決して交わることのない、ヘソ出しコーデ
みんな秘密くらい、一つや二つ持っているだろう。「秘密なんかない」という人も、あえて誰にも言っていないことがあれば、立派な秘密だ。
私は自分で言うのもなんだけど、物静かで大人しい。学校でも隅にいるタイプだ。
中野さんは、男女問わず友達が多い。すらっとした長身、長いまつ毛、手入れが行き届いた茶髪。明るい性格だけど、物憂げな表情を見せることもあり、ミステリアスな雰囲気もまとっている。
お姉さんがいるそうで、体操着は、お下がりを使っているらしい。ボロボロになった袖はあえて着崩している感じが出て、様になっている。
大人しい女子にも分け隔てなく話しかけてくれる中野さんは、ある日、私の目を気まぐれに褒めてくれたことがある。
「清水さんって、色素が薄い綺麗な目をしてるね」
サラッと言うものだから、私の方が変に照れてしまった。きっと、このことを中野さんは覚えていないだろう。私は5年後も、ふと夜に思い出して、胸を熱くさせる自信がある。
中野さんから目を褒められた時、美鈴が隣で見ていた。美鈴は、移動教室や休み時間に、一緒に過ごすことが多い友達だ。クラスで一人にならないために、一緒にいる友達と言っても良いかもしれない。二人でいると、一人の時よりも強気でいることができた。同じ漫画が好きという共通の趣味もあって、私達はそれなりに、深くつながっているはずだった。
中野さんという外部の侵入があったことで、美鈴は鋭い目を私に向けてきた。そこには軽い嫉妬心も含まれていたように思う。
なんで派手な中野さんから話しかけられているの。しかも、褒められていて羨ましい。抜け駆けしないでと言っているように感じた。
クラスで目立つ女子は、私服もオシャレだ。休日に駅前で中野さんを見た時、ヘソが見える黒色のセットアップを着ていた。メイクもしていて、校内で見る時よりも大人っぽい。
しかも、中野さんは背が高いかっこいい男子と一緒にいた。別に中野さんに片思いをしている訳でもないのに胸が痛んだ。
クラスの男子でもない、先輩でも見たことない。そんな謎の男子といる中野さんは、遠い世界の住人のように思えた。私が入る隙なんて到底ない、二人だけの世界を作っていた。家に帰った後、泣きたい気持ちになって、何も手につかなかったのを覚えている。
私の私服は普通だ。パーカーとジーンズという無難な組み合わせをして、いつも出掛けている。いいように言えば、ボーイッシュ。悪く言えば、面白みがない。
とはいえ、私は自分が着たいと感じるファッションがわからなかった。変に目立って、周りからジロジロ見られることも避けたかった。
外でヘソ出しコーデをする度胸は私にはない。だけど、中野さんを見て、家の中でなら着たいと感じてしまった。
通販サイトで、中野さんが着ていたような服を注文してみた。深夜テンションも相まって、気付いたら購入ボタンを押していた。家に荷物が届いた瞬間、一瞬しまったと思ったけど、妙にウキウキしている自分に気づいた。
引き出しの奥にしまっていたメイク道具を使った後、ヘソ出しのセットアップを着てみた。鏡の中の私は、いつもの私じゃないように思えた。情けないのと、恥ずかしいのと、味わったことのない高揚感から、自然と口角が上がる。
そのままリビングの方に行ってみる。お母さんは買い物へ、お父さんは仕事だから、今家には私しかいなかった。
背筋を伸ばして堂々と歩いてみる。人目がないと、自分の好きなように振る舞えるから最高だ。
しかし、私はヘソ出しの服を外に着て行くことはないだろう。誰も家にいない日にだけ着れる、特別な服ということになる。
秘密を作ったその日から、心の余裕ができた気がした。特にお母さんは、私のことを何でもお見通しみたいな目で見てくるけど、きっとヘソ出しの服のことは知らないだろう。正直に生きる方が良いと言うけれど、ささやかな秘密があった方が生きやすいのではないか。
学校では相変わらず、中野さんは存在感がある。私のわずか20センチ前に中野さんがいた。友達の三嶋さんと話している。
どうやら二人は読者モデルの話をしているみたいだった。聞き耳を立てていたものの、「リモフォト」や「コンポジット」などの専門用語を使っていたりして、私はついていけなかった。
やがて三嶋さんが、別のクラスの友達から呼ばれて、「ごめん。ちょっと行ってくるね」と、その場を去った。一人取り残された中野さんの後ろ姿は寂しそうで、私は一人しばらくみとれていた。
中野さんは自分の席に戻るのかと思いきや、教室の隅に行き、スマホを使って前髪をチェックしだした。
それから、右手を腰に持っていき、自分の制服のブラウスを眺め見る。何を思ったか、裾を引っ張り、ヘソが見える格好にした。
私は見てはいけないものを見た気がして、心臓が跳ねた。中野さんも、ここが教室であることに気付き、急に周りをキョロキョロと見渡す。じっと見ていた私と目が合うのも必然だった。すぐに、目線を逸らせば良かったものの、何もできなかった。
中野さんは一瞬、不意を突かれたような顔を見せた。しかし、すぐにほころんだ顔になり、人差し指を唇の前に当てて「内緒」ポーズをした。
勢いよく頷く私。教室には他のクラスメートもいたけど、おそらく、その姿を見ていたのは、私一人だけだった。中野さんを目で追っていた男子もいたかもしれないけど、直視せずに、視界に入れる程度に収まっていたはずだ。私は中野さんと同じ女子だから、じっと見ていても、特別怪しまれたりはしない。
中野さんの無邪気な秘密を知ってしまった。もうすぐ冬がやってくる。今よりも寒くなり、ヘソ出しの服を着るのも辛くなってくるだろう。私は家で着るから良いとして、中野さんはいつまで着るのだろう。どうか、この冬は暖冬でありますようにと罪滅ぼしのように心の中で祈った。