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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハズレ職で異世界無双 〜追放されたハズレ職《薬草鑑定士》が実は最強だった件〜

「貴様には失望したよ、役立たず。貴様のその醜い顔をこれ以上衆目に晒すな。さっさとここから立ち去れ、社会のゴミ」


「……え?」



 突然目の前の女にそう告げられた時、俺の頭は真っ白になった。



 ◇◇◇◇◇



 俺の名前は天宮亮太。

 畠中(はたなか)高校に在学する高校二年生だ。



 俺のスペックを簡潔に説明するとしたら、『モブ』という言葉が最も適している。

 二日会わなかったら忘れそうな顔立ちをしている。

 幼馴染にそう言われた時は少し……いや、かなり傷ついたものだ。



 ガラッと教室の扉を開ける。

 すると何人かのクラスメイトが会話を止め、こちらを振り向く。

 だが教室に入って来た人物が俺だと分かると、すぐに仲間内で会話を再開し始めた。

 これは、俺が話すにも値しないただのモブであることを証明している。

 実際モブなので、全く気にしていないのだが。



「おはよー亮太」


「おっす亮太」


「ああ、おはよう」



 そんな俺にも話しかけてくる奴がいる。

 俺と同じモブ仲間、長谷川と古賀だ。

 少しぽっちゃりしているのが長谷川。

 眼鏡をかけている細身が古賀だ。

 俺の学校生活は、同じモブ仲間のこの二人によって成り立っていると言っても過言ではない。

 ……いや、正確に言えば二人ではない。



「おはよ!亮くん!……それに長谷川君と古賀君も!」


「おはよう天宮君、長谷川君、古賀君」


「二人ともおはよう」


「「おはようございます———ッ!」」



 俺に話しかけてくる奴は、もう二人いる。

 幼馴染の桜木さんと、学級委員長の塩崎さん。

 スクールカースト最上位に位置するこの二人も俺に話しかけてくれるのだ。

 この二人は別名【畠中四天王】。

 学校に存在する四人の美少女達の総称だ。

 彼女らはそのうちの二人なのである。

 桜木さんは、黒髪ショートで活発な性格を。

 一方塩崎さんは、黒髪ロングで大和撫子のような性格をしている。

 どちらともに違った魅力があり、クラス……いや、学校内での人気は凄まじい。



 そんな彼女らと俺が会話出来ているのは、ひとえに俺が桜木さんと幼馴染だからである。

 桜木さんと塩崎さんはとても仲が良い。

 そこから繋がりが出来た、という訳だ。

 かと言って特別俺が気に入られているという訳でもない。

 桜木さんとはただの幼馴染で、塩崎さんに至ってはただのクラスメイト、という認識が正しいだろう。

 だから俺に嫉妬の目線が向けられることはまず無い。

 二人がお人好しだからモブの俺に話しかけてくれている、と周りは認識しているのだ。



 ……実は、俺は昔から桜木さんが好きだ。

 あのモデル顔負けの美少女ぶりも勿論だが、何よりも胸が大きい……ではなく、底なしのお人好しさに惹かれたのだ。

 幼馴染として共に過ごした時間が長かったのも大きいだろう。

 だが俺はその言葉を言い出せない。

 拒絶されるのが怖いのだ。

 だから、俺は中途半端な距離を保ち続けている。

 呼び方が『()()()()』なのもそれが原因だ。

 なんとも情けない話なのだが、それだけ彼女らが美しいのである。

 会話が出来るだけでも幸運。

 俺のようなモブには勿体ないくらいの高嶺の花なのだ。

 ———嫌われたくない、という心理が働くことも無理からぬ話なのだ。



 ガラッ———そんなことを考えていたら、教室にある男がやって来た。

 ……そう。超絶イケメン陽キャ男子———神崎悠人だ。



