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――――木漏れ日が差す樹々の間を疾風のように駆ける。
少女はエルフだった。
長い耳は鋭利に尖っており、後頭部でひとつに束ねた髪は黄金色。
空中に煌めく軌跡を残しながら颯爽と走り抜ける。
新緑の青が眩しい自然へ溶け込むような軽装だった。
森の狩人を名乗るにふさわしい衣装が、華奢な彼女の身体を包む。
そんな少女は、ある一点を目指して走っていた。
柔らかく養分に富んだ土の上を。
齢千年は軽く超える大樹が這わせる根の肌を。
村に伝わる特性の靴底で音も無く蹴飛ばしつつ、獲物に近づく。
【縮地】と呼ばれる独特な体術を駆使しながら――――。
「…………」
薄い唇を真一文字に結ぶ少女は喋らない。
透き通るように白い頬は気品に満ち溢れており、青い瞳も類まれなる美しさ。
【樹海の妖精】と呼ばれるにふさわしい美貌だった。
長い鼻筋からは規律正しい息が度々零れている。日々の鍛錬にて培った呼吸法。
ふたつある肺を充分に活用することで常人には厳しい距離でも走破することが可能となる。森に活きる民として元々備える高い心肺機能と合わせれば、どんなに複雑を極める悪路でも息を乱すことは滅多に無くなる。
身体を風のように運ぶ走法。常に酸素を行き渡らせる呼法。
結果、少女は一族随一の身体能力を得ていた。
それは左腰に長い鞘を携えても変わらない。
花びらを模したような鍔だけが目立つほどに、控えめな意匠の武器。
鋭い聴覚を活かした弓矢でもなく、魔法を行使する杖でもない。
師匠から譲り受けた『カタナ』だけ身に着けた少女は、ただ黙々と駆けていく。
「…………」
そうして走ること数十秒。
ようやく目の前に、追う姿を視認した。