としてあまりに未熟すぎるのだ。周囲のレベルについていけていない。全体を見るなどという余裕がとてもできるものではない。


 模擬試合が再開した。

 邪魔者は、僕を嘲笑うかのごとく、オフェンスの度に現れ、僕の登場を促してくる。

 当初は高まっていた意欲も、あまりに厳しい結果を前に、削がれていくのを実感する。気持ちが弱まっていた。他人への怒りの感情よりも、自分への惨めさが勝ってしまう。段々と鎖に接触する苦しさも増してくる。


――マズい。

 苦しさのあまり、僕は力を失い、その場で倒れそうになった。

……だが、決して倒れない。鎖はすかさず織川和也の身体を制御し返す。

僕は苦しみと惨めさから、逃れる事ができないまま――。


 あっという間に練習が終わった。



 考えてみれば、至って当然の事だった。ただルールを知っているだけの素人が、いきなり大学スポーツの実戦の場に出た所で、使い物にならないのは、誰に教わるまでもなく、明らかな事だった。気持ちだけでどうにかなるほど甘い世界ではなかったのだ。

 フィジカルの時に上手くいったのも、それが直接バスケの技術を必要とするものではなかったからだ。思い返せば、当たり前の事だった。


 どうすればいいか考え、次の日も、さらに次の日も、練習に取り組み続けた。


 僕が入り込んだ方が、よっぽどひどいじゃないか。自分を客観視しようと意識するまでもなく、誰の目にも明らかだった。頑張れば頑張るほど、その事実を再認識させられるだけだった。



――では、一体僕は何のためにここにいるのだ?

 そんな事を考えるうちに、身体は勝手に動いてしまう。それまでの織川和也の日々と何ら変わる事なく、いつもの日々を、彼の内側で歩んでいく。

――僕がここにいる意味は、どこにある?


 そう考えた途端、何事にも心が向かなくなった。


――ああ、またミスをした。

 チーム内のボール回しの練習で、味方との連携が上手くいかず、パスを受ける事ができなかった。チームの勢いを止めてしまった。

「おい、足止めてんじゃねぇぞ」

 厳しい叱責が飛んだ。その声は安藤か、小柴か、いや、誰だ。

 そこで我に返った。僕は無意識のうちに、自らを傷つけようと鎖に入り込んでいた。


――こんなの、僕がいない方がよっぽどマシなんじゃないか。


 感情を失った無の時間が、果てしなく長く続くように思われた。

 生き地獄も同然だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