「やあ、みんなおはよう」


「「「「おはよう、神崎君!!!!」」」」



 奴が教室に入ってくるだけで沸き起こる歓声。

 教室に響く黄色い声。

 俺とは真反対の対応だ。

 これがスクールカースト最上位の男の力なのだろう。

 大変悔しいが、力の差を感じざるを得なかった。



 クラスのカースト上位陣は、女子も男子も関係なくあっという間に神崎の周りに集まっていく。

 唯一、桜木さんと塩崎さんは俺の席の前でとどまっていたが、神崎がそれを見つけるとすかさずこちらへ寄って来た。



「おはよう結菜、凛」


「おはよう悠人君」


「おはよう神崎君」



 神崎は俺達を堂々と無視して、桜木さんと塩崎さんに話しかける。

 しかも、桜木さんも塩崎さんも下の名前を呼び捨てだ。

 恋人でもない癖に馴れ馴れしいにも程がある、と思うのは俺の僻みだろうか。

 桜木さんは俺と同じ事を思ったのか、顔をほんの少し引き攣らせてそう答えた。

 これは嫌がっている時の顔だ。

 長年一緒に居たからか、桜木さんの表情の変化くらいなら読み取れるようになっている……つもりである。



 神崎はそれに気が付いていないのか、話を続けた。



「二人ともよかったら今日、僕たちとカラオケにでも行かない?」


「ああ~、えっと……私はテスト勉強しなきゃだから遠慮しとくね」


「神崎君のお誘いは大変嬉しいけど、私も勉強をしようと思っていたんだ。本当にすまない」


「いやいや、また今度一緒に行ければ大丈夫だから」



 二人が誘いを袖にしたら、すぐに神崎はグループの中に戻っていった。

 ……実は、この誘いはもう三回目なのである。

 二人は毎回何かと理由をつけて断っている。

 いい加減気が付いて欲しいものだが、生憎奴は鈍感だ。

 小説の中ならまだしも、現実の鈍感系は本当に厄介でしかないとつくづく実感する。



「そろそろチャイム鳴るから席につかなきゃ……!?」



 時計を一瞥してそう言った桜木さんが俺の席から離れた途端、突然教室は真っ白な光に包まれ、俺の意識は遠い彼方へと飛んでいった。



 ◇◇◇◇◇



「こ、ここは……」



 真っ白になった視界が元に戻る。

 そこに見慣れた教室の風景は無かった。

 石の壁で囲まれている無機質な部屋が広がっていた。

 俺は辺りを見渡す。

 長谷川や古賀は勿論のこと、桜木さんや神崎まで全員集合だ。

 状況から推察するに、どうやらクラス転移というものにあったらしい。



「おお!お目覚めですかな、勇者方」


「どこだよ、ここ……?」


「お前ら誰だよ!!」


「え……?どうゆう事?」



 どうやら俺達は勇者としてこの世界に召喚されたようだ。

 見るからに高貴そうな美丈夫が、数人の兵士を連れてこの場に佇んでいた。

 突然の状況に、クラスメイト達はちょっとしたパニック状態に陥っていた。

 泣き出す者、呆然としている者、怒り出す者、発狂している者、そして、この状況を楽しんでいる者等々。

 とても男の話など聞けるような状態ではなく、クラス内が混沌としていた。



「みんな落ち着いて!とりあえず話を聞こう!」



 そんな無茶苦茶な状態だったが、とある男の一声でパニック状態が解除され、皆少し落ち着いたようだ。

 石畳の部屋がシンと静まり返る。

 そう。その男こそ、神崎だ。

 カーストトップの力を遺憾なく発揮し、クラス内を早速纏め上げた。

 これが陽キャの力なのだろうか。



「とりあえず説明をしてもらっても?」


「ええ勿論です。私があなた達勇者を召喚した、エルバリア王国の宮廷魔法使長のテミス・ファレンツです。……今この世界は魔王という未曽有の危機にさらされています。皆様を勝手にこの国へ召喚したことは大変心苦しく思うのですが、どうか我々にお力添えを頂けないでしょうか」



