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僕に眠る君へ  作者: 飛島葉
第二章
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第二章③ 怒りの記憶

「さて、ついにきましたなぁ。メンバー選考の話が」

 その日の夜、部屋に集う面々の間で、そんな言葉が切り出された。

「いよいよだなぁ」

 岡崎が、高木の発言に乗っかるようにして言う。その話題に触れるにしては、二人とも随分と気楽そうに見えた。

「なっ」

 気付けば、岡崎がこちらを向くのが見えた。

「……って、このテンションで和也に振るのは、ちょっとデリカシー無さ過ぎたな」

 岡崎の言葉に合わせて、二人とも大笑いする。

 何と言葉を返せばよいのか、よくわからない。


「いいんだぜ、和也だってこんな時くらい、ちょっと元気になってもよ。変に気にしすぎる事はないだろ」

「何てったって、熱いぜ。今回は」

 二人して、変わらぬ高いテンションのまま、こちらに話を振ろうとしてくる。


「去年までのチームの核だった、サワハタさん達の代が一気に抜けて、今年は上級生に食ってかかるレベルの一年もはいない。これまでずっとベンチだったメンバー同士の、熱い戦いだもんな」

「これまでの練習試合の起用からして、仮に併用だとしても、一、二番手の序列が最初には決められるだろうな」

「和也。スモールフォワードは、現状お前と宮内さんのほぼ一騎打ちだ。起用法的に、最初は一番手がかなり重宝される事で間違いないな」

 早口で話す二人は、さながらファンチームのスタメンを予想するかのようなテンションだ。自分達だって、一応は選手だというのに。


「なぁ、そんな冷めた目で見るなって。そりゃあ俺達だって、可能性がゼロって訳ではないけどよ」

「まあ、だからって、俺らにベットするような奴は、ギャンブラーとかそういうレベルじゃねぇよ、ただの阿呆だ」

ベット? ギャンブラー? 何だか引っ掛かるような言葉が聞こえ、彼らの話に乗っかるテンションが、ますます下がった。

「まあ勿論俺らは、賭けとか関係無しに、和也を全力で応援するぜ」

「そう。お前は、俺達の希望だからな」

 どうしてこんな奴らと関わりを絶たないんだ、織川は。

「友人」達二人に心底辟易した。ここが自分の部屋だというのに、どこか違う場所へ逃げ出したくなった。



 対抗戦のメンバーが発表された。対象は現状Aチームの二十人。これを四チームに分け、総当たりを行っていくというものだった。

織川と同じチームには、同郷のエース格、小柴の名前があった。他のメンバーは、練習試合に出場していないメンバーだった。他のチームを見ると、バランスを見てか、練習試合のスタメンやベンチメンバー、さらにはベンチ外が混ぜられた形となっている。

 徹底的な実力主義。残酷な世界だと思った。


***


「ぁい!」

 手を叩く音と共に、まるで野次のような力強い掛け声が聞こえてきた。

 掛け声とほぼタイミングを同じくして、多くの者達が身体の向きを変え、それまで走ってきた方向へと、戻るように駆けていく。しかし、戻る事が許されるのは、レーンの端に、反対側から取ったマーカーコーンを積み上げてからだ。

「遅いぞ!」

 それが自分に向けられている事は、直接声がした方向を見ていなくとも、肌でわかった。その身体を動かしているのは自分ではないのに、何故だか自責の念が強くなっていく。


――遅い。

他の者に比べ、僕の身体の動きが遅れを取っているのは明らかだ。

 原因もわかっている。奴が現れ、鎖の邪魔をしている。


 規定練習の中で時折行われる、直接バスケとは関係のない、フィジカルトレーニング。動き自体は僕にも真似できそうだが、何しろ途轍もなくタフな動きを求められる。鎖の中にいる僕でさえ、まるで足がはち切れそうな感覚に襲われている。



 邪魔のせいで、鎖が本来の力を発揮できていない。それはわかっている。だが――。

 ただ、焦りばかりが増していく。


 積まれたマーカーコーンが、段々と減っていく。もう既に〝作業〟を終えた者が、列から姿を消しているのが見てとれる。

 僕の目の前に後二人。


 当初に比べ、周囲から掛けられる声の量が増えていく。

 当初は手拍子と共に出される掛け声だったものへ、それ以外のタイミングで飛ばされる野次のようなものが足されていく。


「おい、何でAチームがそこにいんだよ」

「おいおい、大丈夫かAチームさんよぉ」

「手抜いてんのかぁ?」

「舐めてんのかっ?」


 その言葉を発したのが誰かはわからなかった。何せ外野に目を向けている余裕など一切無い状態だ。だが、耳だけは聞こえてしまう。即座にあちこちから笑いが起きるのが耳に入った。

何だと。衝動的に、今すぐに列から外れ、声の主達へ殴りかかってやりたい気持ちになった。まるで自分が嗤われたかのように、悔しさが胸に滲み出る。


 何故だか、僕自身の記憶が勝手に脳内で蘇っていた。体育の授業で、僕が動く姿を見た、クラスメート達の言葉。

――おいおい、動きキモイ奴がいるぞ。

――何だよあれ、軟体動物かよ。

――クラゲじゃね、クラゲ。



 記憶を無理矢理打ち消すように、拳を強く握り締めた。今ここで、彼らに反撃する事はできない。だが……。

 無理矢理足に力を込める。既に激しい動きを行っている〝流れ〟がそこにあった。本当はそこにはないはずの自らの足を、無理矢理その部分に突っ込むよな、奇妙な感覚。

 猛烈な痛みに、思わず声をあげそうになる。既に生じている流れに、無理矢理入り込み、自らもその流れに加わり、後から強引に強める。

 鎖の強い縛りを感じながら、何とかそこに入り込む。

 変な汗が噴き出そうだった。


――ただ集中していた。それまで視界から見ていただけの動きを、自分自身で再現する。ほとんど気持ちだけで、動きを逸脱しないようにしながら、その動きを自分が引っ張る側に回る。

 ただ無心で、身体を動かし続けた。


「よし!」


 コーンを並べ終えた後、力強く声を発していた。その場で身体を休めると、より一層呼吸が荒くなっていくのがわかった。

 眩暈がした。頭がくらくらする。それでも何故だか足は動いている。

――今の出来事は、現実だったのか?

 間違いがなければ、確かに僕は今、自らの意志で動く事ができ、邪魔者のコトガミに抗う事ができた。

――そうだよな? やったんだよな?

 それ以上何も考える事ができず、そこからはもう鎖の動きに任せる事しかできなかった。

まだトレーニング自体は終わっていないようで、辺りの喧騒は弱まっていない。この様子なら、今の僕の状態は、誰にも気付かれないで済むはずだ。


 アドレナリンが出ているのか、あれだけ苦しかった鎖と混ざり合う感覚を、何とも思わない自分がいた。悔しい気持ちを思い出せば、僕も鎖に抗って、織川になれるのかもしれない。

 激しく響く鼓動を感じながら、僕はそれだけを考えた。


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