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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紫の君と肌の色

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 みんな、「錆び」と聞くと、どのような印象があるかな?

 うん、ものが傷むころになるきっかけとして、とらえられることが多いだろう。そのイメージは赤錆びから来ているものだと思う。

 鉄を例にとろう。前に話したかもしれないが、鉄というのは単体ではとても不安定な金属。酸素を取り込んで酸化しようとする傾向がみられる。それによって発生する赤錆びは鉄を朽ちさせる元凶ともいえよう。

 しかし、中にはあべこべに鉄を守ることに役立つ錆びも存在する。「黒錆び」と呼ばれるものがそれだ。

 これは一部のものをのぞいて自然に発生することがなく、高温で熱したり、メッキしたりすることで得られる。いわば赤錆びにとってのバリアとして働くもので、フライパンや中華鍋を長持ちさせるために、この加工が用いられているとも聞くね。

 細かく探ると、別物なのに同じような呼び方をされる、というのも少し不思議な感じがするものだ。暮らしにとってプラスになるかマイナスになるかで、評価もぐっと変わる。私たちの身に起きることでも、似たようなことがあるかもね。

 ひとつ、先生が昔に体験したことを聞いてみないかい?


 日焼け、といえば多くの人が体験する肌の色変わりと思う。

 赤くなりやすいか、黒くなりやすいか。遺伝子だったり、メラニン色素を生成する能力だったりと、その違いにはいくつもの要素がかかわるらしいね。

 前者を日焼けととるか、後者を日焼けととるか。人によって認識は変わるとは思うが、先生としては後者の印象が強いなあ。

 というのも、先生のまわりにいる人で肌が赤く焼ける人は、色が引っ込むのも早い。対して黒く焼ける場合は長く残り、目にする時間も多くなる。その積み重ねが「おお、焼けている」という認識につながるのだと。

 しかし、この焼け。もしも、他の種類があったとしたらどうだろうか。


 夏休みのさかり。

 早めに宿題を終わらせた先生にとって、8月下旬は悠々自適に過ごせるほぼ天国な時間となっていた。

 先生は日焼けをしづらい体質だったらしく、連日そと遊びに興じていたものの、白い地肌はあふれる紫外線を受けてなお、平然とした表情をたもっていた。

 それがこの日になると、ちょっと様子が違う。

 元から色が変わっているのではなく、指で押したりすると色が浮き出るかっこうだった。

 その色というのが、自然にある葉っぱがもたらす色合いというか。こげ茶色をブレンドした緑色でね。少し圧をかけると浮かび、話すとすぐに引っ込むという、妙な姿だった。

 内出血のたぐいを疑いたいが、痛みがないのがかえって怖さをあおる。これはなんかやばい怪我か病気じゃないかと、さっそく母親に相談してみたんだ。

 目の前で皮膚を緑色にして見せると、母親は「ふーん」と鼻を鳴らして続ける。


「なるほど、今はあんたが目をつけられたってわけか。『紫の君』に」


 むらさきのきみ? と尋ねてみると、母親はおそらく紫外線の概念が知られるようになってからつけられた、便宜上の名だと前置いて話してくれた。

 紫の君は、目に見えない力でもって身体の内へ入り込み、そのものの奥にある臓器を喰らったり、持ち去ったりしていく怪物と伝わっている。それに対抗するすべとして、私たち人間の遺伝子が開発した策のひとつが、この緑色になる肌なのだという。


「今日いちにち、あんたには悪いが家の中にいることをすすめる。紫の君が目に留めるやつは少ないが、留められたならばしつこい輩だからねえ。外にいたんじゃ、身を守るすべがあまりない。

 ひとまず、窓からもできる限り距離を取るようにしておけば、あんたの身体そのものが悪いようにはしないだろう」


 窓から身を置く。

 家の構造によって、その難易度は変わるだろうが、先生の家の場合だとたいていの部屋は窓付きだったから、部屋の中央あたりまでしかいけない。トイレも採光用窓があるから立てこもるのには向いていない。

 意識して廊下か、部屋の真ん中あたりに居ようと努めたのだけど、うっかり窓近くへ寄ったときに紫の君とやらの力を見ることになったよ。

 皮膚にね、穴があく。

 うかつに陽へさらすと、そこからぷつりと血がにじみ出すや、じわじわとその傷が広がっていく。その外周にも瞬く間にあの緑色が広がっていくんだ。

 母親の言う通りであるなら、これが紫の君のやらんとしていることであり、また遺伝子が防がんとしていることなのだろう。あわてて身を引いたけれど、出血も変色もしばらく停まることはなかった。


 陽が沈むまでの辛抱とはいわれたが、想像以上に神経を使う日だったよ。

 なにせ日差しが強くなってくるにつれて、安全なゾーンがどんどん狭まっていくからねえ。いったんは障子を閉めきった和室に退避することもあったよ。

 その間も、身体中にはおのずとあの緑色たちが広がっていく。つまりは紫の君が手を伸ばしているということだったのだろう。

 そうしてようやく陽が沈むと、身体に浮き出ていた緑色もすっかりと抜けて、浮かぶことはなくなったけれど、えらく身体がだるさを覚えたよ。

 これでいったんは紫の君の手は逃れたけれど、二度目のターゲッティングをされないとも限らない。また身体が緑の膜を張ろうとしたときは、気をつけなさいといわれたっけ。

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― 新着の感想 ―
とても面白かったです。 肌の変色は体の異変を報せてくれるものでもあります。それに気づき何らかの対処が出来るかが、肝心なのかもしれませんね。 「紫の君」という名の響きのイメージと違って、結構怖い輩だなと…
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