 それは、ありがちな設定だった。

 どうやら俺達が召喚された国、エルバリア王国は中央大陸最南端の中堅国家らしい。

 領土は他の中堅国家に比べても比較的広い方だが、如何せん魔物による影響で農業やら商業やらが妨害され、年々国の力が衰えているそうだ。

 またその隙にエルバリアの北にある国、ササラーゼ帝国が侵攻を開始し、既に二つの町が奪われているそうだ。

 魔王はいるにはいるのだが、直接的な影響は受けていないという。



 結局何が言いたいのかというと、ちょっかい出してくる魔物の殲滅とササラーゼ帝国の侵攻を止めろ、ということだ。

 魔王による危機……という聞こえが良い言葉を使って、俺達を戦争の道具にしようという魂胆だ。

 実際魔王の被害を受けているのは、西の大陸だというのに。

 都合の良い人達だな、というのが俺の感想だった。



「なるほど……やります!困っている人を見捨てることはできないッ!僕がみんなの役に立つなら、是非やらせて下さい!」


「それは実にありがたい」



 一通りの説明が終わった後、早速神崎がやる気になっていた。

 無駄に正義感の強い奴だ。

 魔王による危機、という辺りからテミスの話を聞き流していたのではないだろうか。

 ……あくまでも推測の域をでないのだが。



「俺もやるぜ!魔王だろうが何だろうが、俺が纏めて屠ってやるよ!」



 威勢の良い言葉を吐いているのは、中谷蓮だ。

 柔道の経験もあるし荒事には適任だろう。

 桜木さんのことをちらちらと見ながらだったので、どうやら気を引きたくて言った事のようだ。



「じゃあ~、うちもやろっかな~」



 金髪をポニーテールにしたギャル風の女———春風菜々美もやる気があるようだ。

 畠中四天王ではないが、彼女もまあまあの容姿をしている。

 桜木さんや塩崎さんがいなかったら、彼女も相当モテていただろう。

 ちなみにこちらもただ神崎の気を引きたいだけのようだ。

 人のやる気スイッチはそれぞれなので文句は言わないが。



「じゃあ俺も……」


「私も!」


「仕方ない、か」


「危ない事は嫌なんだけど……やるしかないよね」



 神崎達の宣言のお陰か、クラス中が協力する流れになってしまった。

 チラッと桜木さんの方を見るが、彼女もやる気はあるようだ。

 桜木さんがやるのに自分はやらない、という選択肢はないので、勿論俺も参加する。

 視線を戻すと中谷から睨まれていたのだが、男の嫉妬は醜いのでやめて欲しい。

 別に桜木さんと付き合っている訳ではないので、そこら辺も誤解しないで欲しいのだが。

 ただ見ただけで睨まれるのは流石に理不尽だと思った。

 だが、中谷はカーストトップ勢の一人だ。

 モブの俺は何も言い返せない。無念だ。



「それでは皆様、早速鑑定の儀を執り行いたいと思います」



 テミスは空中から水晶玉のようなものを取り出した。

 いわゆるアイテムボックスというやつだろうか。

 鑑定の儀……だいたい想像できるが、やはり召喚された勇者には特別な『クラス』が付いているという。

 それを一人一人調べていくそうだ。



「それじゃあ、まず僕から行くよ」



 神崎はそう言って水晶玉に触れた。

 すると水晶玉がぱっと光り、テミスが驚きの声をあげた。

 どうやら優秀なクラスだったらしい。



「おめでとうございます!神崎様は、【勇者】のクラスをお持ちのようです!」



 クラス中から歓声が響き渡る。

 神崎のクラスは、【勇者】だそうだ。

 明らかに主人公と言えよう。

 この世界のクラスはスキルツリー方式で、スキルポイントを消費して戦技や魔法を入手していくようだ。

 ちなみに異世界人は、みな『ユニーククラス』を一つ持っている。

【勇者】もそのユニーククラスの一種だそうだ。



 それからどんどん鑑定の儀は進んでいく。

 桜木さんは【聖女】、塩崎さんは【槍王】、長谷川は【弓王】、そして古賀は【鑑定師】だった。

 みな強いクラスのようで、テミスは全員をこれでもかというくらい褒めちぎっていく。

 一種の洗脳……と言っても過言ではないが、彼も国の為に必死なのだろう。



「次、天宮様」


「はい」



 ようやく俺の名前が呼ばれた。

 俺はいそいそと水晶玉の前まで近づく。

 俺はそっと、それに手を触れた。

 他のクラスメイトと同様にぱっと光を放ち、テミスがクラスを確認する。

 確認……できたの?

