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笑いの神様

作者: 雉白書屋

 とあるお笑い芸人の男。彼は笑顔とは縁が遠いようで、まったく売れる気配がない。

「今売れている連中も、運が良かっただけで大して面白くない。売れてるから面白いと思われてるだけだ。きっかけさえあれば、おれも……」と人を妬み、自分を慰めるばかりの日々を送っていた。

 そんなある夜のこと。まどろむ彼の枕元に突如、光とともに奇妙な男が現れた。


「な、な、な」


「わしは笑いの神だ。笑いに生きる者よ。お前にどんな話でも、一度だけ大ウケする力を授けよう」


 満足に声も出せなかった彼だったが、その言葉にがばっと体を起こした。そして、まじまじと相手を見つめる。

 白髪に白い着物。みょうちくりんな髭を生やしているが、なるほど、たしかに神々しい見た目だ……。

 突然の奇跡に彼は喜び、グッと拳を握ったのだった。

 翌日、意気揚々と劇場へ向かった彼は、開演を待ちながら高鳴る胸を押さえた。

 やがて開演時間になり、舞台では次々と芸人たちが登場し、漫才やコントで客席を沸かせていく。


 ――お前らは所詮、前座だ。おれの人生が変わる瞬間をとくと拝むんだな。


 そんなふうにニヤつきながら舞台を眺めた。そして、ついに彼の出番がやってきた。


「いやー、昨今はどこもAIを活用していますが、うちの会社でもAIアシスタントを導入することになったんですよ。『AIが適切に仕事を割り振ってくれるから、AIの指示に従って仕事をしなさい』って、社長が命令してね。まったく、どっちが社長なんだか。ははは! まあ、それで早速パソコンを起動して、スケジュールを確認したんですよ。すると、AIがこう言うんです。『あなたのストレスレベルが高いので、体を休めてください』ってね! いやあ、良いこと言うじゃないの。そう思って、堂々と席でのんびりしていたんですよ。何せ、AIの指示ですからね。でも、三か月後……胃に穴が開いちゃいましたよ。いやあ、何もしないっていうのもつらい! それで入院までしちゃいましてね。ですが、仕事には穴が開かなかったんですけどね!」


 ――ウケない。


「い、いやー、最近、太ってきちゃいましてね。このままじゃいかんと思って、オーガニックサラダやスムージーばかり口にするようにしたんですよ。それでどうなったかって? 見てのとおりですよ。全然満足感がないから、逆に食べ過ぎちゃってね。結局、痩せたのは財布だけですよ! 健康はお金がかかるんですねえ!」


 ――ウケない。


「こ、この前、スーパーに行ったんですよ。で、レジで店員さんが『ポイントカードはお持ちですか?』って聞くんで、『いや、持ってません』と答えたんですよ。そしたら『お作りしますか?』って聞かれて、『いや、いらないです』と答えたんです。それで、店員さんが『ビニール袋はいりますか?』って聞くから、『いらないです』って答えて、すると今度は『集めると賞品がもらえるシールはいりますか?』って聞かれ、『いらないです』と答え、『チラシはいりますか?』『いらないです』『お釣りはいりますか?』『いらないです』『商品はいりますか?』『いらないです』――あっ! と気づいたのは、もうレジを出たあとですよ。いやあ、してやられました! なんだか文句言う気も失せちゃって、そのまま店を出たんですよ。それで、しばらく歩いたら後ろから呼び止められましてね。なにかなーって思ったら、なんとお巡りさん! え、わたす? いやいや、わたすは怪しい者じゃございませんよ? なんて顔をしていたら、こう言われたんです。『あのー、服はどうされたんですか?』。いやあ、商品どころか服まで『いらない』って脱ぎ捨てちゃったんですよ! 物欲もほどほどに持っていたほうがいいですねえ! なーんて思っていたら、お巡りさんが手錠を取り出したんでね、私、こう言ったんです。『お巡りさん、逮捕状はあるの?』……すると、お巡りさんはこう答えたんです。『いらないです』ってね!」


 ――ウケない。


 客席はしんと静まり返り、誰一人としてくすりとも笑わない。じわじわと冷えていく空気を、彼は肌で感じていた。

 背中を汗が伝う。脇はじっとりと湿り、後頭部は痒くてたまらない。焦りと不安が渦巻く中、彼は必死にネタを続けた。

 だが、ウケない。ウケない。ウケない。


 ――なぜだ、どうして。神様がくれた力は?


 そのとき、ふと楽屋での出来事が脳裏に蘇った。開演前、先輩芸人との何気ないやりとり――


『なんや、珍しく機嫌良さそうやな』


『へっへっへ、わかりますか? 今日のおれは一味違いますよ。なんたって、笑いの神様のご加護があるんですからねえ』


『なんやそれ! ははははははははははははははは!』


 ……あれだ。思い返すと、あのとき、先輩は異様に笑っていた。まさか、あれで『一度だけの大ウケ』を使い切ってしまったのか? じゃあ、おれは今日もウケないのか。いや、それどころか、この先ずっと……


 絶望の底で、ふらつく足元を踏みしめ、最後に彼は震える声で言った。


「じ……実はこのネタ、全部笑いの神様が考えたんです!」


 やや、ウケた。

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