 テミスは渋い顔をして、唸っていた。どうやら微妙なクラスだったらしい。

 それでもまあ良い。どうせ俺はモブなんだから、【鎌王】とか、【斧王】くらいの地味な奴で十分だろう。



「あの、どうかしました?」


「え?えっと、【薬草鑑定師】です」


「……はい?」



 思わず聞き返してしまった。

 ……【薬草鑑定師】って何?

 ……いや、薬草を鑑定出来るクラスなんだろうけど。

 うん、糞雑魚だね。



 明らかにハズレクラスだ。

 商店街のガラポンの白玉クラスでハズレだ。

 だって【薬草鑑定師】だぜ?明らかに薬草しか鑑定出来ないし、【鑑定師】の劣化版だろ。

 そりゃ、目の前の美丈夫だって混乱するがな。



「どうしたのだ?」



 周囲が微妙な空気感を出している中、扉を開けて女の人がやってきた。

 赤髪ロングでスタイルのいい美人だ。

 複数の兵を引き連れていることから、高貴な方なのは見て分かる。

 そんな女性がテミスの元までやって来た。



「いえ……なにやら珍しいクラスが出まして……」


「珍しい、とな?」


「はい。【薬草鑑定師】という聞いたこともないクラスが出まして……」


「【薬草鑑定師】、か。……他国にもそんな者はいなかったはず……」



 テミスよりも高貴であろう女性は、俺のクラスを聞いて何か思案するようにブツブツと独り言を言い始めた。

 他国……という言葉から、どうやらクラス転移が起こったのは、うちのクラスだけではなさそうだ。

 数十秒経った後、女性は俺に向かってこう言ってきた。



「貴様には失望したよ、役立たず。貴様のその醜い顔をこれ以上衆目に晒すな。さっさとここから立ち去れ、社会のゴミ」


「……え?」



 突然目の前の女にそう告げられた時、俺の頭は真っ白になった。

 いきなり立ち去れ、とか言われても困る。

 ……元の世界に帰れってことか?



「あの……元の世界に帰れ、ということですか?」


「あ”?何馬鹿な事言ってるの?この城から出ていけってこと。これだから無能は」



 ちょと何言ってるか分からない。

 勝手に召喚しておきながら、使えないから出ていけって自分勝手すぎるだろ!

 流石に我慢の限界がきた俺は、荒ぶる感情に身を任せ、目の前の女を怒鳴りつけた。



「何が城から出ていけだよ!!お前らが勝手に召喚したんだろうが!!せめて元いた世界に———ッ!!」


「亮くん———!?」



 言い終える間もなく、俺は女の横にいた大柄の兵士に蹴り飛ばされた。

 俺の体は軽かったのか、数メートル先の壁まで吹っ飛び激突した。

 胃液が戻ってきて気管がひりひりする。骨も何本か折れたようだ。物凄く痛い。



「だまれクソガキ!!言われたら『はい』だろうが!!」


「ガハ———ッ!」



 また蹴られた。

 今度は内臓がやられたみたいだ。

 焼けるような痛みとともに、思わず口から血を吐いてしまう。



「ちょっ!止めてよ!」


「何をやっているんだ!!」



 そんな俺を見かねて、桜木さんと塩崎さんが男と俺の間に入ってくる。

 流石に【聖女】を傷つけるつもりはないようだ。男は舌打ちをしながらも、ゆっくりと下がっていった。



「大丈夫!?『ヒール』!!」



 桜木さんが回復魔法をかけてくれたようだ。

 恐らく初期スキルポイントを使ってスキルを獲得したのだろう。

 だんだん痛みが引いていく。

 折れた骨は元通りにはならないようだが、痛みはかなり落ち着いた。



「あ、桜木さん、ありがとう」


「亮くん、大丈夫!?」


「ああ、痛みはかなり和らいだよ」



 桜木さんはまるで自分が傷ついたかの如く、俺を心配してくれる。

 目じりには若干涙が滲んでいた。

 もしかして桜木さん、俺に惚れてんのか?……いや、まさかな。

 幼馴染として優しくしてくれただけだろう。

 俺は、俺のことを蹴飛ばした男を睨みながら、痛む腹を抑えてゆっくりと立ち上がった。



「君たちは何をやっているんだ!!天宮君の言う通りだぞ!!せめて希望する者だけでも、元の世界に返してやったらどうだ!!」


「落ち着いて下さい塩崎様。転移には多大なるエネルギーを消費するのです。あんな出来損ないに払うエネルギー資源が勿体ない」


「なんだと!?」



 塩崎さんの抗議を無視して女は俺を睨みつけてくる。

 どうやら俺は出ていくしかないらしい。



「……なら、なら私も亮くんと一緒に出ていくから!!」


「何言ってんだ!!」



 桜木さんの言葉を遮ったのは、女ではなく中谷だった。

 桜木さんが出ていくことは、どうやら彼にとって都合が悪いらしい。



「そんな役立たずとっとと追い出せばいいだけじゃねぇか!!……ほらお前、とっとと出ていけ!!」


「何、言ってるの……?」



 中谷の必死のセリフに絶句する桜木さん。

 だがクラスの雰囲気は俺を追い出すような形になっていた。

 助けを求めて長谷川と古賀を見るも、露骨に目をそらされた。どうやら助けるつもりはないらしい。



「あなた正気!?クラスメイトを追い出すだなんて!!」


「落ち着け凛。……ここは仕方がない。彼を追い出そう」


「神崎君も何を———!?」


「よく考えてくれ。別に彼がいなくても、戦力には大して影響がないだろう?結菜もそう思わないかい?」


「戦力とか!そんな話をしているわけじゃ……!!」



 神崎が参戦したことによって、クラス情勢が一変した。

 みんな俺が出ていくことを望んでいるような目だ。

 どうしたって勝ち目はない。

 これ以上、俺を庇ってくれる二人の立場が悪くなる前に自主退場するべきだろう。



「……もういいよ桜木さん。塩崎さんもありがとう。俺は出ていくよ」


「そんな……」


「待ってくれ!何とか説得を……!!」


「もう無理だよ。どうせその女は聞く耳を持たないだろうしね」


「くっ……!!」



 二人とも絶望したような顔だ。

 だがこれ以上どうしようもない。

 逆にこんな場所、こっちから願い下げだ。



「じゃあ出ていくよ。これで気が済んだか?」


「……さっさと出ていけ役立たず。お前と会話をする時間も惜しい」


「そうかよ」



 俺は開け放たれた扉からこの場を後にした。

 後ろから桜木さんと塩崎さんの声が聞こえる。

 桜木さんは必死に俺の名前を叫んでいるし、塩崎さんは怒鳴り声をあげている。

 後ろ髪を引かれるような気持になりながらも、振り返ったら後悔しそうで、俺は二人に背を向けて王城を後にした。



 ◇◇◇◇◇



 ……死のうかな。

 不意にそんなことを考えた。

 思い出すのは先程の追放劇。

 身勝手な女と暴力男。

 そしてクラス中のみんなから浴びせられる罵声。

 悲しそうな顔をした桜木さんと塩崎さん。



 もはや生きる気力すら沸かない俺は、ただ茫然と町の外に向かって歩いていた。

 町の外のどこかで死のうと決心したのはいいものの、俺には刃物もロープも何もない。

 見渡す限り森で水辺などはなく、溺死も困難。

 周囲に人がいないから殺してもらうこともできない。

 第一そんなことを頼んでも殺してはくれないだろう。

 錯乱しているとか言われて衛兵の所に連れて行かれるのがオチだ。



 だから俺は毒草で死のう、と考えた。

 幸い俺のクラス【薬草鑑定師】で最初に入手することができるスキルは、『毒草判断』。

 毒草かそうでないかを見分けることができるようだ。

 ……本当にくだらないスキルだと思う。



 ーーー


 天宮亮太

 年齢:17

 クラス:【薬草鑑定師(U) レベル:10】

 スキル:毒草判断

 SPスキルポイント:0


 ーーー



 城を出る前……俺が鑑定の儀を行う前にテミスが言っていた話だが、クラスの横にある『U』の文字は『ユニークスキル』であることを示すようだ。

 スキルポイントは、一定回数スキルを使う度に貰えるらしい。

 初期スキルポイントが10で、基本10ポイント使う度に新しいスキルが貰えるようだ。



 ちなみに俺が次に入手することができるのは、『薬草判断』。

 薬草かどうかを判断できるそうだ。

 ……馬鹿馬鹿しい。



「えっとこれは……違う、か」



 先程からずっとそれらしい草を鑑定しているが、一向に毒草が見つからない。

 毎回、『毒草ではありません』と頭の中に流れ込んでくるのでそれも鬱陶しい。

 どうやらこのスキルは想像以上に糞雑魚だったようだ。



「……もういい加減にしてくれ。何分探したと思ってるんだ」



 探し始めてかれこれ30分が経過していた。随分森の奥まで来たが、毒草は見つからない。

 段々と、先程殴られた時に折れた骨が軋む。



 探していると、あっという間にスキルポイントが10手に入ってしまった。

 せっかくなので『薬草判断』も入手しておく。



「クソッ!!いい加減にし……なんだ?」


「おら!大人しくしろ!!」



 毒草が見つからず、イライラが募っていた時、不意に争っている声が聞こえた。

 何なんだろう———という好奇心から、俺は声が聞こえる方へとゆっくり近づいていく。



「なんだ……?あれは、エルフ……?」


「おら!いい加減来るんだ!!」


「や、やめっ……!!」



 どうやらエルフと人間が争っているようだ。

 金髪の美人なエルフの首には首輪が付いている。

 見るからに怪しげな人間の男が首輪についている鎖を引っ張って、無理矢理エルフを動かそうとしていた。



「うおおおおおおおおお!!」


「な、なんだお前!?グハ———ッ!!」



 俺はそのエルフが気に入ったのだろうか?

 俺は武器も何も持っていないまま、後先考えずに男に体当たりを行った。

 勿論こんなもので倒せるとは思っていないし、なんなら相手は腰に剣を携えており、武器を持っている。正直に言って分が悪い。

 助けたエルフが目を白黒させながら困惑していた。

 困惑している顔も美しく、まるで西洋人形のようだった。



「てめえ!何しやがる!!」



 男はこちらを射殺するような目で睨みつけてきた。

 当然の反応である。

 男は腰にぶら下げていた鞘から剣を引き抜き、こちらへと突き出してきた。

 対して俺は素手だ。

 多分、勝てない。



「ま、いい死に場所かもな」


「おらあああああ!死ねえええええええ!!」



 ただ俺も無抵抗でやられるつもりはないので、とりあえず男に向かって全力で拳を打ち出した。



「ガハッ……!!」


「グッ……!!」



 男の剣が俺の腹を貫くと同時に、俺の拳も男の顔面に直撃した。

 どうやら俺のパンチも無意味ではなかったらしい。

 男は俺の腹に刺さった剣を引き抜くと同時に仰向けに倒れた。

 ……どうやら気絶したらしい。



 だが俺の方がもっと重症だ。

 腹から流れる血は止まらず、意識も朦朧としてきた。

 もう俺は、長くはなさそうだ。



「ああ、桜木さん……いや、結菜……。せめて告白くらいは、しておくべきだった……か」


「しっかりして下さい!!……すみません。手を借ります」



 結菜……ではなく、先ほど助けたエルフが俺の手を握ってそれを腹の傷に軽く触れさせた。

 べったりと生暖かい血がついた俺の手を、彼女は自信の首元———首輪の所までもっていくと、それに触れさせた。

 首輪から大量の光が溢れだし、そして収束した。



「ご主人様。私に『ヒールを使え』とご命令下さい」



 何を言っているんだ、このエルフは……?

 俺が困惑していると、エルフは怒気を強めて『ご主人様!』と催促してくる。

 ……もう死ぬ間際の俺には、とりあえずそう言う以外に選択肢はないだろう。



「ひ、ヒールを、使え……」



 朦朧とする意識の中、何とか声を絞り出してエルフに言われた通りにした。



「我、……が命ず。水を操りし精霊よ。力を失いしかの者を癒せ。『ウォーターヒール』」



 すると、エルフは俺に言われた通りにヒールを使用して、俺の傷をみるみるうちに回復させていった。

 朦朧としていた意識がゆっくりと覚醒していく。

 痛みも引いてきた。どうやら傷口は完全に塞がったらしい。



「痛く、ない……ありがとう。……おっと」


「ご主人様!?」



 何とか立ち上がろうと足を踏ん張った途端、めまいがして地面に倒れこみそうになってしまった。

 そこをエルフに支えてもらい、その後膝枕をされた。

 華奢な体をしていたので心地いいとまでは言えないが、それでも彼女の膝枕は最高だった。



「傷は回復しましたが抜けた血は元には戻りません。安静にしておいて下さい」



 少し怒ったような声でそう注意されてしまった。

 チラッとエルフの顔を覗くと、相変わらずの美少女っぷりで思わず見惚れてしまった。

 これは畠中四天王にも負けず劣らず……いや、それ以上と言えるだろう。

 これぞまさに人外の美しさだ。



「どうかしましたか?」


「いや、君があまりにも綺麗だったから見惚れていたよ」


「ちゃ、茶化さないで下さい!!」



 ……別に茶化してはないんだが。

 エルフは少し顔を赤くしながら、頬を膨らませた。

 切れ長の耳がピクピクと小刻みに動いている。

 俺は膨らんだ頬を人差し指で優しくつつくと、空気が抜けていった。

 するとすぐにまた頬を膨らませる。どうやら無限ループのようだ。



 とりあえず、いつまでも『エルフ』と呼ぶのはめんどくさい。名前でも聞いておこう。



「君の名前は?」


「私には名前がありません……」


「名前がないって。……普段はどうやって呼ばれてたの?」


「普段は、『お前』か、『おい』か、あとは番号ですかね」


「嘘だろ……」



 奴隷というものは想像以上に酷い扱いを受けているようだ。

 元々名前があった者も、奴隷になった時点で名前を剥奪されるらしい。

 元の生活と、これからの生活とを奴隷達に区別させる目的があるためだそうだ。

 一応、衣食住は十分に与えられるし、奴隷といっても暴行を加えると犯罪になる。(ただし、購入後は一部法律が適用されなくなる)

 そこら辺は、全世界共通できちんと法律に定められているそうだ。



「ご主人様が……ご主人様が名前をつけて頂けませんか?」


「俺が……?いや、そもそも俺は君を買ってないし……」


「……?もう私はご主人様の所有物ですが?」


「……は?」



 奴隷を所有するには、所有者の血を首輪につける必要があるそうだ。

 ……あれ?さっきのアレってそういうこと?

 つまり、俺は彼女を所有する形になってしまった訳だ。



「う〜ん、突然そう言われてもなぁ……」


「何でも構いません。エルとかルフとか……」


「そんな安直な名前じゃダメだ。……『デイシア』。デイシアはどうかな?」


「デイ、シア……」


「うん」


「デイシア、デイシア……」



 彼女は俺が考えた名前を、何度も何度も繰り返し口ずさんだ。

 デイシアは、『デイジー』という花から連想して考えた。デイジーの花言葉には「純潔」や、「美人」という意味がある。

 綺麗な彼女には、とても似合っている名前ではないだろうか。



「ありがとうございます!デイシア……大事にします」



 頬を赤くして、切れ長の耳をピコピコと動かす彼女……デイシアは、そう言ってはにかんだ。



「死のうと思ってたのになぁ……」


「え!?そんな、どうして……?」



 俺の言葉に動揺したデイシアに、俺は今までの経緯を話した。

 一応、異世界人であるこはぼかしている。

 この世界での異世界人の立ち位置を知らないからだ。

 余計な火種は生みたくない。

 全て聞いたデイシアは俺の手を握り、額をコツンと当ててきた。



「ご主人様の苦痛は全て私が引き受けます。復讐がしたいなら何処までもお付き合いします。死にたいなら、私が代わりに死にます。だからどうか、もうそんなことは言わないで下さい……」



 出会ってまだ数分ではあるが、俺はデイシアの言葉に救われた。

 まあ、もう彼女を助けた時点で死ぬ気は失せていたのだが。

 今後は、デイシアを悲しませない様にしなければならない。それが最低限、主人である俺の責任だろう。



「クソ、クソクソクソ!!勝手に奴隷契約しやがってテメェ!!ぶち殺す!!絶対にだ!!」



 気絶から立ち直ったのか、男は剣を拾ってこちらに突き出してきた。

 だいぶ荒ぶっている。

 意図していないとはいえ、勝手に奴隷契約をしたことは不味かったみたいだ。

 先程よりも男から放たれる殺気が凄まじい。



「流石にしつこいな。ここは俺が……」


「いえ。ここは私が行きます」


「いや、さっきみたいに俺が何とか相打ちにもっていって、その後回復して貰えば……」


「ハッ!!さっきみたいに上手くいくかよ!!俺はそんな馬鹿じゃねぇ」


「大変不愉快ですが……あの人の言っていることは正しいでしょう。今度は『戦技』を使ってきそうですよ」


「それは……無理だな」



 流石に俺も戦技持ちに向かって素手で勝てるとは思っていない。

 だからといって、デイシアに全て任せる訳にはいかないだろう。



 俺が思案していると、デイシアは『私に攻撃のご命令を』と急かしてくる。

 相手は先程俺に殴られた傷もポーションで回復してしまい、もう戦闘体制が整ってしまった。迷っている時間はない。



「本当にごめん……情けない主人でさ。……デイシア、攻撃を許可する」


「ご命令のままに。……我、デイシアが命ず。水を操りし精霊よ。氷の刃で敵を穿て……」


「ハッ!!たかが初級魔法程度で、この俺様が倒せる訳が……」


「まだです!!氷の意思で敵を薙げ!氷の楔は今解き放たれる!!」


「まさか……テメェ!!奴隷ごときが、上級魔法を……!?」


「『ブリザードランス』!!」


「クソッ!なんで!『刃砕き』!!」



 デイシアが放った氷魔法が、男の剣に直撃する。

 槍状の氷塊は、通常とは比べものにならない程硬く、戦技を用いた剣でも跳ね返すことはできなかった。

 じりじりと男の剣が押されていき、男の腹に直撃した。

 腹が氷で貫かれた男は、血を吐きながら剣を落として、遂には絶命した。



 俺は人が死んだにも関わらず、意外にも冷静になっていた。

 それはデイシアも同じで、特に気にしている風もなかった。

 もしかしたら彼女は何か気にしているのかもしれない。

 表情には出していないが、内心では傷ついているのかもしれない。



 出会ってまだ日付も経っていない俺では、彼女の気持ちを慮ることは出来ない。

 だけど、ここでその真意を聞くのは間違っていると思う。

 だから、俺はただ彼女の背中を無言で見つめていた。



「……ふう。無事、ご命令を遂行致しました、ご主人様」


「ああ、ありがとう」



 力不足で戦いに参加できなかった俺はただ、そう言うことしか出来なかった。

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